私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
「今日のすずか、ドッジボールすごかったよね~」
「ふふ、たまたまだよ~」
放課後の帰り道。なのはがキラキラした笑顔で、体育の時間のすずかの大活躍を語っている。実際すごかった。最後の一人になってからのお見事な大逆転勝利。月村家、実は特殊な家系の末裔だったりしないかな……。
「誰かさんはすーぐアウトになってたのにね。『雪菜ちゃんに任せなさい!』だっけ?にしし」
「くっ……。あれはそう!ボールが急に曲がったのよ!よけれてたはずなのに」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる」
「きぃぃ」
その横で私はアリサにめちゃめちゃ煽られていた。悔しい。私もなのはにキラキラした笑顔で褒められたいのに!
「でも雪菜ちゃんも頑張ってたよ。私なんて運動得意じゃないから羨ましいな」
「ありがとうなのは。好き。天使」
「ふえっ。言いすぎだよぉ」
「はいはいご馳走様。あ。こっちこっち」
先頭を歩いていたアリサがぴょんぴょんと手招きし、いつもと違う道を指差した。大通りから逸れたちょっと細い道で、いかにも秘密の通路です。といった趣きがある。
「ここを通ると塾に行くのに近道なんだ」
「え。そうなの?」
「そ。ちょっと道悪いけどね。て、あんたは塾ないから遠くなるかしら。ただでさえいつも遠回りに付き合わせちゃってるし」
「うん。まぁ……」
そう。アリサとすずか、なのはの三人は実は同じ塾に通っているのだ。正直羨ましいけれども、そこは私は転生者。詳しい前世のことも原作知識も何も覚えていない私だけれど、ある程度勉強で得た知識だけは残っていたらしい。さすがに小学生レベルの分数の計算や漢字の勉強程度なら塾に行かずとも身体が覚えてくれていた。ありがたい。私だけいつも途中で別れるのはちょっと寂しいけど、塾代もバカにならないし、二年前に私を引き取ってくれた隠居済みのおじいちゃんにも悪いしね。
「でもたまにはちょっとだけ寄り道とかもありよね!いこっか!」
『マスター。週に三度の寄り道は客観的に見て「たまに」の頻度を超えているかと』
(うるさい!いいの!)
別に寂しいとかじゃないからね。大人だから。ただちょっと遠回りしたい気分なだけだから。自分のデバイスと心の声に言い訳しながら、なのは達と一緒に細い公園の脇道を進んでいく。
「あれ……?」
「なのは?」
「なのはちゃん?どうしたの?」
しばらく歩いていると、急になのはが立ち止まった。
「いま、なにか聞こえなかった?」
「なにかって……。アリサちゃん、聞こえた?」
「ううん」
(白楼。なにか聞こえた?)
自分にだって何も聞こえなかった。でもなんだか妙な胸騒ぎがして、自分のデバイスに念話で問いかける。
『何らかの周波数をキャッチしました。特定の受信先を設定しない、広域念話の類である可能性があります。マスター、集中してみてください』
広域念話。急に出てきた魔法関連の用語に一瞬反応が遅れる。だって魔法なんて私が兵守家の仕事をするときだけのもののはず。こんな日常生活でそんな。
『マスター』
白楼の再度の呼びかけに、慌てて意識を集中させる。
(けて……。たす……けて……!)
「うそ」
現実の声じゃない。でも、直接頭の中に響くこの感じ。しかも助けてって……言ってる?
「なのは!」
「なのはちゃん!?」
アリサとすずかの声に我に返ると、なのはが一目散に駆け出していた。しかもそっちは、声の聞こえた方角!
「待ってなのは!」
慌てて揺れる茶色のツインテールを追いかける。遠い。自分の脚力の無さが恨めしい。
「待ってって……っ!」
ドクリと心臓が大きな音を立てた気がした。立ち止まったなのはに追いついて目に映ったのは、なのはが地面に横たわる一匹のフェレットを抱き上げる姿。
「いっ……た。なにこれ……っ!」
急な頭痛と朝に感じたのとは比べ物にならないほどの激しい眩暈。目の前が真っ白になり、暗転する。
ユーノ・スクライア。聞いたこともないはずの名前が、頭の中を流れていく。意味も由来も分からない。それなのに、なぜか妙に頭の隅に引っかかって離れない。
「雪菜!」
「雪菜ちゃん!大丈夫?」
次に気が付いた時には、力が抜けて倒れそうな私の肩をすずかが支えてくれていて、フェレットを抱えたなのはとアリサも心配そうにこちらを見ていた。
「ん……」
そんなに長い時間じゃなかったと思う。まだ心臓の鼓動はちょっと早いけど、あれほど激しかった頭痛も眩暈も嘘のように綺麗にすっきり消えていた。
「全然大丈夫!寝起きで走っちゃったからかな。ちょっと眩暈がしただけよ」
「もう!心配させないでよね。それでなのは。その子は?」
アリサの言葉に改めて全員がなのはの腕の中の動物に目を向ける。
「フェレット……だよね。たぶん」
「怪我してるみたい……」
すずかの言う通り、怪我してるのかを確かめようと手を伸ばしたらピクリと震えられて逃げられた。ううっ……。
「うん。どうしよう……」
「病院。あった気がする」
「え?」
毎朝、龍脈の確認に町を散歩している職業柄、実は私はこの地域には結構詳しい。この公園の近くには槙原動物病院という大きな病院があったはずだった。
「じゃあそこに連れて行こう。雪菜ちゃん、案内お願いしてもいいかな?」
「もちろん。雪菜ちゃんに任せなさい」
「だからそれが不安だって言ってるのよ!」
結局、槙原動物病院の院長先生によれば、なのはが拾った動物は恐らくどこかから迷いこんでしまい衰弱しているフェレットで、命に別状はないけれど、しばらく安静にした方が良いとのことだった。
なのは達三人は塾の時間だからということで解散になり、フェレットは動物病院で一晩面倒を見てくれるそうだ。つまり、私達はそれまでにあの子をどうするか決めないといけない、というわけ。
「可愛かったわね、あのフェレット。うちで飼えないかおじいちゃんに聞いてみてもいいかな?ほら。可愛い私に可愛いペット。最強じゃない?」
『マスター。それは飼い主が高町なのは氏のような女の子の時にだけ通用する理屈です』
「うんうん。なのはは可愛いし……て、それどういう意味よ!」
何かと失礼な相棒にツッコミを入れつつ、今後の計画を考える。今は三人と別れて家に帰る途中の一人旅。こうして遠慮なくデバイスと会話もできるというわけ。
『それにあのフェレットはマスターに全く懐いていないようでしたが』
「そうなのよねー。警戒されちゃってたのかな」
そして、考えないといけないことはもう一つ。
「あの声、結局誰のものだったのかな。あそこにフェレット以外の人影はいなかったし。もしかして怪我してたフェレットの飼い主?それなら無事だといいんだけど」
『サーチしましたが、あの時周囲にフェレット以外の生体反応はありませんでした。その可能性は低いかと』
「やっぱり鍵を握るのはあのフェレットよね。やっぱりうちで飼えないかおじいちゃんに相談して……ん?」
不意に、なにか違和感のようなものが引っかかる。意識を他に向けていれば見逃してしまいそうな、ほんの小さな揺らぎ。
「白楼」
『間違いありませんマスター。龍脈の乱れです』
「うそ、朝にはなかったはずなのに……。まさか見落とした?」
『非常に小さなものです。当主歴二年のマスターでは仕方がないかと』
「ねぇ、ちょっとバカにしてない!?」
『とんでもございません。誤解です、マスター』
「誤解ねぇ……。まぁ、いいけど」
一度、深く息を吸う。
さて。フェレットの事は気になるけれど、ここからは私の仕事の時間だ。
「白楼、起動」
『了解、マスター。待機状態を解除します』
胸元の白い勾玉が私の背丈よりも少し短い白銀の長弓に変わる。
「セットアップ」
『Stand by. Barrier jacket, set up.』
低い起動音とともに、鈍い光の紋様が足元に刻まれる。正三角形の中で光る剣十字の紋章。古代ベルカ式の魔法陣の印。
魔力が編まれる感覚が肌を走り、次の瞬間には見慣れたバリアジャケットが静かに私の身体を包んでいた。
白を基調とした和装のバリアジャケット。要所に入った薄紅の差し色が私の推しポイントだ。元々の源流が騎士ではないためか、鎧というよりも巫女風の礼装に近いイメージがある。身体への密着は最低限で、弓を引く動作を妨げないよう、布の流れが計算され尽くしている。ここは白楼の有能ポイント。
「じゃあ行きましょうか。白楼」
『承知いたしました。マスター』
揺らぎの痕跡を辿り、私達は暗がりの道を駆け出した。