孤高の黒槍   作:特性 Suisui

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23.加速する戦況 前編

第一節:戦況

 

――旧・王の台地。

 

 かつてドレスローザの歴代国王が民を見守り続け、守り抜いた歴史の頂。

 しかし今、そこは血と硝煙の匂いに満ちた、ドレスローザ全土を見渡す「戦況監視の最前線」と化していた。

 吹き荒れる暴風の中、ドレスローザの元王女ヴィオラは、高台の端に立ち、王国全土の様子を事細かに見ていた。『ギロギロの実』の能力――「千里眼」。その透視の視界は、鳥の目となって『鳥カゴ』の内に広がる地獄の焦土を俯瞰し、血潮を撒き散らして戦う者たちの息遣いまでも捉えていた。

 

「……見える。この国の全土で……命を燃やす者たちの死闘が……っ!」

 

 ヴィオラのかすれた叫び声が風に舞う。その瞳から溢れ出た涙が頬を伝い、乾いた岩肌に滴り落ちた。

 

「教えてくれ、ヴィオラ! 一体……戦況はどうなっておるのだ!?」

 

 リク王が身体を震わせながら叫んだ。ウソップや傍らに身を寄せ合う民衆たちも、恐怖と祈りが交錯する眼差しでヴィオラへ視線を集める。巨大な『鳥カゴ』によって退路を断たれ、絶望の中で彼らは戦火の行方という唯一の希望にすがりつくしかなかった。

 

「……王宮最上階!」

 

 ヴィオラが唇を噛み締め、真っ先にその視線を王宮へと飛ばす。

 

「そこでは……剣闘士・アルバーンが……ドフラミンゴと激突!彼の放つ黒槍と凄絶な覇気が……ドフラミンゴの糸の波すらも正面から叩き落としている……! ほぼ、互角の死闘!」

「なに……!? ドフラミンゴと……互角だと!?」

 

 リク王の目が見開かれた。あの大惨劇のあの日、王宮を、街を、人の尊厳を破滅へと追いやったドフラミンゴの悪魔の力。それを真っ向からねじ伏せようとする男がいる。民衆の間から「アルバーンが……!」「あの男が、ドフラミンゴを追い詰めているのか!?」と、どよめきが奔流となって広がった。

 しかし、ヴィオラの手の震えは止まらない。

 

「ですが……そのすぐ隣の戦場では……! トラファルガー・ローが、絶望的な怪物と対峙しています……!」

 

ズドォォォォンッ……!

 

 視界の先、王宮の隔壁が内側から吹き飛ぶ光景を、ヴィオラの千里眼が捉える。百獣海賊団の大看板『旱害』のジャック。その常軌を逸したタフネスと過剰な武装色の覇気は、 ローが繰り出す空間切断も、超常の術も、すべてを等しく「無駄」へと変えていた。怪物の足音が響くたび、ローの身体から血が噴き出す。

 

「ですが……ドフラミンゴの牙城は崩れつつあります! 最高幹部トレーボルはアルバーンによって討たれ……下層へと分断された『ハイエナ』のベラミーも……『麦わら』のルフィの手によって、既に撃滅!!」

「最高幹部が……倒れている……!?」

「勝てる……勝てるかもしれないぞ!本当に……この悪夢を終わらせてくれるんじゃないか!?」

 

 民衆の間に沸き立つ歓声。だが、戦場はなおも血潮と叫喚に塗れていた。

ヴィオラの視界は急降下し、地煙が爆ぜる「SMILE工場前」へと向けられる。

 

「工場前では……! 麦わらの一味フランキーと、ドンキホーテファミリー幹部セニョール・ピンクの一騎打ち……! 互いに一歩も退かず、相手の大技をその身一つで受け止め合う肉弾戦が続いています!」

 

 ドガン! バカン! と、遠く離れたこの高台にまで届く重厚な拳の音。ガードなど一切排除し、相手の一撃を全身で受け止め、血を吹き出しながら笑う二人。その愚直なまでの死闘の気迫は、ヴィオラの言葉を通じて民衆の皮膚を粟立たせた。

その時――ドゴォォォォンッッッ!!!

はるか遠方の大地が不気味に鳴動し、空気が激しく震えた。

 

「ひっ……!? な、なに!? なにが起きたの!?」

 

 民衆が悲鳴を上げて互いに抱き合う。ヴィオラが即座に視界を移動させると、そこ――「新・王の台地」には見上げるような巨躯の影が立ちはだかっていた。

 

「新・王の台地……! ピーカの巨像の上で『海賊狩り』のゾロと最高幹部ピーカが刃を交えるが……今ッ! 海賊狩りが巨大な岩石の一撃を受け、新・王の台地側へと吹き飛ばされる! ピーカがそれを追い、台地を破壊しながら追撃しています!!」

「うわあぁぁぁ! あの巨大な岩の化け物が暴れ回ってるぞォ! 一体どうなっちまうんだ!!」

 

 離れた台地からでもはっきりと目視できるほどの巨大な岩石像の蠢動に、ウソップが頭を抱えながら叫び、民衆の緊張感が走る。

さらに、ヴィオラは新・王の台地の低層部へと視線を向けた。

 

「王の台地2階層では、ドンキホーテファミリーのベビー5率いる千を超える部下たち……そして百獣海賊団の能力者集団や巨大な大鬼が猛威を振るっています! ですが……今回コロシアムに集った戦士たちが立ち塞がり、満身創痍の身体で決死の乱戦を張って激戦を繰り広げている!!」

「あのコロシアムの戦士たちが……ッ!」

 

 リク王が拳を強く握り締める。先ほどまでメラメラの実を求めて命を奪い合っていた男たちが、今は自分たちとこの国の未来を守るために命を燃やしている。

 

「第三階層……幹部グラディウスが『パムパムの実』の破裂能力を全開にし、壁を、地面を爆破してキャベンディッシュ、バルトロメオ、ニコ・ロビンを追いつめている……! 地面そのものが爆弾と化し、苦戦が続いてます!」

 

 そして、ヴィオラの声が一段と重く、沈んだ。その視線が止まったのは、ひまわりが黄色く満開に咲き誇る花畑――第四階層「ひまわり畑」。

 

「第四階層……! 最高幹部ディアマンテが……レベッカを執拗に狙い、キュロス兄様の動きを封じています……! 『ヒラヒラの実』の力で地盤そのものを揺るがし、片足のキュロス兄様を翻弄……!」

「レベッカ……! キュロス……っ!!」

 

 リク王の胸が張り裂けんばかりに締まる。十年間、片足の兵隊として娘を守り続け、ようやく人間へと戻った男が、愛する妻を殺した仇敵の前で血を流している。

 風が止まった。 ヴィオラはゆっくりと両手を下ろし、膝から崩れ落ちそうになる身体をなんとか支えた。その全身は汗で濡れ、呼吸は激しく乱れていた。

 ドレスローザ全土。 鳥カゴの内に閉じ込められたすべての空間で、血が流れ、肉が裂け、叫びが響き渡っている。

 

「……全員……。」

 

 ヴィオラが掠れた声で、静かに、しかしはっきりと呟いた。

 

「この国で戦うすべての人々が……麦わらの一味も、コロシアムの戦士たちも、そして敵であるドンキホーテファミリーも……全員が骨を折り、血を流しつくし、限界を超えて戦っている……!」

 

 リク王は息を呑み、力強く拳を握り締めた。民衆たちもまた、叫ぶのをやめ、ただ息を殺してヴィオラを見つめる。

 

「……間もなく……本当に間もなく……。戦いの『決着』はそう遠くない……!!」

 

 ドレスローザの空を覆う「鳥カゴ」の糸が、夕日に染まって不気味な赤色にギラついた。 満身創痍の戦士たちが命の残火を燃やし尽くす、終局の時が近づこうとしていた。 

 

 

 

第二節:漢

 

――SMILE工場前。

 

「フラランド! 負けないで! 僕たちの自由を!!」

「セニョールーっ! 負けないで!頑張ってぇぇッ!」

 

 激震する工場の前には、奇妙で、しかし凄惨な熱狂が渦巻いていた。 片や、ドフラミンゴの闇に囚われ、長年奴隷として搾取され続けてきた小人族『トンタッタ』たちの切実な叫び。 片や、血と汗に塗れながらも美学を貫くセニョール・ピンクに熱狂するファンたちの黄色い悲鳴。

 その中心で、二人の漢はすでに三十発を超える大技を、一切のガードもなく互いの肉体に叩き込み合っていた。

 

「ハぁ……ハぁ……ッ! 鉄の男……! まだ立つか……ッ!」

「オウよ……! おめぇの攻撃も……ズシリと重ぇぜ、兄弟 ……!」

 

 フランキーの鉄の装甲はひび割れ、油と血が混ざり合って地面を赤く染めている。セニョールもまた、全身の骨が砕けんばかりの衝撃に歪みながら、赤ちゃん服の胸元を血で濡らしていた。 互いに限界。次の一撃が、間違いなく最後の攻防となる。

 フランキーは割れたサングラスの奥から、背後で見守る小人たちへと視線を向けた。

 

「トンタッタのチビども……! よく聞け!!」

 

 フランキーの重厚な声が、戦場の雑音を切り裂いて響き渡る。

 

「俺は絶対に負けねぇ! お前たちを救い出し……この胸くそ悪い工場を叩き潰す! お前たちを……二度と奴隷になんかさせねぇ!! それが……男の約束だぁぁぁっ!!」

「「「フラランドーーーッ!!!」」」

 

 小人たちがボロボロと大きな涙をこぼしながら、拳を突き上げて叫ぶ。その言葉に、セニョールは破れた口唇を歪め、深く、満足そうに頷いた。

 

「……フッ、いい覚悟だ。ならば……俺も全霊で応えねぇとなぁ……!」

 

 セニョールがゆっくりと地中に潜り込む。彼が目指したのは、街の中で一際高くそびえ立つ、王宮へと続く巨大な時計塔だった。 スイスイと塔の壁面を垂直に登り詰め、ドレスローザの雲を突くほどの高所へと達する。

 

「いくぞ!……これが俺の……真の最後の一撃だァァッ!!」

 

 地中から飛び出したセニョールが、宙でフランキーの身体を捉え、その首と胴体を両足でガッチリと固めた。上下を反転させ、地上へと急降下する隕石と化す。

 

「『ニャンニャン・スープレックス・ベビーバスター』ぁぁぁぁっっ!!!」

 

「キャァァァァァッ! セニョールーッ!!」

「フラランドーーーッ!!」

 

 空を切り裂く落下音とともに、街全体を揺るがすほどの凄まじい衝撃波が爆ぜた。

 

ズドドドドォォォォォォンッッッ!!!!

 

 工場前の石畳が波打ち、何トンもの岩盤が粉々に砕け散る。猛烈な土煙が上がり、周囲の建物が狂ったように揺れた。 静寂。 煙の向こう、クレーターの中心でセニョールが荒い息を吐きながら立ち尽くしていた。

 

「……勝った……!? セニョールが勝ったのね!?」

「そんな……フラランド……!」

 

 ファンたちが歓声を上げ、小人たちが絶望に顔を伏せかけた――その時。

ガララッ……! と瓦礫を押しのけ、泥と血に塗れた鉄の巨躯が、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。

 

「……ッ!」

 

 フランキーが仁王立ちになり、不適な笑みを浮かべる。 セニョールはその姿を静かに見つめると、フッと力を抜き、両腕を垂らした。

 

「……参ったよ……」

 

 セニョールは己の敗北を、誇り高く宣言した。

 

(……すまねぇ、若……。ここまでだ……)

 

 心の中で主君・ドフラミンゴへの謝罪を唱えるセニョール。フランキーは静かにその一歩を踏み出し、血に濡れた両拳を固く握り締めた。

 

「俺の番だ……! 『フランキー・アイアンBoxing(ボクシング)』!!!」

 

オラオラオラオラオラァッ!!!

 

 怒涛の如き拳の雨が、立ち尽くすセニョールの肉体を襲う。 セニョールは避けない。 ガードもしない。正面からそのすべてを全身で受け止めながら、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

(……ああ、ルシアン……)

 

 脳裏に蘇るのは、かつて愛した妻・ルシアンの儚い笑顔。 そして、幼くして逝ってしまった我が子、ギムレットの温もり。 雨の日も、風の日も、彼女の狂おしい悲しみを少しでも和らげるために着続けた、滑稽で愛おしい赤ちゃん服。

 

(もし……また逢えたら…………)

 

バカァァァァンッ!!

 

 最後の一打が叩き込まれ、セニョールの巨躯が崩れ落ちる。 彼の顔には、どこか穏やかな、救われたような笑みが浮かんでいた。

 

「セニョール~~っっ!!」

「ウワァァァン! フラランドが勝ったれすーッ!!」

 

 歓声を上げる小人たちと、泣き崩れる女性たち。 フランキーは倒れたセニョールを見下ろし、溢れ出る涙を割れたサングラスの裏に隠しながら、静かに呟いた。

 

「もし……いつかどこかで生きて逢えたら……酒を飲みながら聞かせてくれよ……『ルシアン』って女の話を……」

 

漢の誇りが散った戦場に、勝利の鬨と感動の涙が静かに広がっていった。

 

 

 

第三節: エルバフの誇り

 

――新・王の台地・第二階層。

 

「殺せぇぇぇっ! 麦わらの肩を持つ者どもを一人残らず血の海に沈めろォッ!」

 

 地響きのような大怒号が立ち込め、硝煙と熱気が渦巻いていた。そこは、ドレスローザの命運を懸けた混戦の最前線――ドンキホーテファミリーと百獣海賊団による獰猛な連合部隊が怒涛の如く押し寄せる、地獄の坩堝と化していた。

 ドフラミンゴがラオGら幹部の脱落を補うべく解き放った、必勝の刺客。それが、百獣海賊団が誇る『人造悪魔の実』の能力者部隊『ギフターズ』であった。異形の肉体を宿した猛者たちが、群れをなして牙を剥く。さらには見上げるような巨躯を誇るナンバーズ『四鬼』が、超巨大な金棒を振り回して大地を爆破するように打ち砕いていた。

 

「ウハハハハ! ゴミどもめ! ジョーカーとカイドウ様の取引に首を突っ込んだ愚かさをあの世で後悔しな!」

 

 だが――敵の圧倒的な物量と凶暴さを前にしても、戦士たちの膝は折れてはいなかった。 メラメラの実を巡り、先ほどまでコリーダコロシアムで血を流し合った運命の戦士たち。激闘により全身傷だらけ、血まみれの満身創痍でありながらも、彼らの瞳には燃え盛るような闘志が宿っていた。

 

「我の航路を阻む愚か者どもめ! 礼儀というものを教えてやるッ!」

 

 巨漢の提督オオロンブスが、太い腕を振り抜く。 しなる巨大な鞭が空気を切り裂き、爆音とともに地を這うギフターズの群れ数十人をまとめて薙ぎ払った。倒れた兵士たちが何十人も宙を舞い、陣形が大きく弾け飛ぶ。

 

「ハぁ……ハぁ……ッ! 面白ぇ……ッ! この程度の毒で、俺の脚が止まるとでも思っているのか!?」

 

 足技の鬼・ブルーギリーは、蛇のギフターズから凶暴な牙を深く腕に突き立てられ、全身に紫色の毒を回されていた。視界が不気味に揺らぎ、激痛が脳を焼く。しかし、彼は血反吐を吐き散らしながら獰猛に笑い飛ばした。毒に侵された身体を感じさせない速度で軸足を旋回させると、鞭のようにしなる長脚が空を穿つ。

 

「ヒャオッ!!!」

 

 バカァァンッ! と凄まじい衝撃音が響き、蛇の能力者の顔面が歪んで背後の壁へと埋まり込んだ。

 

「俺の破壊砲の前に立ち塞がる者は……何者であろうと破砕あるのみッ!」

 

 前方から、ギフターズの真打シープスヘッドが真円を描く羊角の猛攻で突進してくる。それに対し、両肩の関節が異様に発達した手長族のボクサー・イデオは、一歩も退くことなく踏み込んだ。

 

「喰らいやがれ……『破壊砲』ぉぉぉっ!!」

 

 ドカンッッ!! イデオの放つ大砲のごとき真っ向勝負の拳が、シープスヘッドの頑強な羊角と正面激突する。衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばし、文字通りその角ごとシープスヘッドの巨躯を粉砕して吹き飛ばした。

 

「猛獣のパワーだと!? 笑わせるな、ワシの錐に比べれば赤子同然よォッ!」

 

 首領・チンジャオが、猛然と突き進んでくる巨体なスイギュウの能力者に対し、鋭く研ぎ澄まされた頭部を突き出して真っ向から突進する。

 

「八衝拳奥義――『錐龍錐釘』!!」

 

 ドゴォォォン! 正面衝突の瞬間、八衝拳の衝撃波が敵の巨躯を内部から破壊し、豪快な突進を繰り出すスイギュウの能力者を空高くへと弾き飛ばした。さらに背後からはスレイマンが冷酷な刃を一閃させ、退路を断たれた敵兵を次々と斬り伏せていく。

 かつて奪い合い、殺し合ったライバルたちが、今は背中を合わせ、命の残火を燃やして圧倒的な敵群を撃破していく。

 

「ジャァキッキッキッ!」

 

 しかし、戦場に不気味な暗雲が立ち込める。 最大の障害――ナンバーズ『四鬼』が、城ほどもある巨大な鉄の金棒を天高く振り上げたのだ。その巨躯から発せられる圧倒的な質量と威圧感が、第二階層全体を押し潰さんばかりに支配する。

 

「ウオオオオオオッ!! 押し潰れて死ねぇぇぇっ!!」

 

 ドンキホーテファミリーの雑兵が叫ぶ。

 暴風のような風圧とともに、死の金棒が叩きつけられる。 その直下――すでに幾度となくその金棒を直撃され、全身の骨を粉砕され、血みどろになって地に伏せている巨人がいた。

エルバフの戦士――『海賊傭兵』ハイルディン。

 

「ハ……ハイルディン! 逃げろ、その体じゃもう受けきれん!!」

「避けろハイルディン! 死んじまうぞ!!」

 

 コロシアムの戦士たちが悲鳴のような叫びを上げる。ハイルディンの全身の皮膚からは血が噴き出し、息を吸うことすら激痛が走る状態だった。視界は赤く染まり、意識は途切れかけている。

 だが――ハイルディンの瞳の奥に、消えぬ灼熱の炎が宿っていた。

 

(逃げる……? 俺が……エルバフの戦士であるこの俺が……退くというのか……!?)

 

 脳裏を駆け巡るのは、かつて先ほどまでおもちゃに変えられ、コロシアムの地下で奴隷のように使役された屈辱。そして、それを圧倒的なカリスマでぶち壊し、自分たちに自由と誇りを取り戻させてくれた男――『ゴッド』ウソップの雄姿。

 

(俺は……『ゴッド』ウソップに、麦わらの一味に恩がある! この命……エルバフの誇り……! 今ここで燃やさずして……いつ燃やすというのだぁぁぁぁッ!!)

 

「ガァァァァァァッ……!! 巨人族の底力を……舐めるなァァァァッッ!!」

 

 凄絶な咆哮が、戦場のすべての雑音を吹き飛ばした! ハイルディンは歯を食いしばり、残された全生命力、全血潮を右腕へと流し込む。全身の骨が悲鳴を上げ、肉が裂ける音すら置き去りにして、彼は頭上から迫る死の一撃に向かって跳躍した。

 

「我が魂の故郷……エルバフの誇りにかけ……ッ!! 喰らい……やがれぇぇぇっ!!」

 

 絶望の金棒と、一本の誇り高き槍が、空中で真っ正面から衝突する。

 

「『英雄の槍』ぁぁぁぁっっ!!!!」

 

バカァァァァァァンッッッ!!!!

 

 地響きどころではない。空間そのものが割れたかのような爆音が炸裂した。 生み出された凄まじい衝撃波が、第二階層の地面を津波のように波打たせ、周囲のギフターズたちをまとめて吹き飛ばす。

 

「な……なにぃぃぃっ!? 金棒が……ッ!?」

 

 敵兵たちが目を剥いた。四鬼が全身の腕力を込めて振り下ろした巨大な鉄の金棒が、ハイルディンの極限の一撃によって――先端から木っ端微塵に粉砕されていく。

 

「ジャギャァァァァァッ!?」

 

 四鬼の驚愕の悲鳴。ハイルディンの『英雄の槍』は止まらない。砕けた鉄くずの嵐を突き抜け、勢いそのままに四鬼の巨大な顎へと一直線に突き刺さった。

 

ズドォォォォォォンッッッ!!!!

 

 天を突くほどの巨躯が空中を一閃され、四鬼は白目を剥いて倒れ込んだ。その巨体が地に激突した瞬間、王の台地全体が狂ったように揺れ動く。

 煙塵が舞い散る中、ハイルディンは拳を強く突き立てたまま、天を仰いで仁王立ちしていた。

 

「……見たか……これが……エルバフの……戦士だ……っ!」

 

 しぼり出すような言葉を残し、ハイルディンは笑顔を浮かべたまま、静かに意識を失って崩れ落ちた。巨人の誇りが、戦場を覆っていた最大・最凶の絶望を完全に打ち砕いた瞬間であった。

 

 

 

第四節: 継承

 

 巨人の勝利に湧き立つ間もなく、戦場には依然としてドンキホーテファミリーの千人を超える部隊が残されていた。その中心で、異様にして極めて奇妙な会話が繰り広げられていた。

 

 八宝水軍第13代棟梁・サイ。彼は血濡れの長薙刀を構え、対峙していたベビー5に向かって荒々しい啖呵を切っていた。

 

「この俺の動きについてこれるもんなら、ついてこい!!」

 

 サイにとっては、戦場でのいつもの威勢のいい煽り文句に過ぎなかった。しかし――その言葉を正面で受け止めたドンキホーテファミリー幹部、ベビー5の脳内では、まったく異なる言語へと変換されていた。

 

(『私を愛している……! 俺の八宝水軍に来て、俺の妻になれ……!』)

 

「あ……愛してくれるの……!? あなた、私を……必要としてくれるの……!?」

 

 ベビー5は両手を頬に当て、ポッと顔を赤らめてうっとりとサイを見つめた。幼少期に「お前は役に立たないからいらない」と母親に捨てられた凄惨なトラウマを持つ彼女は、「必要とされること」に対して異常なまでの依存心を持っていた。

 

「はぁぁぁっ!? おいお前、何言ってんだ!? 俺は敵だぞ! 頭湧いてんのか!?」

「いいえ! あなたは私を求めてくれた! ねぇ、私にどうしてほしいの!? あなたの役に立ちたいの! 命だってあげるわ!」

「うっとうしいなぁおい! それなら自害でもして勝手に死んでろバカ野郎!」

 

 サイが鬱陶しそうに、適当に言い捨てたその瞬間――ベビー5の瞳からスーッと光が消えた。

 

「……うん。分かったわ。あなたがそれを望むなら……私、死ぬわね」

 

 ガチャリ、と金属音が響く。ベビー5は悪魔の実『ブキブキの実』の能力で己の腕を重火器に変形させると、迷いなく自分の頭部に銃口を突きつけた。

 

「おい待てぇぇぇっ! 冗談だ! おい、やめろバカーッ!」

 

 サイが顔を青くして叫ぶ。どれほど激しい戦場であろうと、戦意を失った女が自害するような勝利など、サイの誇りと仁義が許すはずがなかった。

 

「やめろと言っている! 銃を下ろせ!!」

 

 サイが慌てて駆け寄ろうとした、その時である。

 

「ええい、甘いぞサイッ! 敵に情けをかけるなど八宝水軍棟梁の恥! ワシが引導を渡してやるわい!」

 

 突如、背後から凄まじい殺気が放たれた。首領・チンジャオが躍り出し、自害しようとするベビー5へ向けて、容赦のない必殺の一撃を放ったのだ。

 

「八衝拳奥義――『錐龍錐釘』!!」

 

 鋭く研ぎ澄まされたチンジャオの頭部が、音速を超えてベビー5の肉体を穿とうと迫る。

 

「やめろ、ジジイッ!!」

 

 サイの目が血走った。瞬時に地を蹴り、空中へと跳躍する。 己の誇りと、目の前の命を守るため――サイは武装色の覇気をごっそりと纏わせた自らの脚『武脚跟』を、チンジャオの放つ錐の頭部へ全力で叩きつけた。

 

ガギンッッッ!!!!

 

 空間を揺るがす金属音が響き渡り、凄まじい衝撃波が円状に広がった。 静寂。 次の瞬間――ミシッ……という不気味な音が戦場に響いた。

 ポンッ! と乾いた音とともに、かつてガープの頑固な拳によって凹まされ、ルフィの拳によって復活したチンジャオの象徴――あの鋭い「錐の頭部」が、サイの蹴りによってポキリとへし折れる。

 

「な……ッ!?」

 

 ベビー5が目を見開き、周囲の兵士たちも息を呑んだ。 チンジャオはへし折れた己の頭をゆっくりと触り……それから、天を仰いでカッカッカと大声で破顔した。

 

「……見事だ、サイ。ワシの渾身の頭突きをへし折り、超えてみせたか……! よくぞ、よくぞやってくれた!!!これまでの修行、己の昔日の努力が今、このわしを超えて見せたのだ……!!この瞬間をもって……八宝水軍第13代棟梁の名と、八衝拳の真の奥義の名を……己に継承する……!!己なら、氷の大陸も叩き割ることができるだろう‥‥‥!!これより八宝水軍のすべては己のもの‥‥‥!万事好きにするがいい!!!」

「ジジイ……」

 

 サイが汗をぬぐい、深く息を吐き出す。長年越えられなかった偉大な祖父の壁を、ついに超えた瞬間であった。

 だが、感動的な奥義継承の余韻は、下劣な笑い声によって打ち砕かれた。

 

「ヒヒッ……! おいチャンスだぞベビー5! あの男はお前の敵だ!」

「そうだ! ファミリーのためにあの男を殺せ! お前は若様の『便利な道具』だろ!?」

 

 ドンキホーテファミリーの野心的な兵士たちが、隙を見てベビー5をそそのかし、サイへ攻撃させようと叫び始める。自分たちの保身と手柄のために、彼女の心の隙間を利用しようとする卑劣な本音。

 

「どうせ親にも捨てられた、使い捨てのバカ女なんだ! 道具らしく役に立って死ねぇっ!」

 

「道具……」

 

 その言葉が響いた瞬間、ベビー5の全身がガタガタと震え出した。

 

(そうよね……私は道具……誰かに必要とされるなら……道具でもいい……)

 

 彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、再び絶望の闇に呑まれかける。

 だが――その言葉を聞いたサイの全身から、これまでとは比べものにならない凄絶な覇気が噴き出した。

 

「お前ら……今、なんつった……?」

 

 サイの目が、怒りで漆黒に染まる。

 己の存在価値に悩み、必死に誰かに必要とされたがっている一人の女性。その心を踏みにじり、道具と呼んで嘲笑い、利用し尽くそうとするゲスども。サイの中で、仁義と怒りの火山が爆発した。

 ドスッ……と重い足音を立て、サイはベビー5の前に立ちはだかった。その広い背中で、彼女を庇うように敵から遮断する。

 

「おい、お前」

「え……?」

「耳の穴かっぽじってよく聞け。俺はなぁ……一度決めた仁義は曲げねぇ男やい!」

 

 サイは振り返ることなく、目の前の千人を超えるドンキホーテファミリーの兵士部隊を鋭い眼光で睨みつけた。

 

「女一人を道具扱いして笑ってんじゃねぇぞ……汚ぇ野郎どもがぁぁぁっ!!」

 

ズズズズズズズッ……!!

 

 サイの足元から、地盤を揺らし爆ぜるような『八衝拳』の衝撃波が溢れ出す! 祖父から継承されたばかりの真の奥義の波動が、サイの脚全体に漆黒の武装色の覇気となって激しく纏いついた。

 

「この女は……俺が妻に貰う!! 二度と道具なんて呼ばせねえぇぇぇっ!!」

「な……なんだこの覇気はァ!? ひっ、ひぃぃぃっ!」

 

 敵兵たちが恐怖に顔をひきつらせ、後ずさりする。サイは大地を激しく蹴り上げ、空高くへと跳躍した。

 

「喰らいやがれぇぇぇっ!奥義――『錐龍錐釘』ぃぃぃっっ!!!!」

 

 ズドドドドドドォォォォォォンッッッ!!!!

 

 サイの振るわれた蹴りが、大気を、そして第二階層の広大な地盤そのものを打ち砕いた。八衝拳の真の威力が、絶大な大地震となって全方位へと駆け抜ける。地盤が爆ぜ、衝撃波の波濤がドンキホーテファミリー千人の兵士たちを飲み込んでいく。

 

「「「「「ギャァァァァァァッ!?」」」」」

 

 悲鳴すらも衝撃波の中に消し飛び、千人を超える部隊は一網打尽に吹き飛ばされ、一瞬にして全滅、沈黙した。

 

 静発が戻った戦場。煙塵がゆっくりと晴れていく。 瓦礫の山の中で、サイは荒い息を吐きながら立ち上がり、固まっているベビー5に向かって照れくさそうに頭をかきながら言い放った。

 

「……おい。勝ったら結婚してやるって言ったろ。……文句ねぇな!」

「……っ!!」

 

 ベビー5の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。 道具としてではなく、一人の人間として、一人の女性として守られ、求められた歓喜。

 

「はいっ……!! あなたに……一生ついていきますっ!!」

「うおおおぉぉぉっ! サイ! 男だぞォッ!」

「ハハハ! 新しい棟梁に乾杯だぁぁッ!」

 

 満身創痍のコロシアム戦士団が、サイの圧倒的な勝利と男気に熱い歓声を上げる。

 

 王の台地・第二階層――決着。勝者、コロシアムに集った運命の戦士たち。

 

 

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