第一節:生きてくれ
――ドレスローザ全域。
ギチ……ギチギチギチギチ……ッ!!
不気味な音を立てて、ドレスローザの天を覆う無数の鋼鉄の糸が怪しく輝き、その円を狭め始めていた。ドンキホーテ・ドフラミンゴが解き放った最悪の処刑場『鳥かご』。 その収縮速度は、大人が全速力で走る速度よりは遅い。だが――逃げ惑う民衆、怪我人、子供や老人たちにとっては、あまりにも速く、逃げ場のない「死の境界線」であった。
「いやぁぁぁぁぁっ! 来ないで! 」
「逃げろぉぉっ!!」
「家が……俺たちの家が、一瞬で切り刻まれていく……!!」
「お父さん! お母さん! どこにいるのーッ!?」
バリバリバリバリッ……!!
鳥かごの糸が触れた瞬間、歴史ある石造りの建物が、まるで豆腐でも切るかのように滑らかに切り裂かれ、粉々に崩壊していく。
逃げ惑う群衆の悲鳴。踏み潰される悲痛な叫び。失われた平和を前に、ドレスローザ全体が底なしの恐怖と絶叫の渦へと叩き落とされていた。
逃げ場など、どこにもない。糸は中心に向かって確実に狭まり、あと1時間もすれば、この国に生きるすべての命が一粒の血煙となって消滅するのだ。誰もが頭を抱え、地面に泣き崩れ、理不尽な死の恐怖に震えていた。
――だが。この絶望の淵で、抗うことを諦めない者たちがいた。
ドスッ……! ドスッ……!
鳥かごの『外縁』――迫りくる鋼鉄の糸の真下へと、凄まじい足取りで走り込む男たちがいた。 腰に三本の刀を差した剣士――ロロノア・ゾロ。 そして、ワノ国から来た侍たち、錦えもん、カン十郎。
「ゾ……ゾロ殿! 一体何をされるおつもりだ!?」
「決まってんだろ……! この『鳥カゴ』を押し止めるんだよ!!」
ゾロは刀を抜き放ち、その刃に漆黒の武装色の覇気を極限まで纏わせた。 ギチギチと迫りくる鳥かごの糸に対し、覇気を纏わせた二本の刀を真っ直ぐに突き立て、全身の力を込めて押し返そうとする。
ギギギギギギギギッ……!!!!
覇気と糸が激突し、凄まじい火花と衝撃波が吹き荒れる。ゾロの足元の大地がミシミシと音を立てて砕け散り、靴底から煙が立ち上った。
「ぬぁぁぁぁぁッ……!! 硬ぇ……ッ!! だが、たかだか男一人の能力だろうが! 止まらねぇ道理がねぇはずだろ!!」
「左様! 某たちも加勢いたす!!……止まってみせよ、この悪魔の檻!!」
錦えもんとカン十郎もまた、覇気を纏わせた刀を鳥かごへと押し当てる。 一人では届かぬ力。だが、刃を重ね、踏ん張り、押し返す。死を待つだけの民衆の前で、男たちは刃を散らしながら、一歩も退かずに「死の檻」と力比べを始めたのだ。
――そして、街の地下深く。かつてトンタッタにとって悪夢の象徴であった『SMILE工場』
「ぬおぉぉぉぉぉッ!! 押し返せぇぇぇっ!! トンタッタどもーッ!!」
「おーっ!! 押し返すれす!! 仲間を守るれす!!」
海楼石で造られた破壊不可能な『SMILE工場』。
その外壁に巨躯を打ち当て、麦わらの一味の船大工・フランキーと、小さき戦士トンタッタ族たちが一丸となって工場を押し続けていた。 壊れない海楼石の工場を鳥かごの糸にぶつけることで、物理的に収縮を食い止めようという捨て身の作戦。
「スーパーーーーに!! 止まれぇぇぇっ!!」
全身の汗と油を撒き散らし、筋肉を限界まで躍動させるフランキー。小さき身体に大きな正義感を宿し、何千人ものトンタッタ族が「うおーっ!」と声を張り上げて工場を押す。
誰もが、諦めていなかった。 世界を絶望で塗りつぶそうとするドフラミンゴの悪魔の力に対し、この国に集いし者たちが、命を燃やして抗っていた。
――その時であった。
『――ドレスローザの……国民たちよ……!!』
国中に設置された電伝虫のスピーカーから、重々しく、しかし温かく力強い声が響き渡った。 旧・王の台地。その頂から電伝虫を手に掲げ、国中を見渡している男――この国の前国王、リク・ドルド3世であった。
民衆は脚を止め、涙に濡れた顔を空へと上げた。
「り……リク王様……!?」
「リク王様のお声だ……!」
リク王の胸には、10年間の無念と、国民を救えなかった痛恨の思いが渦巻いていた。だが、その声には悲壮感ではなく、未来を切り開くための「命の叫び」が込められていた。
『聞いてくれ、国民たちよ……! 我々は……この十年間、ドンキホーテ・ドフラミンゴという悪魔が作り出した偽りの平穏と、悪夢の鳥かごの中に閉じ込められていた……!』
民衆の脳裏に、奪われた記憶、オモチャにされた家族、偽りの繁栄の裏で流された無数の血と涙が蘇る。
『奴は今、己の悪行を覆い隠すため、この国ごと我々全員を殺戮しようとしている……! 迫りくる糸に、恐怖し、絶望している者も多いだろう! だが……立ち止まるな! 諦めるな!!』
リク王の咆哮が、街のすみずみにまで轟く。
『目を見開いて見るのだ! 今、この地で何が起きているかを!! 我らを救うために戦ってくれた者たちがいる! 海賊、コロシアムの戦士たち、小人の勇者たち、そして名もなき剣闘士たちが……己の命を賭して、この悪魔の檻を止めようと戦っているのだ!!』
ゾロが、フランキーが、歯を食いしばりながら糸を押し返す姿が、民衆の目に映る。
『見よ! かつて絶対的だったドンキホーテファミリーの幹部どもは……たった今、彼らの手によって全滅した!! 残された敵は……ドンキホーテ・ドフラミンゴ! そして客将・ジャック! あと……たったの二人なのだ!!』
「「「な……なんだと……!?」」」
「幹部たちが……全滅した……!?」
民衆の中に、電気のような衝撃が走った。あの恐ろしい幹部たちが、すべて倒されたのだ。絶望しか存在しなかったこの国に、確かな「奇跡」が起きつつある。
『10年の地獄に……いま、ついに終止符が打たれようとしている! 奇跡は起きている! 英雄たちが……我らのために、命を燃やして道を切り開いてくれているのだ!!』
リク王は深く息を吸い込み、電伝虫を両手で強く握りしめた。瞳から溢れ出る涙を拭おうともせず、国中の愛する国民たちへ向けて、魂の底からの叫びを解き放つ。
『だから……頼む!! 決着がつくその時まで、諦めないでくれ!! 奇跡を信じて……泥を舐めてでも、走り続けてくれ!! 生き延びてくれぇぇぇぇっ!!!!』
――『生き延びてくれ』。
リク王のその一言が、ドレスローザの国民たちの心に灯をつけた。 恐怖に震えていた脚に、再び力が宿る。涙を拭い、互いの手を取り合い、人々は前を向いた。
「生きるんだ……! リク王様が言っている! 諦めるな!!」
「走れ! 子供を抱えろ! 転んだ奴を引き起こせ!!」
「勝てる……! あいつらを倒せば、俺たちは自由になれるんだぁぁぁっ!!」
絶望の絶叫に包まれていたドレスローザに、いま、地鳴りのような「希望の歓声」が湧き上がり始めた。
鳥カゴの糸を押し止める男たちの咆哮。 生きるために走り出す民衆の足音。 そして、王宮最上階と街中で繰り広げられる、最終決戦の激闘の音。
ドレスローザの命運をかけた「最後の時間」が、激しく、熱く、動き続ける。
第二節:覇黒の一槍
――王宮最上階
ズババババババババババッッ!!!!
狂気的なまでの速度で繰り出される漆黒の突進。アルバーンの黒槍から放たれる圧倒的な殺気と高密度の覇気が、最上階の空間そのものを幾重にも歪ませていた。
「ハぁ……ハぁ……ッ! 死ね……死ねぇぇぇっ! ドフラミンゴォォォッ!!」
怒りの炎に身を焼かれながら、一歩も引かずに槍を繰り出し続けるアルバーン。その苛烈な猛攻を前になお余裕を保とうとしていたドフラミンゴだったが、ついにその表情から冷笑が消え、露骨な苛立ちと激怒が浮かび上がっていた。
「調子に乗るなよ……! ガキがぁぁぁぁッ!!」
ドフラミンゴの青筋が額に浮かび上がる。王宮の床や壁だけではない。外壁塔、果ては王の台地の一部までもが、ドフラミンゴの『覚醒』した能力によって真っ白な大量の糸へと変貌していく。
「『海原白糸』ッ!!」
手数は何倍、何十倍にも跳ね上がった。宙を埋め尽くす巨線のごとき糸の波と、黒く鋭い尖角を帯びた糸の矢が、嵐となってアルバーンに襲いかかる。
ドゴォォォォォォンッッ!!!!
王宮最上階が、台地ごと削り取られていく。 互いに一歩も退かぬ、まさに肉体と精神の限界を超えた極限の死闘。
――その激闘の最中、激しく黒槍を振り抜きながら、アルバーンは見聞色の覇気を極限まで研ぎ澄ませていた。彼の意識が、激戦のノイズを通り抜け、王宮の隅で力なく横たわる一人の男へと一直線に繋がる。
(……聞こえるか、トラファルガー!!)
見聞色の覇気に意識の波に乗せて、アルバーンは血の海に沈むローの脳内へと直接語りかけた。 ローは薄く目を開け、途切れ途切れの意識の中でその声を聞いていた。
(……先ほど、視界の端で見たぞ。お前があの怪物に唯一血を吐かせた……「生物の内部」を直接打ち砕く切り札)
アルバーンはドフラミンゴの波状攻撃を黒槍で薙ぎ払いながら、心の中で冷たく、しかし狂気的なまでの確信を込めて囁く。
(コイツの身体は頑強だ。外側からの打撃だけでは、奴の息の根を完全に止められるか怪しい!……奴に、お前のその一撃を打ち込む!俺が隙を作る、奴の攻撃をかき消した瞬間に……お前の能力で俺と位置を入れ替えろ!)
「……ッ……が……」
ローの指先がピクリと動く。しゃべることすら絶望的な激痛の中、アルバーンは容赦なく、ローの矜持を煽る言葉を叩きつけた。
(……本懐を遂げるだか何だか知らんが……お前、このまま死ねるのか!? ドフラミンゴに一矢……いや、その手で引導を渡したいだろ!!)
血まみれのローの口元が、わずかに歪んだ。怒りと、悔しさと、死に体の肉体を突くような挑発。満身創痍の男の瞳に、途絶えかけていた執念の青い炎が再び激しく燃え上がる。
(……余計なお世話だ……狂犬が……! 失敗したら……タダじゃおかねぇぞ……!!)
「よし!!」
アルバーンの瞳に、凄絶な殺気が宿った。
「ハアアアアッ……!!」
アルバーンが踏み込んだ足元から、大気中の水分と自らの覇気が同調し、波動となって全身へ駆け巡る。手にする黒槍に、限界以上の黒き覇気と衝撃波の波動が宿り、漆黒の極光を放ち始めた。
「ドフラミンゴォォォォォッ!!」
「調子に乗るなと言ったはずだァッ!!」
ドフラミンゴが全方位から無数の『白糸』を解き放ち、アルバーンを押し潰そうと迫る。その瞬間、アルバーンは全身の溜めを解き放ち、黒槍を盛大に大空間へ向かって薙ぎ払った。
ズバァァァァァァァァァンッッッ!!!!
空間を揺るがす波動と覇気の爆風。ドフラミンゴが放った絶対の防壁であり攻撃であった白糸の波が、一瞬にして全領域で掻き消され、ドフラミンゴの視界からアルバーンの姿が消えた。
「ッ!?」
ドフラミンゴが目を見開いた、そのコンマ一秒の隙――。
『ROOM』――『シャンブルズ』!!
シュンッ……!
空中にいたアルバーンの身体が、一瞬にして血まみれの男――ローと入れ替わる。
「な……なにぃっ!?」
目の前に現れたのは、右腕を折り曲げ、全身を鮮血で染め上げたトラファルガー・ロー。その左手には、青く妖しく輝く高周波の刃が握られていた。
「ロー……ッ! お前……生きて――」
「13年分だ……ドフラミンゴォォォォッ!!」
ローの悲痛な、そして13年間の執念を込めた咆哮が響き渡る。
「『ガンマナイフ』っっ!!!!」
ガシュゥゥゥゥゥッッ!!!!
防御不可能、外傷を残さず肉体の「内側」を直接破壊するローの絶対的な切り札。 青い高周波の刃が、ドフラミンゴの胸腔へと深々と突き刺さった。
「グ……ガぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!???」
ドフラミンゴの目が裏返り、天を仰いで凄絶な絶叫を上げた! 外側は無傷でありながら、心臓、内臓、あらゆる器官が一瞬にして微塵に破壊される絶望的な激痛。
糸で宙を蹴り、ドレスローザの空を支配していた天夜叉の身体から力が抜け落ちる。
ズサァァァァァァンッ!!
ドフラミンゴの巨体が、力を失い、惨めにも王宮の床へと墜落した。
「ハぁ……ハぁ……ッ!!」
能力を使い果たし、ドフラミンゴの足元へと倒れ込むロー。 そして――ローと入れ替わりで王宮の床へと着地していたアルバーンが、ゆっくりと黒槍を低く構えた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
アルバーンの体内から、今まで溜め込まれていた全ての覇気が解き放たれる。 それはもはや人間の発するオーラではない。王宮全体を覆い尽くす、黒と赤の凄まじい暴風。大気が鳴動し、瓦礫が宙に浮き、空間そのものがアルバーンの怒りに耐えかねて悲鳴を上げていた。
「……終わりだ、ドフラミンゴ」
「が……ハッ……! 糸で……内臓を……縫い合わせ……っ!」
激痛にのたうち回りながらも、心臓の鼓動を繋ぎ止めようと糸で内臓を修復し始めるドフラミンゴ。だが、アルバーンはその時間すら与えない。
ドドドォォォォォォンッッ!!
圧縮された黒き覇気が爆発的な推進力となり、アルバーンの身体を極光の弾丸へと変えた。
「く……っ!! 『蜘蛛の巣がき』ッ!!」
ドフラミンゴが死に体の中で死力を振り絞り、最硬度の糸の防壁を展開し、全身に強固な武装色の覇気を纏う。だが――槍先に集中したアルバーンの武装色の覇気は、そんな防壁など最初から存在しないかのように突き穿った。
バギャァァァァァァンッッ!!!!
「グオォォォォォッ!?」
アルバーンの黒槍が、ドフラミンゴの胸の中央へと深々と突き刺さる。しかし、アルバーンの進撃はそこでは終わらない。止まるどころか、加速度を増しながらドフラミンゴの身体を槍先に貫いたまま、驚異的な破壊の行進を始める。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
アルバーンの烈火の咆哮が、ドレスローザの天へと轟く。
ドガガガガガガガガガガガッッ!!!!
アルバーンの一槍はドフラミンゴを貫いたまま王宮の壁を突き破り、そのまま『王の台地』の巨大な岩盤をも垂直にへし折った。
「な……なんだあれはぁぁぁぁっ!?」
街で鳥カゴを押し止めていたゾロが、フランキーが、そして逃げ惑う民衆たちが一斉に空を見上げた。 王宮から台地に向かって、巨大な黒い閃光が落雷のごとく突き抜け、そのまま地表へと到達する。
ズズズズズズズズズドォォォォォンッッ!!!!
地表へと到達しても、アルバーンの驀進は止まらない。 突進、猛進、豪進。家々を巻き込み、石造りの街並みを紙屑のように粉砕し、巨大な瓦礫の嵐を引き連れながら、アルバーンはドフラミンゴを槍の先で轢きずり回し、ドレスローザの街を一直線に突き進む。
それはまさに、ドレスローザを真一文字に引き裂く一条の『黒き閃光』
その一槍には赤黒き稲妻までもが走り始め、その確殺をより確かなものへと昇華させる。
「グアアアアアアアアアァァァッ!!!!??」
あまりの破壊力にドフラミンゴが絶滅の悲鳴を上げる。
遠くで対峙していたジャックとルフィすらも目を見張るほどの、圧倒的な破滅の行進。
そして――アルバーンの進撃の先には、収縮を続け、街を切り刻んでいた『鳥カゴ』の鋼鉄の糸の壁が立ち塞がっていた。
「アアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!!!」
アルバーンが槍先に全身全霊の力を込め、己の必殺の名を叫ぶ。
「『暴嵐の破壊槍(デスト・ラファーガ)』ぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
ドドドバギィィィィィィィィィィンッッッ!!!!
惨劇の結末。 ドフラミンゴの身体は、前方は暴風となって吹き荒れるアルバーンの赤黒き覇気と衝撃波によって肉体を破壊され、後方は自らが作り出した絶対の処刑場『鳥カゴ』の鋭利な糸によって、ズタズタに切り裂かれていく。 自らの仕掛けた悪夢に、自らの肉体が切り刻まれるという皮肉なる因果。
そして――。
バリバリバリバババババッッッ!!!!
誰も、海軍大将ですら破ることができなかったドフラミンゴの『鳥カゴ』が、アルバーンの一槍の前に、音を立てて豪快にぶち破られた。
黒き閃光は鳥カゴを貫通し、そのままドレスローザ外縁の巨大な岩山をも跡形もなく粉砕。
ズドォォォォォォォォン……ッ!!!!
最後はドフラミンゴの身体を巻き込んだまま、ドレスローザ近海の大海原へと豪快に飛び込み、数千メートルの巨大な水柱を天へと打ち上げたのだった。
静寂が国中を包み込む。
――直後、ドレスローザを覆っていた『鳥カゴ』が、ガラスのように儚く、空中で粉々に砕け散っていく。
静寂が、ドレスローザに訪れた。 海へと飛び込んだ黒き閃光のあとに残されたのは、穿たれた一直線の破壊の痕跡と、ついに解き放たれたドレスローザの青い空であった。
第三節:獣王の一撃
――ドレスローザ・中心街の瓦礫の山。
ゴォォォォォォォォンッッ!!!!
地表を揺るがす地鳴りと重低音が、崩壊したドレスローザの街頭に轟き渡っていた。 足元を埋め尽くす石畳は粉々に砕け散り、かつて美しい花々と踊り子たちが彩っていた街道は、今や巨大な猛獣たちが暴れ回る荒野と化している。
「ハぁ……! ハぁ……! ぶっ飛べぇぇぇぇっ!!」
ボッ!! ボッ!! ボッ!!
空気を蹴り、跳ねる重厚な足音。 武装色の覇気で黒く硬化された肉体。筋肉に極限まで空気を吹き込み、絶大な弾力と膨大なエネルギーを体内に圧縮させた姿――『ギア4・バウンドマン』。モンキー・D・ルフィが、空中を自在に縦横無尽に跳ね回りながら、巨獣ジャックへ向かって砲弾のごとき連撃を叩き込んでいた。
ドドドドドドドドカァァァンッッ!!!!
「グガァァァッ! 小僧ぉぉぉぉッ!!」
ジャックの巨大な鼻と頭部に、バウンドマンの弾力から解き放たれる打撃が容赦なく襲いかかる。 だが、そこは百獣海賊団が誇る『大看板』。懸賞金10億の怪物の名は伊達ではない。ゾウゾウの実 古代種『モデル:マンモス』の秘める底なしのタフネスと異常な肉体密度は、ローによって内臓を破壊され、バウンドマンの重打を受けながらも、なお大地に足をめり込ませて耐えていた。
ブォォォォォンッッ!!!
ジャックの巨大な鼻が、切り裂くような暴風を伴って振り抜かれる。 それは街の家々を何軒もまとめて薙ぎ払い、巨大な石造りの建物を粉々に吹き飛ばす理不尽な暴威。
「死ねぇっ、麦わらァッ!!」
「うおぉぉぉぉぉっ!! 『ゴムゴムの~~~』……!!」
ルフィは空中で身体を捻り、襲い来るジャックの巨大な鼻を最小限のスレスレで回避。 そのまま空中で体勢を整えると、両足の膝を体内へ強引に押し込み、極限まで弾力を圧縮させた。
「『犀噴射』ぁぁぁっ!!」
ドガァァァァァァンッッ!!!!
ルフィの強力な両足蹴りが、ジャックの巨躯の胸元へと直撃する。 数十トンに及ぶマンモスの巨躯が、ミシミシと音を立てて数メートル押し下げられ、街の地表に深々と底抜けの巨大なクレーターが刻み込まれた。
「ハぁ……ハぁ……ッ! タフすぎるぞ、この象……ッ!!」
ルフィもまた、ギア4の膨大な覇気とスタミナの消費に息を荒らしていた。 バウンドマンは圧倒的な威力を誇る反面、維持できる時間には限度がある。一刻も早くこの怪物を叩き伏せなければならないという焦燥感が、ルフィの胸を叩く。
一方、両足蹴りを胸元に食らい、口から血を垂れ流したジャックであったが、その瞳には依然として冷酷で殺伐とした狂気が宿っていた。
「……ハッ……クソ小僧が……! その奇怪な姿……いつまでも維持できると思うなよ……!!」
ジャックが前脚を踏み出し、再び地鳴りを響かせる。 普通の人間なら死に至る打撃を幾度食らおうとも、ジャックの生命力は衰えるどころか、激怒によってその威圧感を増していた。傷口からドクドクと血を流しながらも、猛獣の眼光でルフィを睨みつける。
「俺は百獣海賊団大看板……『旱害』のジャックだ!! この俺の肉体を砕くことなど、できると思うなァッ!!」
「仲間を傷つけて……この国を苦しめたお前らを……俺は絶対許さねぇ!! ぶっ飛ばして……みんなで宴をするんだぁぁぁっ!!」
ルフィとジャック。 まさに怪物と怪物のプライドがぶつかり合う、極限の肉弾戦。二人の覇気の激突によって巻き起こる黒い雷光が、崩壊した街中に散り散りと弾け飛ぶ。
――その時であった。
パリァァァァァァン……ッ!!
バリバリバリバリババババッッッ!!!!
地響きのような激闘の音をかき消す、澄み渡る金属音。 国全体を覆い尽くし、民衆を悲鳴と絶望へと叩き落としていたあの悪魔の糸――『鳥カゴ』。 それが、王宮から伸びた一条の黒き閃光……アルバーンの解き放った『暴嵐の破壊槍』によって根本から打ち砕かれ、天高くでガラス細工のように儚く散っていく音が、ドレスローザ全域に響き渡ったのだ。
「……な……に……!?」
ジャックの動きが、完全に停止した。 見上げる小さな瞳が、信じられないという絶望と驚愕に大きく見開かれる。
宙に舞い散る、銀色の糸の破片。 そして、その糸の向こう側に広がるのは――10年間この国から失われていた、どこまでも澄み渡る快晴の青空であった。
『鳥カゴ』が消えた。 それはつまり――この国の絶対的支配者であり、裏社会のカリスマであり、百獣海賊団にとって極めて重要なビジネスパートナーであった『ジョーカー』ことドンキホーテ・ドフラミンゴが、完全に敗北し、息の根を止められたことを意味していた。
(……バカな……!! ジョーカーが……あのドフラミンゴが……討たれただと……!? あの『鳥カゴ』を壊されて……敗北したというのか……!!?)
ジャックの頭の中に、冷たい衝撃が突き抜けた。 圧倒的な武力と権謀術数を併せ持つドフラミンゴが敗れ去るなど、ジャックの思考の範囲を遥かに超えた事態であった。その思考が、わずか数秒の硬直を生み出す。
――だが、戦場において、その「わずかな硬直」は絶対的な命取りであった。
「隙アリだァァァァァッ!!」
ボォォォォンッッ!!
「――っ!?」
ハッと正気に戻ったジャックの視界の極限。 空中で弾むルフィが、バウンドマンの驚異的な推進力をもって、ジャックの懐――その顎の真下へと、目にも留まらぬ速度で滑り込んでいた。
「『ゴムゴムの~~~』……!!」
「しま――」
ルフィの右拳が、下から上へと向けて強烈に突き上げられる。
「『大蛇砲』っ!!」
ガギィィィィィィィィンッッッ!!!!
ジャックの巨大な下顎に、武装色を纏ったルフィの一撃が真下から激突。 数十トンの肉体、古代種のタフネス、そのすべてを置き去りにするほどの凄まじい衝撃波が、ジャックの顎から脳天へと突き抜けた。
「ガあぁぁぁぁぁぁっ!!??」
巨獣ジャックの目が裏返る。その超重量級の巨躯が、まるで一粒の石ころであるかのように地表から強引に引き剥がされ、天高く、空中へと真っ直ぐに殴り飛ばされた。
ドスゥゥゥゥゥンッッ!!
ジャックの巨躯が宙を舞う。 足場を失い、空中へと打ち上げられたことで、ジャックは自身の身体の自由を完全に奪われた。どれほどの力を誇ろうとも、空中に浮いてしまえば踏ん張ることすら叶わない。古代種の猛威も、空中ではただの巨大な標的に過ぎなかった。
(……動かん……身動きが取れん……っ!?)
脳を揺らされ、血走り、かすむ視界の中で、ジャックは己の眼下を見下ろした。 そこに広がっていたのは――ジャックを目掛けて、絶大なる躍動とともに迫りくる「赤き悪魔」の姿であった。
「う……おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
ルフィの全身から、凄まじい熱気と黒き覇気が噴き出す! 空中で跳ね上がり、ジャックの目の前、至近距離の直下へと肉薄するルフィ。
その両腕が、バウンドマンの持つ絶大な弾力と張力を漲らせ、ギチギチと音を立てて体内へと強引に引き絞られていく。 肩の奥深く、体内のギリギリの極限まで押し込まれていく膨大な両拳。内側で圧縮され、弾け飛ぼうと狂い咲くエネルギーは、もはや一つの小さな爆弾どころではない。山をも粉砕する破壊の圧力が、ルフィの両腕に充填されていく。
逃げ場はない。 空中で一切の動きを封じられたジャックにとって、それは避けることも、防ぐことも不可能な、絶対なる「死の宣告」であった。
(……この……小僧の……威力は……!!)
ジャックの瞳に、初めて「死」という名の恐怖が色濃く差した。 だが、ルフィは容赦しない。 この国を蹂躙し、仲間たちの血を流させ、十年間の地獄を作り出した元凶の一端を担う怪物に対し、ルフィは全身の覇気と魂の叫びをその両拳に注ぎ込んだ。
「これで……最後だぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
圧縮された両拳が、体内から一気に解き放たれる。 解き放たれた両拳は、獅子王の咆哮のごとき衝撃波を伴い、ジャックの胸腔へと一直線に叩きつけられた。
「『ゴムゴムの~~~~~~~』……!!!!」
「『獅子王・バズーカ』ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
ブバァァァァァァァァァァンッッッ!!!!
凄絶。破滅。極限。 重なり合う形容詞すら生ぬるいほどの、超絶的な衝撃波が大空を焦がした。
バウンドマンの弾力が解き放った『獅子王・バズーカ』の威力は、ジャックの肋骨に亀裂を入れ、武装色の覇気を強引に突き破り、その巨大な背中から極大の覇気の爆風を吹き抜けさせた。
「グガぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
ジャックの口から、見たこともない量の鮮血が天へと噴き出す。
ドンキホーテ・ドフラミンゴが倒れ、『鳥カゴ』という最悪の檻が消え去ったいま、このルフィの一撃によって解き放たれた圧倒的な威力を押し止めるものは、ドレスローザのどこにも存在しなかった。
「む……麦わらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ジャックの悲痛な、そして激怒の交じる絶叫が、ドレスローザの空に虚しく響き渡る。
ドドドドドドドドドォォォォォンッッ!!!!
数十トンの巨躯を誇る百獣海賊団大看板『旱害』のジャックの身体は、ルフィの放った『獅子王・バズーカ』の凄まじい破壊力によって、弾丸のごとき速度で天の彼方、雲の上の彼方へと吹き飛ばされていく。
その姿は宇宙を横切る流星のように、二度とこの国へと戻ってこられないほど遥か遠く、水平線の彼方へと消えていったのであった。
「ハぁ……! ハぁ……! ハぁ……っ!」
シュゥゥゥゥゥ……ッ
ジャックを吹き飛ばしたルフィの身体から、シューシューと音を立てて空気が抜けていく。 ギア4が解除され、巨大だった体躯が元の小さな少年の姿へと戻っていく。ルフィは膝をつき、肩を激しく上下させながら、自身の頭上に広がる青空を見上げた。
そこにはもう、国民を脅かす糸の檻も、人を踏みにじる怪物たちの姿もなかった。
「……勝ったぞ……!!」
ルフィの小さく、しかし力強い声が、静まり返ったドレスローザの街に響き渡る。
ドンキホーテ・ドフラミンゴの落星。 そして大看板ジャックの撃滅。
10年間に及ぶ地獄の果てに、ドレスローザの地に、ついに完全なる勝利と救済の光が訪れた瞬間であった。