第一節:再戦
――王宮最上階。
間一髪でアルバーンの黒槍を受け止めたドフラミンゴは、サングラスの奥で冷汗を流しながらも、不敵な笑みを浮かべていた。
「……フッフ、相変わらず鋭い突きだ。だが……5年前の敗北を忘れたか? どれほど泥水の中で技を盗もうが、お前の『簒奪』なんぞ、俺の天の力の前には届かねぇんだよ!」
ドフラミンゴの指先が跳ね上がり、目に見えない高密度の糸が格子状に空間を切り裂く。かつてアルバーンの槍を打ち砕き、身体を叩き伏せた武装色を込めた『五色糸』がアルバーンへと襲いかかった。
だが、アルバーンは眉一つ動かさない。
「……あの日の俺と同じと思うな!」
アルバーンは静かに息を吐き出すと、己の全身から黒光りするほどの高密度な武装色の覇気を溢れさせた。5年前の惨敗――ありとあらゆる攻撃がドフラミンゴの分厚い覇気と糸に阻まれ、手も足も出ずに打ち砕かれたあの日。アルバーンが敗北の泥に塗れながら導き出した唯一の答えはシンプルだった。『敵を上回る圧倒的な“覇気”で穿つ』こと。
ドォォォォンッッッ!!!
アルバーンが踏み込んだ瞬間、その右拳から凄まじい衝撃波が放出された。コロシアムで対峙したジーザス・バージェスから盗み、己の覇気で昇華させた――『波動』の一撃。
空気そのものを激震させる衝撃波が、襲い来る『五色糸』を真っ正面から粉砕・相殺し、空間を爆ぜさせる。
「なに……ッ!?」
驚愕するドフラミンゴの隙を、アルバーンは見逃さない。瞬時に間合いを詰めると、左手を竜の爪の形へと歪ませ、ドフラミンゴの顔面へと突き出した。革命軍サボから簒奪した絶技――『竜爪拳』
「ハァッ!!」
「くっ……『蜘蛛の巣がき』!!」
ドフラミンゴが咄嗟に張り巡らせた糸の網すらも、漆黒の覇気を纏ったアルバーンの指先がブチブチと引きちぎり、ドフラミンゴの頬を深く削り取って鮮血を散らせる。
「ぐっ……! ガキが……調子に乗るなァ!」
ドフラミンゴの顔から笑みが失われ、サングラスの奥の瞳が血走る。体力の激しい消耗など度外視し、ドフラミンゴは両手を床へと叩きつけた。
「『荒浪白糸』っ!!」
スートの間の床、壁、崩壊した天井のすべてが突如として凄まじい密度の「白い糸の津波」へと変貌を遂げる。 5年前、アルバーンの絶望の象徴であった悪魔の実の『覚醒』――何千何万という白い糸の槍が、部屋全体を埋め尽くす殺意となってアルバーンへと降り注ぐ。
「死ねぇ!」
だが、アルバーンはその絶望の津波を前に、黒槍を静かに構えた。その穂先から柄に至るまで、ドフラミンゴのそれを遥かに凌駕する濃密で研ぎ澄まされた漆黒の覇気がコーティングされていく。
「アアアアアッッッ!!!!」
アルバーンが放つ蹴りの波動と魚人空手の衝撃波が、迫り来る白糸の波を真っ向から押し返し、破砕していく。 さらに、束になって襲い来る巨大な糸の槍に対し、アルバーンは縦横無尽の槍術で応戦した。
ガギギギギギギギンッッッ!!!
黒槍の斬撃が空気を裂き、覚醒した糸の波を次々と切り裂き、粉砕していく。ドフラミンゴの渾身の覚醒技が、アルバーンの圧倒的な覇気と鍛え抜かれた技の前に、ただの破片となって飛び散っていく。
アルバーンの中の、5年前、全ての技を『覚醒』の圧倒的な質量で押し潰した記憶。しかし、いま眼前にいるアルバーンは、盗んだ技の精度、覇気の密度、そして何より「覚醒の糸」をも切り裂くほどの圧倒的な威力をその身に宿していた。
ガギィィィィン! ズドォォォンッ!
黒槍の閃斬、波動の爆風、竜の爪、そして縦横無尽に走り抜ける糸。王宮は二人の放つ凄絶な覇気と衝撃波によって壁が崩壊していく。互角――いや、着実にアルバーンの黒槍がドフラミンゴの肉体を追い詰め始めていた。
(……ちっ、面倒なことになったな。だが……)
スートの間の入り口付近で響き渡る重苦しい地鳴りのような打撃音。ルフィとローが、百獣海賊団の大看板『旱害』のジャックと戦闘を開始した音だ。
(ジャック……あの規格外の化け物を相手に、麦わらとローが勝てる道理はねぇ……だが、万が一ってこともある。‥‥‥崩してやる。あの『ゴミ』を使ってな……!)
激闘の渦中にありながら、ドフラミンゴの奸智は死んでいなかった。
第二節 奇襲
「……そうか。死ね」
ジャックの短く冷酷な一言とともに、超重量の曲刀が振り下ろされた。
ドドォォォォンッッッ!!!
王宮の石造りの床が一瞬で粉砕され、凄まじい衝撃波が通路を吹き荒れる。
「ぐっ……! 『タクト』っ!!」
ローが即座に『ROOM』を展開し、崩れた数トンもの巨大な石柱をジャックの頭上から叩き落とした。だが――
ガンッッッ!!
ジャックは避ける素振りすら見せない。石柱はジャックの頭に直撃した瞬間、逆に木っ端微塵に砕け散った。ジャックの巨躯を覆う分厚い武装色の覇気と規格外の硬度が、ローの能力による物理打撃を完全に無効化していた。
「な……!? びくともしねぇ……!」
「トラ男、どいてろ! ゴムゴムの――『象銃』!!」
ルフィがギア3を発動し、漆黒の覇気を纏わせた巨大な拳をジャックの顔面へ真っ直ぐ叩き込む!
ドガァァァァンッッッ!!
王宮全体が激しく揺れ動くほどの直撃。しかし――ジャックはすまし顔のまま、首をピクリとも動かさなかった。
「……なっ!?」
「まだだ! 『火拳銃』ーーーっ!!」
ルフィは腕を滑らせ、炎を纏った爆発的な一撃をジャックの胸元へぶち込んだ。
バカァァァァンッッッ!!
凄まじい爆炎が吹き荒れ、ジャックの身体が炎に包まれる。だが、爆炎が晴れたそこにいたのは、傷一つ負わず、ただ鬱陶しそうに肩の煙を払う怪物の姿だった。
「……ぬるい」
「嘘だろ……!? 『火拳銃』も『象銃』も効かねぇのかよあいつ! 化け物かよ!」
ルフィが汗を吹き出させながら叫ぶ。ジャックのあまりにも異常なタフネスと、過剰なまでに強固な覇気が、あらゆる攻撃を「なかったこと」にしていた。
「麦わら屋、離れろ! 俺の能力で距離を狂わせる……! 『ROOM』――『シャンブルズ』!」
ローが空間を切り替え、ジャックの背後に一瞬で移動。心臓を貫く勢いで『鬼哭』を突き出そうとした――その瞬間。
「……甘い」
ジャックは振り返ることすらなく、背後へただ腕を振るった。 その過剰な覇気の波動だけでローの『ROOM』の展開が強引に掻き消され、ローの身体は巨大な衝撃波に呑まれて壁へと叩きつけられた!
「ガハッ……!? 能力が……強引に打ち消された……っ!?」
「トラ男ーッ!」
奇襲すら完全に読まれ、無効化された。攻めあぐね、圧倒的な力量差の前に手詰まりとなったその一瞬――
崩れた廊下の巨大な柱の陰から、血まみれの影が弾丸のごとく飛び出した。
「うおあぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
スプリングの力で極限まで加速し、全身から血を吹き出しながら放たれる狂気的な突撃。
「っ!? ……え……ベラミー……!?」
ルフィの表情が驚愕に染まり、思わずその名を叫んだ。 しかし、言葉を交わす隙すらない。凄まじい勢いのまま、ベラミーの命を賭した突き飛ばしによってルフィの身体は王宮の床を突き破り、そのまま下層へと連れ去られてしまった。
「麦わら屋っ!?」
ローの叫びが虚しく響く。 突如としてルフィが戦場から分断され、残されたのは重苦しい静寂と絶望。
「……一人消えたか」
ジャックが静かに歩を進める。そのあまりにも圧倒的な圧迫感が、たった一人取り残されたローへと重く伸しかかる。
ドフラミンゴの冷酷な奸計により、ルフィはベラミーとの悲痛な決着へと引きずり出され、ローは四皇大看板『旱害』のジャックという絶望的な怪物を相手に、たった一人で絶体絶命の孤闘を挑むことになったのだった。
第三節:最期の喧嘩
ドカァァァァンッッッ!!!
王宮の石床を突き破り、二つの影が激しい煙塵を巻き上げながら階下――王宮を構成する広い廊下と叩きつけられた。
宙を舞った石礫が乾いた音を立てて転がる中、ルフィは素早く受身を取り、身を起こして前方の男を見据えた。
「ベラミー……! お前、なんでこんなところに……!? それに、その体……!」
ルフィの叫びには、困惑と激しい痛ましさが滲んでいた。 眼前に立つベラミーの姿は、あまりにも凄惨だった。全身の皮膚はズタズタに切り裂かれ、深い傷口からは血が絶え間なく溢れ出している。骨が折れているのか、立ち上がる足は痛々しくガタガタと震え、吐息には濃厚な鉄の匂いが混じっていた。
ドフラミンゴに利用され、捨てられ、痛めつけられた傷跡。それは、彼が捧げてきた忠誠の無残な末路だった。
「ハぁ……ハぁ……っ、麦わら……」
ベラミーは血に濡れた髪を上げ、焦点の定まらない瞳でルフィを見据えた。その唇が歪み、嘲笑とも自嘲ともつかない笑みが漏れる。
「……気づいてんだろ……? 俺が……ドフラミンゴに何を言われ……どう捨てられたか……」
「だったら……!!なんで俺を攻撃するんだよっ!? あんな奴のために、まだ戦う必要なんてねぇだろっ!!」
ルフィが拳を握り締め、胸を焦がすような怒りを露わにする。ベラミーの置かれた絶望を、その全身の傷が雄弁に物語っていたからだ。こんな体で自分に突撃してくる理由が、ルフィには理解できなかった。
しかし、ベラミーは静かに首を振った。
「違えんだよ……麦わら……。あの人のために戦ってんじゃねぇ……」
ベラミーは大きく血を吐き出しながら、己の膝を拳で力任せに叩きつけた。
「俺は……ドフラミンゴに憧れた。あの男の強さに、カリスマ性に……自分の人生のすべてを賭けたんだ。……それが、どれほど身の程知らずの、滑稽で、惨めな勘違いだったとしても……ッ!!」
「ベラミー……」
「俺は……己の『信条』に従ってドフラミンゴを追ったんだ! 憧れる男を間違えたからって……あっさり引き返せるほど、俺の人生は軽かねぇんだよぉぉぉっ!!」
ベラミーの叫びが、がらんとした廊下に虚しく響き渡る。 ドフラミンゴに対する忠誠ではない。自分自身の「選んだ道」に対する、最後で唯一の意地。ここで立ち止まれば、これまで自分が生きてきた過ちの人生すら否定してしまう。ドフラミンゴという巨悪の前に崩れ去った男が遺した、最後の人間としての誇り。
「俺にはもう……これしかねぇんだよ……! 憧れた男へのけじめ……! そして、お前という男に対する……俺の全てを賭けた『最期の喧嘩』だぁぁぁっ!!」
キュイィィィィィンッッッ!!!
ベラミーの両足が不気味な高音を立て、巨大な金属バネへと変貌を遂げる。
「やめろベラミー! 頼むからやめろっ! お前、そんな体でこれ以上動いたら……死んじまうぞっ! 止まれ!!」
ルフィは叫び、両手を広げてベラミーを制止しようとした。だが、ベラミーの瞳に宿る狂気的な決意の火は、もはや誰にも消すことはできなかった。
「行くぞぉぉぉぉっ! 『スプリング・ホッパー』ぁぁぁぁッッ!!」
ドバァァァァンッッッ!!!
地面が跳躍の衝撃波で大きく破砕される。 ベラミーの肉体は弾丸と化し、王宮を構成する巨大廊下の天上や壁を、超高速で縦横無尽に跳ね回り始めた。
バコン! ドカン! ガガガガガッ!
「ハハハハハ! 懐かしいなぁ、麦わらぁ! ジャヤで……お前に一発でノックアウトされたあの時を!」
壁を蹴るたびに、加速が増していく。それと同時に、ベラミーの口や傷口から大量の血が飛散し、軌跡となって空中に赤い尾を引く。身体が悲鳴を上げ、肉体が崩壊していく感覚。しかし、ベラミーの顔には死への恐怖などなかった。あるのは、己の人生に決着をつける興奮と、目の前の男への純粋な敬意だけだった。
「初めて会った時、お前は俺を『相手にもしなかった』! 夢を笑う俺を、本気で殴る価値もないと無視をした! ……だが、今の俺はお前と戦えている! お前の前に立ち塞がっているんだ!!」
ドガガガガガガッ!!
跳躍の速度は音速を超え、空間全体がベラミーの残像で満たされていく。一回跳ねるごとに重圧が増し、ルフィの全身を鋭い風圧が切り裂く。
「‥‥‥ッ!!」
ルフィは歯を喰いしばり、見聞色の覇気を研ぎ澄ませる。だが、ベラミーの攻撃は「殺意」ではなく「死を覚悟した純粋な特攻」ゆえに、軌道が途方もなく苛烈だった。
「ベラミー! もうやめろぉぉぉっ!! 俺は友達を殴りたくねぇっ!!」
「黙れぇぇぇっ!麦わらぁぁぁっ! 本気で来い!!何を突っ立ってやがる!!構えろ!!臆病者!!!お前がもし、パンチの打ち方を知ってるんならな!!!」
空間を打ち裂くベラミーの怒号。 ルフィの胸に、激しい葛藤と痛みが突き刺さる。殴れば、この重傷の男の命を自分の拳で奪ってしまうかもしれない。しかし、殴らなければ……この男が命を賭けて示した「最後のプライド」を、踏みにじることになる。
「…ミンゴォォ‥‥‥!!」
広場全体を駆け巡る残像が、一箇所へと急速に集束していく。 空中で極限まで圧縮されたベラミーの足のバネ。その威力は、ジャヤの時とは比べものにならない、自らの命を薪として燃やし尽くす「最初で最後の必殺の一撃」。
「あばよォ麦わらァァ!!!……死ねェェェっ!!」
ドォォォォォォンッッッ!!!
空を切り裂き、大気を圧縮しながら、側面から突撃してくる血まみれの弾丸。ルフィの眼前に、命を賭したベラミーの凄絶な顔面が迫る。
ルフィの瞳にドフラミンゴへの憤怒が宿る。 ルフィは下唇を噛み切り、溢れ出る血とともに両拳を強く、強く握り締めた。友達を死なせてしまう恐怖を超え、目の前の男の「人生」を正面から受け止める覚悟。
武装色の覇気が、ルフィの右拳を重厚な漆黒へと染め上げる。
逃げない。誤魔化さない。相手の全存在を賭けた特攻に対し、ルフィは真っ向から、たった一発の拳を叩きつけた。
バカァァァァァァァァンッッッ!!!!
凄まじい衝撃波が王宮全体を激震させ、地面に巨大なクレーターを穿つ。 激突の瞬間、時間が静止したかのような沈黙が訪れた。
(……ありがとよ……麦わら……友達と呼んでくれて‥‥‥!)
静かな感謝の念とともに、ベラミーの意識が途切れ、その身体が崩れ落ちる。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
ルフィは天を仰ぎ、声を上げて慟哭した。ドフラミンゴという男が弄び、壊していった一人の男の人生の重み。その怒りと悲しみが、ルフィの全身から怒涛の覇気となって溢れ出す。
「ドフラミンゴォォォォォォッッッ!!!」
ルフィの叫びが王宮へ向けて轟く。それは友達の尊厳を踏みにじるクソ野郎への激怒の咆哮だった。