私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
「あ~ケーキ美味しかった~。ほんと毎日、いや毎食食べても飽きないかも」
『それほどですか。早くわたしにも味覚を実装してください、マスター』
「味覚だけ実装しても食べられないでしょうが。あなた、そもそも機械でしょうに……」
あのあと、なのは達と翠屋のケーキをご馳走になって、午後はそれぞれの用事で予定通り解散となった。本当はお土産用のケーキも買って帰りたかったんだけど、ケーキって意外と高くて、小学生のお小遣い程度じゃ手が出ないのよね……。
「でもやっぱり無理して一つくらい買っておけば良かったかなぁ。一度食べたら忘れられない味。まさに悪魔のスイーツ……!」
『マスターが可愛らしくおねだりしたら、お得意様割引が使えた可能性が三十パーセント程度はあります。わたしの分も買えたかもしれません』
「やめなさい、はしたない。てかデバイスのあんたは食べられないって言ってるじゃない。どうやって食べるのよ」
なのはのご家族には、身内みたいに甘やかしてもらっている自覚がある。だからこそ、公私の線引きはしっかりしないといけないし、するべきだとも思ってる。
親しき仲にも礼儀あり。ってうちのお祖父ちゃんもよく言ってるしね。可愛らしいおねだりが苦手とか、そういうことでは決してない。決して。
『マスター。チェックポイントです』
「ん。ここもオッケー。っと。さすがに綺麗なものね。この間修正したばかりだし」
アリサとすずかは町に家族と買い物に。なのはとユーノくんは家でゆっくりと休養。そして私は、お泊まりの影響で今朝できなかった、日課の龍脈パトロール中である。
パトロールは、何か所かあるチェックポイントを回って、その地点の龍脈に淀みがないか確認するというものだ。
「龍脈チェックのついでにジュエルシード探索もできたらいいんだけど」
『正直なところ、マスターの探索精度では高町様やユーノ様に劣ります。発動さえすれば周囲の龍脈の乱れにより感知できるのですが』
「そうなのよねぇ」
ユーノくんは元々、古代遺産の専門家だし、魔法もサポート系が得意なおかげか、意外と鋭い。なのはは魔力への感応能力が非常に高く、もはや天然魔力アンテナと言っても過言ではない。
一方、私の龍脈検知はどうしても後追いになってしまうことが多いので探索にはあまり向いていないのだ。ちょっと悔しい……。
「……ん」
『マスター。どうされましたか?ここはチェックポイントではありませんが』
白楼の言う通り、そこはチェックポイントでもない、ただの空き地だった。ふと目に留まったのは、ただその空き地が私にとっては大きな意味を持つ場所だったから。
「懐かしいなって思って」
『過去のデータベースから当該場所への訪問記録を検索……』
「そんなのできるの!?」
『いえ、できませんが』
「なんで言ったのよ!……でも必要ないわ」
忘れたくても忘れられない、この場所。
あの事故以来、入院していた病院を退院した私は、お祖父ちゃんの住むこの街に帰ってきた。転生者であること、そしてその前世の記憶すらも失っていることを認識した直後だった私はメンタル不安定で、お祖父ちゃんもどう接していいのかわからなかったんだと思う。学校も長期休み中で、家に流れる気まずい空気にも耐えられなかった私は、よくこの空き地で、ただぼーっとして毎日を過ごしていた。
この空き地にあるのは、大きな一本の木と、その影にある小さなベンチだけ。でもその物悲しげな雰囲気が当時の私には、一番落ち着ける場所だったのだ。
「その時、ここで初めてなのはに会ったのよ」
今でも忘れられない。
『私、高町なのは。あなたのお名前、教えてくれる?』
人と関わるのが怖かった私が答えなくても、拒絶しても、逃げ回っても。毎日、毎日、粘り強く通ってくれた。
「ほんと、なにしてたんだか。私」
『……当時の精神状況では、仕方がないかと』
「なに。今日の白楼、優しいじゃん」
『わたしはいつも優しいですが』なんて念話で言ってくる相棒は一旦スルーしておく。とにかくだ。
「怖がらずに話してみるっていうのが大切ってことよ」
『良い話ですね』
「ほんま、ええ話やわぁ」
「でしょ~……って、うぇっ!?」
不意に聞こえた声に、思わず肩が跳ねる。慌てて顔を上げると、大きな木の影になったベンチの横に、車椅子の女の子がいた。
年齢は多分、私と同年代。肩より少し上で揃えられた茶色い髪の、柔らかく笑う可愛い女の子だった。
「ごめんなぁ。驚かせるつもりはなかったんやけど」
「……い、いつからそこに?」
「うーん。『その時、ここで初めてなのはに会ったのよ』ってとこくらいかなぁ」
「大事なところ全部聞かれてる!」
「誰かと喋ってるみたいやったから、声かけられへんかってん。堪忍なぁ」と、申し訳なさそうな顔で言われてしまえば、まぁいいかという気にもなってくる。
「なんや珍しい形の通信機やなぁ、それ」
「そ、そうなのよ!最新式の……えっと、勾玉型通信機ってやつ?」
『今考えましたね、マスター。それにネーミングが安直すぎます』
『うるさい!』
女の子の反応は当然である。普通、首元の白い勾玉を見て、まさか人工知能搭載のデバイスが話をしているとは誰も思わないだろう。
「私、この場所好きなんよ。なんもない場所なんやけど。静かやし、なんか落ち着くっていうか……時間がゆっくり流れてる感じがしてなぁ」
「……わかる気もする」
ちょうど会話が途切れ、風に揺れた木の葉の音だけが聞こえてくる。
けど、気まずい感じは全然なかった。初めて会った子なのに、ただ隣にいるだけで不思議と落ち着く雰囲気を彼女が持っていたからかもしれない。
「そういえば、名前まだやったな。私は八神はやて。八つの八に、神様の神で八神や。……八尾の八に、神戸の神でもええけど」
「すごく関西推すわね!?」
名字の漢字説明を関西の地名でされるとは思わなかった。というか、行ったこともない関西の地名がさらっと頭に浮かんだあたり、これはきっと前世知識だろう。もしかして前世は関西人だったりするのだろうか、私。
「ええツッコミ持ってるやん。私とコンビ組む?」
「ありがとう。考えとくわ」
女子小学生漫才コンビ。……意外とありかもしれなかった。
「私は兵守雪菜。兵を守るでヒョウモリよ」
「雪菜ちゃん。ええ名前やなぁ」
「ふふ。ありがと」
それから、私たちは少しだけ話をした。この空き地のことや、翠屋のケーキのこと。ついでに勾玉型通信機の将来性についてとか。
なんでもない内容だったけど、テンポの良い会話は心地よくて、結構楽しかった。
「ほな、私はそろそろ行くわ。もうすぐヘルパーさんが来てくれる時間やし」
「あ、そうなんだ」
「今日は家まで来てもらう約束の日やねん」
「ごめんなさい。なんか引き留めちゃって」
「ちゃうちゃう」
はやては車椅子の向きを変えながら、こちらを見てふわりと笑う。
「私が楽しくて付き合ってもらってたんよ。雪菜ちゃんこそありがとうな」
「ううん。こちらこそ」
そう返すと、はやては少しだけ嬉しそうに目を細める。気のせいかもしれないけれど、その様子が何故だか少しだけ寂しそうに見えた。
「……また会うでしょ。私もこの空き地よく通るんだし。またね」
「ふふ。ありがとう。またなぁ」
はやてはこちらに手を振ると、車椅子を器用に動かして去っていった。
「ありがとう。か」
『マスターの不器用な気遣いは、意外と分かりやすいですから』
「……しょうがないじゃない。得意じゃないのよ。こういうの」
それでも。最後のはやての寂しそうな顔が、どうしてもかつての私と被って見えたのだ。
もし彼女も、何か寂しさを抱えてここに来ていたのなら。少しでも、その寂しさが軽くなればいい。
かつて私が、なのはにしてもらったように。
「さて。私達も見回りに戻りますか」
『承知いたしました。次のチェックポイントまでは徒歩五分ほどです』
「りょーかい!お仕事お仕事~」
空き地を離れて少し歩くと、商店街の賑わいが戻ってくる。
買い物袋を抱えた親子連れ。自転車で走っていく子供。どこにでもある、普通の休みの日の光景がそこにはあった。
「……普通の日常ね」
『はい。往来の人通りの数や混雑具合から分析するに、極めて平均的な休日と結論付けることが可能です』
「ふふ。そういうのじゃないって」
さっきみたいな空き地の静けさとはまた違う、明るくて騒がしい空気。私はこっちも嫌いじゃない。
なぜなら私のモットーは、毎日を笑顔で楽しく生きる!なので!
「白楼。商店街の楽しみ方と言えば?そう。食べ歩きよね!」
『マスター。先ほど翠屋でケーキを召し上がったばかりですが』
「ケーキはケーキ。買い食いは買い食い。人間には別腹という概念が存在するのよ」
『お言葉ですが。人間という種族には物理的に別腹というものは存在せず、摂取カロリーが別枠になるわけではありません』
「この正論マシーンめ」
さすがAI、口喧嘩には滅法強かった。なお、ここでは私が弱い可能性は排除するものとする。
「あ。あそこ新しいお店かも」
ちょうど目に入ったのは、商店街の端にある小さなたい焼き屋さんだった。魚の形をした看板がまだ真新しい。
近づいてみれば、焼き立てのたい焼きの甘い匂いがふわりと鼻先をくすぐってくる。うーん、素敵。
「白楼。魚はお菓子に入らないわよね?」
『魚は菓子類に分類されませんが、たい焼きは魚ではないですね。加えて、今購入した場合、確実に夕食に影響が出ます』
「ちょっとくらい大丈夫よ。ほら。私、育ち盛りの歳だから」
『太りますよ』
「ストレートな警告!」
遠回しな対話を諦めたのか、相棒からの無慈悲な一撃だった。年頃の乙女には禁句なのに……。
しぶしぶたい焼きは諦めて、店の前を通り過ぎた時だった。
「あれ?あれって……」
商店街を抜けた先に、見覚えのある二人組がいた。
午前中のサッカーの試合で見かけた、キーパーの男の子と、あのお淑やかそうな可愛い女の子の組み合わせだった。
「昼間の青春カップルじゃない。やっぱりあの二人、そういう関係だったのね……」
『マスター。対象への呼称が不適切です』
「いいじゃない。青春は観測してこそ輝くのよ」
女の子が男の子の耳元で何かを言って、男の子が照れくさそうに顔をそむけて頬をかく。ラ……ラブすぎる!見てるだけなのに、何故だかこっちまで暑くなってくる。
いいなぁデート。私もなのはとあんな風に……って、なんでそこでなのはなのよ、私!
自分の思考に自分でツッコミを入れて、慌てて首を振る。その時だった。
「……ん?」
ふと、足元を流れる龍脈に何かが引っかかったような、そんな感覚がした。
例えるなら、綺麗に流れていた水を、誰かが指先で軽くつまんだみたいな、そんな感覚。
「白楼。いま、なにか反応あった?」
『龍脈の僅かな乱れを検知しました。現在は収まっています』
「収まった?」
『はい。乱れ方自体は前回のジュエルシード発動時のものと似ています。しかし既に収束しており、ジュエルシードとは無関係な一時的な乱れである可能性も否定できません。いかがいたしましょうか』
なのはとユーノくんに知らせるべきか。でも。
昨晩の気を失ったように眠る、疲れ切ったなのはの顔が頭をよぎる。今朝だってそうだ。昨日倒れて、ちゃんと寝たはずなのに、まだ眠そうで……。
「……まだジュエルシードだっていう確証はないのよね?」
『断定するには材料が少ないのは事実です』
正直、迷った。それでも、疲れ切って今も家で寝ているであろうなのはを思うと、確証が取れてから連絡してもいいんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。
呼んで相談したら、なのはは絶対に来てしまう。もし私の勘違いで、疲れが取れなかったなのはがまた倒れたら……。
「もうちょっと探そう。このあたりでどこかに落ちてないか。もしジュエルシードだとしても発動させなきゃいいんでしょ」
『推奨はしません。未発動状態のジュエルシードであっても、外部刺激によって急激に活性化する可能性があります』
「分かってる。でも、だからこそ先に見つけるのよ」
商店街の出口にかけて、青い石が落ちていそうな場所に目を凝らしていく。店の入り口の脇、店と店の間の地面など……。
だけど、地面にはそれらしいものは全く見当たらない。見落としたのか。それとも、やっぱり気のせいだったのか。
「あ。そうだ。これ、さっきグラウンドの近くで見つけたんだけど」
「え。綺麗……」
ふと聞こえてきた会話に顔を上げると、あの男の子がちょうど女の子に何かを手渡そうとしているところだった。
見覚えのありすぎる、きらりと光る綺麗な青い石。あれは、ジュエルシード!
「……嘘」
『マスター!』
「まずい。なのはとユーノくんに!」
その瞬間、女の子の手の中で、青い石が弾けた。
「うわぁぁっ」
「きゃぁぁぁ」
二人の悲鳴が聞こえ、辺りが青白い光に包まれる。
『魔力反応急上昇。間違いありません。ジュエルシードです』
「白楼、セットアップ!」
ダメ。間に合わない!
白楼が大弓へ姿を変えるその直前、街を青白い光が貫いた。