私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~   作:siitake64

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第4話 見捨てるなんて、できるわけない

4話

 

「はぁはぁ……はぁ。なんなのよ、痕跡遠すぎでしょ!」

『マスター。この程度で息を切らせないでください。伝統ある兵守家当主の名折れです。0.5秒で息を整えるようにお願いします』

「いや無理だってっ……はぁ。見て!もう夜よ?完全に晩御飯食べ損ねちゃったじゃない」

 

 あれから数時間。魔力の揺らぎの痕跡を辿っていた私達はまだその発生源に辿り着けないでいた。あたりは完全に黒く染まり、ただ街灯の明かりだけが暗い夜道を照らしている。

 

『マスターが空を飛べれば幾分か時間の短縮になったのですが』

「別に飛べないわけじゃないわ。飛ばないだけ」

『そういうことにしておきましょう』

「くっ……こいつ……」

 

 ずっと付き合わせているからか、相棒のはずの白楼の機械音がちょっと冷たい気がする。いやいつも機械音だから冷たいんだけどネ!私の考えすぎかな……。

 うんざりしながら歩いていると、気が付けば見覚えのある景色が視界に入ってきていた。

 

「あれ?ここって……?」

『夕方通った公園の脇道ですね。我々は大回りさせられた挙句、元の場所に戻ってきたという訳です』

「ふーん。その口ぶりだと、ここが終着点ってわけね」

『その通りです、マスター。我々の旅の終着点にして発生源。ここが揺らぎの原因とみて間違いないでしょう』

 

 立ち止まってあたりに気を配れば、確かに白楼の言う通り、龍脈の流れが少し淀んでいるのがわかる。そしてそれとは別の何か違和感を感じるようなぞわりとした感覚。

 

「あーあ。なんでさっき見逃しちゃったんだろ私。これじゃおじいちゃんに怒られちゃう……」

『先ほどは他に注視すべきわかりやすい別の事象が発生していましたから。と庇いたいところですが、朝の件と合わせて合わせ技一本です。かく言うわたしも日常生活でまさか何も起きないだろうという思い込みにとらわれ、平和ボケしていたと指摘されれば申し開きのしようがありません』

「あとで二人で反省会ね。それより、この嫌な感覚の方はなにかわかる?」

『解析します』

 

 白楼に少し魔力を込めて探索すれば、その原因はすぐにわかった。というか白楼が分析して教えてくれた。

 

「世界外部からの流入の可能性?」

『はい。龍脈とは異なる魔力反応を検知しました。その他、観測された状況から分析すると正体不明の何者かが次元の壁を超えて、海鳴の地に侵入した可能性があります』

「侵入?ちょっとそんなことがあるわけ」

 

 反射的に反論しかけて口をつぐむ。思い込みと平和ボケは駄目だってさっき反省したばかりなのに。

 

『ここは速やかに侵入したであろう敵性生物を追うのが良いのではないかと提案を……』

「ちょ、ちょっと待って。整理させて。私は名探偵じゃないのよ!」

『はぁ……。良いでしょう』

「ありがと……というか今、溜息ついてなかった?ちょっと!」

 

 もう一度、白楼が分析した情報を整理すると、つまりこういうことらしかった。

 事件の発生はおそらく今朝。正体不明の何者かが次元の壁を超えて、海鳴の地に侵入した。更にこの場所には防御系魔法を発動した魔力の残滓が残っていて、侵入した敵性生物が何者かと交戦した可能性が高い。その戦闘の余波が、この場所の龍脈の流れに影響を与えた――という推測だ。

 そしてその敵性生物は、今も移動を続けている。その移動ルートこそが、私が途中で気付いて追ってきた「魔力の揺らぎの痕跡」だった。

 正直、頭が追い付かない。

 

「なにそれ複雑すぎ。とりあえず私がやることを二行でまとめて」

『龍脈の淀みを解消します。そして敵性生物を追いかけましょう』

「いいわね!わかりやすい」

 

 白楼を掲げ、魔力を流し込む。白銀の長弓に茜色の魔力が宿り、光が強くなっていく。

 

「龍脈節点、確認。魔力圧縮開始」

 

 魔力の流れを探ると、地面内部を走る見えないはずの流れが、そこで淀み、絡まり、詰まっているのがはっきりわかった。掲げた白楼を構え直すと、内部で魔力が圧縮されていく感覚が、手のひらを通して伝わってくる。

 

『魔力圧縮、最終段階。実体変換を開始します』

 

 光が矢の形に収束していく。魔力を極限まで凝縮し、物理的な質量を与えたベルカ式の実体弾だ。

 

「……龍脈矯正、貫通固定」

『圧縮魔力を実体弾へ変換完了。節点へ貫入します』

 

 白楼の照準が、地面の一点を示す。

 

『マスター。指示を』

「――放て」

 

 白楼の弦から放たれた一筋の矢は光の尾を引きながら地面に突き立ち、深く龍脈の節点へと沈み込む。

 直後、一瞬だけ大地が揺れた気がした。足元を通る魔力の流れが、詰まりを解かれたように一気に動き出したのがわかる。

 

「どう?完璧じゃない?」

『流量、正常値に回復したことを確認しました。お疲れ様です。マスター』

 

 白楼の声と共に、役目を終えた茜色の矢は静かに光を失い、霧散する。

 

「よし。第一段階完了。残るは」

 

 私は顔を上げ、辿ってきた魔力の揺らぎの痕跡を見据えた。

 

「侵入者探しってわけね」

 

 痕跡を辿ると言っても、また数時間ここまで来るのに辿ってきた道をぐるぐる回らされて逆戻りする必要はない。少なくとも私が異変に気付いた兵守家の近くまではショートカットできる。あれほど苦労して辿った道もショートカットして戻れば、たったの十数分であっさり元の場所に帰り着くことができた。

 くっ。最初からゴールが公園だってわかってればあれほど回り道しなくて済んだのに。

 

「あとはここから逆方向に辿ればいいだけね。これ、帰ったらお夜食くらいは食べられるんじゃない?」

『誠に申し上げにくいのですが、マスター。その手の発言は高確率で不幸を招く前振りと認識されています』

「やめてよ、そういうの!」

 

 その答え合わせは残念ながらすぐのことだった。

 ズン、と。夜の空気を押し潰すような低い衝撃音が、遠くから響いたのがはっきり聞こえて足が止まる。

 

「……聞こえた?白楼」

『もちろんです。重量物の落下、もしくは高出力衝突による音と推測されます。危険度、判定ランクB以上。推奨行動は回避です。それでも向かいますか?』

「この街を守るのだって兵守当主の役目。放っておけないでしょ、さすがに」

『承知いたしました。進路を再設定します。……本日のお夜食はお預けですね』

 

 白楼の返事を待たずに足が動き、音が聞こえた方向へと走り出す。走っている間にも二発、三発。今度は乾いた破裂音と、何かが砕けるような音が重なって届く。明らかにただ事じゃない。音の発信源に近づくにつれて、さっき整えたはずの龍脈とは別の、乱暴で荒れた魔力のうねりが音に混じって流れ込んでくる。

 

「ここって……」

 

 街路樹が倒れ、道路が荒れ放題になっている違いはあるが、間違いなく今日の夕方になのは達と訪れた槙原動物病院のある一帯だった。お腹の底まで響いてくる音が近い。覚悟を決めて、通りの角を曲がった時だった。

 

「え。あれはなに!?」

『我々が追っていた敵性生物で間違いないでしょう。それと、女の子です。マスター』

 

 土煙の中、巨大な生物のようにも見える灰色の不気味な影の姿が見える。そして、それと対峙するように立つ、白い服を着た女の子の姿。

 

「戦ってるの……!?」

『そのようですが、押されています』

 

 灰色の影が女の子に攻撃を繰り返し、女の子は反撃する余裕が無いのか、ただかわしたり、バリアを張ってなんとか凌いでいるように見える。それに魔法の発動も随分とギリギリで、素人か良くて新人、どう見ても熟練の魔導師には見えない。あれは戦っているというよりも襲われているのでは!?

 

『お待ちください、マスター』

 

 反射的に駆け出そうとした私の足を、白楼の冷静な声が引き留める。

 

「白楼!」

『今出て行けば、確実に敵性生物との戦闘行為になります。先ほどまでの追跡任務とは異なり、第三者を伴う直接介入です』

「でも!」

『マスターは龍脈制御と支援行動を主軸とした術者です。正面戦闘の専門家ではありません。この状況での早期介入は、マスター自身と第三者、双方の生存確率を低下させる可能性があります。敵性生物の行動パターンを把握してからでも遅くはありません』

 

 冷静な白楼の分析はいつも正しい。兵守の使命は町を守り、被害を最小限に留めること。もしあの女の子が倒れたとしても、今は様子見をしてデータを集める方が結果として被害が最小限で済む可能性の方が高いのかもしれない。

 

「それでも」

 

 白銀の長弓を握る手に力が入る。瞼の裏に蘇る、目の前で閉じていく魔法障壁と何かを叫ぶ少年の顔。ほとんど何も覚えていない二年前の事件で、ただ一つだけはっきりと瞼の奥に焼き付いて離れない、その光景が蘇る。

 どれだけ半人前の魔導師だと言われようと、ここであの女の子を見捨てる人間に私はなりたくなかった。

 

「ごめん。白楼」

『そうだろうと思っていました。……最善を尽くしましょう』

「もちろん!」

 

 白楼を握りしめ、今度こそ灰色の影に向かって駆け出す。「誰!?」という女の子じゃない、でも聞き覚えのある少し低い少年のような声が聞こえた気がしたが、姿は見えない。白楼の言う通り、私は正面戦闘の専門家じゃない。でもそれならそれで、専門分野で戦うまで!

 灰色の影が大きく身を屈め、次の瞬間、地面を砕きながら跳躍する。標的は、白い服の女の子。

 

「白楼。行くよ」

『承知いたしました。実体弾を生成します』

 

 構えた白楼の内部に魔力が圧縮され、薄く光る矢が生成される。龍脈矯正の時と同じ魔力の流れを変えるための実体弾だけど、こっちは込める魔力が少なくコストが軽いけど効果もそれなり。

 

「アース・ドロウ!」

 

 放たれた矢は跳躍した灰色の影そのものではなく、足元の地面に突き刺さり、その場で霧散する。その次の瞬間。跳躍していたはずの灰色の影が叩き落とされるように地面へと引きずり戻された。

 

「助けていただいてありがとうございます!できればそのまま縛り付けておけますか!?」

「初手から要求が重くない!?……やるけども!」

 

 今度ははっきりとわかった。さっきの少年の声は、いつの間にか動物病院を抜け出していたようで、今は白い服の女の子の肩に乗っている、あの夕方拾ったはずのフェレットから発せられていた。……え。最近のフェレットって喋るの!?

 

『マスター。間抜けな顔で口を開けて呆けている場合ではありません。わたしも同じ気持ちですが、ひとまずは』

「あ。うん。そうね!」

 

 地面に落下した灰色の影は明らかに不機嫌そうな様子を隠さず、今にも飛び掛かってきそうな勢いで唸っている。完全に白い服の女の子から私の方に標的を変えていた。

 

「白楼。今度はちょっとでかいやつ!」

『承知いたしました。実体弾を生成します』

 

 長弓が私の魔力の色で茜色に輝き出し、今度ははっきりと輝く高密度の光の矢が生成されていく。

 

「グラウンド・アンカー!」

 

 放たれた矢は鎖のような魔力線を引きながら空気を切り裂き、重い音を立てて、灰色の影を大地ごと貫くように縫い止めた。

 体内の魔力の流れを一時的に変えて対象の動きに介入する「アース・ドロウ」に対し、こちらは対象を地面に縫い付けて離さない拘束の技だ。

 

「助かります!さぁ、いまのうちに封印してください。心の中に、貴女の呪文が浮かぶはずです」

 

 例のフェレットが白い服の女の子に話しかけているのを聞き流し、集中して拘束を続ける。この魔法、相手を完全に地面に拘束し続けられるのは強いのだけれど、その間は術者、つまり私がずっと相手の暴れる魔力の波動を、撃ち込んだ矢を通して抑え込んでいないといけないのだ。正直これが結構きつい。てか、この影めっちゃ暴れるんですけど!早く!できたらできるだけ急いでほしい!

 

「リリカル!マジカル!封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」

 

 女の子と少年の声が重なる。ジュエルシード。どうやらあの影はそういう名前のようだった。

 

「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル21!封印!」

 

 女の子の掛け声と共に、桃色の綺麗な光がジュエルシードと呼ばれた影を貫く。

 

「やった!」

 

 桃色の光が弾け、ジュエルシードだった影は完全に消失していた。張り詰めていた空気が緩み、ふっと夜の闇へと溶けていく。

 

「……終わった?」

 

 白い服の女の子が呟き、私の手に伝わっていた重たい抵抗が無くなっていたことに気付く。

 

「拘束解除」

『承知いたしました。グラウンド・アンカー、解放します』

 

 茜色の魔力線がほどけ、地面に縫い止めていた矢が役目を終えて光の粒となり消えていく。

 

「はぁ……つ、疲れた……」

 

 一気に身体の力が抜けて、思わず小さく息を吐いた。

 

「本当に助かりました!ありがとうございます!このお礼は必ずしますから!」

「べっ、別にお礼とかはいいわよ。たまたま通りかかっただけだし……」

「いえ。そういう訳にはいきません。本当に感謝しているんです!」

 

 例の喋るフェレットが二本足で立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げる。器用だ……。

 

『周囲に敵性反応なし。マスター、戦闘終了と判断します』

「ありがと。白楼」

 

 その白楼の声に反応するように、桃色の光と茜色の光がほぼ同時に辺りを包み込み、そこに立っていたのは、見慣れた茶髪のツインテールの女の子だった。

 

「……え?」

 

 白い服だった女の子、いや、なのはが目を見開く。なのはから見た私もきっと同じような反応になっていることだろう。

 

「……なのは……?」

「……雪菜……ちゃん?」

 

 夜の動物病院の前で、戦闘の余韻だけを残したまま、私たちはただ固まることしかできなかった。

 

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