第一節: 守った約束
Dブロックの死闘を自力で生き抜き、血と汗に塗れて通路へ戻ってきたレベッカ。 その華奢な身体には無数の傷が刻まれていたが、その瞳にはかつてない強い光が宿っていた。
通路の奥、薄暗がりの中で目指していた男の姿を捉えた瞬間、彼女の足が自然と走り出す。
「アル……っ。」
「――レベッカ」
壁に背を預けていたアルバーンは、駆け寄ってくる彼女を見つめ、静かに黒槍の柄を地面に突き立てた。 その瞳には、彼女が自力で修羅場を生き残ったことへの深い誇りと、傷つき倒れたアキリアへの痛みが混ざり合っている。
「勝ったよ……。あたし、勝ったよ。アルと一緒に……決勝で戦うために」
胸を張って報告するレベッカに対し、アルバーンは一瞬目を見開き、それから静かに口元を緩めると、彼女の頭に重くあたたかい手を乗せた。
「……ああ。よくやった。」
「アキリアさんが……あたしを庇って水路に落ちちゃったけど……息は、まだあったの。きっと観ててくれてる…。」
レベッカは騎士剣の柄を強く握りしめ、地下へと続く冷たい階段を見つめた。
「アキリアさんだけじゃない。地下にいる皆のためにも、私は絶対に負けない!この決勝でも勝ってみせる!」
今や自分の足で立ち上がった少女と共に、この地獄に対する激怒を静かな理性で抑え込んで槍を握るアルバーンがそこにいた。
「……ああ。行くぞ、レベッカ。この腐ったコロシアムをぶっ潰す」
「……うん!アル!」
二人が頷き合うと、背後から「ルーシー(サボ)」とバルトロメオが並び立った。
「へっ、気合い十分だな!よろしく頼むぜ、二人とも。最高の試合にしよう!」
サボの不敵な声に、アルバーンは鋭く口元を歪めた。
第二節:揃い踏み
「お待たせいたしましたぁぁぁぁぁっ!!!」
ギャッツの声がコロシアム全体に爆風のように響き渡り、数万の観客が一斉に地鳴りのような大歓声をあげる。
「これよりスタートいたしますは。悪魔の実 メラメラの実を賭けた最終決戦――『グランド・ファイナル』だぁぁぁっ」
リングを取り囲む水路では、凶暴極まりないボスクラスの大型闘魚たちが牙を鳴らして跳ね回り、観客席からは血に飢えた狂気じみたヤジが降り注いでいた。
「殺せ!ぶっ殺せぇぇぇっ!」
「誰でもいい。盛大に血飛沫を見せろーっ!」
「調子に乗るなレベッカ!とっとと八つ裂きになれ!」
「アルバーン!お前もだ!」
「ルーシー!負けんなよ!!」
ブーイングも応援もあらゆる声が混じって響き渡る。 だが、その大歓声を力ずくで塗りつぶすように、リング中央の重厚な扉が開かれた。
「そしてぇぇぇっ。この最終決戦を彩るは、我がコリーダコロシアムの興行主にして絶対的英雄!!ドンキホーテファミリー最高幹部! Mr.『ディアマンテ』!!」
「フハハハハ。待たせたな、観客共!!!」
ヒラヒラとマント翻し、長剣を掲げるディアマンテ。 そしてその背後から、不気味で圧倒的な威圧感を放つディアマンテ軍幹部たちが続々と姿を現した。
「続くは、幹部!デリンジャー! ラオG! マッハバイスぅぅぅっ!!」
重圧と圧迫感がリング全体を押し潰すように包み込む。 だが、その幹部陣の中で一人、血管が浮き出るほどの猛烈な狂気と凄惨な殺気を撒き散らしている男がいた。
――デリンジャーである。
「ヒハハッ……!見つけた……見つけたよぉ……っ!」
デリンジャーの血走った目が、一直線にアルバーンを捉えた。砕けた片角の痕を指先で狂おしく撫で回しながら、全身から沸騰するような殺気を爆発させる。
「あの日からずっと……ずっとお前を殺すことだけを考えてきたんだよぉぉっ。アルバーン」
デリンジャーの背中のヒレが激しく逆立ち、鋭い鮫歯がむき出しになった。
「アタシにくれたあの屈辱の100万倍……今ここで、お前の肉を削ぎ落して噛みちぎって返してあげるよぉぉぉっ」
観客や他の選手たちが「あいつら、一体何があったんだ……?」と呑まれる中、アルバーンは復讐に狂乱するデリンジャーを氷のように冷めた目で見下ろした。
(‥‥‥。)
アルバーンは無言のまま、静かに黒槍を構えた。
「……っ。その目だ……!眼中にないって感じのその目が一番許せないんだよ狂犬がぁぁぁぁっ!!!」
狂乱したデリンジャーが、リングの厚い石畳を砕くほどの強烈な踏み込みでリングへと降り立った。
「ルールは至ってシンプル! 水路に解き放たれた各群れのボスクラスの極悪闘魚達――その内の一体の背に括りつけられた『宝箱』!! その中に入った『メラメラの実』を手に入れた者が勝者だぁぁぁーっ!!」
ギャッツが両拳を天に突き上げる。
「メラメラの実を手に入れるのは、果たしてだれか!!運命の最終決勝戦――試合っっっ!開始ぃぃぃぃぃ!!!」
「「「うおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!」」」
観客の醜悪な叫びが爆発すると同時に、リング上が一瞬で狂気と暴力の地獄絵図へと化す。
第三節:乱戦
「死ねぇぇぇッ!アルバーン!!」
「始まったぁぁぁっ。ゴングと同時に、デリンジャーが一直線にアルバーンへ肉薄していくぅぅぅっ!」
デリンジャーは闘魚の血筋がもたらす人間離れした身体能力を全開にし、鋭い鮫歯を剥き出しにしてアルバーンへ飛びかかる。超高速の踏み込みから繰り出される噛み砕きと、頭部に生えた凶悪な角による突貫。空気を切り裂く突進速度は目視すら困難なレベルであった。
「速い、速すぎるぅっ。人間離れしたデリンジャーの連続突進。だがアルバーン、これをすべて難なくかわし、捌いていくぅぅぅっ!」
ガキィィンッ。ガッ、ガギィンッ。
アルバーンは一切の無駄口を叩かず、冷徹な瞳でデリンジャーの動きを見定めていた。相手の踏み込みの重心、筋肉の収縮、呼吸の吐き出し、視線の泳ぎ――それらすべての情報を氷のように冴え渡った眼で観察し、最小限の槍さばきと体術で流していく。
デリンジャーの牙が首筋を狙い、角が胸元をかすめるが、アルバーンは負けじと超高速の槍の柄による打撃と掌打を叩き込み、デリンジャーの勢いを殺す。
「なっ……なんなんだよ、お前はっ!アタシの突進を完璧に見切るなっ!喋れよぉぉぉっ!」
観察され、淡々と自身の必殺が処理される恐怖にデリンジャーが焦燥を募らせる。
一方、別の地点でも凄まじい攻防が繰り広げられていた。
「見ろぉぉっ!水路から飛び跳ねる巨大闘魚群!だがドンキホーテファミリー幹部マッハバイス、あの巨体に似合わぬ機敏な動きで闘魚の群れを軽々と回避していくぅぅっ!」
空中へ高く跳び上がったマッハバイスが、能力で自らの体重を急増させる。
「『10tバイス』!!!」
ドカァァァンッ!!
凄まじい衝撃波とともに、襲いかかってきた巨大闘魚が一撃で押し潰され、リングの石畳が大きく砕け散る。マッハバイスはその勢いのまま、ボス闘魚の背にある宝箱へ手を伸ばそうとする。
「マッハバイス!圧倒的破壊力で宝箱へ一番乗りかぁぁぁっ!?……いや、届かないっ!!」
「だーっはっは!そうはさせねえべよ!」
バルトロメオが不敵な笑みを浮かべ、マッハバイスの進行上に透明な『バリア』を出現させる。
ガンッ!
「ぶふっ!な、なんだイーン!?この透明な壁はぁぁっ!?」
突進の勢いのままバリアに顔面から激突したマッハバイスが、大きく体勢を崩して弾き飛ばされる。バルトロメオは宝箱を直接狙うのではなく、バリアを駆使して敵の動きを的確に妨害し、戦況をコントロールする戦術に出ていた。
そして、リング中央では武闘家同士の重厚な激突が始まっていた。
「そして中央ではっ!ラオGがルーシーの前で腰を落としたぁぁぁっ!これは……地翁拳奥義『戦闘保険』の開放だぁぁぁっ!!」
ラオGの全身の筋肉が膨れ上がり、皺の刻まれた老体から全盛期を思わせる凄まじい覇気と肉体美が解き放たれる。
「……若き日に蓄えし力を今ここに解き放つ!『G』の刻印!!!」
超高速で繰り出されるラオGの熟練された拳法。一撃一撃が空気を爆砕する重みを持ち、ルーシーへ襲いかかる。
「へっ!さすがはファミリーの古株。いい腕だ!」
ルーシー(サボ)はニヤリと笑うと、指を龍の爪の形に硬化させ、正面から迎え撃った。
「竜爪拳っ!『竜のかぎ爪』!!」
ボガァァァンッ!ガキィィィンッ!
「凄まじい肉弾戦だぁぁぁっ!全盛期の肉体を取り戻したラオGの怒涛の拳法を、ルーシーが真っ向から受け止めていくぅっ!一歩も引かぬ激突っ!」
武道の真髄を見せるような二人の打ち合いにより、衝撃波がリング全体を吹き荒れる。
敵を排除して確実に宝箱を狙うか、隙を突いてメラメラの実を奪うか。 アルバーンの冷徹な観察眼、デリンジャーの凶暴な肉弾戦、マッハバイスとバルトロメオのトリッキーな攻防、そしてラオGとルーシーのハイレベルな激突。
あらゆる意図と暴力が交錯し、グランド・ファイナルのリングは極限の熱量とともに狂乱の渦へと飲み込まれていった。
第四節:嘲笑
乱戦の火花が周囲で散る中、リング中央では異質な静寂と殺気が渦巻いていた。
「そして中央ではっ!我がコリーダコロシアムの英雄ディアマンテが、囚人剣闘士レベッカへ襲いかかるぅぅぅっ!」
ディアマンテは余裕に満ちた凄惨な笑みを口元に浮かべ、右手に握った長剣を構えた。能力によって薄い布のようにヒラヒラと翻る刃が、不規則で予測不能な軌道を描いて伸びていく。
「フハハハハ!逃げ回るだけの剣技でどこまで耐えられるかな?レベッカ~」
突如として生き物のように折れ曲がり、死角から迫る高速の突き。だが、レベッカの集中力は途切れていなかった。
ガキンッ。ガラリッ。
見聞色の覇気を研ぎ澄まし、不気味にしなる刃の軌道を読み切ると、大剣の身を使って最小限の軌道でそれらをすべて捌いてみせる。
無駄のない華麗な足捌きで距離を取り、レベッカは大剣を鋭く構え直すと、キッと凛とした瞳でディアマンテを強く睨みつけた。
ディアマンテは攻撃の手を止めると、下品で陰湿な笑みを深め、喉を鳴らして語り始める。
「なあレベッカ……お前、スカーレットの死に際を知っているか~?」
「……何……?」
怪憐な表情を浮かべるレベッカに対し、ディアマンテは嘲笑を浮かべながら言葉を重ねる。
「あの日、潜伏していたスカーレットはな……わざわざ危険を冒して街へ買い出しに来ていたんだよ。……『お腹をすかせた娘のために、食べ物を買って帰らなきゃ』とな」
「あ……」
レベッカの息が止まる。脳裏に、幼い頃の記憶が鮮明にフラッシュバックした。寒さと空腹に耐えかね、母の手を握り締めながら「お腹がすいた」と泣きついたあの日の記憶。
「ハッハハハ!空腹くらい我慢すりゃあよかったものを、愚かな女だ。おかげで俺に見つかり、逃げ惑った挙句に射殺された。……泣き叫びながら血を流して死んでいったぞ?
……ああそういえば、それを助けようとした、片足の兵隊もいたっけな~!ワンワンと泣いて実に見苦しかったゼ~!」
ディアマンテの酷薄な言葉が、レベッカの胸を鋭く貫く。
『すまない…!! 君のお母さんを…守れなかった‥‥‥!! すまない‥‥‥!!!』
初めて兵隊さんと会った時の、悔恨の言葉が頭に響く。
――あたしが……あたしが「お腹がすいた」なんて言わなければ。お母様は……死なずにすんだのに。
あまりの衝撃と絶望に、レベッカの膝が大きく震えた。だが、その自責の念はすぐさま、母を殺し、その想いまでをも踏みにじる目の前の男への狂おしいほどの激怒へと変わっていく。
「……絶対に……絶対に許さない!!」
涙を振り払い、レベッカの瞳に初めて、烈火のごとき怒りが宿った。水路際で敵の攻撃をかわし、相手を落とすことだけを叩き込まれていた「不殺の女」が、ついに自ら殺気を剥き出しにして踏み込む。
「よくも…!お母様を返せぇぇぇっ!!」
「な、なんとぉぉぉっ。今まで一度も自ら斬りかかることのなかったレベッカが、剣を構えてディアマンテへ真っ向から襲いかかるぅぅぅっ!!」
ギャッツの驚愕の実況が響く中、レベッカは全身の力を大剣に込め、ディアマンテに一気に振り下ろした。
「フハハハ!乗ってきたな、このバカがっ!」
ディアマンテが酷薄に笑い、自らのマントを『ヒラヒラ』の能力で鋼鉄の楯へと変え、レベッカの刃を受け止める。
ガギィィィンッ!!
重厚な衝撃音とともに、リング中央に強烈な火花が散り狂った。 母の仇を目の前にし、怒りと悲しみに身を焦がすレベッカ。そしてそれを冷酷にあしらおうとするディアマンテ。
「なんだ~その剣は…?そんな刃のない剣で何を切ろうってんだ~?血を流せ!それでこそ、客は興奮するのさ!!!」
レベッカの剣を易々と受け止めたディアマンテは、嘲笑を浮かべながら、衣装の内に忍ばせていた重厚な金棒をヌッと引き抜いた。
「母と同じ場所へ送ってやる。あの世で愚かな親子で泣くがいい!!」
ディアマンテがレベッカの頭上へ向けて、容赦なく金棒を振りかぶった――まさにその時であった。
ドカァァァッ!!
「ブヘァァァッ!!」
凄まじい衝撃音とともにディアマンテの顔へ叩きつけられたのは、頭部の角をへし折られ、全身血塗れになって白目を剥いたデリンジャーであった。
「なっ……デリンジャーっ!?」
ディアマンテが驚愕し、血反吐を吐きながら白目をむく部下の姿に目を剥く。
闘魚由来の凶暴な身体能力と超高速の突進を誇っていたデリンジャーは、アルバーンの冷徹な観察眼と容赦のない体術・槍術の前に完全に打ち破られ、ただの襤褸屑と化していた。
「何ということだぁぁ! あの凶暴な幹部デリンジャーが、ズタズタの滅多打ちにされて吹き飛ばされてきたぁぁぁっ!やったのは……アルバーンだぁぁぁっ!!」
煙がうっすらと漂うリングの端で、アルバーンは黒槍の先から血を払うと、氷のように冷めた瞳でディアマンテを見据えた。
「……鬱陶しいガキだった」
因縁も過去の恨みも一切意に介さず、ただの障害物として処理したアルバーンが、静かな足取りでレベッカの前へ立ち黒槍を構える。
「アル……っ」
呼吸を乱し、涙と怒りで胸を上下させるレベッカに、アルバーンは視線を向けないまま静かに告げた。
「レベッカ…。あんな奴のくだらない煽りに飲まれるな。何食わぬ顔で剣を構えろ。そっちのほうが全然良い」
「……うん。……うんっ!」
アルバーンの言葉に、レベッカの瞳から迷いが消え、再び凛とした強い光が宿る。
部下を目の前でボロ雑巾のように打ち捨てられたディアマンテの顔から嘲笑が完全に消え去り、凄惨な怒りと青筋が浮かび上がった。
「奴隷の分際で……ドンキホーテファミリーを舐めるなよ!ゴミ屑どもが……っ!!」
デリンジャーを文字通り歯牙にもかけず一蹴したアルバーンと、レベッカ。 二人を前に、ドンキホーテファミリー最高幹部ディアマンテが本気の殺意を解放しようとしていた。
補足
・殺る気マンマンのデリンジャー
デリンジャーは2年くらい前にアルバーンにボコボコにされてます。ドフラミンゴに惨敗して以降、更に強くなったアルバーンを解らせるつもりが、逆に解らせられてしまいました。この試合以降、ドンキホーテファミリー幹部をアルバーンにぶつけることはなくなり、アルバーンの試合数も制限される事になりました。