私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
「お待たせしました~。いちごミルクティーと、クリームチーズクッキーでーすっ。あとあと、スペシャルなクッキーもついてまーす」
すずかの専属メイドのファリンさんが、お茶とお菓子を運んできてくれた。綺麗なお皿の端には、見覚えのある少し不揃いなクッキーも並んでいる。
「……あ」
「雪菜ちゃんのクッキーだ!」
「ちょっとなのは、なによ、それ」
「雪菜ちゃんが作ってきてくれたの?」
目ざとく見つけたなのはが歓声を上げるものだから、アリサとすずかにもすぐに見つかってしまった。
しかも月村家のクリームチーズクッキーと並べられているから、どうしても形が不揃いなのが目立ち、どう見ても素人の手作りです!感が出ちゃってる。恥ずかしい!
「いいじゃない。食べてもいいかしら?」
「え。いや、月村家のお菓子があるんだから、そっちを先に……って、待ってアリサ!」
「待ちませーん」
「ふふ。でも雪菜ちゃんが作ってくれたんだよね、これ」
すずかにふわりと微笑みながら聞かれると、何だか否定する気も起きなくて、つい素直に頷いてしまう。
「一応ね。一応……」
「じゃあ、一番最初に食べたいな。ね、なのはちゃん」
「うん!」
「うぐ……ぐぐぐ」
追い詰められた気分で手元に抱き込んだユーノくんを覗き込むと、きゅっと可愛らしい声で鳴いてそっぽを向かれた。おのれ、裏切ったなユーノ参謀!
「「「いただきます」」」
三人が私の不揃いなクッキーへと手を伸ばす。うぅ、緊張する。転生補正でいきなりお菓子作りの腕が上がってたりしないかな!?
「……うん、普通ね」
ですよねっ!知ってた!
「でも嫌いじゃないわ。あんたらしくて」
「ほんとだ。雪菜ちゃんらしい味かも」
「二人とも、一応褒めてくれてるってことでいいのよね、それ!?」
なのはとアリサがまじめなリポートをしてくれないのはわかったので、頼みの綱は一人しかいない。
「すずかはどう?」
「うーん、一言でいうのは難しいけど、私も雪菜ちゃんっぽいって思ったかな」
「う。すずかまで……」
「ごめんなさい。でもちょっと不器用で優しい感じが雪菜ちゃんにぴったりだなって思ったの」
「ナニソレ」
なんだか空気が生暖かくて、一度落ち着こうと、湯気の立ついちごミルクティーに口をつける。あっつ。舌やけどしたかも。
「珍しく大人しいじゃない。照れちゃったのかしら」
「そんなわけないんですけど!?」
にししと笑ってくるアリサに全力で反論するも、なのはもすずかもニコニコと笑っていて、どうにも旗色が悪い。なにこれ、超恥ずかしいんですけど!?
「私も好きだなぁ、雪菜ちゃんの」
「私の!?」
「クッキー」
「クッキー……」
そうよね、危ない危ない。さっきからの雰囲気で、テンションがおかしな方向に振り切って思わず勘違いしそうになっちゃった。
でもしょうがないと思うの。なのはほどの美少女は『好き』という単語をもっと丁寧に扱うべきだと思うのです。今後、勘違いする子が出かねないから、ほんと……。私はしなかったけど!
「でもよかったぁ」
「え?」
すずかがアリサとなのはに聞こえないように、私の耳元で話しかけてくる。
「最近、なのはちゃんの元気がないように見えて。このお茶会も心配したアリサちゃんが企画してくれたの」
「すずか……」
「でも今日の感じだと大丈夫そうかな。雪菜ちゃんも一緒なんでしょ?」
「……鋭いじゃない」
なのはの元気がなかったっていうのは、きっとあの倒れた前後のことを言っているのだろう。思えば、放課後もいつもの四人で帰らずに、なのはと二人でジュエルシードを追い回したこともある。ユーノくんも入れて三人で念話での作戦会議をしていることもあるし、私と一緒、というのはそのあたりからバレているに違いない。いかんせん、心当たりがありすぎる。
「なにか心配事があるなら相談してほしいかな。私たち、四人で友達だから」
「ありがと。私の一存じゃ言えないこともあるけど、なのはのことは私が必ず守るから」
「雪菜ちゃんが言うと心強いな。でも……」
すずかが何か言おうとしたとき、念話でなのはの声が飛び込んできた。
(雪菜ちゃん!ジュエルシードの反応!)
(すぐ近くだ!)
続いて焦ったようなユーノくんの声も。私にはわからなかったけど、二人が言うなら間違いないんだと思う。でも、今はお茶会中で、目の前ではアリサが猫を撫でているし、すずかは急に黙った私をちょっと心配そうにうかがっている。マズイ……。
(なのは、落ち着いて。方角は?)
(庭のほう!)
早く行かないと暴走しちゃうかも。何か理由をつけて離れないと……!
「雪菜ちゃん、雪菜ちゃん」
「えっ!?な、なに!?」
「ううん。急に黙っちゃったから、どうしたのかなって」
「だ、大丈夫。ちょっと、ええと……その、アレよアレ」
すずかの視線に耐えられず、しどろもどろでとりあえず何となくで立ち上がってしまう。
「雪菜?いきなりどうしたのよ」
はっ!アリサの注意まで引いてしまった。私のバカ……!
「ちょっと。また何か隠れてこそこそと……」
「あ。あー!」
絶体絶命のその時、なのはが立ち上がると、ちょっと大げさに声を上げた。その指の先にはなのはの膝上から飛び降りたユーノくんがいる。
「ユ、ユーノくんが逃げちゃった!」
「きゅう!?」
一瞬固まったユーノくんだけど、その意を汲んだのか、勢いよく庭に向かって走っていく。
「ということで、ちょっと追いかけてきても……いいかな?」
「ええと。右に同じ!」
我ながらひどい芝居だったけれど、すずかは何かを察したように、アリサは諦めたように頷いてくれた。
「私たちは行かなくていいのよね」
「う、うん。ごめんね、アリサちゃん、すずかちゃん。すぐ戻ってくるから!行こう、雪菜ちゃん」
「了解」
「二人ともすぐ戻ってきなさいよ!」
アリサの声を背中に聞き、私となのははユーノくんを追って、月村家の広い庭へと駆け出していったのだった。
ユーノくんを追って、月村家の広い庭を数分ほど走ったところで、今度ははっきりと、私にもわかる『揺らぎ』を感知した。
「これ……龍脈の乱れ!」
「うん。ジュエルシードが発動したみたい」
「そのようね。白楼!」
『高町様の仰る通りです、マスター。ジュエルシード発動による、龍脈の揺らぎを感知いたしました』
そんな白楼の台詞とほぼ同時に、先頭を走っていたユーノくんが立ち止まる。
「ここだと人目が。結界を作らなきゃ」
「結界?」
なのはの疑問に、ユーノくんが頷く。そっか、なのははまだ見たことないんだ。
「そう。魔法効果の生じている空間と、通常進行の空間の時間をずらすんだ」
「ええと?」
「要するに、中でいくらドンパチしても現実世界に影響はないってことよ」
「乱暴な説明だけど、まぁ大体あってるかな……」
何やら念じたユーノくんの足元に巨大な丸い魔法陣が浮かび上がる。
「よし。この付近ならなんとか切り取れるよ」
「さっすがユーノ参謀!」
外からの干渉を遮断し、空間を切り取る結界魔法はユーノくんの十八番だ。龍脈修正の時にもお世話になった彼の得意技で、私はこっそり毎回感動している。少なくとも私には百年修行しても出来ないだろう。
「さぁ、これで怖くないわね。どっからでもかかってきなさい!」
『マスター。フラグという言葉をご存じですか』
「大丈夫よ!そう簡単に回収なんて……」
「雪菜ちゃん!あれ!」
白楼との会話を中断し、なのはが指さした方向を見る。左上、角度はおよそ三十度くらいかな。結構高い。
「niyaaaaaaa!」
そこには、地球上ではまずあり得ない、巨大な猫がこちらを見下ろしていたのだった。……キョダイナネコ?
そのあり得ない生物に、どうにも自分の脳が受け付けてくれない。なんで猫が十メートル級にでっかくなってるのよ!?
「ユーノ参謀、あれはどういうことでしょうか!?」
「あの猫の『大きくなりたい』って気持ちがジュエルシードで正しく叶えられたんじゃないかなと……」
ユーノくんが冷や汗をかきながらも冷静に分析してくれる。
「nyaaaaaa?」
「ちょっとびっくりしちゃったけど、あの猫さんも悪気はなさそうだし、いいのかな……?ね、雪菜ちゃん」
「う、うん……」
少しパニックになってた私だけど、なのはにそっと手を握られて、やや落ち着きを取り戻してきた。
確かに、猫は大きくはなってこそいるものの、こちらには友好的そうだし、ただ満足そうににゃあと鳴いているだけだ。さっきまで一人慌ててパニクってた私が恥ずかしい……。
「雪菜ちゃん、落ち着いてきた?」
「う、うん。ありがと」
嘘である。でっかい猫を見てパニックになっていた分こそ落ち着いてきたものの、さっきからなのはにつながれた手のひらが柔らかくてふにっとしてて、なんかもうすっごく恥ずかしいんですが!意識してるの私だけなの!?
「雪菜ちゃん?」
「大丈夫。大丈夫よ。なのはの冷静さにちょっと感心してたところ」
ふぅ、とバレないように一つ深呼吸して呼吸を落ち着かせる。
でも、なのはの冷静さに感心したのは本当。私が巨大猫にただパニックになる間に、猫の敵対心の無さを見抜き、冷静さを失っている私に気づいて、落ち着けようと手まで繋いでくれたのだから。こっちは逆効果だけどね!正直まだドキドキしてるし!
「でもさすがにこのままじゃマズイかな……。なのは、雪菜、封印してもらえるかな?」
「そうだね。さすがにこのサイズじゃ、すずかちゃんがびっくりしちゃうし元に戻さないと。雪菜ちゃん、やろう」
「OK。白楼、すぐに変身を……っ!」
その時だった。どこからか飛来した金色の光が大気を貫き、巨大猫の額に突き刺さる。
「誰!?」
「まだ来るわよ!」
光は続けて、二本、三本と飛来し、怯んだ猫に容赦なく叩きつけられていく。
「nyaaaaa!」
「また!」
誰の仕業だかわからないけどやめさせないと!先ほどまで穏やかな顔つきだった猫は痛そうに鳴き声を上げている。
「なのは!」
「うん。レイジングハート、お願い!」
『Stand by ready. Set up.』
なのはのデバイス、レイジングハートが応え、一瞬にしてバリアジャケットが展開される。さすがレイジングハート、仕事が早い。
「白楼、私たちも」
『承知いたしました。バリアジャケットを展開します』
胸元の勾玉が長弓に変わり、白を基調とした和装のバリアジャケットが私の身体を包み込む。
「まずは金色の光を防がないと!あれ、魔法よね!?」
「うん。基本的な射撃魔法だ!」
なら防御系の魔法で防ぐしかない。得意分野じゃないけど、なんとか!
『Flier Fin.』
「えっ」
猫に近づこうと、横を走っていたなのはの靴から、桃色の光の羽根がふわりと広がる。そして次の瞬間、地面を蹴ったなのはの身体は大ジャンプで空へ跳んでいた。
普通のジャンプではありえない高さまで一気に舞い上がり、そのまま飛んで猫にぐんぐんと近づいていく。
「靴に羽根生やして飛んでるし……!」
「すごいよ。僕もまだ教えていないのに」
なのはは大ジャンプの勢いのまま、巨大な猫の背中に飛び乗った。
『Protection.』
レイジングハートの声と同時に、なのはの前に桃色の光が広がる。巨大な猫を庇うように展開されたそのバリアへ、次々と金色の光が叩きつけられ、桃色の光に弾けていった。
「ナイスよなのは!」
「まだだ。敵は足元を狙ってくる」
ユーノくんの言葉通り、金色の光が今度は猫の足元を狙って飛んでくる。なのはは猫の背中に乗ってるから対応できない隙を突いた、うまい攻撃だった。
「白楼、ディフレクト・アロー!」
『承知いたしました。偏向矢を生成します』
魔力で練られた実体矢を飛ばし、猫から離れた場所に突き立てる。
ディフレクト・アロー。魔力弾の進路上に矢を撃ち込み、弾に流れる魔力を一瞬だけ引っかけて、軌道をずらす補助魔法だ。
通常ならこれが避雷針になって途中で落ちてくれるんだけど。
『ダメです、マスター。止まりません!』
魔力弾の魔力密度が高すぎるのか、金色の魔力弾はやや勢いを失ったものの、途中で落ちることなく猫の足元へと着弾した。
「nyaaaaaa」
僅かに軌道が変わったことで直撃こそ免れたものの、足元での魔力爆発に驚いた巨大猫はバランスを崩し、そのまま倒れこんでしまう。
「なのは!」
「大丈夫。それよりあそこ!」
猫の背中から飛び降りて着地したなのはと合流し、その指さす方角に目を向ける。
その木の上に立っていたのは、金色の髪を長く垂らした、小柄な女の子だった。手には長杖型のデバイスを持っている。デバイス……それってつまり。
「魔導師……?」
黒を基調としたバリアジャケットに赤いマントが、その肌の白さを際立たせている。歳は私たちと同じくらいだろう。見た目だけなら華奢で可愛い美少女のはずなのに、まとう雰囲気は近寄りがたいほどに鋭い。
こちらを見下ろす表情は無表情に近く、何を考えているのかがわからない。
その女の子と目が合った。
「あの子……っ!」
どくん、と心臓が大きな音を立てて脈動した。激しい眩暈と共に、手足から一瞬にして力が抜けていき、目の前が真っ白に染まる。
これ、あの時と同じだ。あの公園でユーノくんを拾った時と全く同じ。
頭の中に見たことがないはずなのに、妙にリアリティのある映像が流れ始め、その音声まで拾いかけて……。
「ダメっ!」
左手の手のひらに鋭く感じる痛みで意識が覚醒した。いつの間にか精製していた実体矢の鏃をきつく握りしめていたみたい。
そうだ、今は戦闘中。なのはを置いて倒れるなんてもってのほかだ。
オートで矢を精製して白楼がサポートしてくれたのだろう。ありがとう相棒。ちょっと血が出てるけど!
「雪菜ちゃん?」
「気にしないで。今はあっち!」
振り返ったなのはを制し、木の上の女の子と向かい合う。
その瞳は私たちを映しておらず、どこか遠くを見ているかのようだった。