第一節:麦わらと黒槍
「アル……っ!!」
選手控え室へ続く暗い通路。 重い足音を響かせて歩いてきたアルバーンの視界に、涙で目を真っ赤にしたレベッカの姿が飛び込んできた。彼女はアルバーンの姿を認めるやいなや、周囲の目も気にせずにその胸へと飛び込んできた。
「無事だった……よかった……っ! 私、生きた心地がしなくて……っ!」
「……抱きつくな。汚れるぞ」
素気なく言い放ちながらも、アルバーンは黒槍をそっと壁に立てかけ、レベッカの頭に無骨な手をポンと乗せた。その手つきには、普段の冷徹さからは想像もつかない不器用な温もりが宿っていた。
「言ったはずだ。俺が決勝へ上がると……。四皇の幹部だろうが関係ない」
「うん……うん……っ!」
「ひははは! お前、すっげぇ強ぇなーっ!!」
感動の再会を破るように、からっとした爆音のような歓声が響いた。 ハットリの肉弁当の包みを抱えたルーシー(ルフィ)が、目をキラキラと輝かせながらアルバーンの顔を覗き込んできた。
「さっきの『ドカン!』ってやつ! あいつの技をそのまま跳ね返したろ! めちゃくちゃ面白かったぞ!!」
「……誰だ、この髭の老人は。レベッカ、お前の知り合いか?」
アルバーンが不審そうに目を細めると、レベッカが慌てて涙を拭いながら紹介する。
「あ、うん! ルーシーだよ!とっても良い人なんだよ!」
「お弁当をおごってもらったからダチだ!」
「‥‥‥アルバーンだ。‥‥‥てかお前、レベッカのなけなしの全財産で弁当を買わせたのか‥‥‥」
「ア、アル!…ちがうの!私から言い出したことなの!」
ルフィはニシシと歯を見せて笑うと、一転して引き締まった真剣な目でアルバーンを見つめ、言った。
「サンキューな、お前。あのチャンピオンの奴をぶちのめしてくれて」
ルフィの放つ言葉の重みに、アルバーンはわずかに眉をひそめた。言葉の裏にある深い怒りと因縁を、察したからだ。
「……礼なんて言わなくていいぞ。俺は決勝に行くために倒しただけだからな」
「それでもだ! レベッカを大切にしてるのも分かったし、お前、めちゃくちゃ気に入ったぞ! 決勝で戦うのが楽しみだ!」
バシバシと力任せに肩を叩いてくるルフィに、アルバーンは「馴れ馴れしい奴だ」と鬱陶しそうに溜息をついたが、その瞳にはルフィという男の規格外の「覇気」に対する警戒と、確固たる敬意が宿っていた。
第二節:闇と既視感
話をしている間にも、コロシアムの歓声は留まることを知らなかった。
Bブロックでは、ドレスローザの群衆から忌み嫌われる「人食いのバルトロメオ」がバリバリの実のバリア能力で場内を煽り倒し、キング・パンチを放つプロデンス王国エリザベローII世らを退けて見事に予選を突破。
Cブロック予選。 新世界の強豪たちが入り乱れる大乱戦となったが、巨大な体と頭突きでリングを薙ぎ払う「首領・チンジャオ」と、本気を出したルーシー(ルフィ)による凄まじい覇王色の激突の末、ルーシーがCブロックの覇者となった。「うおーっ! 勝ったぞーっ!」 予選を終えて戻ってきたルーシーが、拳を突き上げて笑う。
「すごいよ、ルーシー……!」
レベッカが拍手を送るが、その声はどこか硬く、小さかった。
いよいよ、彼女の出番が近づいていたからだ。
しかし――そこで数十分のアイドルタイムが発生する。先ほどの試合でリングは跡形もなく砕け散り、Dブロックに向けたリングの交換作業が始まることとなった。
「待ちたまえ『麦わら』のルフィィィ! 美しき僕の人気を奪った罪、万死に値する!!」
「ぬううううっ! ガープの孫ぉぉぉぉ!礼を言わせてくれい!!」
その間正体が露呈したルフィは、逆恨みを爆発させるキャベンディッシュや頭の凹みが治ったチンジャオらにコロシアム中で追い回される羽目になってしまった。
「うわぁぁぁっ! なんだあいつら! 凄ぇしつこいぞ!!」
逃げ回るルフィの首根っこをガシッと掴んだのは、アルバーンだった。
「こっちだ。ついて来い」
アルバーンとレベッカは、追っ手の目を掻い潜りながら、一般の選手すら立ち入れないコロシアムの最深部――重々しい鉄格子に閉ざされた「地下の獄牢」へとルフィを滑り込ませた。
「ふぅ……助かったぞアルバーン!あいつら、めちゃくちゃ追ってくるんだもん!」
息を吐くルフィだったが、ふと暗闇の中に漂う「異様な匂い」と静寂に気づき、眉をひそめた。
鉄格子の奥――そこには、鎖で繋がれた無数の囚人剣闘士たちが、死んだような目でうずくまっていた。
「アルバーン……ここ、みんな捕まってるのか? こいつら、何したんだ?」
ルフィの問いに、アルバーンは冷ややかな瞳で囚人たちを見下ろし、吐き捨てるように言った。
「色々だ。ただここにいるのは全員……ドフラミンゴのやり方に少しでも異を唱えたか、意に沿わなかったというだけで、ここに押し込められた者たちだ」
「……え!?」
「ドフラミンゴは奴らに口約束をする。『コロシアムで1000勝すれば自由にしてやる』とな」
アルバーンは自身の胸に刻まれた古い傷跡に触れながら、鼻で笑った。
「誰もがその嘘の希望にがりがりとしがみつき、殺し合いをさせられる。だが大抵の剣闘士は100戦と持たず死ぬか、四肢を失って戦えなくなる。仮に千勝を達成しても、約束が守られる保証もない」
ルフィは無言でアルバーンを見つめ返した。
「俺も5年前に千勝達成したが、結局今も奴隷のまま、ドフラミンゴの意に添わなければここから出ることなんて出来はしない。‥‥‥」
レベッカが胸当てを固く握りしめ、震える声で続ける。
「この国は……『愛と情熱の国』なんて嘘だよ。ドフラミンゴに逆らった人はみんな消されて、囚人にされて……みんなドフラミンゴの独裁に怯えて暮らしてるんだよ……!」
花々が咲き乱れ、情熱的な音楽が響き渡る華やかなドレスローザの街。 しかしその実態は、権力者が不要な人間を檻に閉じ込め、ゴミのように扱い、美しい皮をかぶせた偽りの国――。
ルフィの顔から、いつもの笑みが完全に消えていた。 その瞳には、遠い記憶……自分が生まれ育った「東の海」の故郷の景色が重なっていた。
表向きは綺麗で美しく見せておきながら、裏では自分たちの都合に合わない奴らを「不必要なゴミ」として切り捨て、閉じ込める。 ルフィの胸の奥で、ドフラミンゴという男に対する強い不快感と、モヤモヤとした怒りの芽が静かに燃え上がり始めていた。
「……そっか。……なんか嫌な国だな、ここ。……俺の育った国と似ている。……」
ルフィは低く呟くと、兜を深くかぶり直した。
「アルバーン。お前、ドフラミンゴのこと、めちゃくちゃ嫌いなんだな」
「ああ、反吐が出る」
アルバーンは黒槍を握り直し、鉄格子の隙間から殺気のこもった眼で地上を見上げた。 その脳裏にはかつてコロシアムに連れ去られたあの日の悪夢が想い起こされていた。
第三節:応援
『――続きましてぇぇぇっ! メラメラの実争奪戦、最終予選『Dブロック』の選手入場だぁぁぁーっ!!』
リングの交換が終了し、ギャッツの熱狂的な実況が響き渡る。 Dブロック。そこは「美しき海賊」キャベンディッシュ、「首はね」スレイマン、「大提督」オオロンブスら新世界の化け物たちがひしめく、文字通りの地獄絵図だった。
レベッカは小さく息を吸い込み、身の丈ほどもある騎士剣を引きず護るように持ち上げた。 その身体が、かすかに震えているのをアルバーンは見逃さなかった。
「……レベッカ」
背を向けて通路へ歩き出そうとしたレベッカが、立ち止まる。
「『背水の剣舞』……相手を傷つけず、水路へ落とすだけの戦法。お前が今まで貫いてきた戦い方だ」
アルバーンは静かに歩み寄り、レベッカの華奢な肩をつかんで、正面からその瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「だが、この大会に出てる連中は今まで戦ってきた連中とは違う。外から来た百戦錬磨のバケモノどもだ……『誰も傷つけない』などという甘い覚悟で生き残れるほど、甘くない」
「……分かってる」
レベッカは唇を噛み締め、それでも力強くアルバーンの目を見つめ返した。
「分かってるよ、アル……! 私が甘いことも、無力なことも! でも……! 誰かを傷つけて勝っても、兵隊さんは喜ばない! 私は……お母様と兵隊さんと交わした約束を破りたくないの……っ!」
傷つけず、奪わず、それでも生き抜く。 それが、ドフラミンゴにすべてを奪われたこの狂った国で、幼い少女が必死に守り抜いてきた唯一の「尊厳」だった。
アルバーンは、しばらく無言で彼女を見つめていた。 そして――大きく息を吐くと、その無骨な手でレベッカの頭を強く引き寄せ、額と額をそっと合わせた。
「……やっぱり、お前はバカだな」
「……アル……?」
「いいか、レベッカ。よく聞け」
アルバーンの冷徹だった声に、静かな、しかしマグマのように熱い感情が宿る。
「お前は一切、手を汚すな。誰も斬るな。その頑固な『約束』とやらを……絶対に貫き通せ」
「え……?」
「お前が誰も傷つけずにリングに立ち続けるなら……お前に群がる敵の矛先は、すべて俺が決勝で叩き潰してやる。お前が苦手な相手も、お前を狙うドフラミンゴの幹部どもも……俺が全部何とかする」
アルバーンはレベッカの肩をトン、と強く叩いた。
「だから……生き残れ。泥を這ってでも、泣いてもいい。ただ『生きて』俺のいる決勝へ上がってこい」
それは、冷酷な死神がたった一人、心から敬意を表する戦士に贈る「応援」だった。
隣で見守っていたルーシーが、口の端を大きく釣り上げてニッと笑う。
「そうだぞレベッカ! お前は絶対負けるな! 俺もアルバーンも、決勝で待っててやるからな!」
「アル……! ルーシー……!」
胸の奥から溢れ出る熱いものに、レベッカは涙を拭い、力強く首を縦に振った。
「うん……!! 私、絶対……勝って戻ってくる……!!」
歓声と罵声が渦巻く、光の差すリングへ向かって。 無敗の女剣闘士レベッカは、二人の男に背中を押され、毅然とした足取りで歩み出していった。