異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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第四章 帰る場所
第一話 残された時間


 

 

 

「――お嬢様」

 

 数週間ぶりに聞くガルシアの声は、以前と変わらず落ち着いていた。

 レイチェルが、腕の中の白猫のぬいぐるみを僅かに抱き寄せる。

 

「……ガルシア」

 

 オレは反射的にレイチェルの半歩前へ出た。

 いつでも能力を出せるように、右手と左手を意識する。

 あの数週間、何度も繰り返した。

 今なら、この前みたいに何もできずに終わるつもりはない。

 そんなオレを見て、ガルシアの視線が僅かに下へ動いた。

 両手を見られた気がする。

 

「ご安心を」

「何がだよ?」

「本日は、貴殿と争うために参ったわけではありません」

「信用できると思うか?」

「当然の反応でしょう」

 

 あっさり認める。

 こういうところ、本当に掴みにくい奴だ。

 

「では、何のために来たの?」

 

 レイチェルが尋ねる。

 

「お伝えすべきことがございます」

「……わたしに?」

「はい」

 

 ガルシアが周囲を見る。

 休日の夕方だ。

 少し待てば誰かが通る可能性もある。

 

「ここでは少々、人目がございます」

「場所を変えろって?」

「可能であれば」

 

 オレはレイチェルを見る。レイチェルもオレを見る。

 その鞄の隙間から、ミィルが顔を少しだけ出している。

 数秒考えて。

 

「分かった」

 

 オレは頷いた。

 

「ただし、変な真似したら今度はこっちも黙ってないぞ」

「承知しております」

 

 ガルシアがオレを見る。

 

「以前とは違うことも」

「……」

 

 どうやら、能力のことを言っているらしい。

 

 ◇◆◇

 

 移動したのは、住宅街から少し離れた、小さな河川敷だった。

 休日でも、夕方になると人はほとんどいない。

 土手の向こうを時折、車が通り過ぎる音だけが聞こえる。

 周囲に誰もいないことを確認し、レイチェルが鞄を少し開けると、ミィルが飛び出した。

 

「ふぅ」

 

 地面へ降りる。

 

「ずっと鞄の中は疲れるわ」

 

 その声を聞いても、ガルシアは驚かない。

 当然か。

 

「それで?」

 

 ミィルがガルシアを睨む。

 

「わざわざ何を伝えに来たの?」

「ゲートについてです」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

「……ゲート?」

 

 レイチェルが聞き返す。

 

「調べたのか?」

「はい」

 

 ガルシアは頷く。

 

「あれから継続して調査を行っておりました」

「どうだったの?」

 

 ガルシアは、すぐには答えなかった。

 一度、静かに息を吐く。

 

「結論から申し上げます」

 

 嫌な予感がした。

 

「ゲートは現在、極めて不安定な状態にあります」

「……不安定?」

「完全に停止しているわけではございません」

 

 ガルシアが続ける。

 

「しかし、中枢部分に深刻な損傷が確認されました」

 

 ミィルの耳がぴくりと動く。

 

「中枢?」

「ええ」

「原因は?」

「私です」

 

 一瞬。誰も言葉を発さなかった。

 

「……は?」

 

 思わず声が出た。

 

「私の攻撃が、ゲートの中枢へ直撃したものと思われます」

「ちょっと待て」

 

 オレは眉を寄せる。

 

「レイチェルを追ってた時の?」

「その通りです」

 

 レイチェルが目を伏せる。

 あの時。ゲートへ入る直前。

 ガルシアがレイチェルを止めようと攻撃した。

 それで、ゲートが不安定になった。

 

「じゃあ」

 

 ミィルが険しい顔になる。

 

「あなたがゲートを壊したの?」

「直接の原因は、そう考えるべきでしょう」

 

 ガルシアは否定しなかった。

 

「ただ」

「まだ何かあるのか?」

「損傷を拡大させた原因は、それだけではない可能性が高い」

「どういうこと?」

 

 レイチェルが尋ねる。

 

「損傷した状態のゲートへ」

 

 ガルシアは指を三本立てた。

 

「お嬢様、カーバンクル、そして私。

 三名が、極めて短い間隔で立て続けに通過しました」

 

 そうだった。

 レイチェルとミィルが先に飛び込み、ガルシアも後を追った。

 

「本来であれば、十分な余裕を持って一人ずつ通過させるものです」

「それを壊れかけた状態で三人」

 

 ミィルが呟く。

 

「……負荷に耐えられなかった?」

「その可能性が最も高いと考えております」

 

 川の流れる音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

「じゃあ」

 

 オレは尋ねる。

 

「今、そのゲートは使えるのか?」

「現時点では」

 

 一度。ガルシアが言葉を切った。

 

「安定した通過は不可能です」

「無理に使えば?」

「どこへ到達するか保証できません」

「……」

「最悪の場合」

 

 ガルシアの声は変わらない。

 

「ゲート内部から出られなくなる可能性もございます」

「それは……」

 

 レイチェルの顔が僅かに青くなる。

 

「無理ね」

 

 ミィルがきっぱり言った。

 

「そんな状態で使えないわ」

「私も同意見です」

 

 だったら、

 

「直せるのか?」

 

 オレが聞く。

 今度はガルシアがすぐに答えなかった。

 

「……現在」

 

 やがて。

 

「残存している機能が完全に失われぬよう、最低限の維持を行っております」

「維持?」

「魔力を与え」

「中枢の崩壊を遅らせております」

 

 ミィルが目を見開く。

 

「ずっと?」

「必要な間隔で処置を行っております」

「それ」

 

 ミィルの表情がさらに険しくなる。

 

「相当な魔力を使うでしょう?」

「問題ありません」

「問題あるでしょ」

「私の問題です」

「そういうところよ!」

 

 ミィルが尻尾を逆立てる。

 

「昔から何でも一人で――」

「ミィル」

 

 レイチェルが静かに止めた。

 

「……」

 

 ミィルが口を閉じる。

 

「ガルシア」

 

 レイチェルが尋ねる。

 

「あと、どのくらいなの?」

 

 ガルシアの表情が、僅かに変わった気がした。

 

「……」

「……どのくらい、維持できるの?」

 

 少しの沈黙。そして、

 

「長く見積もって」

 

 ガルシアが答える。

 

「二週間ほどです」

「……え?」

「現在の崩壊速度から推測したものです」

「早ければ、それ以前。長くとも、およそ二週間後には」

 

 一度。言葉を区切る。

 

「ゲートは完全に消滅します」

「……完全に」

 

 レイチェルが呟く。

 

「消える?」

「はい」

 

 意味を理解するまで、少し時間が掛かった。

 

「待てよ」

 

 オレはガルシアを見る。

 

「完全に消えたら、もう一回作り直せばいいとか。別の場所から帰るとか、そういうのは?」

「少なくとも」

 

 ガルシアは静かに答えた。

 

「私の知る限りでは、このゲートを失えば、我々が元の世界へ帰還する術はございません」

 

 誰も、何も言えなかった。

 川の音。風。遠くを通る車。

 さっきまでと、何も変わっていない。

 なのに。世界だけが急に変わったように感じた。

 たった二週間。それまでに--

 レイチェルは、帰るかどうかを決めなければならない。

 

「……」

 

 隣を見る。

 レイチェルは、何も言わなかった。

 ただ、腕の中にある今日取ったばかりの白猫のぬいぐるみを、ぎゅっと、強く抱きしめていた。

 

 ◇◆◇

 

 どのくらい。誰も喋らなかったのか分からない。

 最初に。沈黙を破ったのは、レイチェルだった。

 

「……ガルシア」

「はい」

「一つ、聞いてもいい?」

「何なりと」

 

 レイチェルが、少し言いづらそうにガルシアを見る。

 

「今、どこで暮らしているの?」

「……」

 

 オレもミィルも、黙っているガルシアを見る。

 

「そういや」

 

 今更ながら思い出した。

 

「それ、オレも気になってた。

「ゲート調べてるって言っても、

 寝る場所とかいるだろ」

「ご心配には及びません」

「いや。それ答えになってないぞ」

「問題なく生活しております」

「だから、どこで?」

「ご心配には及びません」

「二回目だぞ」

 

 妙に頑なだ。

 

「お金は?」

 

 レイチェルも尋ねる。

 

「ちゃんと持ってるの?」

「問題ありません」

「仕事は?」

「必要なものは確保しております」

「どうやって?」

「その点も問題ありません」

「全部問題ないで押し通す気か?」

「そのつもりです」

「認めたよ」

 

 こいつ。本当に変なところで頑固だな。

 

「待って」

 

 レイチェルが、少し不安そうな顔になる。

 

「ガルシア」

「はい」

「……悪いこと」

 

 一瞬、躊躇う。

 

「してないよね?」

 

 ガルシアが、止まった。

 

「お嬢様?」

「だって。この世界のお金も、身分を証明するものも、

 何も持ってなかったでしょう?だから……」

 

 レイチェルは本気で心配しているらしい。

 

「誰かから盗ったり、人を脅したりしてない?」

「……」

 

 ガルシアが深く。息を吐いた。

 

「お嬢様」

「な、何?」

「私を何だと思っておられるのですか……」

「……ごめんなさい」

「そこは謝るのかよ」

 

 オレの突っ込みにミィルが口元を押さえている。

 笑いを堪えているっぽい。

 ガルシアは右手を胸へ当てた。

 

「私はラディーナ家に仕える者」

 

 静かな声。

 

「そして、ブルグランド家の名に誓い」

 

 レイチェルを見る。

 

「この世界へ来て以降。窃盗。恐喝。詐欺。

 その他、この世界において罪となる行為には、

 一切手を染めておりません」

「……本当?」

「家名に誓っております」

「なら」

 

 レイチェルがほっと息を吐く。

 

「よかった……」

「そこまで心配されていたことの方が」

 

 ガルシアが、ほんの少し傷ついたような顔をした。

 

「私としては心外ですが……」

「ご、ごめんなさい」

「レイチェル」

 

 ミィルがついに吹き出した。

 

「笑うな、カーバンクル」

「だって!」

「そもそも、あなたが昔から怪し――」

「カーバンクル」

「……何でもないわ」

 

 ガルシアの一睨みで黙った。

 昔から苦手って、こういうところか。

 

「まあ」

 

 オレは腕を組む。

 

「悪いことしてないならいいけどよ」

「ですが、」

「ん?」

「私がどこで何をしているか」

 

 ガルシアがオレを見る。

 

「貴殿へお話しする義務はないかと」

「それはそうだけど」

「なら聞かないでください」

「お前、結構面倒くさいな」

「よく言われます」

「言われるんだ……」

 

 レイチェルが小さく呟いた。

 

 ◇◆◇

 

「お伝えすべきことは以上です」

 

 ガルシアが立ち上がる。

 

「もう行くの?」

「はい」

 

 レイチェルを見るその表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

 

「お元気そうで、安心いたしました」

「……」

「学校にも通われているようですね」

 

 今日は私服で、セーラー服ではない。

 それでも、レイチェルが学校へ通っていることまで、調べていたらしい。

 

「楽しいですか?」

 

 ガルシアが尋ねた。

 

「……え?」

 

 一瞬。

 レイチェルが驚く。

 ガルシアから、そんな質問が来ると思わなかったのだろう。

 

「学校です」

「……」

 

 レイチェルは少しだけ迷い。

 

「うん」

 

 頷いた。

 

「楽しいよ」

「そうですか」

 

 それだけ。

 ガルシアは否定もしなかった。

 

「……わたしが、帰りたくないって言ったら?」

 

 レイチェルが突然尋ねる。

 オレも、ミィルもガルシアを見る。

 

「……」

 

 ガルシアは長い間。

 何も答えなかった。

 

「ガルシア?」

「私の任務は」

 

 やがて、静かに口を開く。

 

「お嬢様をお連れ帰りすることです」

「……」

「その点に、変更はございません」

 

 やっぱり、そこは変わらない。

 でも。

 

「ただし」

 

 ガルシアが続ける。

 

「今すぐ結論を求めるつもりもございません」

「え?」

「残された時間は、長くとも二週間」

「……」

「お考えください。ご自身がどうなさりたいのかを」

 

 レイチェルは何も答えなかった。

 白猫のぬいぐるみを抱く腕が。

 また、少しだけ強くなる。

 ガルシアが踵を返した。

 

「ガルシア」

 

 レイチェルが呼ぶと、ガルシアが足を止める。

 

「決心がついたら……どこに行けばいいの?」

 

 ガルシアは振り返らずに答えた。

 

「街外れの丘の上にある廃教会へ」

「……廃教会?」

 

 オレには聞き覚えがあった。

 子供の頃。近所の連中と、肝試しで行ったことがある崩れかけた古い教会。

 

「あそこが?」

「はい」

 

 ガルシアが僅かに振り返る。

 

「そこが、ゲートの存在している場所です」

「……」

「決心がつきましたら」

 

 レイチェルをまっすぐ見る。

 

「お越しください」

 

 それだけ言い、ガルシアは河川敷を歩いていった。

 誰も、追わなかった。

 やがて、その背中が見えなくなる。

 残ったのはオレ、レイチェル、ミィル。

 そして、今までとは違う重い沈黙。

 

「……二週間」

 

 レイチェルが小さく呟く。

 腕の中の白猫のぬいぐるみ。

 今日。

 ゲームセンターで取ったばかりの、この世界でできた新しい思い出。

 それをレイチェルは、大切なものを離さないように。

 ぎゅっと、抱きしめていた。

 

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