異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました 作:たけのこ教徒
「いきます!」
地面を蹴る。
ガルシアも同時に動いた。
真正面から盾を構え、その陰から剣が伸びる。
速い。でも、もう何度も見たガルシアの剣。
子どもの頃から何度も、何度も。
稽古で向けられた剣。
「――っ!」
身体を半歩ずらす。
剣先が頬のすぐ横を抜ける。
怖い。それでも、足は止まらなかった。
「はぁっ!」
レイピアを突き出す。
ガンッ!
盾で防がれる。
やっぱり、真正面からでは通らない。
「お嬢様」
「まだです!」
すぐに引く。
もう一度、今度は右。
ガルシアの盾が追う。
左からまた追われる。
分かっていた。
わたし一人では、この盾を抜けない。
だったら。
「ショーゴさん!」
「おう!」
後ろから乾いた銃声が三つ。
黒。一発目を盾の中央に。
二発目は上。
三発目は下。
連続した衝撃にガルシアの盾が僅かにぶれる。
「獅童殿!」
「悪いな!」
ショーゴさんの声。
「今日はレイチェルの援護役なんだよ!」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「いきます!」
踏み込む。
盾の外側を狙う。
ガルシアが剣を振り受ける。
レイピアを滑らせ剣の軌道を逸らす。
次は肩。
「……!」
ガルシアが身体を引くが届かない。
「まだ!」
追う。一歩。二歩。
その瞬間。ガルシアの足元から、魔力の腕が飛び出した。
「レイチェル、左!」
「はい!」
横へ、避ける。
二本目は前。跳ぶ。
三本目は空中。
これは避けられない。
赤い光が横から飛んできた。
パンッ!
魔力の腕が途中から崩れる。
「今だ!」
ショーゴさん。
「はい!」
着地し、そのまま走る。
ガルシアの盾の魔力がさっきより薄い。
赤い弾で少しずつ削られている。
でも、まだ硬い。
「お嬢様!」
ガルシアの剣が真上から来る。
それを受ける。
「くっ……!」
重い。腕が沈む。
「ここまでです!」
「違います!」
「何が!ここからです!」
力比べじゃ、正面からでは無理。
分かってる。
だから、受けるんじゃない。
右へ流し、身体を沈める。
ガルシアの剣がレイピアを滑って地面へ。
「……!」
その一瞬。
空いた懐を突く。
盾が間に入る。
やっぱり……でも、
「ショーゴさん!」
「分かってる!」
赤の一発。
盾の表面の魔力が揺らぐ。
二発目。今度は縁に。
三発目。中央に。
ばちんっ!
盾を覆う光が大きく乱れた。
「……っ!」
ガルシアの表情が初めて、苦しそうに歪む。
「ガルシア!」
レイピアで押す。
盾が少しずつ後退する。
「退いてください!」
「それは!」
ガルシアも押し返す。
「こちらの台詞です!」
「嫌です!」
「お嬢様!」
「嫌なものは嫌です!」
自分でも、子どもみたいだと思った。
でも、これでいい。
ずっと、聞き分けのいい子でいようとしてきた。
お祖父様に言われたら、はい。
ガルシアに止められたら、分かりました。
でも今回は、違う。
「わたしは!」
押す。
「ここに残るって!」
さらに。
「決めたんです!」
盾が少し下がる。
その瞬間。ガルシアの目がわたしではなく、後ろへ向いた。
「獅童殿!」
しまった。
ガルシアが、盾をこちらへ残し。
身体を捻る。
剣を両手で構え、ショーゴさんへ突撃する。
「ショーゴさん!」
「来い!」
ショーゴさんは退かなかった。
黒い拳銃を正面に構え撃つ。
ガルシアは盾ではなく、剣で弾く。
「マジかよ!?」
「貴殿を排除すれば!」
ガルシアが距離を詰める。
「お嬢様も――」
「させません!」
間へ割り込む。
ガキンッ!
剣とレイピアがぶつかる。
「お嬢様!?」
「ショーゴさんを狙わないで!」
「退いてください!」
「退きません!」
ガルシアがすぐに剣を引いた。
やっぱり、わたしには本気で振れない。
その躊躇……今なら、分かる。
「ガルシア」
「……」
「わたしを傷つけたくないんでしょう?」
「当然です」
「だったら」
剣を押し返す。
「ショーゴさんだけ傷つけるのもやめてください!」
「彼は!関係ありませんッ!」
「関係あります!」
ガルシアの動きが一瞬、止まる。
「わたしが」
息を整える。
「この世界に残りたいと思った理由の一つです」
「……」
ショーゴさんの方は見なかった。
見たら、たぶん。
恥ずかしくて言えなくなる。
「トーコさんも」
「ケンジさんも」
「アイさんたちも」
「学校のみんなも」
「この街の人たちも」
「全部」
「わたしがここで大切にしたいものです」
そして、
「ショーゴさんも」
はっきり言った。
胸がすごく。
速く鳴っている。
でも、後悔はなかった。
「だから--」
ガルシアを見る。
「わたしの大切な人を、わたしを守るためだと言って
傷つけないでください!」
「……」
ガルシアの剣がわずかに下がる。
ショーゴさんも何も言わない。
たぶん、今。
すごく変な顔してる気がする。
でも、後でいい。
今はガルシアだ。
「お嬢様」
低い声。
「私は」
ガルシアが盾を握り直す。
「お嬢様を失いたくない」
「……はい」
「この世界に残り、再び危険に晒され。もし」
一瞬。言葉が止まる。
「もし、取り返しのつかないことになれば」
その声は、初めて怖がっているように聞こえた。
「私は」
盾は少し震えている。
「お祖父様へ、何と申し上げればよいのです?」
「……」
「お父上とお母上へ、何と……」
やっぱり、ガルシアは怖かったんだ。
命令だから、それだけじゃない。
「ガルシア」
わたしはレイピアを少し下げる。
「それでも」
「はい」
「わたしは」
一歩、近づく。
「ガルシアに決めてほしくないです」
「……」
「失敗して、傷ついて、泣くかもしれない。それでも」
胸の前に空いた手を置く。
「その結果を、自分で選んだものとして受け止めたい」
「お嬢様」
「ずっと」
笑う。少しだけ。
「守ってくれて、ありがとう」
ガルシアの目が。揺れる。
「でも」
レイピアをもう一度構える。
「これからは、少しだけわたしに任せてください」
「……」
しばらく、ガルシアは何も答えなかった。
その時。
「レイチェル!」
ミィルの声に振り返る。
「ゲートが!」
光の裂け目が小さくなっていく。最初の半分くらいになっている。
周囲の術式も点滅している。
「もう保たない!」
結界も大きく揺れている。
「ガルシア!」
「……」
ガルシアがゲートを見る。
時間がもうない。
そして、また。わたしを見る。
そこに迷い。
でも、次の瞬間。
剣が上がる。
「……申し訳ございません」
「ガルシア」
「最後まで」
盾を構える。
「私は、私の務めを果たします」
「……そうですか」
悲しかった。
でも、不思議と怒りはなかった。
「なら」
わたしも。
「最後まで」
構える。
「わたしの意思を通します」
「ショーゴさん!」
「おう!」
後ろから足音。
「ミィル!」
「結界は任せて!」
「うん!」
ガルシアも真正面から向き合う。
「参ります」
「はい!」
踏み込む。
◇◆◇
今までで一番速い。
ガルシアの盾の突進を避ける。
その横から剣が迫り、受ける。
重い。でも、今度は止まらない。
「はっ!」
弾く。
ガルシアは数歩分戻る。
盾を構えなおす。
次に赤い銃声。
ガルシアの盾の魔力が揺れる。
「……!」
踏み込むわたし。
レイピアが盾に当たり、ガルシアを押し返す。
「レイチェル、下!」
ショーゴさんの声にしゃがむ。
頭の上を黒い弾丸が通る。
盾の中央に数発命中。
ガルシアは僅かに後退。
「今です!」
立ち上がり、レイピアで突く。
ガルシアは剣で受け止める。
でも、押さない。逆に引く。
「……?」
ガルシアの剣をこちらへ。
引き込む。
一歩。踏み込む。
距離が近い。
レイピアでは突けない。
だから、柄。
「えいっ!」
盾の縁へ叩きつける。
ガンッ!
「……!」
ガルシアの腕が上がる。
「ショーゴさん!」
「任せろ!」
赤い銃が盾に一発。
ばちっ!
二発。魔力が薄くなる。
三発目。
「――っ!」
ガルシアが赤い弾を、剣で弾こうとする。
その瞬間。
「こっちです!」
わたしは反対側。ガルシアの視線。
迷う。
盾でわたしのレイピアを受けるか。
剣でショーゴさんの弾を弾くかを。
一瞬。選択が遅れた。
「今!」
踏み込みレイピアを盾の上端に滑らせる。
ガルシアの顔は狙わない。
狙うのは肩。切っ先が当たる寸前。
「……!」
ガルシアが盾を捨てた。
「え?」
大きな盾は地面へ落ち、光となって消える。
両手に剣を握る。
「ならば!」
正面。速い。
「剣のみで!」
ガルシアが踏み込み。
「決着を!」
剣が来る。
「レイチェル!」
ショーゴさんは撃てない。
わたしとガルシアが近すぎるからだ。
「大丈夫!」
これは、わたしが受ける。
ガキンッ!
剣とレイピアの激突。
「くっ……!」
「お嬢様!」
「ガルシア!」
一合。二合。三合。速くて重い。
でも、不思議と見える。
今まで、ガルシアの剣は怖いだけだった。
絶対に勝てないもの。
そう思っていた。
でも、今はちゃんと。
剣として見える。
右を受ける。
左は避ける。
突きは身体をずらす。
「……!」
ガルシアの目が少し、大きくなる。
「お強く」
「なりましたな!」
「ガルシアが」
受ける。
「教えてくれたからです!」
「私が?」
「はい!」
迫る剣を受け流す。
「何度も!」
一歩。
「何度も!」
突く。
「泣かされましたから!」
「それは!」
ガルシアが珍しく少し困った顔。
「稽古です!」
「厳しすぎます!」
「必要な指導でした!」
「今でもそう思ってるんですね!」
剣と剣がぶつかる。
こんな時なのに、少しだけ。
笑いそうになった。
ガルシアもほんの一瞬。
表情が柔らかく見えた。
でも、次からは本気だ。
剣の速度が上がる。
「……っ!」
追いつけない一発。
レイピアが弾かれる。
「きゃっ!」
手から離れそうになるが、強く握る。
ガルシアの次の攻撃が来る。
受け……無理。
その瞬間。
「レイチェル!」
ショーゴさん。
「右に飛べ!」
「!」
考えない。
言われるままに飛ぶ。
直後。赤い弾丸がわたしがいた場所に通る。
ガルシアの剣に当たる。
「……!?」
剣を覆っていた魔力が弾ける。
「今だ!」
「はい!」
地面を強く蹴る。
ガルシアの剣はまだある。
でも、魔力は薄い。
わたしは真正面から、
「はぁぁっ!」
レイピアを突く。
ガルシアは剣を振り、ぶつかり金属音が響く。
腕が痺れる。
でも、止まらない。
もう一度、剣の腹にレイピアを滑らせる。
角度を変える。ガルシアの剣を外へ。
「……!」
空いた中心に向かい一歩、踏み込みレイピアで突く。
ガルシアは避けようとする。
でも、ショーゴさんの黒の一発がガルシアの足元。
地面に衝撃。
「っ!」
ほんの一瞬。足が止まった。
「レイチェル!」
「はい!」
わたしは最後の力を振り絞り突く。
「――っ!」
切っ先はガルシアの喉元で止める。
「……」
「……」
誰も、動かない。
わたしのレイピアはあと少し進めれば、ガルシアへ届く。
でも、進めない。進める必要もない。
「……わたしの」
息が苦しい。
それでも、笑う。
「勝ちです。ガルシア」
「……」
長い沈黙。
ガルシアが、自分の剣を見る。
それから、わたしのレイピア。
そして、後ろのショーゴさん。
「……なるほど」
小さく。息を吐いた。剣を下ろす。
「お見事です」
「……」
「お嬢様」
その声は、今までで一番。穏やかだった。
「……ありがとうございます」
レイピアを下ろす。
手が震えていた。
怖かった。
すごく。でも--勝った。
一人ではない。
ショーゴさんが、何度も助けてくれた。
それでも、最後に。
ガルシアの前へ立っていたのはわたしだった。
「レイチェル!」
ミィルの焦っている声。
「まだ終わってない!」
「え?」
ゲートを見ると、裂け目はほとんど閉じかけている。
でも、床や術式はまだ光っている。
「ガルシア!」
ミィルの声。
「術式が暴走しかけてる!」
「……!」
ガルシアがすぐに振り返る。
「まずい!」
初めて、はっきりとした焦った声。
「何が?」
ショーゴさんが聞く。
「残存機能が崩壊を始めています」
「止められるの?」
「……」
ガルシアが術式へ手を伸ばす。
でも、弾かれる。
「くっ」
「ガルシア!」
「今からでは」
首を横に。
「完全な停止は困難です」
「じゃあどうすんだよ!」
「術式そのものを」
ガルシアは光の線を見る。
「破壊するしかありません」
「破壊?」
「でも、それをすれば」
ミィルがわたしを見る。
意味はすぐに分かった。
「ゲートは?」
「……完全に消えるわ」
静かになった。
もう一度、目の前のゲートを見る。
今、壊せば本当に。
帰れない。
ガルシアが、こちらを見る。
「お嬢様」
「……」
「まだ」
僅かに残る光の裂け目。
「今なら間に合う可能性があります。
無理にでも通過すれば」
帰れる。
お父様。お母様。お祖父様に会える。
今なら、まだ。
「……」
怖い。
さっき、決めたはずなのに。残るって。
いざ、本当に道が消えると思うと。
怖い。
でも、振り返る。
ショーゴさんは何も言わない。
ただ、待っている。
ミィルも同じ。
誰も決めてくれない。
そうだ。それでいい。
今度もわたしが、決める。
「……ショーゴさん」
「ん?」
赤い拳銃はまだ、左手にある。
「お願いします」
ショーゴさんの表情が変わる。
「いいんだな?」
「……はい」
「本当に?」
「はい」
一度。目を閉じる。
お父様。お母様。ごめんなさい。
お祖父様。ごめんなさい。でも、
「わたしが」
目を開ける。
「決めました」
ショーゴさんは頷く。
「分かった」
赤い拳銃を術式へ向ける。
ガルシアが一歩。
動きかける。
でも、止まった。
「……ガルシア」
わたしが呼ぶ。
「……」
「ごめんなさい」
「……」
「でも」
微笑む。
「これが」
「わたしの答えです」
ガルシアは、長い間。
何も言わなかった。
やがて、目を閉じる。
「……承知」
一瞬。止まる。そして--
「いたしました」
その言葉を聞いた瞬間。
胸が、いっぱいになった。
「ショーゴさん」
「おう」
銃口を術式に向ける。
赤い光が銃口に集まる。
「撃つぞ?」
「はい」
乾いた一発。
赤い弾丸が光の線へ命中。
瞬間、術式が大きく揺れた。
一本の光の線が消える。
次から連鎖していく。
二本。三本と崩れていく。
ゲート。光の裂け目。
細く。細くなる。
「……」
最後の一本の線が。
そして、消えた。
静寂。何もなくなった。
そこにあったのは、崩れた古い壁。それだけ。
「……終わったわ」
ミィルが小さく呟く。
結界も、ゆっくり消えていく。
力が抜けたのかミィルがその場へ。
ぺたん。
座り込む。
「ミィル!」
「大丈夫」
手を優しく振る。
「疲れただけ」
わたしもレイピアを消す。
急に、脚の力が抜けた。
「わっ」
座り込みそうになる。
腕に支えられる。
「危ね」
「……ショーゴさん」
「大丈夫か?」
「うん」
そのまま、少しだけ。
支えてくれるショーゴさんの袖を握る。
帰れない。本当に。帰れなくなった。
自分で選んだ。
なのに、涙が。
出そうになる。
「……レイチェル」
「大丈夫」
首を横へ。
「大丈夫です」
嘘じゃない。悲しい。
でも、後悔はしていない。
「……」
ガルシアを見ると、床に片膝をついている。
魔力を使いすぎたのだと思う。
「ガルシア」
近づく。
「大丈夫?」
「……問題ありません」
「それ、信用できないって言ったでしょう」
ミィルの声。
「……そうでしたな」
ガルシアが少しだけ、笑った。
初めて見た。そんな顔。
「獅童殿」
「ん?」
ガルシアがショーゴさんを見る。
「貴殿へ」
一度。息を整える。
「申し上げたいことがございます」
「何だ?」
「……」
ガルシアはわたしを見る。
そして、
「お嬢様を頼みます」
「……え?」
ショーゴさんも驚いている。
「命令ではございません」
ガルシアが小さく首を横に振る。
「私個人のお願いです」
ショーゴさんがしばらく、何も言わない。
そして。
「……言われなくても」
少しだけ笑う。
「本人が困ってたら、助けるよ」
「そうですか」
「それに」
ショーゴさんがわたしを見る。
「コイツ」
「放っといたらまた何するか分かんねぇし」
「ショーゴさん!」
思わず声が出る。
「家出して異世界来た奴が何言ってんだ」
「それは……」
それを言われると、何も言い返せない。
ミィルが小さく笑った。
ガルシアもほんの少しだけ。口元が柔らかくなった気がした。
「ですが」
ガルシアが再び、いつもの顔へ戻る。
「私の任務がなくなったたわけではございません」
「まだ言うのかよ……」
ショーゴさんは呆れ顔。
「当然です。お祖父様の命令ですから」
「じゃあ」
わたしが聞く。
「また、無理やり連れて帰るの?」
「……」
ガルシアは少しだけ、考えた。
以前なら即答だったと思う。
でも、今は。
「次に」
ゆっくり。
「帰還の術を得た時」
わたしを見る。
「その際は」
一度、言葉を切る。
「お嬢様ご自身の意思を改めて確認いたします」
「……!」
胸が熱くなる。
それは、本当に小さな変化かもしれない。
でも、ガルシアにとっては。
すごく大きな変化だった。
「はい」
頷く。
「その時は」
笑う。
「わたしが、自分で答えます」
「承知いたしました」
ガルシアが深く、頭を下げた。
古い教会にはもう、ゲートはない。
元の世界へ続く道も消えた。
それでも、不思議と終わったとは思わなかった。
たぶん、ここから始まる。
今度は、誰かに決められた道じゃない。
わたしが、自分で選んだこの世界での新しい日々が。