私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
結局、あの喋るフェレットこと「ユーノくん」は、なのはの家で飼われることになった。うちで飼っても良かったんだけど、なのはも引き取りたそうにしていたし、これで良かったんじゃないかなと思う。まぁ、うちで飼っても良かったんだけどね。これはこれでね!
『マスター。未練たっぷりなのはわかりますが、いい加減に切り替えてください。寂しいならわたしが添い寝してあげますから』
「デバイスの添い寝とか別にいらないわよ!というか別に寂しくないし!」
『そういうことにしておきましょう。ほら、集中しないと怪我しますよ。稽古中ですし』
「あんたが心読んだように話しかけてきたんでしょ!」
ユーノくんとの邂逅、ジュエルシードとの戦い、そしてなんと魔法少女になっていたなのはとの共闘協定。というなんとも濃い一日の翌日、放課後すぐ自宅に戻った私は稽古場へと直行した。
昨夜は急な共闘だったけれど、それでも確かにわかったことがいくつかある。その中の一つが、なのはの魔法使いとしての才能だった。
初めての変身だと言っていたのに、あの精度。迷いのない魔力の流れ。そして何よりあの、底の見えない魔力量。今の私なんかの実力ではいずれ隣に立てなくなる。それが嫌でもわかってしまった。
「だったらせめて、少しでも長く隣に立てるように……ってね」
呼吸を整え、視線を一点に固定して弦を引き絞り、放つ。
乾いた音とともに放たれた矢は、的の端をかすめて外れた。惜しい。ちょっと右。
『邪念ですね。心拍の乱れが観測されました。マスター』
「仕方ないじゃない。色々考えちゃうわよ、さすがに」
私は転生者だ。この世界で覚えている最初の記憶は、病院のベッドから見上げる白い天井だった。混乱する意識の中でわかったことは、自分はどうやら小学校一年生で、両親と共に巻き込まれた『事故』によって怪我をして病院に運ばれたこと。そして事故当日以前の記憶を何も持っていない、ということだった。
何とか思い出そうとしても、頭に浮かぶのはただ炎の中で見た景色と、『笑って生きなさい。雪菜』と告げる誰かの声だけ。無理に思い出そうとすると、喉の奥が焼けるように痛くなって、呼吸が乱れる。それでも試すたびに何度か吐き戻して、私はそれ以上を思い出そうとするのをやめた。
転生者だと自覚したのは、退院してすぐのことだった。入院中から違和感はあった。記憶喪失のテストで出された算数の問題は余裕で解けたし、『自分の記憶』以外の知識は明らかに豊富で、小学一年生にしては大人びてるね、なんて言われていたのだけど、それも当然だったわけだ。
転機は亡くなった両親に代わって私を引き取ってくれたお祖父ちゃんの運転する車の窓から『海鳴市』の看板が見えた、その瞬間だった。
この光景を知ってる。頭じゃなくて、もっと奥のどこかが、そう訴えてくる。次の瞬間、視界がぐらりと揺れ、画面越しに見ていたはずの景色と、今目の前にある現実が、完全に重なった。
でも思い出したのは、そこまで。この世界が、かつて自分が見ていたアニメの世界だということだけで、アニメのストーリーもキャラも、前世の自分の事さえも、今になってもはっきりと思い出せないままだ。
正直、怖かった。前世の自分の名前も、これまでどうやって生きてきたのかも、何一つ思い出せない。空っぽのまま一人きりでただ『生きているだけ』のような感覚の毎日。
今から思い返すと、自分でも相当参っていたんだと思う。目を閉じると、自分がどこにいるのかもわからなくなる気がして、怖くて眠れなかった。息が上手くできなくて、毎晩ただ枕を濡らすだけの日々。あの時、あの子と知り合わなければ、私はきっとここにはいない。だから私は彼女の隣に立っていたいのだ。
『……スター。マスター』
「――っ」
肩がびくりと跳ねる。現実に引き戻された感覚に、遅れて息を吐いた。
「……なによ、白楼」
『ちゃんと狙っていましたか?的から随分と外れているようですが。これ以上は矢の無駄遣いと言わざるを得ません』
「……まぁまぁ惜しかったわね」
壁に目を向けると、無意識に放ったであろう矢が何本か的から離れて突き立っている。ざっと一メートルくらい。全然惜しくも何ともなかった。
『マスター。先ほどから心ここにあらずに見えます。お疲れの様子ですし、少しお休みになってはいかがでしょうか』
「でも……」
『数値的に見ても、昨日の戦闘における魔力消耗による肉体的疲労が抜け切っていません。これ以上の稽古は悪い癖が付き、逆効果かと』
反論の余地もない正論だった。感情の乗らない、白楼の冷静で機械的な声が、こういう時は少しだけ憎らしく聞こえてしまう。
『マスター。今日の昼休みにも高町様に心配されたのをお忘れですか』
「……わかってるわよ。もうやめる」
付き合いの長いこの相棒には、私がなのはを引き合いに出されると弱いことも筒抜けだった。龍脈修正に一矢、ジュエルシードとの戦いの最中に放った、『アース・ドロウ』と『グラウンド・アンカー』で一矢ずつ。短期間で合計三本の魔力矢を放ったことで、そう多くはない私の魔力量は随分と持っていかれていた。翌日になっても気怠さの抜けなかった私は、屋上でなのはやアリサ達とお弁当を食べている最中に、ついウトウトとうたた寝をしてしまったのだ。アリサやすずかはとにかく、事情を知っているなのはには随分と心配されてしまった。
まぁ私より魔力使ってたはずのなのはは、全然平気そうだったんだけどね。なんでよ。あの子の魔力量どうなってるの?
「おや、雪菜や。今日はもう終わるのかの」
「お祖父ちゃん!」
稽古で使った矢の後片付けをしていると、ちょうど外出から帰ってきたお祖父ちゃんが稽古場を通りかかった。外出って言ってもどうせゲートボールだろうけど。よくわかんないけど、なんか棒みたいなの持ってるし。
「もう終わるとこー。お祖父ちゃんはまた公園?」
「うむ。ゲートボールはいいぞ。今日も元気に満塁ホームランじゃ」
「それ、何か別の競技やってない……?」
本当なのか怪しいお祖父ちゃんの公園での武勇伝を聞き流しつつ、稽古場を後にする。兵守家の当主としてはもう完全に引退しているお祖父ちゃんには昨日の話はしていない。そもそも先代の当主はお父さんだし、白楼の使い方や龍脈の修正方法なんかも全部白楼が教えてくれたから、私はお祖父ちゃんが魔法をどこまで使えるのかを実は知らない。そりゃまぁ先々代の当主らしいから多少は使えるんだろうけどもね。
「雪菜や」
「んー?」
自分の部屋に戻ろうとしたところで、お祖父ちゃんに珍しく呼び止められる。いつものぽわぽわした調子だったからうっかり聞き逃しちゃいそうになっちゃった。
「あまり焦るでないぞ」
「……なんのことー?」
「なんでもじゃ」
ぽわぽわしたお祖父ちゃんは時々、鋭い。的外れなことを言ってることも多いけど、こうして稀にするっと心の中に入り込んでくる時がある。
「ありがと。気を付ける」
『……ご歓談の最中に申し訳ありません。マスター。龍脈の乱れを感知しました』
「龍脈の?」
白楼に言われて、意識を集中してみる。……あった。言われてみないと気付かないほどの小さな綻び。
「神社方面よね。詳細な場所わかる?」
『反応が微弱です。発生源の特定は困難かと』
微弱な龍脈の乱れで発生源がわからない。それはつまり、乱れの原因が龍脈自体では無く、何らかの外部異物の影響を受けて、龍脈全体が微小な影響を受けていることを物語っていた。このタイミングでの外部異物。正直に言って嫌な予感しかしない。
「……ジュエルシードだと思う?」
『可能性は高いかと』
携帯を見てメールが来てないことを確認する。連絡はなし。なのははまだ気づいてないのだろうか。それでも嫌な予感は消えてくれなかった。
「行くわよ!白楼!」
『承知いたしました。マスター』
なのはにメールを打ち、急いで靴を履き替えて玄関を飛び出す。
「ごめん、お祖父ちゃん。ちょっと出かけてくる!」
「晩御飯には帰ってくるんじゃぞ~」
お祖父ちゃんの優しい声を背に受けて走り出す。
「焦るなって言ったんじゃがのぅ。……無茶をせんとよいが」
お祖父ちゃんのそんな言葉は、もう私には聞こえていなかった。