異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました 作:たけのこ教徒
金属がぶつかるような、鋭い音が響いた。
「っ……!」
重い。分かっていた。
ガルシアの剣は、見た目以上に重い。
それでも、下がらない。
レイピアを滑らせるようにして剣を受け流し、身体を横へずらす。
「はっ!」
そのまま踏み込み胸元を狙う。
--けれど。
ガンッ!
大きな盾が割って入った。
「くっ……!」
切っ先が盾の表面を滑る。
硬い。ただの金属じゃない。
魔力そのものが、何層にも重なっているような感覚。
「お退きください、お嬢様」
「嫌です!」
盾越しに押し返される。
足が地面を滑った。
「わっ……!」
距離が開く。
ガルシアがこちらではなく、わたしの横を見る。
「……!」
嫌な予感。
「獅童殿」
ガルシアが踏み込む。
狙いはショーゴさん。
「ショーゴさん!」
「分かってる!」
乾いた銃声。
黒い弾丸がガルシアへ飛ぶ。
ガルシアは盾で受ける。
鈍い衝撃音。
ガルシアの身体がほんの少しだけ揺れた。
けれど、止まらない。
「貴殿が退けば」
盾を構えたまま前へ。
「この戦いは不要です」
「本人が退かねぇって言ってんだろ!」
ショーゴさんが今度は赤い拳銃を上げる。
光の弾丸がガルシアの盾へ向かう。
「……!」
当たる直前。
ガルシアが盾を傾ける。
赤い弾が表面を掠めた。
バチィッ!
盾を覆っていた魔力が一瞬だけ乱れる。
「やっぱ効く!」
「ショーゴさん!」
「おう!」
その隙を狙いわたしはガルシアの懐へ走った。
「――っ!」
レイピアを突き出す。
ガルシアが剣で払う。
一合。二合。三合。
速い。
わたしが打ち込むより早く、次の剣が来る。
「くっ!」
受ける。逸らす。踏み込む。また受ける。
昔、何度も稽古をつけてもらった。
だから。分かる。剣の振り方。足運び。呼吸。
全部。知っている。
でも、だからこそ怖い。
昔よりずっと、ガルシアが強く見える。
「お嬢様」
剣が横薙ぎ。しゃがむ。
髪の上を風が抜ける。
「これ以上は」
盾が前へ突き出される。
「危険です!」
「決めるのは!」
盾の端へレイピアを当てる。
力では勝てない。
なら、流す。
「わたしです!」
盾の力を外へ逃がす。
身体を回し横へ抜ける。
背後。
「……!」
ガルシアが振り返る。
切っ先が肩へ届く。
その直前。
魔力と空気が膨らんだ。
「レイチェル!」
ショーゴさんの声。
反射的に飛び退く。
直後。
地面から巨大な腕が突き出した。
「……!」
以前。
ショーゴさんを襲った。
あの魔力の腕。
レイピアで切り払う。
でも、一本じゃない。
二本。三本。
「こんなに……!」
「お嬢様」
ガルシアはその向こうにいる。
「どうか」
「お退きください」
「嫌です!」
一本目を避ける。
二本目はレイピアで逸らす。
三本目。間に合わない。
「っ――」
パンッ!
黒い弾丸が魔力の腕の側面へ当たり、軌道が逸れた。
わたしのすぐ横を腕が通り過ぎる。
「レイチェル!」
「大丈夫です!」
答える。
ショーゴさんが、少し離れた場所から両手の銃を構えている。
今まで裏山で何度も見た姿。
訓練を始めたばかりの頃とは。
全然違う。
構えも、狙いも。動きも。
「前!」
「はい!」
ショーゴさんの声。
ガルシアが盾を突き出して突進する。
それを避ける。
その瞬間。銃声。
赤い弾が盾を覆っていた魔力が揺らぐ。
「今!」
踏み込みレイピアを盾へ突く。
今度は入る。
表面に僅かな傷。
「……!」
ガルシアが目を見開いた。
「届いた……!」
初めて、この盾にわたしの剣が届いた。
「まだ!」
もう一度、突く。
でも、今度は剣で弾かれる。
ガキン!
腕が痺れる。
「甘い!」
ガルシアの盾が真正面にある。
「っ!」
受けられない。
後ろへ飛ぶ。それでも、衝撃が襲う。
「きゃっ!」
地面へ転がる。
「レイチェル!」
ショーゴさんの声。
「大丈夫!」
すぐに起き上がる。
膝が少し痛い。
でも、動ける。
「……」
ガルシアが止まっていた。
わたしを見る。
さっきまでより、明らかに顔が険しい。
「お嬢様」
「……何ですか」
「お強くなられましたね」
「え?」
思っていなかった言葉だった。
「以前より」
剣を構え直す。
「遥かに」
「……」
「ですが」
盾を前へ。
「それでも、私を越えるには」
魔力が一気に膨れ上がった。
「まだ足りません」
床が震える。
「……っ」
ガルシアの背後に。
魔力の腕。
今度は四本。
さらにその腕には剣が握られる。
「さすがに多すぎだろ……!」
ショーゴさんの声。
「ショーゴ!」
ミィルが叫ぶ。
「結界が揺れてる!」
「オレに言われても!」
「できるだけ威力抑えて!」
「この状況でか!?」
「外に漏れたらもっと面倒なの!」
「分かったよ!」
礼拝堂の中央にいるミィルを見る。。
額の赤い宝石が強く光っている。
前足が震えている。
結界。壁。天井。全部が細かく揺れていた。
「ミィル!」
「私は大丈夫!」
すぐに返ってくる。
「こっちは気にしないで!」
「でも!」
「レイチェル!」
いつもより強い声。
「今は前を見なさい!」
「……」
「あなたが決めたんでしょう!」
その言葉。
「……うん!」
ガルシアを見る。
そう、わたしが決めた。
ここに残ると。
自分で、なら。
最後まで、自分で。
「いきます!」
走る。
五本の腕が襲い来る。
一本目を避ける。
二本目は剣で切る。
三本目--
「右!」
ショーゴさんの声に反応し身体を捻る。
腕が横を通る。
「上!」
見ると四本目の振り下ろし。
避けられない。
パンッ!
赤い弾で魔力の腕が崩れる。
「ありがとうございます!」
「まだ来るぞ!」
五本目。低く足を狙っているのが分かったから跳ぶ。
それを読んでいたガルシアが空中で待ち構えていた。
剣をこちらへ振り下ろす。
「……!」
空中で受ける。
踏ん張りが出来ないから力が入らない。
押される。
「くっ……!」
地面へ落ち着地。
転がるもすぐに起き上がり、そのまま後ろへ。
距離を取る。
「レイチェル!」
ショーゴさんが左に立つ。
「行けるか!?」
「はい!」
「三秒作る!」
「え?」
「いいから!」
黒の連射をガルシアの盾が全部受ける。
でも、衝撃で足が少しずつ止まる。
「獅童殿!」
「こっちを見ろ!」
さらに、赤を連射。
一発で盾の魔力が揺れるそれを連射している。
「……っ!」
ガルシアが初めて。ショーゴさんへ完全に意識を向けた。
「一!」
ショーゴさんが数える。
それを合図に走る。
「二!」
距離が縮まる。
「三!」
「はぁっ!」
レイピア。狙いはガルシアの脇腹。
「……!」
届く。
でも、直前。盾が割り込む。
「くっ!」
切っ先が盾を擦る。
「惜しい!」
ショーゴさん。
「まだです!」
止まらない。
盾が上を守るなら下。足元を狙う。
ガルシアが身体を引く。
剣が迫り来る。
「甘い!」
剣が振り下ろされる。
レイピアで受ける。重い。
「……っ!」
片膝をつく。
ガルシアの剣が押し込まれる。
「お嬢様」
顔が近いからその表情がよく見える。
「もう、おやめください……」
「嫌……です」
「なぜ」
剣がさらに重くなる。
「なぜそこまで、この世界に拘られるのです?」
「……」
押し負けないように、力を入れる。
「拘ってるんじゃ」
息が苦しい。
「ありません!」
剣を横へ滑らせ、身体を回す。
つばぜり合いから抜ける。
「わたしは!」
もう一度、レイピアを向ける。
「ここで!」
一撃。
「生きたいって!」
二撃。
「自分で!」
三撃。
「決めたんです!」
ガルシアが全部受ける。
でも、少しずつ後ろへ下がる。
「……!」
初めてガルシアの顔に驚き。
「お嬢様……」
「だから!」
最後に突く。
ガルシアはそれを盾で受ける。
「わたしの気持ちを!」
力を込める。
「勝手に!」
盾が僅かに下がる。
「決めないでください!」
衝撃。わたしもガルシアも離れる。
「……」
息が苦しい。腕が重い。
でも、まだ立てる。やれる。
ガルシアも剣を下ろさない。
「……お嬢様」
「まだやります」
「……」
「ガルシアが」
呼吸を整える。
「わたしの話を聞いてくれるまで、何度でも」
わたしもレイピアを構える。
「立ちます」
ガルシアの目が揺れた。
その時。
「なあ!」
ショーゴさんの声に、ガルシアが視線を向ける。
「お前!」
黒い銃を構えたまま。
「レイチェルのこと大事なんだろ!」
「当然です!」
即答。
「だったら!」
銃声。ガルシアが盾で防ぐ。
「なんで話聞かねぇんだよ!」
「お嬢様を!」
ガルシアが弾を受けながら。
「危険から遠ざけることが!私の役目です!」
「それ!」
ショーゴさんが走る。
横へ射線を変える。
「お前が守りたいって思ってるだけだろ!」
「何を!」
「レイチェルが!」
赤を撃つ。
魔力の腕が一つ崩れる。
「どうしたいかは!」
もう一発。
「どこに入ってんだよ!」
「私の意思は!」
ガルシアが盾で弾き飛ばす。
「必要ありません!」
「お前の意思の話じゃねぇ!」
ショーゴさんが怒鳴った。
あんな声初めて聞いた。
「レイチェルの意思の話してんだよ!」
「……!」
ほんの一瞬。ガルシアが止まる。
「本人が!」
ショーゴさんが続ける。
「帰らないって言ってんだろ!それを無視して!
何が守るだよ!」
「私は!命令を!」
「だから!」
黒の銃声。
それを盾で防ぐ。
「命令命令って!」
ショーゴさんが睨む。
「お前自身は!どうしたいんだよ!」
「……」
ガルシアの口が、止まった。
「私は……」
初めて、答えが続かない。
「……」
剣が少し下がる。
「私は」
もう一度。言おうとして止まる。
「……」
その顔は見たことがない。
ガルシアはいつも、迷わなかった。
お祖父様に言われたから。
ラディーナ家のためだから。
それだけで、何でも決めていた。
でも、今。初めて。何も言えない。
「ガルシア」
呼ぶ。
「……」
こちらを見る。
「わたし」
一歩。前へ。
「ガルシアがわたしのことを、大切にしてくれてるのは知っています」
「……お嬢様」
「小さい頃から」
思い出す。転んだ時に抱き起こしてくれた。
剣の稽古で、何度も泣いた。
厳しかった。
でも、怪我をした時に一番心配してくれた。
わたしが風邪を引けば、薬を持ってきてくれた。
外へ出たいと言えば、いつも駄目だと言った。
「ずっと、守ってくれました。だから」
レイピアを下げない。
「分かってほしいんです。守られるだけじゃ、嫌なんです」
「……」
「失敗するかもしれない。間違えるかもしれない。
危ない目に、また遭うかもしれない。それでも」
胸へ手をやる。
「わたしの人生だから、わたしが選びたい」
ガルシアの盾が僅かに下がる。
「お嬢様」
「……」
「私は」
少し、いつもと違う声。
「貴女様を失いたくないのです」
「……」
初めて聞いた。
ガルシア自身の言葉。
「お祖父様の命令だから?」
「……」
ガルシアが目を伏せる。
「それだけでは」
小さく。
「ありません」
胸が痛んだ。やっぱり……
「だったら」
わたしは、少し笑った。
「なおさら、わたしの話を聞いてください」
「……」
長い沈黙。
でも、次の瞬間。
ゲートが大きく揺れた。
「……!」
光の裂け目が歪む。
「まずい!」
ミィルの焦る声。
「限界が近い!」
結界が大きく揺れる。
「ガルシア!」
ミィルが叫ぶ。
「ゲートが保たない!」
「……」
ガルシアが振り返る。
裂け目が小さく縮んでいる。
「時間が……」
その表情が、また変わる。迷い。
そして、任務。
「お嬢様」
盾がもう一度上がる。
「……ガルシア?」
「申し訳ございません」
剣を構える。
「やはり。私は任務を果たします」
「……」
ショーゴさんが小さく舌打ちした。
「まだやるのかよ」
「はい」
ガルシアの目にあった迷いは、もう消えていた。
でも、さっきまでとは何かが違う。
「お嬢様。次で」
盾を前に。剣を弓引くように後ろに。
「終わらせます」
わたしも、レイピアを構える。
「……分かりました」
息を吸う。
「なら」
ショーゴさんを見ると目が合う。
「最後まで付き合ってください」
ショーゴさんが、黒と赤の二丁を構え直した。
「最初からそのつもりだ」
ミィルも結界の中央から。
「二人とも!」
叫ぶ。
「本当に次で決めて!私も限界!」
「了解!」
「うん!」
ガルシアの盾と剣。
わたしのレイピア。
ショーゴさんの黒と赤。
ゲートの光が崩れ始める。
もう、時間はない。
それでも今度は。
怖くなかった。
わたしが選んだ事だから。
この一歩は、誰かに押されたものじゃない。
自分の足で踏み出す。
「いきます!」
ガルシアへわたしは。
最後の一歩を踏み込んだ。