私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
次回以降は元に戻ります。
「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル21!封印!」
僕、ユーノ・スクライアはジュエルシードに突き刺さる綺麗な桃色の光を信じられない思いで見守っていた。初めての変身、そして初めての魔法をここまで使いこなせる女の子がいたなんて。しかも、この魔法が一般的ではない世界でだ。
僕の本業は遺跡発掘員だ。危険な古代遺産であるジュエルシードを運搬していた時空間船が事故に遭い、この世界に二十一個のジュエルシードと共に迷い込んでしまった。
ジュエルシードの回収は僕の仕事なんだけど、怪我をしてフェレット状態で彷徨っていたところを助けられて、その上こうして無関係な女の子を巻き込んでしまっている。胸の中は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「……終わった?」
カランと音が鳴り、ジュエルシードが元の小さな宝石の形に戻る。
「本当に助かりました!ありがとうございます!このお礼は必ずしますから!」
僕を助けて、魔法使いになってくれた女の子。そして途中から手助けしてくれた既に魔法使いだった女の子。二人には感謝してもしきれない。
「終わったわね。ありがと、白楼」
桃色の光と茜色の光が辺りを包み込み、二人の女の子が変身を解く。
桃色の魔法を使っていた少女は、緊張が解けたのか少し肩で息をしていた。それでも凛とした立ち姿からは、初めて魔法を使ったばかりとは思えない才能と芯の強さを感じさせる。
それに対して、もう一人。
茜色の光に包まれていた少女は、華奢な身体つきに、風になびいて頬にかかる黒髪。その奥に透けるような色白の肌が月明かりを受けて浮かび上がり、ただそこに立っているだけで今にも夜の闇に溶けてしまいそうな、そんな儚さを纏っている。――もっとも、初見の印象なんてあてにならないと後から強く思い知ることになるのだが。
「……なのは……?」
「……雪菜……ちゃん?」
問題は、この二人の友達同士もお互いの正体を今知った、ということだった。完全に固まってしまっている二人を前にして僕はどうしたら良いのだろうか。
「とりあえず、二人とも場所を変えて話せないかな……?」
「え?」
二人が顔を上げ、はっとしたように周囲を見渡す。倒れた電柱と折れた樹木。ここでの戦闘の痕跡があまりにも生々しく残っていた。耳をすませば、なにやらサイレンの音まで近づいてくるのが聞こえる。
「……これってとってもマズいのでは?」
『私からも早期の撤退をお勧めします、マスター』
「全員撤収ー!」
「ご、ごめんなさーい」
雪菜と呼ばれた女の子の一声を引き金に僕らは全員その場を立ち去ることになった。そして足手まといの僕を運んでくれてありがとう……。本当に。
そして今。公園の隅のベンチに全員が座り、何となく気まずい沈黙が包み込んでいた。これはやっぱり僕が話すべきなんだろうか……。あの、と口を開いたものの、そこから先が進まない。代わりに口火を切ったのは意外にも大人しそうなツインテールの女の子だった。
「えっと……雪菜ちゃんも魔法使いだったんだね」
「ユキナチャン?誰ですかソレハ。真っ赤な他人ですネ」
いや、それはさすがに無理があるよね!?
公園の隅で話し合いが開始され、なのはと呼ばれた女の子の先制攻撃にもう一人の女の子はまさかの無関係を主張した。でも完全に目が泳いでいるし、さっき思いきり名前呼ばれて反応してたよね。
「雪菜ちゃん、さすがにそれで誤魔化せると思われてるなら悲しいかな……」
「うっ……。ごめんなさい」
完全に押されていた。この子、なのはさんに弱いのかな……。
「それじゃ自己紹介していい?私は高町なのは。小学校三年生。家族とか仲良しの友達はなのはって呼ぶよ」
「私は兵守雪菜。なのはの幼馴染でクラスメートです。雪菜ちゃんでも、可愛い雪菜ちゃん、でも好きに呼んでもらえればうれ……」
『わたしは白楼。不本意ながらそのマスターのデバイスです』
なんで割り込んでくるの!?あと不本意ってなに!と雪菜さんが怒っている。わかりやすく目が泳いだり、友達に弱かったり、相棒のデバイスに雑に扱われてぷんすか怒ったり。ころころ変わる表情の豊かさに、戦闘中に出ていたはずの熟練の魔導師感も、僕が抱いていたはずの警戒心もいつの間にか消えていて。あぁこの子も普通の年相応な女の子なんだなという感情に、僕の警戒心は静かに上書きされていく。というか、第一印象のミステリアスな儚さを返してほしい。
「僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名だからユーノが名前です」
「ユーノくんかぁ。可愛い名前だね」
なのはさんはそう言ってフェレットモードの僕の背中を撫でてくれる。
「……ユーノくんね。よろしくね」
そしてなんだろう。雪菜さんの笑顔が、ほんの少しだけ怖い気がする。
「あ。そういえばユーノくん、怪我は大丈夫?」
「平気です!お二人が助けてくださったおかげで魔力を治療に回せましたので」
「ほんとだ!すごい……」
なのはさんが僕の包帯を取って驚いている。本当に魔法の事を何も知らないみたいだ。その様子に、僕の良心がまた痛む。
「すいません。巻き込んでしまって……」
「ううん。私は大丈夫。それに、なのはって呼んでいいよ」
「私にも敬語いらないわよ。そんな堅苦しいの似合わないし」
「えっと……うん。なのは、雪菜」
巻き込んだ僕を怒らないばかりか、気を遣ってくれる。その温かさに僕の心が絆されていく。
「……で?ちゃんと説明はしてくれるのよね?」
「もちろん!えっと、どこから話せばいいのかな……」
その後、僕は二人に、自分のこと、ジュエルシードのこと、そしてこの世界に来てしまった事情を詳しく説明した。途中何度も謝る僕になのはは「気にしないで」って言ってくれた。そもそもジュエルシードがバラまかれたのは事故だからユーノくんのせいじゃない、と。
それでもあの古代遺産を最初に見つけてしまった者として、僕には全部集めて元の場所に戻す責任がある。僕はそう考えている。
「ジュエルシード。本来は手にしたものの願いをかなえる古代遺産……ねぇ。白楼、知ってる?」
『わたしは存じ上げません、マスター。しかし暴走するなら、この海鳴市にとっても重大なリスクです。しかも二十一個も散在しているとなれば、その危険性は無視できません』
「そうよね……」
僕の説明を聞いて、何やら雪菜が考え込む。そういえば、この子は一体何者なんだろう。
初めてレイジングハートを手にしたなのはと違って、雪菜は最初から変身や魔法の扱いに迷いがなかった。それに、白楼と呼ばれるデバイスや特徴的な魔法陣の模様から、彼女はベルカ式の魔法を操る魔導師だと推察される。
ベルカ式の使い手は、主流のミッド式よりもずっと少ない。本業が遺跡発掘員の僕でも、滅多に出会わない存在だった。
それに白楼と呼ばれている彼女のデバイス……。ミッド式のデバイスは、なのはのレイジングハートのように自律人格(AI)が搭載されていることも多いけれど、マスターと対等に会話するベルカ式デバイスなんて、僕は聞いたことすらなかった。
「……ユーノくんは、このあとどうするの?」
「僕は一人でジュエルシードを探しに出る。そして封印する。だから数日、僕の魔力が戻るまで、少しだけ休ませてくれないかな」
なのはの質問に僕は答える。長くて一週間、短ければ五日間ほどで魔力は十分に元に戻るはずだった。
「それはダメ」
「えっ」
なのはの即答に、思わず驚きの声が出てしまう。
「私、学校と塾の間は無理だけど、それ以外の時間は手伝えるから」
「だけど!昨日みたいに危ないことだってあるんだよ」
「うん。でも」
なのはは小さく息を吸って、まっすぐ僕を見る。
「もう聞いちゃったから。放っておけないよ。……それに私、魔法が使えるんだよ?困ってる人を、ユーノくんを助けられる力がある」
「……っ」
彼女は本気だ。その強いまなざしから、彼女の真っすぐな想いが確かに僕に伝わってきた。
「……なのは」
雪菜の声が少しだけ低くなる。その声音には苛立ちではなく、焦りに近い何かが滲んでいた。彼女はきっとわかっている。僕を手伝うということが、どれほど危険なことなのかを。そして、戦っているのが自分の友人だと気が付く前から、あの収集現場に飛び込んでくれた優しい彼女の心配の対象はきっと自分自身じゃない。
「簡単に言わないでよ。一体どれだけ危険か……」
「簡単に言ってないよ。ちゃんと考えてる。……それでも、私はユーノくんを助けたいの」
数秒の沈黙が辺りを包む。短い間だったけれど、僕にとってはひどく長く感じた。
雪菜は何も言わず、ただ、困ったように小さく息を吐く。
「……ほんと、なのはは」
呆れたような声音だったけれど、そこに棘はなかった。彼女はちらりとなのはを見て、僕を見て、そして少し照れたように視線を逸らす。その頬はほんのり赤かった。
「……なのはが行くなら、私が隣にいないと、でしょ」
「雪菜ちゃん!」
ぱっと花が咲いたみたいに、なのはの顔が輝き、そのまま雪菜に抱きついた。「やめて!離しなさいよ!」なんて言っている雪菜もまんざらではなさそうで、本気で振り払おうとはしていない。
きっとある程度魔法に詳しいであろう彼女には、なのは以上の葛藤があったはずだ。それでも彼女も僕を手伝う道を選んでくれた。
「二人とも、本当にありがとう」
僕の小さな呟きを聞いて、雪菜の表情がふっと変わった。
「一緒にやるからには隠し事は無しよね」
「雪菜ちゃん?」
「……私の事情も、ちゃんと話しておこうと思って」
雪菜の胸元の白い勾玉――待機状態の白楼が何か言いたそうに光ったが、雪菜が安心させるようにそっと撫でると大人しくなったように点灯をやめる。意志を持ったインテリジェントデバイスと言えども、持ち主とここまでの関係性を築いている例は珍しいな。と素直に思う。
「私の兵守家は、代々この海鳴市の龍脈を管理してる家系なの」
「龍脈?」
「龍脈か」
なのはがきょとんとする横で、思わず口を出していた。
「聞いたことがある。高濃度魔素の自然循環路が大地の底には存在している地域がある、と」
「こうのうど……えっと……?」
まあ要するに地下を流れる魔力の川ね。と、目を回しているなのはに雪菜が説明している。
なるほど。横で聞いていた僕はピンときた。だから彼女は、あれほど『場の制御』に長けていたのか。跳ねたジュエルシードを落とした技も、地面に押さえつけた技も、あれは撃ち込んだ矢による、魔力の制御で行っていたんだ。
「で。今の当主が、この私」
「えっ。雪菜ちゃんすごい!」
「ふふふ……。もっと褒めなさい」
……ちょっとすごいと思ったのに、いつの間にか目の前で妙なやり取りが繰り広げられている。
「当主の威厳とは……?」
思わず本音が口をついてしまった。
『……マスター。ユーノ様が呆れた目で見ておられます』
「いいの。私、威厳は戦闘中に出す主義だから」
『そうでしょうか。公園に辿り着くころには息も絶え絶えになっていた方がいらっしゃったような』
「あれはもう忘れなさいよぉ!」
そんなやり取りを見ていると、くすっと笑う声が聞こえてくる。なのはだった。
「ごめんなさい。でもなんだか……ちょっと安心したかも」
「え?」
「雪菜ちゃん、ちゃんといつもの雪菜ちゃんだなって」
「ちょっ、どういう意味よそれ!?」
抗議の声を上げる雪菜を見て、なのはは楽しそうに笑う。僕には何となくわかった気がした。なのはだってほんとは初めての魔法に少しは緊張してたんだと思う。それでも一人じゃないから安心できる。その意味をきっと彼女はわかっているのだろう。
「もう夜も遅いし、続きはまた明日学校にしよっか。ユーノくんはうちにおいで。まだ本調子じゃないんでしょう?」
「う、うん。ありがとう、なのは」
僕を肩に乗せるなのはに、真面目なトーンで雪菜が話しかける。
「なのは。何かあったら私を呼びなさいよ。絶対一人でやっちゃダメだから」
「うん。ありがとう、雪菜ちゃん」
なのはが頷いたのを見て、「じゃあまた学校でね」と、満足そうにそう言って彼女は夜の闇に消えていった。
この先、僕がなのはの家について、なのはのお父さんとお母さんに満足するまで可愛がられるのはまた別の話。