怪獣8号:RESTART FROM ZERO 作:スペア
光も、音も、上下の感覚すらもない絶対的な闇の中を、日比野カフカは漂っていた。
カフカ:「(ああ、俺……死んだのか……?)」
怪獣8号として、防衛隊員として、ただひたすらに走り続けてきた。
ミナの隣に立つために、みんなを守るために。
その結末が、正体不明の渦に呑まれての消滅。無念と悔しさが、薄れゆく意識の底でジリジリと焦げ付く。
その時だった。
『――救え』
どこからともなく、低く、重い声が響いた。
『――救え』
それは命令のようであり、あるいは祈りのようでもあった。
カフカ:「(救え……? 誰を、何をだよ……!)」
問いかける言葉は声にならず、カフカの意識は急速に深い闇へと沈んでいった。
カフカ:「――っ、はあぁッ!?」
激しい呼吸とともに、カフカは跳ねるように飛び起きた。
背中に感じるのは、戦場の冷たいアスファルトではない。タバコと酒の匂いがする、薄い敷布団の感触。
カフカ:「はぁ、はぁ……っ、ここは……?」
見覚えのある、狭い部屋。
壁には無造作に掛けられた服。小さなローテーブルの上には、飲み終わった空き缶。
それは、彼が怪獣専門の解体業者として働いていた頃に住んでいた、アパートの一室だった。
カフカ:「夢……にしては、リアルすぎる。おいおい、何がどうなってんだ……」
額の汗を拭おうとして、自分の「手」が目に入った。
40代特有の肌の衰えが、綺麗さっぱり消え失せている。若々しい?32歳当時の肌だった。
ふと、部屋の隅にあるテレビが目に留まる。鏡代わりにテレビの画面を覗き込むと、そこには寝癖頭のついた少し若い自分の姿が映し出されていた。
カフカ:「嘘、だろ……。若返って……いや、戻ったのか? あの日に……!」
慌てて自分の頬を思い切りつねる。
カフカ:「い、痛てててっ!!」
涙が出るほどの激痛。夢ではない。現実だ。
カフカはへたり込むように床に座り込んだ。
10年後の未来から、怪獣8号になる前の過去へと、自分の意識ごと巻き戻っている。
カフカ:「(あの暗闇の中で聞いた声……『救え』って、そういうことかよ)」
脳裏に、これから起こる凄惨な未来がフラッシュバックする。
多くの仲間が傷つき、倒れ、死線を彷徨った、怪獣9号との泥沼の死闘。
カフカの目が、鋭く据わった。
カフカ:「ああ、分かってるよ。救ってやる。今度こそ、誰も失わせやしねえ……!」
未来を知っているのは自分だけだ。なら、やるべきことは決まっている。
そう決意を固めた瞬間。
ドクン……!
体の奥底、心臓のすぐ隣で、不気味で、しかし酷く馴染み深い鼓動が一つ、大きく跳ねた。
カフカ:「(……っ!? お前、まさか……!)」
意識を内側へと向ける。
そこにいたのは、あの「ミツケタ」と鳴いた小さな怪獣だった。だが、今はまるで深い眠りについているかのように、静かに、休眠状態でカフカの肉体に収まっていた。
カフカ:「ふっ……あはは、そうかよ。お前も一緒か」
笑みがこぼれた。これは嬉しい誤算だ。
最初から、怪獣8号の規格外のパワーがこの体には眠っている。
10年後の戦闘技術と知識、そしてこの力があれば、未来の脅威——特に、防衛隊を絶望の淵に叩き込んだ「怪獣9号」の被害を防げるかもしれない。
カフカは腕を組み、目を閉じた。
万が一にも他人に、そしてあの狡猾な9号に情報を掴めるわけにはいかない。
文字には一切残さず、これからの行動指針を、ただ頭の中だけで冷徹に組み立てていく。
カフカ:「(まずは……徹底的な情報管理だ)」
【方針1:怪獣8号としての正体を隠すこと】
カフカ:「(基本は人間として防衛隊を上り詰める。不用意な変身は、未来と同じく兵器化や拘束のリスクを招くだけだ。……ただし、流石に危険な状態の時は躊躇なく変身してブチ潰す。出し惜しみで誰かを死なせるのだけは絶対にダメだ)」
【方針2:誰にも「未来の出来事」を明かさないこと】
カフカ:「(ミナにも、他の誰にも絶対に未来の話はしない。もし仲間が怪獣——特にあの9号に『取り込まれた』時、自分の記憶ごと未来の情報が敵に渡ってしまうリスクがある。四ノ宮長官のような悲劇を繰り返さないためにも、全ての因果と孤独は、俺一人の中に伏せておく)」
【方針3:仲間たちの徹底的な強化】
カフカ:「(9号の狡猾な進化と明暦の大怪獣に対抗するには、俺一人の力じゃ足りない。ミナ達が未来で到達した領域、あるいはそれ以上の強さへ、歴史のタイムラインよりも遥か早く到達できるよう、影からサポートし、鍛え上げる)」
カフカ:「よし……。ひとまずは、この3つだ」
カフカは目を開け、窓の外の青空を見上げた。
まだ誰も知らない、悲劇なき未来へ。
カフカ:「待ってろよ、みんな。今度は俺が、お前らの後ろを支えてやる」
おっさんの2周目、孤独で、しかし絶対に負けられない戦いが、静かに始まった。