異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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 最終話まで書き終えたので、連続投稿していきます。


第三話 別れの予感

 

 

 あと二週間。

 ガルシアからそう告げられてから、数日が過ぎた。

 学校へ行って、授業を受けて。

 お昼を食べて、放課後になれば、みんなと話しながら帰る。

 家に帰れば、トーコさんが「おかえり」と迎えてくれる。

 何も変わっていない。

 昨日までと同じ毎日。

 なのに。わたしには、その全部が少しだけ違って見えるようになっていた。

 

 ◇◆◇

 

「レイチェル、おはよー!」

「おはよう、アイさん」

 

 教室へ入った途端、アイさんが元気よく手を振ってくる。

 

「おはようございます、レイチェルさん」

「おはよう」

 

 マイさんとミイさんも、いつもの席にいた。

 もう、このやり取りにも慣れた。

 最初の日は、教室へ入るだけで緊張していたのに。

 みんなの視線が怖くて。

 何を話せばいいのか分からなくて。

 自分の席へ座っているだけなのに、落ち着かなかった。

 でも、今は違う。

 

「レイチェル、昨日の宿題やった?」

「うん。ちょっと難しかったけど」

「え、待って。あれ難しかった?」

「アイは途中から適当にやったでしょう」

「なぜ分かった、ミイ」

「見れば分かるよ」

「ひどい!」

 

 ミイさんの言葉に、アイさんが机へ突っ伏す。

 マイさんが困ったように笑った。

 

「朝から元気だね」

「朝だから元気なの!」

「昨日も放課後に同じこと言ってなかった?」

「……マイまで敵になった」

 

 思わず笑ってしまう。

 いつもの朝。

 いつもの三人。いつもの教室。

 それなのに、笑いながら、ふと思った。

 ――あと何回。

 こうしてみんなに「おはよう」と言えるんだろう。

 

「……」

 

 胸の奥に、小さなものが引っ掛かる。

 

「レイチェル?」

「え?」

 

 ミイさんがこちらを見ていた。

 

「どうしました?」

「ううん。なんでもないよ」

「そう?」

「うん」

 

 笑って答える。

 まだ、何も決めていない。

 帰るとも、残るとも。

 だから、みんなに話せることは、まだ何もなかった。

 

 ◇◆◇

 

 三時間目。国語。

 いつもと同じように授業が進んでいく。

 先生が黒板へ文字を書く。それをノートへ書き写す。

 分からない言葉があれば、辞書を引く。

 最初の頃は、黒板の文字を追うだけで精一杯だった。

 それが今では、先生の話を聞きながら、ノートを取れるようになっている。

 

「……あ」

 

 消しゴムを落とした。

 拾おうとしたけれど、ころころと転がった消しゴムは、前の席の下まで行ってしまった。

 

「はい」

 

 隣から消しゴムが差し出される。

 マイさんだった。

 

「使って」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 受け取る。

 ただ、それだけ。

 本当に。ただ、それだけのことだった。

 なのに、なぜだろう。

 白い消しゴムを見つめてしまった。

 こういうことも、いつか。思い出になるのかな。

 

「……レイチェル?」

「あ、ごめんなさい」

 

 慌ててノートの文字を消す。

 授業へ意識を戻す。

 今は、授業中なんだから。

 

 ◇◆◇

 

 四時間目。

 

 社会。

 

「ここは、こういう意味です」

 

 ミイさんが教科書の一文を指差してくれる。

 

「この言葉は、今はあまり使わないですけど」

「そうなの?」

「はい。テストには出るかもしれません」

「じゃあ、覚えないと」

「ですね」

 

 二人で同じ教科書を覗き込む。

 ページをめくる音。先生の声。黒板をチョークが叩く音。

 窓の外から聞こえてくる、体育の授業の声。

 どれも、今まで気にしたことなんてなかった。

 ふと窓を見る。

 校庭。その向こうに高等部の校舎。

 少し視線を動かせば、中庭も見える。

 初めてここへ来た日のことを思い出した。

 トーコさんと一緒に校門をくぐって、職員室で先生に挨拶して、知らない人ばかりの教室へ入った。

 あの時は、この場所がこんなに大切になるなんて、考えてもいなかった。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

「……!」

 

 チャイムの音に肩が跳ねた。

 

「びっくりした」

 

 アイさんが笑う。

 

「レイチェル、初日の頃みたい」

「そ、そう?」

「最初の頃、チャイム鳴るたび驚いてたよね」

「……そうだったかも」

「懐かしいね」

 

 懐かしい。

 そう言えるくらい、時間が経ったんだ。

 ほんの数週間なのに。

 わたしにとっては、もっとずっと長い時間のように感じられた。

 

 ◇◆◇

 

 昼休み。

 今日は教室で四人一緒にお弁当を食べることになった。

 

「いただきまーす!」

 

 アイさんが真っ先にお弁当の蓋を開ける。

 

「アイ、さっきパン食べてなかった?」

「二時間目と三時間目の間に食べた」

「それでよくお昼も食べられるね……」

 

 マイさんが呆れている。

 

「成長期だから」

「便利な言葉ですね」

 

 ミイさんが眼鏡を直しながら言った。

 

「ミイ、最近ちょっと辛辣じゃない?」

「気のせいです」

「絶対気のせいじゃない!」

 

 また笑い声が上がる。

 わたしもお弁当の蓋を開けた。

 今日はトーコさんと一緒に作ったもの。

 卵焼き。野菜のおかず。小さなハンバーグ。

 朝。

 

『これならみんなと食べやすいでしょう?』

 

 そう言いながら、トーコさんが詰めてくれた。

 

「レイチェルのお弁当美味しそう」

 

 アイさんが覗き込む。

 

「トーコさんと一緒に作ったの」

「レイチェルも作ったの?」

「うん。卵焼きはわたし」

「すごっ」

「前に一回焦がしたけど」

「それは言わなきゃバレないやつ!」

 

 また笑う。

 卵焼きを一つ口へ運ぶ。少し甘い。

 トーコさんに教えてもらった味。

 これも、覚えておきたい。

 

「そうだ!」

 

 突然、アイさんが声を上げた。

 

「今度またゲームセンター行こ!」

「ゲームセンター?」

「うん。今度は駅の反対側にある方!」

 

 アイさんが箸を持ったまま身を乗り出してくる。

 

「前に行ったところより大きいんだよ」

「ダンスゲームも種類が多いんです」

 

 ミイさんが補足する。

 

「この前はアイが張り切りすぎて、次の日筋肉痛になってたけどね」

 

 マイさんが笑った。

 

「それは言わなくていいでしょ!」

「でも本当でしょう?」

「本当だけど!」

 

 三人が笑う。

 

「レイチェルも行こうよ!」

「……」

 

 返事が出なかった。

 今度。

 その言葉が、胸に引っ掛かった。

 今度……その時。

 わたしは、まだここにいるのかな。

 

「……レイチェル?」

 

 アイさんが不思議そうに首を傾げる。

 

「あ……」

 

 わたしは笑った。

 

「……うん。また行こう」

「決まり!」

 

 アイさんが嬉しそうに笑う。

 

「じゃあ予定合わせよ!」

「部活のない日なら大丈夫だよ」

「私もです」

 

 マイさんとミイさんが話している。

 わたしも、その会話を聞きながら笑っていた。

 でも……胸の奥が、少しだけ痛かった。

 

 ◇◆◇

 

 午後の授業が始まる少し前。

 わたしは一人で廊下に出た。

 窓から中庭を見る。

 何人かの生徒が歩いている。

 ベンチで話している人もいる。

 高等部の生徒も混じっていた。

 何気なく探してしまう。

 けれど、ショーゴさんの姿はなかった。

 

「何見てるの?」

「わっ」

 

 すぐ後ろから声がした。

 振り返る。

 アイさんだった。

 

「び、びっくりした……」

「ごめんごめん」

 

 アイさんが隣へ並ぶ。

 

「獅童先輩探してた?」

「え?」

「違う?」

「……ショーゴさんがいるかなって、少しだけ」

「やっぱり」

 

 アイさんがにやっと笑う。

 

「仲いいよね、二人」

「……一緒に暮らしてるから」

「それだけー?」

「……それだけだよ」

 

 そう答えると。

 

「ふーん」

 

 アイさんは面白そうな顔をした。

 

「な、なに?」

「別にー」

「……絶対何か思ってる」

「あはは」

 

 アイさんが笑う。

 でも、すぐにその表情が少し変わった。

 

「ねえ、レイチェル」

「……なに?」

「今日なんか変じゃない?」

 

 どきりとした。

 

「……変?」

「うん」

 

 アイさんはわたしの顔を覗き込む。

 

「なんていうか……ぼーっとしてるっていうか」

「そうかな?」

「朝もそんな感じだったし」

「……」

 

 言おうか。

 一瞬だけ、そう思った。

 でも、何を?

 わたしは別の世界から来ました。

 二週間後には帰れなくなるかもしれません。

 帰るかどうか、まだ決められていません。

 そんなこと、言えるはずがない。

 それに、まだ。

 わたし自身の答えさえ出ていない。

 

「ちょっと寝不足なのかも」

 

 笑って誤魔化した。

 

「昨日、少し考え事してたから」

「そう?」

「うん」

 

 アイさんは少しだけ疑うようにこちらを見ていた。

 でも、

 

「ならいいけど」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

「何かあったら言ってね」

「……うん」

「約束」

「うん。ありがとう」

 

 アイさんが笑う。

 

「じゃ、戻ろ。次の授業始まるよ」

「うん」

 

 教室へ戻っていく背中を追う。

 何かあったら。

 そう言ってくれた。

 嬉しかった。

 だから余計に。

 言えないことが、少しだけ苦しかった。

 

 ◇◆◇

 

 昼休み。

 

 いつものように、オレは草下、館花、名古と一緒に飯を食っていた。

 

「正護」

 

 購買で買ってきたパンの袋を開けながら、館花が言う。

 

「来週、また助っ人頼むわ」

「またかよ」

「人足りねぇんだって」

「この前も聞いたぞ、それ」

「事実だから仕方ない」

「予定空いてたらな」

「よし。予約入れた」

「勝手に決定すんな」

 

 草下が笑う。

 

「正護、完全にバスケ部の準部員だよな」

「違う」

「部費払ってないだけじゃね?」

「帰宅部だって言ってんだろ」

「帰宅部なのは俺だ」

「知らねえよ」

「帰宅部エースだからな」

「それ、まだ言ってんのか」

 

 名古がコーヒーを飲みながら苦笑している。

 

「でも正護って何でも助っ人やるよな」

「頼まれたらな」

「断ればいいじゃん」

「人数足りなくて困ってんなら、予定なきゃ手伝うくらいいいだろ」

「そういうとこだぞ」

「何がだよ」

 

 三人が笑う。

 いつもと同じ昼休みだった。

 くだらない話をして、飯を食って。

 午後の授業が面倒だとか。

 今度どこかへ遊びに行こうとか。

 そんな話をする。

 ふと、中庭へ目を向けた。

 

「あ」

 

 見慣れた銀灰色の髪。

 レイチェルだ。

 愛衣たちと一緒に歩いている。

 何か話しているらしい。

 愛衣が大げさに身振りをして、舞依が笑って、美以が何か突っ込んで。レイチェルも笑っていた。

 

「……」

 

 学校へ通い始めたばかりの頃とは全然違う。

 もう、あの中にいることが当たり前みたいだった。

 ――あの光景を見られるのも。

 あと何回なんだろうな。

 

「……」

 

 自分で考えて、嫌になった。

 まだレイチェルは何も決めていない。

 帰ると決まったわけじゃない。

 なのに。

 どうして、いなくなることばかり考えてるんだ。

 

「正護?」

 

 名古の声で我に返る。

 

「ん?」

「どうした?」

「いや」

 

 首を横に振る。

 

「なんでもない」

「レイチェルちゃん見てた?」

 

 草下が言う。

 

「たまたま目に入っただけだ」

「ふーん」

「なんだよ」

「別に?」

 

 こいつ。絶対何か言いたそうだ。

 でも、今は相手をする気になれなかった。

 もう一度だけ中庭を見る。

 レイチェルたちは、校舎の向こうへ消えていた。

 もし、レイチェルが帰ったら。

 家も、随分静かになるんだろうな。

 母さんは寂しがるだろう。

 せっかく娘ができたみたいだって喜んでたし。

 親父も、表にはあまり出さないけど、結構気に入ってる。近所の人たちだって。商店街の人たちだって。学校の連中だって。

 きっと。

 

「……」

 

 そこで気付く。

 なんで、さっきから他人のことばかり考えてるんだ。

 母さんが。親父が。愛衣たちが。商店街の人が。

 じゃあ、オレは?

 

「……オレも、か」

「ん?」

 

 館花が顔を上げる。

 

「何か言ったか?」

「いや」

 

 オレは残っていた飯を口へ放り込んだ。

 

「なんでもねえよ……」

 

 ◇◆◇

 

 放課後。

 

「じゃあね、レイチェル!」

「また明日」

「さようなら」

「うん。また明日」

 

 アイさんたちに手を振る。

 三人も手を振り返してくれた。

 “また明日”

 当たり前の言葉。

 明日も会えるから、何も考えずに言える言葉。

 

「……また明日」

 

 もう一度。

 小さく呟いた。

 校門を出る。

 夕方の商店街。

 

「おかえり、レイチェルちゃん」

 

 八百屋さんのおばさんが声を掛けてくれる。

 

「学校帰り?」

「はい」

「今日はミィルちゃんいないの?」

「お家でお留守番してます」

「あら残念。また連れてきてね」

「はい」

 

 少し歩けば。

 

「お、レイチェルちゃん」

 

 パン屋さんのおじさん。

 

「これ持ってくか?」

 

 小さなパンを一つ差し出される。

 

「え、でも……」

「余ったやつだから気にすんな」

「ありがとうございます」

「灯子さんにもよろしくな」

「はい」

 

 頭を下げる。

 また歩く。

 見慣れた道。見慣れた店。見慣れた人たち。

 最初は、一人で歩くことすら不安だった。

 でも、今は。

 

「ただいま」

 

 自然と、そんな言葉が出そうになる場所になっていた。

 

 ◇◆◇

 

「ただいま」

 

 玄関を開ける。

 

「おかえりなさい」

 

 すぐに、トーコさんの声が返ってきた。

 

「今日は早かったのね」

「はい」

「あら、パン?」

「商店街でいただきました」

「また? あとでお礼言わなきゃね」

 

 トーコさんが笑う。

 奥から、とてとてと足音が聞こえてきた。

 ミィルだ。

 わたしを見るなり、尻尾を揺らしながら駆け寄ってくる。

 

「ただいま、ミィル」

 

 抱き上げる。

 トーコさんの前だから、ミィルは何も言わない。

 でも、わたしの腕の中へ収まると。

 少しだけ頬を擦り寄せてきた。

 

「ふふっ」

「ミィルちゃんも寂しかったのね」

「そうみたいです」

 

 トーコさんがキッチンへ戻る。

 

「もう少ししたら夕飯よ」

「手伝います」

「じゃあ、お味噌汁お願いしようかしら」

「はい」

 

 鞄を置いて。

 制服の袖を少しまくる。

 キッチンへ向かう。

 いつもの夕方。いつもの家。

 いつもの「おかえり」。

 まだ、何も決まっていない。

 帰るのか。残るのか。

 わたし自身にも分からない。

 それなのに、今日一日。

 何度も考えてしまった。

 これが最後だったら。

 あと何回できるんだろう。

 そんなことばかり……

 

「レイチェルちゃん?」

「はい?」

「お味噌、お願いね」

「あ……はい」

 

 トーコさんから味噌を受け取る。

 いつも通りに。いつも通りの夕飯を作る。

 今は、それでいい。

 まだ、答えを出さなくてもいい。

 でも、ガルシアが告げた期限は何も言わなくても。

 少しずつ、確実に近づいていた。

 

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