私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
「お父さん、お母さん。いってきます」
仏壇の前で、私はいつものように手を合わせる。遺影の二人は、二年前のあの日から変わらない優しい笑顔で私を見守ってくれている。
「雪菜や。学校に行く前にいつもの確認は終わっておるのか」
「はーい、今日もバッチリだよ」
背後から聞こえてくる、その気の抜けるようなふわりとした声はおじいちゃんの厳三のものだ。昔はバリバリだったらしいけど、今はもう引退して週末のゲートボール大会のために毎日ラジオ体操を頑張るザ・ご隠居さんの優しいおじいちゃん。
兵守雪菜。それが今世での私の名前だ。兵を守ると書いてひょうもり。古の時代から大地のエネルギー、『龍脈』を整え、管理してきた一族が兵守家だそうだ。その末裔にして当代の当主が私。そう。色々あった末、小学三年生にしてなんと歴史ある一族の当主という重責を背負ってしまった二刀流小学生なのだ。
と言っても別に何か普段から大層な仕事があるわけじゃないんだけどね。毎朝、龍脈の流れに淀みがないかを確認するくらいだから、これじゃ二刀流じゃなくて一刀流半かもしれない。
「さーて。学校行かなきゃ」
私は鏡に向き直り、くるっと回って決めポーズ。黙っていれば儚げな線の細い和風美少女。……というのが、今の私の外見上のスペックだ。白い制服に赤いリボン。私立聖祥大附属小学校の制服は色白で華奢な女の子という私の外見とよくマッチしている。正直、贔屓目に見ても可愛い方なんじゃないかな。とか思ったり。思わなかったり。
「おっと、ダメダメ。笑顔笑顔」
鏡の中の私が口角を上げてニコッと笑ってみせる。顎のあたりで揃えられた柔らかな黒髪が、首元をかすめてふわりと揺れた。うん。今日も可愛い。
『マスター。鏡への自画自賛は0.5秒以内に切り上げてください。寝癖が寝癖として主張を始めています。不気味です』
「不気味って何よ!あと思考を読むな!」
胸元の白い勾玉――私のデバイス兼相棒の『白楼』から心無い機械音が飛んでくる。
『デバイスは思考を読めません。マスターが単純すぎて内面の推理には0.5秒も要しませんでした』
「相変わらず無駄に高性能!」
何度か手櫛で寝癖を整えようとして……諦めた。いや、諦めたんじゃない。これはファッション。最新のファッションなのだ。
「そう。これはアホ毛と同じ。計算のうちの可愛さだから」
『マスター。それを世間では「諦め」と呼びます』
「うるさいうるさい!まずいまずい、遅れちゃう。おじいちゃん、いってきまーす」
「気を付けるんじゃぞ~」
「はーい」
慌てて玄関まで走り、靴を履いてスクールバッグを背負う。
私は転生者だ。前世は別世界を生きていて、この世界が、前世ではアニメの中の世界だと知っている。
でも、具体的な展開や未来の記憶は、なぜか何一つ思い出せない。前世の記憶もあやふやだし、小学生にしては大人びてるね。なんて言われるくらいしか正直メリットになっていない。
覚えてるのはただ自分が転生者であるという強烈な確信と、世界から弾き出された部外者のような、そんな少しの寂しさだけ。
それでも別に良かった。口角を上げて元気に生きていられれば私はただそれだけでいい。二年前のあの日、燃え盛る炎の中でそう誓ったように。
「あ。雪菜ちゃん!おはよう~」
玄関の扉を開けると、そこには天使が立っていた。
艶のある茶色い髪はツインテールにされており、緑のリボンで留められている。かわいい。ふわりとした笑顔と甘い声。超かわいい。そして全身を使ってぴょんぴょんこちらに手を振る健気な姿。なにそれウルトラかわいい。
「可愛いの暴力だ……」
この子に比べたら私なんて可愛いのかの字の足元にも及ばない虫けらである。何分か前に鏡を見てかわいい~なんて言ってた身の程知らずを殴りたい。
「雪菜ちゃん?」
「はっ!ごめんなさい、あまりの暴力に軽く意識が飛んでたわ」
「私何もしてないよ!?」
彼女は高町なのは。私の幼馴染。小学校でも一年生からずっと同じクラスで、今では一番の親友だと思っている。ちょっと引っ込み思案だけど本当に良い子で私にはもったいないくらいの可愛くて素敵な女の子だ。
「ごめん。もしかして家の前で待っててくれた?」
「ううん。私も今ついたところだよ」
「そっか。ありがと」
私のお礼に「気にしないで」と、なのはは明るく微笑んで流してくれる。天使だ。
「あれ。雪菜ちゃん、それ……寝癖?」
「うえっ!?」
バス停まで歩きながら話してると、なのはが私の髪に手を伸ばして聞いてくる。急に来られると顔が近くてびっくりするからやめてほしい……。
「なのは。これはね、聖祥小の最新トレンドなのよ。ファッションよ、ファッション」
「そうなんだ。ぴょこぴょこしててかわいいもんね。さすが雪菜ちゃん」
「うっ……」
純真な瞳に見つめられてなんだか申し訳なくなってくる。
『良心は痛まないのですか、マスター』
「うるさいわね!」
胸元に着けた白い勾玉。待機状態のデバイスである白楼が私にだけ聞こえる念話で囁いてくる。
「やっぱり直しといたほうが良かったかな……」
『マスター。気落ち状態のところ申し訳ありませんが、あと30秒ほどでバスが発車しそうですが』
「えっ?」
ふと前を向くといつものバスがバス停に止まっており、扉が開くところだった。
「なのは!バス来ちゃう!行かなきゃ!」
「ひぇぇぇぇっ」
なのはの腕を引いて走り、なんとかバスに飛び乗る。お淑やかとは言い難いけど、大人のレディたるもの、背に腹は代えられないこともあるのだ。
「はぁはぁ。もっと早く言いなさいよ、このポンコツデバイス……」
『責任転嫁です。マスター、まずは言うべき言葉があるのでは?』
「教えてくれてありがとう!助かった!」
ダメダメ。最近、肉体に引っ張られて精神も小学生に近づいてる気がしないでもない。大人のレディ。私は転生者、余裕のある大人のレディなのだ。
「おはよ~なのは。こっちこっち~。あとそっちの残念美少女も」
「誰が残念よ!」
「あはは……。おはよ、なのはちゃん、雪菜ちゃん」
バスの一番奥の席で二人の美少女が手を振っている。さっき私に失礼なことを言ってきた金髪の口の悪い女の子がアリサ・バニングス。勝ち気で少し強引なところもあるけど、実は誰より友達想いの女の子。そしてその隣で、おっとりと微笑んでいるのが月村すずか。月村家のまさにお嬢様。という感じの女の子だ。
「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん」
なのはが奥の席に座る二人に近寄って挨拶をしている。なんてことない、いつも通りの自然な日常だ。これまで何回も何十回も繰り返してきた、当たり前の日常。
そしてその光景をぼーっと見る私。
「つっ……」
なんだか少しだけ眩暈がした気がして慌ててバスの手すりを掴む。なんだろう今のは。既視感?こんな光景、何度も見ているはずなのに。
「ちょっと雪菜~。早くこっち来なさいよ、バス発車するわよ!」
「ごめん!今行く~」
あははと笑ってなのはの隣に座り、四人でたわいのない話で盛り上がる。いつも通りのそんな光景。なんだったんだろう、さっきの違和感は。
「……ねえ、雪菜ちゃん」
「ん?」
なのはとアリサがまだ二人で何か盛り上がっている中、すずかのどこか見透かすような穏やかな声が、私の耳に届いた。
「昨日は、あまり眠れなかった? 少しだけ、顔色が悪い気がする」
……っ!心臓が、少しだけ変な跳ね方をした気がした。
なのはやアリサにはない鋭さが、このお嬢様には時々ある。
「気のせいよ。ちょっと夜更かししちゃっただけ」
寝不足気味なのは本当。すずかの聞きたいのはきっとそんな答えじゃないだろうけれど、自分にだってわからないこの胸のざわつきを説明なんてできる気がしなかった。
「雪菜ちゃん?」
気が付いたらなのはとアリサまで私の顔を心配そうに覗き込んでいた。この子達にそんな顔をさせてしまった自分が嫌になる。
「大丈夫だって言ってるじゃない。そんなに見られても困るわよ。それとももしかして。この雪菜ちゃんの可愛い顔に見惚れちゃった?」
「ふえっ!?」
「バカな事言ってんじゃないわよ」
スパン!と、アリサからの綺麗な突っ込みが後頭部に入る。地味に痛い。
「雪菜の寝不足なんてよくあることでしょ。もしかしてあんたまたアニメの一気見とかしてたんじゃないでしょうね。夜更かしはお肌の大敵なのよ」
「だ、大丈夫よ。小学生の若さがすべてを許してくれるから……」
「知らないわよ~、おばあさんになってシワシワになってきてから泣きついてきても」
「え。助けてくれないんですか、バニングス様~」
「やめなさい、離れなさいよ!」
なのはの無邪気な笑い声が、さっきまでの違和感を綺麗に吹き飛ばしてくれる。
私はバスの揺れに身を任せ、首元の白い勾玉をそっと握りしめた。
この日常が続くなら、それでいいと思っていた。この世界で笑って生きる。それが全てを忘れた私のたった一つの道標だったから。
記憶をすべて失って、手にしたのは魔法の力。これは記憶を失った脇役の女の子が大事なものを掴むまでの物語。