異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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エピローグ 選んだ道

 

 

 あの廃教会での一件から数日が過ぎた。

 ゲートは完全に消えた。

 レイチェルとミィルが元の世界へ帰る方法は、今のところない。

 そして、ガルシアもまた、この世界へ残ることになった。

 あの戦いの翌日。

 あいつは一度だけ、うちへ顔を出した。

 相変わらず黒いスーツに落ち着いた色のコート。

 無駄に姿勢がいい。

 

「私は今後も、この世界における帰還方法の調査を継続いたします」

 

 玄関先でそう言った。

 

「ゲートが消えたのに、方法あるのか?」

「現時点では存じません」

「じゃあ、当てはない?」

「ございません」

「……大丈夫か、それ」

「だからこそ調査するのです」

 

 きっぱりと迷いなく言った。

 こういうところは、やっぱりガルシアだ。

 

「ガルシア」

 

 隣にいたレイチェルが少し心配そうに聞く。

 

「これから、どこで暮らすの?」

「ご心配には及びません」

「またそれ?」

「問題ございません」

「仕事は?」

「問題ございません」

「お金は?」

「問題ございません」

「食事は?」

「問題ございません」

「ちゃんと寝る場所は?」

「問題ございません」

「全部それで押し通す気かよ」

 

 オレが言うと。

 

「はい」

 

 堂々と認めやがった。

 ミィルがレイチェルの肩の上で頭を抱える。

 

「昔からこうなのよ……」

「人に心配かけるなって説教するくせにな」

「そうなの!」

「聞こえておりますよ?」

 

 ガルシアの視線がミィルへ向く。

 

「……」

 

 ミィルがすっとレイチェルの髪の後ろへ隠れた。

 

「まだ怖いんだな」

「うるさいわね」

 

 小声。ガルシアは小さく息を吐くと、

 今度はレイチェルを見た。

 

「お嬢様」

「はい」

「くれぐれも」

 

 一度。言葉を切る。

 

「無茶はなさらぬよう」

「……うん」

「先日のようなことが再びございましたら」

「はい」

「獅童殿を頼ること」

「え?」

 

 突然こっちへ振るな。

 

「オレ?」

「はい。貴殿には」

 

 ガルシアが真顔で言う。

 

「お嬢様をお願いしたはずです」

「……ああ」

 

 そうだった。

 廃教会で最後。

 あいつは。

 

『お嬢様を頼む』

 

 そう言った。

 

「まあ」

 

 頭を掻く。

 

「困ってたら助けるよ」

「よろしくお願いいたします」

 

 ガルシアが深く頭を下げる。

 やっぱり、何か変な感じがした。

 少し前まで、互いに武器を向けていた相手なのに。

 今は、レイチェルのことで頭を下げられている。

 

「ガルシア」

 

 レイチェルが呼ぶ。

 

「はい」

「また、会えるよね?」

 

 ガルシアは一瞬だけ、黙った。

 そして。

 

「もちろんです」

 

 静かに答えた。

 

「帰還の術を見つけた際には」

 

 ほんの少し、口元が柔らかくなる。

 

「今度は、お嬢様ご自身へお尋ねいたします」

「……うん」

 

 レイチェルが笑う。

 

「その時は、わたしが答えるね」

「承知いたしました」

 

 それが、今のところ。最後に見たガルシアだった。

 その後。あいつがどこで暮らしているのか。

 どうやって生活しているのかは何一つ分からない。

 近所でも、学校でも。

 見慣れない外国人が暮らしているなんて話は聞かない。

 

「どこ行ったんだ、あいつ」

 

 そう呟いた時、ミィルは。

 

「ガルシアなら大丈夫よ」

 

 珍しく、あっさり言った。

 

「伊達にお祖父様の腹心やってないもの」

「苦手なくせに信用はしてんだな」

「それとこれとは別よ」

 

 らしい。

 まあ、確かに。

 ガルシアが公園のベンチで途方に暮れてる姿とか。

 全然想像できない。

 あいつのことだ。

 どこかで、また別の帰り道を探しているんだろう。

 その日がいつ来るのかは、誰にも分からない。

 

 ◇◆◇

 

 薄暗く、まだ日が昇り切っていない時間に自然と目が覚めた。

 

「……」

 

 時計を見るといつもより少し早い。

 いつもと同じ、布団から出てジャージへ着替える。

 部屋を出ると、廊下は静かだった。

 階段を下りて玄関で靴を履き外へ。

 

「……寒っ」

 

 少し冷たい。

 でも、目が覚める。

 朝の町は静かだ。

 遠くで新聞配達のバイク。

 時々、車の音。

 まだ眠っている家々。

 空気も澄んでいる。

 軽く身体を伸ばす。

 

「よし」

 

 いつもの道を走り出す。

 住宅街から川沿い。小さな公園を通りすぎる。

 そして、また家へ。

 何も変わらない。

 数週間前、異世界から来た女の子を拾った。

 その女の子を追って、異世界から男が来た。

 腹を貫かれ、能力とかいうものに目覚めた。

 銃を出せるようになった。

 異世界へ帰るためのゲートが消えた。

 普通ならもっと、人生が変わったとか。

 世界が違って見えるとか。そういうのを感じるのかもしれない。

 でも。

 

「……」

 

 走ってる時の景色は、前と同じだった。

 朝は来る。学校もある。バイトもある。

 館花からは、また助っ人頼むって連絡が来てる。

 母さんは、朝飯を作ってる。

 親父は多分。新聞読んでる。

 レイチェルは今頃、母さんの手伝いでもしてるんだろう。

 

「……日常って」

 

 意外としぶといもんだな。

 少し笑い、走る速度を上げた。

 

 ◇◆◇

 

「ただいま」

 

 玄関を開ける。

 

「おかえりー」

 

 奥から母さんの声。

 

「おはようございます、ショーゴさん」

 

 もう一つ、レイチェル。

 

「おう」

 

 靴を脱ぎ、廊下を歩き、そのまま洗面所へ。

 シャワーを浴び汗を流す。

 部屋へ戻り。詰襟に着替え、ボタンを留める。

 髪は適当に整える。

 そして、リビングに向かう。

 

「おはよう」

「おう」

 

 親父はやっぱり、新聞を読んでいた。

 

「いつも通りね」

 

 キッチンには母さん。

 その隣にエプロンをつけているレイチェル。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「今日は卵焼き、わたしが作ったよ」

「へえ」

「ちゃんと焦がしてないからね?」

「疑ってないって」

「前に笑ったでしょう?」

「あれは真っ黒だったからだろ」

「少しだけだったよ」

「少し?」

「……少し」

 

 母さんが横で笑っている。

 

「正護」

「ん?」

「レイチェルちゃん、もう卵焼きはかなり上手よ」

「それは楽しみだ」

「任せてください」

 

 得意そうに少し胸を張る。

 この前まで、失敗しないように一つ一つ母さんへ確認しながら料理していたのに。

 今はすっかり慣れたもんだ。

 テーブルの下に灰色の尻尾が見えた。

 

「……ミィル?」

 

 覗き込む。

 いた。

 丸くなっている。

 そして、両前足で何かをぎゅっと抱えていた。

 ゲームセンターで取ったキツネのぬいぐるみ。

 

「まだ抱いてんのかよ」

 

 ミィルがぴくっと反応する。

 

「それ」

 

 指を差す。

 

「そんな気に入ってんの?」

 

 返事はない。

 母さんと親父がいる。

 今は喋れないふり。

 でも、ミィルはぬいぐるみを。

 さらに強く抱えた。

 

「この前ね」

 

 母さんが料理しながら言う。

 

「汚れてたから洗ってあげようと思ったの」

「へえ」

「ものすごく嫌がられたわ」

「想像できる」

「……ショーゴさん」

 

 レイチェルが小声で言う。

 

「本当に大変だったよ」

「そんなにか?」

 

 こくこく。

 

「ずっと口に咥えて逃げてたの」

「……」

 

 テーブルの下を見ると、ミィルは目を逸らした。

 

「どんだけ気に入ってんだ」

 

 尻尾が不満そうに床を叩いた。

 

「はいはい」

 

 席へ座る。

 すぐ朝飯が並び始めた。

 白米。ほうれん草と豆腐の味噌汁。

 焼き鮭。卵焼き。きんぴらごぼう。

 見慣れた朝飯。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 全員、箸を取る。

 まず卵焼きを一口。

 

「……」

 

 レイチェルがこっちを見ている。

 

「どう?」

「うまい」

「本当?」

「ああ。ちょっと甘めでオレ好みだ」

「よかった」

 

 ぱっと、笑う。

 母さんも満足そう。

 親父は。

 新聞を畳み卵焼きを一つ食べる。

 

「うん」

「どうですか?」

「美味しいよ」

「ありがとうございます」

「灯子より上手くなる日も近いな」

「あら」

 

 母さんの笑顔。

 

「賢司さん?」

「……」

 

 親父が新聞を、静かに開き直す。

 

「聞こえないふりすんなよ」

「正護」

「ん?」

「余計なことを言うな」

「親父が言ったんだろ」

 

 レイチェルがくすくす笑う。

 テーブルの下でミィルもぬいぐるみを抱いたまま、

 尻尾を揺らしていた。

 何でもないいつもの朝。

 本当に、何でもない朝。

 でも、数週間前までこの食卓にレイチェルはいなかった。

 ミィルもいなかった。

 今は、二人がいる方が普通に思える。

 

「……」

 

 なんか、変な感じだ。

 

「どうしたの?」

 

 レイチェル。

 

「ん?」

「ぼーっとしてる」

「いや」

 

 味噌汁を一口。

 

「なんでもない」

「そう?」

「ああ」

 

 わざわざ、口にすることでもない。

 

 ◇◆◇

 

 朝食を終えると、そろそろいい時間だ。

 

「行くか」

「はい」

 

 鞄を肩に玄関へ。

 レイチェルも学校の鞄を持つ。

 ミィルはようやく、キツネのぬいぐるみを放した。

 

「……」

 

 名残惜しそう。

 

「持ってく気だったのか?」

 

 ぶんぶん。首を横へ。

 いや。今の間は絶対持っていこうか迷っただろ。

 

「ミィル」

 

 レイチェルがしゃがむ。

 

「学校に持っていったら駄目だよ?」

 

 ミィルは少し不満そう。

 

「帰ってきたらまた遊べるから」

 

 ようやく頷いた。

 

「子供か」

 

 前足がオレの脛へ。

 

 ぺし。

 

「いて」

 

 母さんの笑い声。

 

「はいはい、朝から喧嘩しないの」

「オレ何もしてないけど」

 

 靴を履く。

 そこで、ふと。下駄箱の上へ目が向いた。

 写真立てがある。

 

「……」

 

 オレとレイチェルは二人とも制服姿。

 家の門扉の前で、レイチェルの登校初日の時に撮った写真だった。

 オレも、レイチェルも妙に姿勢がいい。

 そして、顔は硬い。

 

「……やっぱひでぇ写真だな」

「何が?」

 

 レイチェルが覗き込む。

 

「あ」

 

 すぐに笑った。

 

「本当だ」

「お前もそう思ってんじゃねぇか」

「だって、二人とも緊張してるもん」

「母さん、何でこれ飾ってんだ?」

 

 振り返り母さんに聞く。

 リビングから母さんが来る。

 

「いいじゃない」

「もっとマシな写真あっただろ」

「これがいいのよ」

「なんで?」

「最初の写真だから」

「……」

 

 母さんは、それだけ言って笑う。

 

「プリクラもあるじゃん」

「それはレイチェルちゃんのだから」

「オレも持ってるけど」

「あら」

 

 母さんの顔が妙に楽しそうになる。

 

「何だよ?」

「別に?」

「絶対なんかあるだろ」

「ないわよ」

 

 信じられない。

 

「ショーゴさん」

「ん?」

「そろそろ行かないと」

「ああ」

 

 時計を確認する。確かにそろそろ行かないとな。

 

「じゃ、行ってきます」

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 母さんに見送られる。

 

 親父も奥から声をかける。

 

「気をつけてな」

「おう」

「はい」

 

 ◇◆◇

 

 住宅街をオレとレイチェルが歩き、ミィルはレイチェルの肩の上。

 三人で学校へ向かう。

 ミィルは当然、外では喋らない。

 

「おはよう、レイチェルちゃん」

「おはようございます」

 

 近所のおばさん。

 

「学校かい?」

「はい」

「頑張ってね」

「ありがとうございます」

 

 自然に挨拶を返している。

 

 商店街を歩いても、

 

「お、レイチェルちゃん」

 

 八百屋。

 

「おはようございます」

「今日も元気だね」

「はい」

「正護もちゃんと学校行けよ」

「行ってるって」

「どうだか」

「なんでオレだけ信用ないんだよ」

 

 笑い声。

 その先にはパン屋。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「ミィルちゃんもいるじゃない」

 

 店のおばさんにミィルは少し得意そうに尻尾をふる。

 

「また帰り寄ってきな。余ってたらパンあげるから」

 

 耳がぴんと伸びる。

 

「食い物に反応すんな」

 

 ミィルがこっちを見る。

 

「外だから叩けないもんな」

 

 じろり。

 

「ショーゴさん」

 

 レイチェルが呆れ顔。

 

「ミィルをからかわないの」

「はいはい」

「はいは一回」

「母さんかよ」

 

 レイチェルが笑う。

 その笑顔を見ながら歩く。

 ゲートは、もうない。

 異世界へ帰る方法も、今はない。

 ガルシアがどこかで探している。

 いつか、見つかるかもしれない。

 見つからないかもしれない。

 もし、また。帰る道ができたら。

 その時。レイチェルがどうするのかは、オレには分からない。

 今度は、帰ると言うかもしれない。

 また、残ると言うかもしれない。

 それでいい。

 今回。ようやく分かったことがある。

 大事なのは、どっちを選ぶかじゃない。

 帰ることが正しいとか。残ることが正しいとか。

 そういう話でもない。

 誰かに、勝手に決められるんじゃなく。

 自分で選べること。

 レイチェルが自分で考えて。

 自分で悩んで、自分で決める。

 それでいい。

 もし、また。

 誰かが。それを勝手に奪おうとするなら。

 

「……」

 

 自分の右手を見る。

 何もない。でも分かる。

 呼べば、応える。

 黒と赤。あの二丁。

 その時は、オレも。

 もう一度。この手に銃を取る。

 

「ショーゴさん」

「ん?」

 

 顔を上げると、いつの間にか。

 レイチェルが少し先まで歩いていた。

 振り返ったレイチェルの銀がかった灰色の髪が朝日に照らされている。

 肩の上のミィルまで、こちらを見ている。

 

「置いていくよ?」

「今行く」

 

 少し走り、追いつく。

 

「ぼーっとしてた?」

「少しな」

「珍しい」

「失礼だな」

「だって」

 

 レイチェルが笑う。

 

「ショーゴさん、歩きながらそんなに考え込まないから」

「そうか?」

「うん」

「……まあ」

 

 隣を歩く。

 

「大したことじゃない」

「そう?」

「ああ」

 

 ミィルが、レイチェルの肩の上でこっちを見ている。

 何か言いたそうだが、でも外では喋れない。

 

「帰ってから聞くから」

 

 レイチェルの小声。

 ミィルの耳がぴくっと動く。

 レイチェルがまた笑った。

 三人で、朝の商店街を歩き、学校へ向かう。

 この先のことは、まだ分からない。

 レイチェルが、いつまでこの世界にいるのか。

 ガルシアが、帰る方法を見つけるのか。

 オレのこの力がこの先、何に繋がるのか。

 何一つ分からない。

 けれど、少なくとも。

 今日。レイチェルが歩いているこの道は。

 誰かに、命じられた道じゃない。

 誰かに、選ばされた道でもない。

 レイチェル自身が、自分で選んだ道だ。

 

「ほら、ショーゴさん」

「分かったって」

「遅刻するよ?」

「まだ余裕あるだろ」

「アイさんたちと教室で話したいの」

「それ先に言えよ」

「だから急いでるの」

「はいはい」

「はいは一回」

「だから母さんかよ」

 

 レイチェルの笑い声。

 朝の商店街にいつもの道。いつもの学校。

 いつも通りの一日が、

 また。始まる。

 

                   





 取り敢えず、きりがよく終える事ができました。
 後は思い付いたショートを書いていこうと思います。
 
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