孤高の黒槍   作:特性 Suisui

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16.Dブロック

第一節:醜悪

 

「さぁぁぁーっ!! コロシアム特別大会、予選最後の激突! 『Dブロック』の開始だぁぁぁーっ!!」

 

 実況ギャッツの絶叫とともに、リングへと足を踏み入れたレベッカを待ち受けていたのは、耳を塞ぎたくなるほどの醜悪な「罵声の嵐」だった。

 

「消えろぉぉぉっ!レベッカ!!」

「ドレスローザの面汚しが! とっとと水路に落ちやがれ!!」

「死ね! レベッカ! 生きてるだけで胸糞悪いんだよぉぉっ!!」

 

 数万の観客席から投げつけられる容赦のない罵詈雑言、ゴミや食べかす。 地下牢獄のモニターの前に身を乗り出していたルーシーの額に青筋が浮かぶ。

 

「あいつら……! なんだあの言い草はっ! レベッカが何をしたっていうんだ!!」

 

ガシャァァンッ!!

 

 地下牢の鉄格子が激しく揺れ、鎖で繋がれた囚人剣闘士たちが血走った目で画面に向かって叫び返す。

 

「黙れ外野どもぉぉぉっ! レベッカを侮辱するな!!」

「レベッカ! 負けるなァァァッ!!」

 

 そして、暗がりで腕を組むアルバーンの胸中には、漆黒の殺意が波打っていた。

 

(……あぁ、クソ。今すぐ観客席へ飛び込み、あの薄汚い口を八つ裂きにしてやりたい……)

 

 黒槍を握る手がみしみしと音を立てる。19歳という若さゆえの荒々しい衝動と激怒が全身の血を沸騰させる。だが――アルバーンはぐっと目を閉じ、大きく「すぅー……はぁー……」と深呼吸を繰り返した。

 熱を孕んだ息を吐き出し、煮え滾る感情を冷徹な理性で力任せに押し殺す。

 

(…………やめろ。落ち着け……。こんなバカどもに腹を立てて暴れ回ったら……奴らが罵る通りの屑に成り下がるぞ。落ち着け……奴らの同類にだけは絶対にならない)

 

 自分の浅はかな衝動を心の中で自虐気味に自重し、年若き修羅は静かに平静を取り戻した。

 

「おい、観客ども! 恥を知れ!!」

 

 その時、画面越しに大歓声を切り裂くような高潔な声が響いた。 愛刀デュランダルを掲げた『白馬』のキャベンディッシュが、観客席を鋭く睨みつけていた。

 

「小さな少女一人に寄って集かって暴言を投げつけるなど見苦しい! 命を懸けてこのリングに立つ戦士を嘲笑う資格など、君たちには万に一つもない!!」

 

 キャベンディッシュの真の美学に、観客の罵声がピタリと止まる。

 

「あっ……」

「勘違いするな! 君をかばったわけではない、僕の美学に従ったまでだ! 勝負となれば容赦はしない!」

「……うん! ありがとう!」

 

 レベッカは深く呼吸を整えた。観客の罵声はもう届かない。 アルバーンと交わした誓いが、彼女の胸で強く脈打っていた。

 

 

 

第二節:醜悪なコール

 

 試合開始とともに、レベッカは襲いかかる剣士たちの力と勢いを利用し、流れるようなステップで円を描く。

 

「はっ!!」

 

 直接斬りつけず、背中を突いて次々と水路へ落としていくレベッカ。

 

「ぬあぁぁぁっ!?」

 

 背中を軽く突かれた巨漢たちが、己の発した勢いをそのまま殺せずにバランスを崩し、次々とリングの外――闘魚の潜む水路へとダイブしていく。

 

バシャァァン! バシャァァンッ!!

 

「出たぁぁぁぁーっ!!」

 

 ギャッツがマイクにしがみつき、叫び声を上げる!

 

「これぞ当コロシアムの奇跡! 傷つけず、血を流さず、相手の力を利用して水路へ突き落とす! 無敗の女剣闘士レベッカの『背水の剣舞』だぁぁぁーっ!!」

「うおおおっ!? 凄ぇぞレベッカ!!」

 

 ルフィが身を乗り出して歓声を上げる!

 

「殺せーっ!」と襲い来る猛者たちが、レベッカの舞うような足運びの前に、まるで自ら水路へ飛び込んでいくかのように次々と落とされていく。 10人、20人、30人――傷一つ負わずに敵を薙ぎ払っていくその姿は、殺戮に満ちたコロシアムに咲いた、一輪の可憐な華だった。

 

 だが――連続で技を繰り出し、呼吸が乱れた一瞬の隙を強豪が逃さなかった。

 

「ガハハハハ! チョロチョロと鬱陶しい小娘だ!!」

 

 マジアツカ王国軍隊長『ローリング・ローガン』が猛然と突進する。 強烈なラリアットがレベッカの大剣を遠くへ叩き飛ばす!

 

「あッ……!?」

 

 武器を失ったレベッカを捕らえ、そのまま凄まじい力で石畳の地面へ叩きつけた!

 

ズドォォォォンッ!!

 

「がはっ……!?」

 

 呼吸が止まるほどの衝撃。ローガンはその極太の両腕でレベッカの胴体をガッチリと拘束し、観客席を見上げて下品にニヤリと笑った。

 

「ガハハハハ! おい観客ども! この嫌われっ子ちゃんの……『どの骨から折ってほしい』!?」

 

 狂気じみたローガンの呼びかけに、客席の醜悪な観客たちがノリノリで歓声を上げる。

 

「『腕だ! まず腕を折れぇぇぇッ!!』」

「『足をへし折って苦しませろ!!』」

「『首骨をへし折って水路に投げ捨てろーっ!!』」

 

「ガハハハ! 聞いたか嫌われっ子ちゃん! 『全部折ってぐちゃぐちゃに潰せ』とよぉぉっ!!」

「あ……ぐぁ……っ! ひ……っ!……アあぁァあアア!!」

 

 ギチギチと体が歪み、骨が悲鳴を上げる。呼吸が奪われ、手足から力が抜けていく絶対絶命のピンチ。

 

「やめろぉぉぉぉぉっ!! レベッカを離せぇぇぇっ!!」

「負けるなレベッカ! 頑張れぇぁぁッ!!」

「·······ッ!!」

 

 地下牢のモニターの前でルフィや囚人剣闘士たちが鉄格子を叩き、狂ったように叫ぶ。

 

その時――!

 

「レベッカに……手ぇ出してんじゃないよぉぉぉッ!!」

 

ガシャァァァァンッ!!

 

 悪趣味な歓声を打ち破り、ローガンの横顔面に巨大な鉄製の大盾が全力で激突した!

 

「ブフォッ!?」

 

 鼻血を吹き出し、激痛で締め付けを緩めるローガン! すかさず割り込んだのは、コロシアムの頼れる姉御肌の女剣闘士アキリアだった。

 

「ハァ……ハァ……っ! アキリア……さん……!」

「大丈夫かい、レベッカ! 立ちな! あんたの力見せてやりな!」

「うんッ!!」

 

 復活した二人の息の通った挟み撃ち! ローガンが激怒して振るう拳をアキリアが大盾で受け止め、体勢を崩した瞬間にレベッカが真っ直ぐ振り下ろすフェイクを仕掛ける。

 

「ぬおおおっ!? 斬らせるかぁッ!」

 

 ローガンが咄嗟に上半身を反らした瞬間、レベッカは軌道を殺して足元へ滑り込み、大剣の柄で足首を引っかけた。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

「ぬあぁぁぁぁぁぁーっ!?」

 

 ドスンという音とともに、悪趣味なパフォーマンスを気取っていた巨体ローガンが、自重を殺しきれずリングの外――闘魚の泳ぐ水路へと背中から豪快に転落していった!

 

バシャァァァァンッ!!

 

「落としたぁぁぁぁーっ!!」

 

 ギャッツの絶叫がコロシアムを震わせる。

――だが次の瞬間、期待した惨劇を台無しにされた観客席から、性懲りもなく激しいブーイングが巻き起こった。

 

「ふざけんじゃねぇぞローガン!! 役立たずが!!」

「女二人に落とされてんじゃねぇよ豚野郎! 金返せ!!」

「早く落とせ! 誰でもいいからあの女を早く水路に叩き落とせぇぇぇっ!!」

 

 水路で水しぶきを上げるローガンへゴミを投げつけ、勝ち残ったレベッカへ向けてさらに激しさを増す醜悪な大ブーイング。 剣を構え直したレベッカの瞳には、一切の迷いなく、ただ「勝つ」という強い意志だけが宿っていた。

 

「よっしゃー!!ナイスレベッカ!!アキリア!!」

「ざまぁみろー!!」

 

 レベッカとアキリアの勝利に、彼女たちを応援する囚人剣闘士たちが喝采を上げる。

 

「うおーっ! やっぱり近くで応援するぞ!!」

 

 そんな中地下牢で画面を見ていたルフィが興奮して飛び出していった

 

「おい待て、ルーシー! 観戦エリアはそっちじゃない!」

 

 アルバーンが声を張るも時すでに遅し。ルフィは「おおーっ!」と叫びながら明後日の方向へと突き進み、そのまま曲がり角の奥へと消えていってしまった。

 

「……ハァ。もう勝手に行け……」

 

 溜息をついたアルバーンはルーシーを追うのを諦め、一人で観戦エリアへと向かった。

 

 

 

第三節:ハクバ

 

 ローガンを退けたのも束の間、二人の前に『首はね』スレイマンが立ちはだかった。

 

「戦場に女も子供もない……! 死ね!」

 

 突如として襲いかかるスレイマンの変幻自在で容赦のない剣戟。 連戦で疲弊したレベッカは受けに回るのが精一杯となり、大剣を弾かれて体勢を大きく崩されてしまう。

 

「しまっ……!?」

「死ねぇッ!!」

 

 スレイマンの冷酷な刃が、無防備になったレベッカの首元へ直線的に突き出される。

死を覚悟し、目を強く瞑ったレベッカ。だが――。

 

ザシュゥゥゥゥッ!!

 

「がはっ……!!」

 

 重い血の匂いとともに、目の前で響いたのは肉が深く切り刻まれる惨烈な音だった。

 

「ア……アキリアさん……!?」

 

 目を開けたレベッカの視界に映ったのは、自分の目の前に覆いかぶさり、スレイマンの滅多切りを背中にその身一つで受け止めたアキリアの姿だった。

 

「ハァ……ッ……ハァ……っ!」

「アキリアさん! アキリアさんっ!!」

 

 血を吹き出し、その場に膝から崩れ落ちるアキリア。 スレイマンの蹴りを受け、傷だらけのアキリアの身体がリングの外へと傾いていく。

 

「ふん……余計な盾になりおって」

 

 落ちていく間際、アキリアは途切れそうな意識の中で力を振り絞り、涙を流すレベッカの顔を見つめて笑った。

 

「泣くんじゃないよ……レベッカ……! 必ず……決勝へ……行きな……ッ!!」

「アキリアさぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 バシャァンと水しぶきを上げて脱落していくアキリア。 残されたレベッカの胸に、深い悲しみと熱い炎が燃え上がる。

だが、冷血なスレイマンは一切の容赦なく、再びレベッカへ向けて剣を振り上げた。

 

「次は貴様の番だ、娘――」

 

 執拗に迫るスレイマンの剣風。レベッカは歯を喰いしばり、騎士剣を構え直して必死に死線を潜り抜ける。

その時だった――。

 

「すぅ……すぅ……」

「ん……? 誰だ、立ちながら寝ているバカは……」

 

 スレイマンの意識が一瞬、倒れかけたキャベンディッシュへと向けられた瞬間。

 

――ヒュンッ‥‥‥。

 

「グヒヒヒヒ……ッ!!」

 

――ドサッ! ドササササッ!!

「「「がはっ!?!?」」」

 

 突如として覚醒したキャベンディッシュの裏の人格――『ハクバ』 光すら置き去りにする超絶の一閃が旋風となって吹き荒れ、レベッカを追い詰めていたスレイマンを含め、リング上に残っていた強豪たちが一瞬にして全員血飛沫を上げて倒れ伏していった。

 

「な……なにが……っ!?」

 

 そして、その魔刃の矛先は、ただ一人残されたレベッカの首元へと牙を剥く。

 

(速い……っ!?)

 

 迫る死の旋風。 しかし、彼女が極限状態の中で体得していた「見聞色の覇気」と、2000戦を戦い抜くアルバーンの動きを見続けてきた「目の肥え」が、奇跡的な反応を生んだ。

 

ほんの数ミリ――首を後ろへ反らす。

 

ガキンッ!!

 

 ヘルメットが弾き飛ばされ、美しい桃色の長髪が風になびく。 レベッカは首の皮一枚でハクバの絶望的な一撃を凌ぎ切り、後ろへと倒れ込んだ。 ハクバはあまりの速度と体力の消費により、そのまま白目を剥いてリングに倒れ伏した。

 

 静寂。 血の海と化したリングの上で、ただ一人――レベッカがゆっくりと体を起こした。

 

「勝者! 無敗の女剣闘士……レベッカァァァァァーッ!!!!」

 

 観客の罵声が巻き起こる。

 

 激闘と惨劇の果て、ただ一人ハクバの刃を凌いで生き残った少女の「不敗」の奇跡に、会場全体から驚愕の悲鳴が巻き起こった。

 

 

 

第五節:交代

 

 一方、猪突猛進でコロシアムの外郭・巨大な鉄格子エリアまで飛び出してしまったルフィは、外の路上で繰り広げられていた惨劇を目の当たりにしていた。

 

ズズズズズズズズッ……!!

 

「な、なんだ!? 街の通りが凹んでるぞ!?」

 

 鉄格子の向こう側――路上にいたのは変装したゾロと錦えもん。 そして空から降り立ったのは、桃色の羽毛を纏った悪魔ドンキホーテ・ドフラミンゴと、海軍本部大将『藤虎』イッショウだった。

 ドフラミンゴの足元には、血まみれで横たわるトラファルガー・ロー。

 

「フッフッフッフッフッ! 威勢がいいな、麦わらの一味……」

「トラ男ッ!?」

 

 ドフラミンゴが容赦なくローへ銃弾を撃ち込むと、怒りに狂ったゾロが飛び出す。

 

「トラ男を離しやがれぇぇッ!!」

 

 だが、藤虎の仕込杖が一線を描いた瞬間、ゾロの頭上に数十ートン級の重力が圧しかかる。

 

ズンッ!!!!

「ぐあっ……!?」

 

 路面ごと沈下させられるゾロ。 だがゾロは強引に刀を振り抜き、地底から飛ぶ斬撃で藤虎を押し返す。

 

「ちっ……能力者か……!」

 

 ゾロの猛攻をいなしつつ、ドフラミンゴは冷酷に笑いながらローを抱え上げ、藤虎と共に王宮の空へと飛び去っていった。

 

「待ちやがれミンゴぉぉぉぉッ!! トラ男を返せぇぇぇっ!!」

 

 鉄格子を殴りつけるルフィ。王宮へ連れ去られるローを救うため、ルフィは決意する。

 

「よし、外へ出る! トラ男を助けに行くぞ!!」

「ル、ル、ルフィ先輩ぃぃぃぃっ! メラメラの実の大会はどうされるんですだぁぁっ!?」

 

 感涙と鼻水で叫ぶバルトロメオに、ルフィが答えようとした――その時だった。

 

「――メラメラの実なら、俺が引き継ぐよ。ルフィ」

 

 静かな声とともに、背後から歩み出てきたのは長いコートにシルクハットをかぶった男。 その男がハットを持ち上げ、優しく微笑む。

 

「……久しぶりだな、ルフィ」

 

 幼い頃、兄弟の杯を交わし……死んだはずの男の顔。

 

「さ……サ……サボぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!??!?」

 

 大粒の涙と鼻水を流して絶叫するルフィの頭を、サボは愛おしそうに撫でた。

 

「ルフィ。……エースの実、俺がもらってもいいか?」

「う、うんっ! それが良い!!」

 

 ルフィはローの救出とドフラミンゴ討伐のためにコロシアムを飛び出し、サボはルフィから変装の兜と付け髭と『ルーシー』の名を受け取った。

 

 その頃―― 一人で観戦エリアに到着していたアルバーンは、手すりに身を乗り出し、無事に勝ち残ったレベッカの姿を安堵の気持ちとともに見届けていた。

 

(……ふぅ。なんとか生き残ったか。……)

 

 水路に落ちて浮かび上がったアキリアも、濡れた髪を拭いながらニッと笑う。

 

「やりやがったね、レベッカ……! ほら見な、あの黒槍様も満足そうに引っ込んでったよ」

 

 そこへ、涙で目を真っ赤にしたバルトロメオと、見覚えのある巨大な髭とマントを身に纏った「ルーシー」が歩み寄ってくる。

 

「おいルーシー、どこへ行っていた。……ん?」

 

アルバーンは鋭い眼光で「ルーシー」を睨みつけた。 体格も、放つ威圧感も、先ほどまでの彼とはまるで違う。

 

「……お前、誰だ。ルーシーじゃないな」

 

 変装の隙間から、サボがフッと不敵な笑みを漏らす。

 

「鋭いな、黒槍の剣闘士。あいつは『友達を助ける』ために外へ行ったよ。ここからは俺が『ルーシー』だ」

 

 アルバーンは黒槍の柄を握り直し、冷徹な瞳でサボを見据えた。

 

(……気配がずいぶん変わったな。だが……嘘をつく目じゃない、か?)

「……まあなんでもいい。ドフラミンゴの幹部どもを仕留める。それだけだ。」

「あぁ、だがメラメラの実は俺がもらう。よろしく頼むよ、アルバーン」

 

 こうして、ロー救出へ向かったルフィの思いと、亡き兄の意志を背負ったサボが『ルーシー』として参戦。

 アルバーン、レベッカ、バルトロメオ、そしてサボ――異色のメンツが揃い、運命の『最終決勝戦』の幕が上がろうとしていた。

 

 

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