異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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第五話 帰還の日

 

 約束の日が来た。

 朝から空はよく晴れていた。

 雲も少なくいつもと変わらない朝。

 なのに、今日だけは。

 目を覚ました瞬間から、胸の奥に重いものがあった。

 

「……」

 

 布団の中から。

 壁に掛けられたセーラー服を見る。

 今日は学校へ行かない。

 トーコさんには、少し用事があるからと伝えてある。

 詳しいことはまだ話していない。

 ミィルは、ベッドの端で静かに座っていた。

 いつもなら、わたしが目を覚ませば何か言う。

 寝癖がひどいとか。

 早く起きなさいとか。

 でも今日は、何も言わなかった。

 

「……おはよう、ミィル」

「おはよう」

「今日だね」

「……ええ」

 

 それだけ。

 わたしはゆっくり身体を起こした。

 

 ◇◆◇

 

 朝食もいつも通りだった。

 白いご飯。お味噌汁。焼き魚。卵焼き。

 トーコさんが用意してくれた朝ごはん。

 ケンジさんは新聞を読みながら。

 ショーゴさんはいつも通りご飯を食べている。

 わたしもいつもの席。

 

「レイチェルちゃん」

「はい?」

「お味噌汁、おかわりする?」

「……はい」

「珍しいな」

 

 ショーゴさんがこちらを見る。

 

「いつも一杯じゃなかったか?」

「今日は……少しお腹空いてて」

「そっか」

 

 トーコさんがお椀を受け取る。

 少しして、湯気の立つ味噌汁が戻ってきた。

 

「はい」

「ありがとうございます」

 

 一口。いつもの味。

 ネギのお味噌。

 温かい。覚えておこう。

 そう思った。

 

「……」

 

 また、そんなことを考えている。

 最後だとまだ決まっていないのに。

 

「レイチェルちゃん?」

 

 ケンジさんが新聞越しにこちらを見る。

 

「どうした?」

「いえ」

 

 首を横に振る。

 

「美味しいなって思って」

「そう?」

 

 トーコさんが嬉しそうに笑う。

 

「ならいっぱい食べなさい」

「はい」

 

 笑ってもう一口。

 隣でショーゴさんは何も言わなかった。

 ただ。一瞬だけ、こちらを見た気がした。

 

 ◇◆◇

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 靴を履く。

 ミィルは、今日は最初から鞄の中には入らずに、わたしの肩へ乗っている。

 

「行ってらっしゃい」

 

 トーコさんが笑う。

 

「遅くならないようにね」

「はい」

「正護」

「ん?」

「ちゃんとレイチェルちゃん見てなさいよ」

「わかってる」

「ならよし」

 

 ショーゴさんが靴紐を結ぶ。

 ケンジさんも玄関まで見送りに来ていた。

 

「気をつけてな」

「はい」

「……」

 

 扉へ手を掛ける。

 そのまま。少しだけ止まった。

 

「レイチェルちゃん?」

「……トーコさん」

「なあに?」

「ケンジさん」

「ん?」

 

 二人を見る。

 言いたいことがあった。

 でも、まだ。言えない。

 

「……行ってきます」

 

 結局。いつもの言葉になった。

 

「行ってらっしゃい」

 

 二人の声を背に玄関を出る。

 扉が閉まるその音を。

 いつもより、強く覚えている気がした。

 

 ◇◆◇

 

 街外れへ向かう。

 住宅街を抜け、商店街を抜け。

 さらに、普段はほとんど来ない道へ。

 人通りが少しずつ減っていく。

 

「……」

 

 誰も。ほとんど喋らなかった。

 ショーゴさんはわたしの少し前。

 ミィルは肩の上。

 風が髪を揺らす。

 やがて。町並みの向こうに、小さな丘が見えてきた。

 

「あそこ?」

 

 わたしが聞く。

 

「ああ」

 

 ショーゴさんが頷く。

 

「子供の頃に一回だけ行ったことある」

「怖くなかった?」

「いや、怖いっていうよりはワクワクしてたな」

「そうなの?」

「ああ。結局何も起きなくて残念だったよ」

「……ショーゴさんらしい」

「どういう意味だよ」

 

 少しだけ笑った。

 それだけで、胸の緊張がほんの少し軽くなった。

 

「でも」

 

 ショーゴさんが丘の上を見る。

 

「まさか、あそこに異世界へ繋がるもんがあるとは思わなかったな」

「……うん」

 

 わたしも丘を見る。

 あそこに帰る道がある。

 そう考えた瞬間。

 胸がまた、重くなった。

 

 ◇◆◇

 

 丘を登っていく。

 道らしい道は、ほとんど残っていない。

 生い茂った草。

 土。崩れた石段。

 その先。古い建物が見えてきた。

 

「……ここ」

 

 思わず足を止める。

 廃教会。

 壁の一部は崩れ蔦が這っている。

 鐘楼にはもう鐘は残っていなかった。

 窓にあったはずのステンドグラスもほとんど割れている。

 残った色ガラスが朝の光を受けて、地面へ淡い色を落としていた。

 

「ずいぶん古いところね」

 

 ミィルが呟く。

 

「昔から誰も使ってないらしい」

 

 ショーゴさんが答える。

 

「近所じゃ肝試しの定番だった」

「……ここで肝試しするの?」

「昔はな」

 

 建物へ近づく。

 入り口の扉は片方が外れかけていた。

 中へ入ると薄暗く埃っぽい。

 長椅子はほとんど残っていない。

 祭壇らしき場所も半分崩れている。

 そして、その前。一人の男がこちらに背を向けて立っていた。

 

「……ガルシア」

 

 男が振り返る。

 

「お待ちしておりました」

 

 以前と同じ。

 黒いスーツ。その上にコート。

 ただ。今日はいつもより少し顔色が悪いように見えた。

 

「ガルシア」

 

 ミィルが飛び降りる。

 

「ちゃんと休んでる?」

「問題ありません」

「その答え、信用できないのよ」

「問題ありません」

「二回言えば信用すると思ってる?」

「ミィル」

 

 わたしが止める。

 

「……分かってるわよ」

 

 ミィルは不満そうに鼻を鳴らした。

 

「それで」

 

 ショーゴさんが周囲を見る。

 

「ゲートってのは?」

「こちらです」

 

 ガルシアが祭壇の奥へ向かう。

 そこには何もない。石壁。崩れた床。それだけ。

 

「……?」

 

 ショーゴさんが首を傾げる。

 

「何もないぞ?」

「ショーゴには見えないわ」

 

 ミィルが答える。

 

「見えるとか見えないとかじゃなくて」

 

 少し目を細める。

 

「感じるものだから」

「ミィルは?」

「……ある」

 

 ミィルの表情が真剣なものに変わった。

 

「かなり弱いけど」

 

 ガルシアが頷く。

 

「これから一時的に機能を引き上げます」

「その前に」

 

 ミィルが周囲を見る。

 

「結界を張るわ」

「必要ですか?」

「必要よ。ゲートが不安定なんでしょう?

 何かあって外に影響が出たら困るもの」

「承知しました」

 

 ミィルが礼拝堂の中央へ移動する。

 

「ショーゴ」

「ん?」

「悪いけど」

 

 小さく息を吸う。

 

「今日は私、ほとんど動けないと思う」

「結界か?」

「ええ。この建物全部と」

 

 ミィルが祭壇を見る。

 

「ゲートから漏れる魔力まで抑える必要がある」

「戦いになったら?」

「……二人で何とかして」

「軽く言うな」

「今の二人なら何とかなるでしょ?」

「プレッシャーかけんなよ」

 

 わたしはショーゴさんを見る。

 

「……頑張ろうね」

「おう」

 

 ショーゴさんが少しだけ笑った。

 

「まあ、今日は戦わないのが一番だけどな」

「……うん」

 

 わたしもそう思う。

 戦いたくない。

 ガルシアとも。

 ショーゴさんにも戦ってほしくない。

 

 ◇◆◇

 

「始めるわ」

 

 ミィルが目を閉じる。

 額の赤い宝石が淡く輝く。

 その瞬間。

 風が教会の中を通り抜けた。

 

「……!」

 

 空気が変わる。

 薄い光がミィルを中心に広がっていく。

 床。壁。天井。崩れた窓。

 教会全体を半透明の膜が包んでいく。

 

「これで」

 

 ミィルが少し苦しそうに息を吐く。

 

「外への影響は抑えられる」

「大丈夫か?」

「平気よ」

「顔しんどそうだけど」

「集中してるだけ!」

「分かったよ」

 

 ガルシアが祭壇の前へ立ち、右手を上げた。

 今までとは比べものにならない魔力量。

 空気が震える。

 床に淡い光の線が浮かぶ。

 一つ。二つ。幾重にも複雑な模様を描いていく。

 

「……術式?」

 

 わたしが呟く。

 

「はい」

 

 ガルシアが答える。

 

「ゲートの残存機能を一時的に引き上げます」

「ガルシア」

「はい」

「身体は?」

「問題ありません」

「……」

「本当です」

 

 わたしの顔を見て、少しだけ言い直した。

 

「多少の負担はございますが」

 

「やっぱり」

「許容範囲です」

 

 床の光が強くなる。

 

「下がってください」

 

 わたしたちは少し距離を取る。

 ガルシアが両手を前へ出す。

 

「――開け」

 

 低い声。

 瞬間。

 空間が歪んだ。

 

「……!」

 

 そこには本当に。何もなかった。

 なのに、空間そのものが左右へ引き裂かれていく。

 細い光。

 それが、少しずつ広がる。

 人が一人通れる程度。

 

「これが……」

 

 ショーゴさんが呟く。

 裂け目の向こう。

 景色ははっきりとは見えない。

 色。光。風。でも、

 

「……」

 

 分かる。懐かしいこの感覚。空気。魔力。たしが生まれた世界。

 

「……お父様」

 

 声が、自然に漏れた。

 お父様。お母様。お祖父様。

 みんながあの向こうにいる。

 少し進めば、帰れる。やっと会える。

 そのはずなのに、涙が出そうになる。

 嬉しいからなのか、悲しいからなのか。

 自分でも、分からなかった。

 

「お嬢様」

 

 ガルシアが裂け目の横へ立つ。

 

「長時間の維持は不可能です」

「……」

「参りましょう」

 

 差し出された手。

 その向こう。帰る道。

 

「……」

 

 一歩。

 足を出す。床を踏む。

 あと。何歩だろう。十歩もない。

 それだけ。なのに。二歩目が出なかった。

 

「……?」

 

 ガルシアがわずかに眉を寄せる。

 

「お嬢様?」

「……」

 

 足が。動かない。

 頭の中で、いろんなものが一気に浮かんだ。

 

『おかえりなさい』

 

 トーコさん。

 毎日。家へ帰るたび、そう言ってくれる。

 

『今日は学校どうだった?』

 

 ケンジさん。

 食卓でニュースを見ながら話した。

 

『今度またゲームセンター行こ!』

 

 アイさん。

 

『何かあったら言ってね』

 

 マイさん。

 

『分からないところがあったら教えますから』

 

 ミイさん。

 

 学校。チャイム。教室。中庭。セーラー服。

 商店街で声を掛けてくれる人たち。

 プリクラ。

 白猫のぬいぐるみ。

 浴衣。

 そして。

 

『レイチェルが決めるんだ』

 

 ショーゴさん。

 

「……」

 

 振り返る。

 少し離れた場所でショーゴさんが立っていた。

 何も言わない。

 ただ、こちらを見ている。

 ミィルも結界を維持しながら、わたしを見ていた。

 誰も答えを言ってくれない。

 だから、わたしが決めなければならない。

 その時ふと、お父様のことを思い出した。

 お母様から何度も聞いた話。

 お父様はもともと、お母様とは違う世界の人だった。

 二人は偶然出会った。

 そして、最後にお父様は自分の世界へ戻らなかった。

 お母様のいる世界で生きることを選んだ。

 子供の頃不思議だった。

 どうして、自分が生まれた場所を、

 自分が知っている世界を離れられたんだろう。

 怖くなかったのかな。

 寂しくなかったのかな。

 後悔しなかったのかな。

 ずっと、分からなかった。

 でも今なら。ほんの少しだけ、分かる気がする。

 きっと、どちらの世界が大切だったか。

 そういうことじゃなかった。

 元の世界を嫌いになったわけでも。

 捨てたかったわけでもない。

 それでも、ここで生きたい。この人と生きたい。

 そう思えるものを新しい世界で見つけた。

 だから選んだんだ。

 

「……」

 

 胸へ手を当てる。

 

 帰りたい。

 

 その気持ちは今もある。

 お父様に会いたい。お母様に会いたい。

 お祖父様にもちゃんと謝りたい。

 でも、離れたくない。

 トーコさんと。ケンジさんと。

 アイさんたちと。そして--

 

「……ショーゴさん」

 

 名前を。小さく口にする。

 胸の奥がまた、きゅっとなる。

 ようやく。分かった。

 帰りたくないんじゃない。

 故郷が嫌いになったわけでもない。

 ただ、わたしは今。この場所から離れたくない。

 それも同じくらい。本当の気持ちだった。

 

「お嬢様」

 

 ガルシアの声。振り返る。

 

「時間がございません」

 

 裂け目がわずかに揺れている。

 

「参りましょう」

 

 もう一度。手を差し出される。

 

「……」

 

 わたしはその手を見た。

 そして、首を横へ振った。

 

「……ごめんなさい」

 

 ガルシアの表情が止まる。

 

「何を」

「ガルシア」

 

 自分の声が少し震えている。

 でも、目は逸らさなかった。

 

「わたし」

 

 一度。息を吸う。

 

「帰れません」

 

 教会が静かになった。

 

「……」

 

 ショーゴさんも、ミィルも、ガルシアも。何も言わない。

 

「お嬢様」

 

 やがて、ガルシアが低い声で言った。

 

「今のお言葉の意味を--」

「分かっています」

「いいえ」

 

 初めて。ガルシアの声が少し強くなった。

 

「分かっておられません」

「分かっています」

「この機会を逃せば」

 

 ガルシアが裂け目を見る。

 

「次に帰還する術を得られる保証はございません」

「はい」

「お父上にもお母上にもお祖父様にも

 二度とお会いできない可能性がございます」

「……はい」

 

 胸が痛む。それでも頷いた。

 

「それでもです」

 

 ガルシアの眉が僅かに動く。

 

「帰りたくないわけじゃありません」

 

 わたしは続ける。

 

「お父様にも、お母様にも会いたいです。

 お祖父様にもちゃんと謝りたい」

「だったら――」

「でも!」

 

 自分でも驚くくらい声が出た。

 

「今ここで誰かに言われたから帰るのは嫌です」

「……」

「お祖父様が言ったから、

 ガルシアが連れていくから。

 だから帰る」

 

 首を横へ振る。

 

「それは、わたしが選んだことじゃない」

「お嬢様」

「わたしは」

 

 胸へ手を当てる。

 

「自分で決めたい。

 帰るなら、自分で帰るって決めて

 自分の足で帰りたい。

 だから」

 

 ガルシアを見る。

 

「今は」

 

 言う。

 

「この世界に残ります」

 

 言葉にした瞬間。

 怖かった。

 これで、本当に帰れなくなるかもしれない。

 でも同時に。

 胸の奥にあったものが、

 初めて形になった気がした。

 

「……」

 

 ガルシアは長い間。何も言わなかった。

 その顔から何を考えているのかは分からない。

 やがて。

 

「残念です」

 

 静かに。そう言った。

 

「……ガルシア」

「ですが」

 

 視線が鋭くなる。

 

「お嬢様の意思を確認することは」

 

 一度。言葉を切る。

 

「私の任務には含まれておりません」

「……え?」

「私が受けた命令は」

 

 ガルシアが真っ直ぐこちらを見る。

 

「お嬢様を、無事にお連れ帰りすることです」

「でも。わたしは帰らないって――」

「決める必要はございません」

 

 その一言に。

 胸の中で、何かが強く揺れた。

 

「……何それ」

 

 自分でも驚くくらい低い声だった。

 

「わたしが」

 

 一歩。前へ出る。

 

「わたしのことを決める必要がないって

 どういう意味ですか?」

「お嬢様」

「答えてください」

 

 ガルシアの視線が。

 僅かに揺れる。

 でもすぐに。元へ戻った。

 

「お祖父様のご命令です」

「……」

「それが私にとっての全てです」

 

 ガルシアがこちらへ一歩近づく。

 

「時間がございません。お嬢様失礼いたします」

 

 手が伸びてくる。

 その瞬間。

 

「待てよ」

 

 横から声がした。

 ショーゴさんがいつの間にか。わたしの少し斜め後ろへ立っていた。

 

「本人が」

 

 ガルシアを見据える。

 

「帰らないって言ってんだろ」

「獅童殿。退いていただきたい」

「嫌だね」

「これは我々の世界の問題です」

「そうかもな」

 

 ショーゴさんが、少しだけ肩をすくめる。

 

「でも、レイチェルが自分で決めるって話なら」

 

 わたしを見る。

 

「もう」

 

 それだけで答えは分かった。

 

「オレにも関係ある」

 

 ガルシアの目が細くなる。

 

「以前にも申し上げました。

 獅童殿。貴殿は退いてください」

「退かねぇよ」

「ならば」

 

 空気が変わった。

 ガルシアの周囲で魔力が静かに集まり始める。

 

「力ずくでも退いていただきます」

「ショーゴ!」

 

 ミィルの声。

 結界の中央。

 額の赤い宝石が強く光っている。

 

「悪いけど!」

 

 苦しそうに叫ぶ。

 

「私は動けない!」

「分かってる!」

「この結界を解いたら」

 

 ミィルがゲートを見る。

 

「外に魔力が漏れる!それに」

 

 裂け目が不安定に揺れる。

 

「今の状態でゲートの力が暴れたら、

 何が起きるか分からない!

 だから二人で何とかして!」

「簡単に言うな!」

 

 ショーゴさんが叫ぶ。

 その両手には、もう光が集まり始めていた。

 右手に黒。左手に赤。二丁の拳銃。

 

「レイチェル」

 

 ショーゴさんがわたしを見る。

 

「下がってろ」

「……」

 

 その言葉に。

 わたしは首を横へ振った。

 

「嫌です」

「レイチェル?」

 

 右手を前へ出す。

 淡い光が手の中へ集まる。

 細く、長く。一本のレイピア。

 

「これは」

 

 柄を握る。

 

「わたしの問題です」

 

 ショーゴさんが、少しだけ驚いた顔をした。

 

「だから」

 

 レイピアを構える。

 

「わたしが戦います」

「……」

「ショーゴさんは」

 

 一度。振り返る。

 

「援護をお願いします」

 

 数秒。

 ショーゴさんが何も言わなかった。

 そして、小さく笑う。

 

「……了解」

 

 黒い拳銃を構える。

 

「無茶すんなよ」

「ショーゴさんも」

「お互い様だな」

「……うん」

 

 ガルシアを見る。

 その表情が、初めてはっきりと変わっていた。

 

「お嬢様。剣をお収めください」

「嫌です」

「私は、お嬢様と戦うつもりはございません」

「だったら」

 

 一歩。前へ。

 

「わたしの話を聞いてください」

「それとこれとは」

「同じです」

 

 レイピアの切っ先をガルシアへ向ける。

 

「今まで……わたしは」

 

 少しだけ、手が震える。

 でも、止めない。

 

「ガルシアに守ってもらってきました」

「……」

「だから、本当はこんなこと」

 

 したくない。それでも、

 

「これは」

 

 自分に言い聞かせるように言う。

 

「わたしが越えなきゃいけないことだから」

 

 ガルシアの目が僅かに見開かれた。

 そして、その直後。

 ガルシアの前に、今まで見たことのない光が現れた。

 

「……!」

 

 わたしもショーゴさんも息を呑む。

 光が形を作っていく。

 まず、大きな盾。無骨で厚く。

 中央には見覚えのある紋章。

 

「……ブルグランド家の」

 

 わたしが呟く。

 そして。ガルシアが盾の内側へ手を伸ばした。

 そこから一本の長剣を引き抜く。

 

「何よ……それ」

 

 ミィルの声にも驚きが混じっていた。

 

「私も知らないわ」

「能力……?」

 

 ショーゴさんが呟く。

 ガルシアは盾を左手。剣を右手に構える。

 

「その通りです」

「今まで使ってた腕は?」

 

 ショーゴさんが聞く。

 

「あれは魔法です」

「……あれで能力じゃなかったのかよ」

 

 ショーゴさんが嫌そうな顔をした。

 

「これは」

 

 ガルシアが盾へ視線を落とす。

 

「ラディーナ家を守る盾」

 

 続いて、長剣。

 

「そして、ラディーナ家へ仇なす者を退ける剣」

 

 静かに、言う。

 

「それが、私の“覚悟”が形となった私の力です」

 

 胸が少しだけ痛んだ。

 ガルシアらしい。

 そう思った。

 昔からずっと、ラディーナ家を守ってきた人。

 お祖父様の命令を何よりも優先して。

 わたしのことも、ずっと守ってくれた。

 だからこそ。

 

「……ガルシア」

「はい」

「それを」

 

 盾を見る。

 

「今。誰から、わたしを守るために使うんですか?」

 

 ガルシアが一瞬。止まった。

 

「……」

 

 答えは、ない。

 その沈黙を破るように、ショーゴさんが黒い拳銃を上げた。

 

「同じこと思ったわ」

「獅童殿」

「その盾」

 

 黒の銃口をガルシアへ向ける。

 

「ラディーナ家を守るためなんだろ?」

「……」

「じゃあ今」

 

 ショーゴさんの声が少しだけ低くなる。

 

「お前は、誰から誰を守ってんだよ?」

 

 ガルシアの表情が、ほんの一瞬揺れた。

 でも、剣は下がらなかった。

 

「……お嬢様を」

 

 静かに答える。

 

「誤った選択からお守りします」

「……」

 

 わたしは、レイピアを強く握った。

 

「なら」

 

 一歩。踏み出す。

 

「その選択が、本当に間違っているのか」

 

 ガルシアを見る。

 

「わたし自身が証明します」

「お嬢様……」

「いきます」

 

 次の瞬間。地面を蹴った。

 ガルシアも同時に動く。

 レイピアと剣が。

 廃教会の中央で初めて、激しくぶつかった。

 

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