第一節:決戦開始
―――――王宮最上階・スートの間。
「べっへっへっへっ! お前一人でここまで来ただとぉ? 愚かだねぇ、アルバーン! 五年前ドフィに叩き潰された恐怖を忘れた「――シュンッ」」
粘つく体を揺らし、鼻水を垂らしながら嘲笑する最高幹部トレーボル。 だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
空気が爆ぜる音すら遅れて届くほどの、神速の一撃。 アルバーンの手から放たれた漆黒の槍先が、一切の予備動作もなくトレーボルの眉間を正確に貫いていた。
「……は?」
トレーボルの後頭部から黒槍が生える。粘液を纏う隙すら与えない、武装色の覇気を宿した「本物の確殺」。槍を引き抜く動作とともに、トレーボルの巨体が大量の血を噴き出し、沈黙して床へ崩れ落ちた。
「トレッ‥‥!?」
ソファーに座っていたドフラミンゴの顔から余裕が消え去り、絶句の声が漏れる。 だが、余韻に浸る時間すら与えられない。
ガギィィィィンッッッ!!!
崩れ落ちるトレーボルの影を突き抜け、二度目の閃光――アルバーンの黒槍がドフラミンゴの眉間へ襲いかかっていた。 間一髪、ドフラミンゴは指先に超高密度の糸を張り巡らせ、顔面から数ミリの位置で槍刃を食い止める。強烈な衝撃波に部屋に暴風が吹き荒ぶ。
「‥‥‥フッ、小僧‥‥‥!」
「‥‥‥。」
冷汗を流しながらも不敵に笑うドフラミンゴ。しかし、サングラスの奥の瞳は、最高幹部を一瞬で屠られた動揺と、目の前の男が放つ狂気的な殺気に激しく揺れていた。 五年前の敗北から、いや十年前からコロシアムの泥を啜りながら研ぎ澄まされた純粋な「殺意」。
これまで檻に繋がれていた狂犬と、現ドレスローザの狂王――二人の二度目の決戦が、静かに幕を開けた。 そして、その凄絶なひと時を、部屋のソファーに座る巨大な影――百獣海賊団の大看板『旱害のジャック』は、腕を組んだまま冷め切った瞳で見つめていた。
(……フン)
第二節:父の背中
一方、四階層『向日葵の花畑』。
「ひはははは! どうしたレベッカぁ!コロシアムの時の威勢はどうした!えぇ!?」
風に揺れる黄色いひまわりの真ん中で、ディアマンテの嘲笑が酷薄に響き渡っていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……!」
「ひはははは! 逃げ惑え、レベッカ! お前の母親と同じようになぁ!」
ヒラヒラの実の能力でしならせたディアマンテの長剣が、逃げるレベッカの背中を容赦なく引き裂いた。
「キャアアアッ!?‥‥‥ぅア‥‥アアアッ!?」
黄色いひまわりの花弁の上に倒れ込み、血を流すレベッカ。
レベッカは背中に走る激痛に耐えかね、泥と血に塗れて這いつくばっていた。 ヒラヒラの実の能力でしならされたディアマンテの長剣が、容赦なく彼女の背を大きく切り裂く。
本当は戦いたくなんてなかった。誰かを傷つけるのも、自分が傷つけられるのも嫌だった。生き残るために剣を振り回してきたけれど、死の恐怖に直面した少女の足はガタガタと激しく震え、追撃から逃げ出そうにも膝に力が入らず、立ち上がることすらできない。
「う……あ……っ、嫌……っ、怖い……っ!!」
脳裏を焼き尽くすのは、十年前のあの日の記憶。 この向日葵畑で、目の前で冷たく冷え切っていった大好きな母親――スカーレットの姿。
「お前もスカーレットと同じだなあ! 命乞いをしながら、ここで見っともなく死んでいくんだよ!!」
ディアマンテが酷虐な笑みを浮かべ、懐から一丁の黒いピストルを取り出した。 ガチリと不気味な金属音が鳴り、冷たい銃口が、涙と恐怖で顔をくしゃくしゃにしたレベッカの額へと突きつけられる。
死の匂い。銃口の暗闇。
(誰か……誰か助けて……! お母様……! アル……! 兵隊さん……っ!!)
声にならない助けを求める心の叫び。瞳からボロボロと溢れ出る大粒の涙。絶望の深淵に呑み込まれ、レベッカがぎゅっと目を瞑った――その時。
「家族を二度も!…奪われてたまるかあぁ!!!」
ドドォォォォンッッッ!!!
ひまわり畑を切り裂く、裂帛の如き怒号。
一本足で天高く跳躍した漆黒の影――伝説の剣闘士キュロスの大剣が、空を切り裂いて振り下ろされた。
「なにっ……!?」
ガカァァァンッ!!
強烈な衝撃波とともに、ディアマンテの握っていた銃が木っ端微塵に砕け散り、その顔面へキュロスの無骨な一撃が直撃する。
「ぶはぁっ!?」
顔面を血に染め、ひまわりの花々をなぎ倒しながら吹き飛んでいくディアマンテ。 散り飛ぶ黄色い花弁の中、仁王立ちで立ち塞がったのは、血を流しながらも片足で立つ父の背中であった。
「すまなかった…!母に似て心の優しい君に、私は剣を教えることしかできなかった…!だが、それも今日で最後だ…! もう、戦わなくていい…!!」
「……お父様…!! …うん!!」
「レベッカァァ~~!!カギィィ~~~!!!」
「ルーシーッ!?」
恐怖と絶望から解き放たれ、父の大きな背中に泣くレベッカ。
そこへ後方を打ち破り、ルフィと彼が背負うローが合流した。レベッカから受け取ったカギで、ついにローが解放される。
「すまんが二人!私はコイツで手一杯!王宮は任せてもいいか!?」
「「勿論だ!!」」
突如、極上の遊びを邪魔され憤るディアマンテと、妻の仇、そして娘を苦しませた張本人を前に、人生最上の憤怒を顕わにするキュロス、新旧コロシアムの英雄の戦いが始まった。
第三節:極限の狙撃
その頃――『旧・王の台地』。
「……ッ!? 王宮でアルバーンがドフラミンゴと戦闘を開始! 最高幹部トレーボルが倒された……! そしてひまわり畑では、キュロス兄様がディアマンテと交戦を開始したわ!」
『千里眼』で遠くの戦況を追うヴィオラの顔に冷や汗が滲む。リク王やタンク軍隊長がその凄絶な戦況に息を呑んだ、その瞬間――ヴィオラの瞳孔が恐怖に激しく揺れた。
「大変……っ! 気絶していたシュガーが目を覚まして王宮を徘徊しているわ! 麦わらたちのすぐ側に……無防備な二人に迫っている!!」
「な……なにぃぃぃっ!?」
ウソップの背筋に、氷を突きつけられたような戦慄が走った。 あの悪夢のホビホビの実――もし一瞬でも触れられれば、ルフィもローも人形に変えられ、自分たちの記憶からすらその存在が消し飛ばされる。
「させねぇ……! 命を懸けてあそこまで行ったあいつらを……あの手に触れさせるわけにはいかねぇっ!!」
ウソップは震える手で超巨大パチンコ『黒カブト』を構えた。 だが、旧王の台地から王宮までは気が遠くなるほどの遠距離。荒れ狂う風、――あらゆる障害が狙撃を阻む。
さらに追い打ちをかけるように、台地の麓から無数の叫び声が響き渡った。ドフラミンゴの『鳥カゴ』による死の恐怖に追い詰められた民衆たちが、押し寄せてきたのだ。
「リク王がいたぞ! 『ゴッド』ウソップ、錦えもん、ヴィオラ様もだ!捕らえろ!」
「全員捕らえてドフラミンゴに引き渡せ!!」
彼らは悪意や欲で襲いかかっているのではない。「助かりたい」という切実で悲痛な本能ゆえに、狂気へと追い詰められていた。
「……!」
「リク王様、退がってください! ここは私が!」
タンクが体を張って群衆を押し押し止めようとする。しかし、リク王は静かに首を振った。
「いや私も手伝う!ウソップ君たちを守るぞ!皆混乱している、誰も傷つけてはならん。狙撃の時間さえ稼げればよい!」
「王のおっさん、恩に着る!!」
ウソップの覚悟を目の当たりにし、その盾となることを決意するリク王。ウソップはリク王に対してれを言うとすぐさま狙撃の体制へと移行する。
「オイあんた! スポッターになれ! 風速と目標の位置を教えろっ!」
「え……ええ! 王宮の庭よ! 風は西から東に強く吹いているわ……! 外壁塔上部に窓があるが見える?真ん中から一つ右の窓の向こうに麦わらたちがみえる。窓には鉄格子。――」
「格子の区切りと大きさは?」
「縦に一本、横に三本、大きさは縦に五十横に四十、庭の地面から窓の下部まで役1.2メートル、シュガーの伸長と同じくらい」
「集中しろ……研ぎ澄ませ……!」
ウソップの耳から混乱の雑音が消えた。視界が急速に絞られ――世界から色が失われていく。
(ルフィは……あいつはいつだって、俺たちの前を走ってきた……! どんな怪物とだって戦ってきたんだ……! ここでアイツが消えたら、誰がこの国を救う!!)
極限の覚悟が、眠っていた力を呼び覚ます。 壁の向こう、数キロ先にある王宮の空間。そこにある人々の「命の気配」――ルフィの巨大なオーラ、ローの鋭い気配、そしてシュガーの小さな影が、はっきりと黒いシルエットとなって視界に浮かび上がった。
――『見聞色の覇気』の覚悟の開花。
「捉えたぞ……!必殺!!遠距離蓑虫星!!」
バチィィィィンッッッ!!!
解き放たれた大弾丸は、暴風を突き破り、王宮の外壁を目指し一直線に飛んでいく、第一ブースター、第二ブースターが解除され本命の弾が外装から姿を現す、地面は水平になり、外壁塔の窓へと吸い込まれるように飛んでいった。
王宮の庭。 ルフィとローに近寄り、その小さな手を伸ばそうとしていたシュガー。 その視界の先、突如として現れたのは――かつて自分を地獄の恐怖へと叩き落とした、ウソップの「あの顔面崩壊の悶絶顔」を模した人形であった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!???」
絶叫とともに、シュガーは泡を吹いて再び白目を剥き、その場へ卒倒した。
「……ん? なんだ今の?」
「……知らん。立ち止まっている暇はないぞ、麦わら屋」
事態の真相を何も知らないルフィとローは、首をかしげながら気絶したシュガーの横を通り抜け、王宮最上階へと急いだ。
――第三階層。
「クソッ、キリがねぇべさ! このデカ人形ども、いくら殴っても湧いてくるべ!」
バルトロメオが血を吐きながらバリアで防ぎ、キャベンディッシュが剣を振るっていた。
だが次の瞬間、襲いかかってきていた巨大な人形たちが一斉にガタガタと震えだし、元の「人間」へと戻って弾け飛ぶ。
「なっ……人形が解けた……!?まさか、シュガーがまた……!?」
グラディウスが目を見開く。この短期間に二度もシュガーが敵にやられた事実に驚愕を隠せない。
そしてロビンたちもまた、その人形の正体を知って驚愕していた。解かれたおもちゃたちの正体が、ドンキホーテファミリーの雑兵たちだったのだ。
「やけに大きな人形だと思ったら、八人で一体の人形だったのね?」
「味方の兵をオモチャに!?部下を何だと思ってるんだ!!」
旧王の台地。ヴィオラが息を呑み、『千里眼』の瞳を輝かせた。
「やった……! シュガーが倒れたわ! 三階層の巨大人形たちが元に戻っていく……! 麦わらたちも無事に王宮の頂上へたどり着いたわ!!」
「本当か、ヴィオラっ!? 信じられん‥‥‥!!」
ウソップは鼻水を垂らしながらその場にへたり込み、錦えもんやタンクが固く抱き合って歓喜の声を上げた。リク王も胸を撫でおろし、驚愕の声で復唱する。
だが――ヴィオラの表情が、次の瞬間に凍りついた。
「え……? なにあれ……?」
ヴィオラの声から血の気が引いていく。
「ヴィオラ? どうしたんだ?」
「王宮の最上階……ドフラミンゴの部屋に……異様な『影』がいるの……。ドフラミンゴの部下じゃない……怪物……。息をするだけで周りの空気が押し潰されそうな……とてつもなく大きくて不気味な男が……彼らの前に立ちふさがっているわ……!!」
ヴィオラの震える報告に、台地の歓喜が一瞬で静まり返った。見えない恐怖の存在に、ウソップたちの顔から冷や汗が噴き出した
第四節:巨獣
――――王宮最上階
幾多の障害超えて躍り出たルフィとローだったが、「それ」を目にした瞬間、足が止まった。
そこにいたのは、ドフラミンゴでも、手下の手先でもない。 部屋の中で繰り広げられるアルバーンとドフラミンゴの死闘を背に、腕を組んで仁王立ちする……常軌を逸した巨躯の男。
両耳に三日月型の角、肩に巨大な肩甲。身体から溢れ出るのは、殺気という言葉すら生ぬるい「圧倒的な暴力の圧」であった。
ローの顔から血の気が引き、その瞳が戦慄に見開かれる。
「なんだ‥‥‥?この化け物は‥‥‥!!!」
四皇『百獣海賊団』大看板『旱害』のジャック
四皇カイドウの腹心であり、一国を易々と滅ぼすと言われる歩く災害。その存在自体が、ドレスローザという戦場を完全に異次元の領域へと引き上げていた。
ジャックは腕を組んだまま、氷のように冷め切った瞳で二人を見下ろし、低い声で問いかけた。
「……何をしに来た」
口数の少ない巨漢からの、短い問いかけ。ルフィとローは逃げることなくジャックを睨み返し、即座に叫び返した。
「ドフラミンゴをぶっ飛ばしに来た!!」
「同じだ!」
その迷いなき言葉を聞いたジャックは、表情ひとつ変えず、静かに腰の曲刀の柄に手をかける。
「……そうか。死ね」
ドドォォォォンッッッ!!!
一切の前触れもなく、一瞬で間合いを詰めたジャックの巨腕から、大地を破砕するような一撃が振り下ろされる。
「ハッ……! 狂気的な手短さだな……! 『ROOM』っ!」
ローが即座にドーム状の空間を展開して間一髪で回避し、ルフィはギアを入れ、全身から凄まじい蒸気を吹き出させた。
「邪魔すんじゃねぇぇぇっ!!」
王宮頂上で激突するアルバーンとドフラミンゴ。 そして一つ隣で始まった、ルフィとロー対ジャックの無慈悲な死闘。
ついにドレスローザの命運を賭けた、真の決戦が幕を開けた。