第一節:客
ドレスローザの頂点、――王宮。
国中が『鳥カゴ』による狂乱と惨劇に包まれる中、この空間だけは不気味なほどの静寂と重苦しい威圧感に支配されていた。
「……すまん、ドフィ……! 申し訳ねぇ……っ! 俺が……俺がしくじった……! メラメラの実を奪われ、ラオGもバイスもデリンジャーも叩きのめされた……っ!」
最高幹部ディアマンテが、床に膝をつき、血の滲むほど拳を握りしめて激しい悔恨の声を上げていた。
その傍らでは、粘つく鼻水を垂らした最高幹部トレーボルもまた、冷や汗を流しながら震えていた。
「んねぇ!ドフィ……シュガーが……シュガーが手足を拘束された敵に気絶させられるなんて予想できなかったんだよぉ……!許してくれぇ……っ!」
最高幹部二人の必死の謝罪。
だが、豪奢なソファに深く腰掛けていたドンキホーテ・ドフラミンゴは、口元に狂気的な笑みを浮かべたまま、静かに言った。
「フッフッフッ……よせ、ディアマンテ、トレーボル。過ぎたことを悔やんでも意味はない。コロシアムの采配も、シュガーの件も、俺の判断ミスだ」
「「ド……ドフィ……っ!」」
責められるどころか、咎めすらしないドフラミンゴの寛大な言葉に、二人は感涙に咽び泣く。しかし、ドフラミンゴのサングラスの奥に宿る瞳は、凍りつくほど冷徹であった。
「メラメラの実も、倒れたラオGたち共々失ったものは大きい。……だが、案ずるな。失った戦力の『代わり』はいるしな」
ドフラミンゴが視線を向けた部屋の奥、暗がりのソファから、地鳴りのような重厚な足音とともに巨大な影が立ち上がった。
肩に巨大な肩甲を担ぎ、両耳に三日月型の角をつけた巨漢。
……四皇百獣のカイドウが誇る三災害の一角――大看板『旱害』のジャック
「……フン。不甲斐ないな、ジョーカー。『侍』の捜索と『SMILE』の定期取引のついでに立ち寄ってみれば、こんなザマになって居ようとは」
ジャックの地響きのような低音が部屋に響き渡る。ディアマンテが不快そうに眉をひそめるが、ドフラミンゴは笑みを崩さない。
「フッフッフッ、遠路はるばる自ら受け取りに来てくれた客人に、無様な姿を見せたのは認めよう、ジャック。……だが、俺の『ビジネスパートナー』として、今後の円滑な取引のために、ゴミ掃除に付き合ってくれ」
「……構わん。カイドウさんの『SMILE』が途絶えるのは困るんでな。‥‥シープスヘッド」
ジャックの短く重い号令に応え、暗がりから真打のシープスヘッド率いるギフターズ、そして王宮の背後から巨人族を超える巨体の怪物が姿を現した。
「ハッ! ジャック様! 王の台地・二階層の防衛、我らギフターズ及び、ナンバーズ『四鬼』にお任せを!」
狂暴な獣の腕や角を持った百戦錬磨の戦士たちが、王宮の防衛網として配置されていく。ドンキホーテファミリーのみならず、四皇の戦力までもが組み込まれた王の台地は、まさに難攻不落の絶対要塞と化していた。
「べっへっへっへっ!完璧だ! 麦わらも、ローも、リク王の残党どもも……この王宮へ辿り着くことすらできずに全滅する!」
トレーボルが狂喜の声を上げ、ディアマンテも四階層『向日葵の花畑』へと降り立つ。外では巨大化したピーカが街全体を揺るがしながら暴れ回り、それに対し、ルフィやコロシアムの参加者たちが群れをなして王宮へ向けて進軍していた。
第二節:向日葵畑へ
受刑者を狙う民衆やならず者たちの追撃をかいくぐり、レベッカ、ロビン、バルトロメオ、そしてレオたちトンタッタ族は、ついに『旧・王の台地』へとたどり着いた。
そこには、元国王リク・ドルド3世やタンク軍隊長、そして『千里眼』の能力で戦況を見守る王女ヴィオラの姿があった。
「レベッカ……! 無事だったか……っ!」
「レベッカ‥‥‥!よかった!‥‥‥っ!」
「おじい様……! ヴィオラさん……!」
身を寄せ合い、無事を確かめ合うリク王たち。だが、ヴィオラの表情は緊迫していた。
「でも、王宮で囚われていたトラファルガーの手錠を外すための『鍵』がまだここに!麦わらたち、彼の錠も外さずに下に降りてしまったのよ。早く届けないと!」
「何やってんだルフィ!!」
喫緊の問題を端的に述べるヴィオラと、船長のじっとしていられなさに頭を抱えるウソップ。
「私が行く!」
ヴィオラの手から差し出された小さな鍵。それを受け取ったのは、誰よりも固い決意を瞳に宿したレベッカであった。
「貴女も受刑者の一人よ?下には多くの危険が‥‥!」
ロビンが心配そうに声をかけるが、レベッカは剣を背負い直し、強く首を振った。
「ううん、私を行かせて! 私だって……じっとしてなんていられない!」
鍵を両手でギュッと握りしめ、レベッカは汗と泥に塗れた顔を上げた。
「兵隊さん……お父様も、ルーシーも、そしてアルも……みんな自分の命を懸けて戦ってる。私だけがここで守られて、陰で泣いてるなんて絶対に嫌! 私にできることなら、何だってやる……! この鍵を、絶対にルーシ―たちのところへ届けるんだから!」
これまで自分を命がけで守ろうとしてくれたアルバーンや兵隊さん、父の背中を思い出し、自分の足で走り、大切な者たちの戦いを支えようとする健気でたくましい姿。
その真っ直ぐな言葉に、ロビンは優しく微笑み、トンタッタのレオも涙を流しながら胸を叩いた。
「よし! レベッカ様の決意、しかと受け取ったれす! みんなで絶対に王宮のルフィランドたちの元へ鍵を届けるれす!」
「ええ、行きましょう。私たちが全力であなたをサポートするわ」
「お供しますべ!ロビン先輩!!」
「よし、TALジャンピングサービスを使うれす!僕らトンタッタ族に任せるれす!!ではお三方とりあえずこのひもをつかんで飛んでくださーい!」
イエローカブ達を利用した移動法。落下の減速を行い、ジャンプによる跳躍の増強。三人は空からのショートカットによって、四階層『向日葵の花畑』へと目指していく。
第三節 百獣海賊団
――――王の台地・第二階層。
「麦わらのルフィを上へ通せぇぇぇっ! 俺たちの目的はドフラミンゴの首一つ!!」
ハイルディン、キャベンディッシュ、サイ、イデオ、ブルーギリーら、コロシアムで鎬を削った名だたる強豪たちが、怒号とともに階段を雪崩れ込んでいた。
だが、その広大な階層で彼らを待ち受けていたのは、ドンキホーテファミリーの幹部ベビー5とその部下達だけではなかった。
「ウオォォォォォォンッ!!」
「クソ虫どもがっ! ここから先は一歩も通さねえぞォ!!」
地響きとともに立ち塞がったのは、百獣海賊団の大看板ジャックが配置した『真打』シープスヘッド率いる、人造悪魔の実の能力者軍団――『ギフターズ』であった。
その姿はまさに異形そのもの。 腹から巨大なスイギュウの顔を生やして咆哮を上げる男、右腕そのものが巨大なワニの頭部へ変貌し激しく顎を鳴らす男、さらには羊の角を生やしたシープスヘッドなど、数十体もの異形の獣人たちが牙を剥いて襲い来る。
「な……なんだあいつらはっ!? 人間じゃねぇ、獣のバケモノどもだ!!」
「こやつら、百獣海賊団!?なぜこんなところに!?」
歴戦の猛者『首領』チンジャオがバイキングの格好をした海賊を見て、確信の叫びを放つ。
「フン、異形の化け物だろうと四皇の海賊だろうと……僕の美しさの前にはひれ伏す運命にある!」
陣頭を切って飛び出したのは、美しき海賊キャベンディッシュ。 愛刀『デュランダル』を鞘から抜くと、目にも留まらぬ速さで突きを繰り出す。
「『美剣・白鳥の湖(スワン・レイク)』っっ!!」
「グハァッ!?」
前衛にいたギフターズ数人が一瞬で血しぶきを上げて吹き飛ぶ。しかし、ギフターズの強靭な肉体と凶暴性は、そこらの雑魚兵とは一線を画していた。
「甘いぞ、剣士ぃぃぃっ!」
右手が凶暴なワニと化した男が、キャベンディッシュの側面から跳躍。鉄をも噛み砕くワニの巨顎をガチコンと音を立てて開き、キャベンディッシュの首元へ喰らいつこうと迫る。
「させねぇよ!!」
ドガァァァァンッ!!
ワニ男の側面から一直線に叩き込まれたのは、ボクサー・イデオの破壊砲。直撃したワニの顔面が爆炎に包まれ、悲鳴とともに壁面へ叩きつけられた。
「ハッ、いい拳だ! だが、これで押し切れると思うなよ!」
空中から舞い降りたシープスヘッドが、両腕を羊の角のように変形させ、回転を加えながら襲いかかる。
「『シープスホーン』っ!」
「ちっ……! 破壊砲を受け止めやがったか!」
重強固な羊角の突進がイデオの破壊砲を弾き飛ばす。
さらに、中央からは巨大なスイギュウの顔を腹に宿した巨漢のギフターズが足音を鳴らして突進してきた。鼻から凄まじい鼻息を噴射し、コロシアムの戦士たちをまとめて轢殺しようと突進する。
「邪魔だぁぁぁっ! 立ち去れ、ブタどもっ!!」
「フン……小童が!わしを止められると思うな!!」
『首領』チンジャオが、咆哮とともに錐の頭突きを振り下ろす!
ズドォォォォォンッ!!
スイギュウ人間の突進とチンジャオの頭突きが正面衝突し、巨大な衝撃が巻き起こる。衝撃波が周囲の人間を吹き飛ばす。
「ドンキホーテファミリー幹部としてっ!若様のもとへは行かせない!武器変形――『鎌女』っ!!」
混乱の最中、ドンキホーテファミリーのベビー5が全身を巨大な鎌へと変形させ、空を舞いながら足元を薙ぎ払ってくる。
「八宝水軍の棟梁を舐めるなよ!! 『八衝拳』っ!」
首領・サイが足の甲に凄まじい振動の波を纏い、襲いかかるベビー5の鎌を真っ正面から蹴り飛ばした。
ガキィィィィンッッ!!
「キャッ!? な……なんて力強い蹴り……っ! まさか私を……私を『必要』として近づいてるの……!?」
「あぁ!? 何言ってんだこの女はぁっ!?」
混戦が極まりかけたその時――第二階層の石畳が、天地を揺るがす絶大な地鳴りとともに悲鳴を上げた。
「ジャアキッキッキキキ!!! グヴォォオオオ!!!!!」
不気味でけたたましい高笑いが響き渡り、戦場全体に山のような巨大な影が落ちる。
「な……なんだアイツはぁぁぁっ!?」
コロシアムの戦士たちが絶句する。台地の背後から現れたのは、巨大な金棒を軽々と掲げた古代巨人族のなりそこない。
――百獣海賊団『ナンバーズ』の一角、四鬼であった。
巨人族すらも見下ろす規格外の巨躯。四鬼は鬼のような異形の顔面を歪め、身の丈を遥かに超える巨大な鉄の金棒を、虫ケラを叩き潰すかのように振り下ろした。
ドゴォォォォォォンッッッ!!!
「ぐわあぁぁぁっ!?」
一撃で数十人の兵士と石畳が爆風とともに吹き飛ぶ。壊滅的な破壊力に戦場が凍りつく中、一人の男が地面を蹴り、その巨体へと立ち塞がった。
「巨体だけのデカブツが、調子に乗るなぁぁぁぁっ!!」
立ち上がったのは、エルバフの戦士――ハイルディン
ハイルディンは血管を浮き出させ、四鬼の振り下ろされる二撃目の巨金棒を、全身の筋力を叩き込んで巨大な盾で受け止めた。
ズズズズズズズズッ……!!
「ぬ……ぬああぁぁぁぁっ!!」
ハイルディンの足元の石畳が砕け、膝が折れそうになるほどの重量。だが、エルバフの誇りが彼を踏み止まらせる。
「誇り高き本物の巨人族の力を……見せてやる!!」
「麦わらぁぁぁ!!先へ行けぇぇぇ!!!」
乱戦、狂乱、爆風、そして獣たちの咆哮。
ルフィ、ロー、キュロス、キャベンディッシュはコロシアムの戦士たちが命がけで作った一本の『突破口』を突き抜け、さらに上層――向日葵畑、そしてドフラミンゴの待つ王宮頂上へと駆け上がっていくのだった。
第四節:勝利への道
王宮を目指し、第三階層を駆け上がるルフィ、ロー、キュロス、そしてキャベンディッシュ。 だが、その前方に突如として異様な威圧感を放つ影が立ち塞がった。幹部グラディウス、そしてシュガーの呪いが生み出した巨大で不気味な怪物――『頭割り人形』の軍勢であった。
「フン……これ以上、若のもとへを行かせるわけにはいかん」
グラディウスが腕の装甲を膨張させ、頭割り人形たちがギチギチと関節を鳴らして巨体を躍動させる。鋭い歯を剥き出しにし、ルフィたちを喰らい尽くそうと襲いかかってきた。
あまりの猛攻にキャベンディッシュの愛馬、ファルルが頭をかみ砕かれる
「ファルル!?おのれ!!」
「くそっ、キリがねぇ!」
ルフィが拳を構えたその時――空から一筋の舞い散る花弁とともに、優雅で力強い声が舞い降りた。
「『千紫万紅』――!!」
ズガガガガガッ!!
頭割り人形たちの全身から無数の巨大な腕が生え揃い、その巨躯を強引に折り曲げて地面へと叩きつけた。
「なっ……何!?」
驚愕するグラディウスの視線の先。上空から、トンタッタ族の能力とバルトロメオのバリアを足場にしてショートカットしてきた頼もしき救援――ニコ・ロビンが、可憐に舞い降りて着地した。
「ロビンっ!!」
ルフィが歓喜の声を上げる。ロビンの後ろには、追いついたキャベンディッシュと、息を切らしながらもバリアを構えるバルトロメオの姿があった。
「ここは私たちに任せて、先へ行って、ルフィ!」
ロビンが不敵かつ美しく微笑む。
「でもロビン、あいつら……!」
案じるルフィに対し、ロビンは真っ直ぐな瞳で言いはなった。その言葉には、己の船長に対する絶対の信頼と誇りが宿っていた。
「私たちの船長には……命を賭ける価値がある! ルフィ……あなたはただ、前だけを見て進みなさい!」
「ロビン……! おうっ!!」
ロビンの背中を押す熱い言葉に、ルフィの全身に力が漲る。ローを担ぎ、キュロスとともにグラディウスたちの横を一直線に突き抜けていく。
「逃がすかぁぁぁっ!」
グラディウスが自らの身体を爆破させようと膨張するが、それを遮ったのはバルトロメオの透明な障壁と、キャベンディッシュの閃光の如き剣技であった。
「ファルルの仇はうたせてもらうぞ、爆破男!」
「ルフィ先輩の道は俺が作るべさぁぁぁっ!バリアビリティ!!」
ロビン、キャベンディッシュ、バルトロメオ――最強の盾が向日葵畑への道を作り、美剣、そして咲き誇る手が完全に第三階層の防衛線を塞ぎ止め、ルフィたちの背中を力強く見送った。
そして――ロビンたちの決死の後押しを受け、先に四階層へと到達した少女がいた。
鍵を両手で強く握りしめた、レベッカである。
パッと視界が開けたその場所は――鮮やかな黄色に染まる、一面の「ひまわり畑」であった。
「ついた…!あとはルーシーを待つだけ‥‥‥!」
だが、風に揺れるひまわりの花々の先で、彼女を待ち構えていたのは
冷酷な笑みを浮かべ、長い剣を弄ぶ男――最高幹部ディアマンテであった。
「なんだ、お前か……」
「ディ……ディアマンテ……っ!」
レベッカの身体が瞬時に凍りつく。
コロシアムとは違いアルバーンも今はいない。共に戦う仲間のいない状況での、最悪の対面を果たすこととなった。
――――――王宮最上階
「一番乗りは、お前か……。」
ドフラミンゴの酷薄な声が響く。
王宮の外壁を跳躍して現れたのは―――
漆黒の長槍を担ぎ、全身から血と殺気を滴らせた一人の男であった。
「あ……アルバーン……っ! なぜお前がここにいるんだっ!? 下にはギフターズや部下たちがびっしり配置されていたはずだぞっ!?」
トレーボルが目玉を飛び出させて驚愕の悲鳴を上げる。
アルバーンは、ドフラミンゴたちが敷いた正面の防衛陣など、向かいはしなかった。
ファミリーの戦力の大部分を前に正面から向かうルフィたちを横目に、コロシアムの死闘で培われた驚異的な脚力と体幹だけで、王宮の台地をなす垂直に近い切り立った側面の外壁を強引に駆け上がってきたのだ。
「……側面から崖を駆け上がってきたか。相変わらずの身軽さだな、アルバーン」
「‥‥‥。」
最短ルートで絶壁を破り、一番乗りでこの王の部屋へと侵入した狂犬。アルバーンの黒い瞳は、他の誰でもない。十年間、自分と大切な者たちの人生を弄び続けた悪魔――ドフラミンゴだけを静かに射抜いていた。