私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
「はぁ……はぁ……。いや、遠すぎない!?」
『検索完了しました。同じボケを短時間で繰り返すことで笑いを生み出す手法のことを天丼と言うそうですね。さすがです、マスター』
「こっちは真面目にやってんのよ!あと絶対あんた検索するまでもなく知ってたでしょ、それ。腹立つわね!」
私だって、昨日の公園での魔力追跡と同じ流れだなとは思ったけども!
白楼に文句を言いながらも早足で歩き続け、やがて商店街を抜けて閑静な住宅街も通り過ぎ、人通りが少なくなってくる。
そうして龍脈の乱れを追って辿り着いたのは、自宅から少し離れたところにある小さな神社の入り口だった。名前は……なんだっけ。忘れた。とにかく、商店街の近くの自然豊かな山の中腹にある落ち着いた雰囲気の神社である。
「白楼。場所わかる?」
『この石階段の上ですね。……魔力同士のぶつかり合いが確認できます。おそらく高町様でしょう』
「うそ。もう始まってるの!?」
『魔力反応大きいです。昨日よりも強敵かもしれません』
白楼の冷静な分析を聞いて、一気に緊張感が高まってくる。
どうしよう。間に合わなかったら。
「……っ!」
少しだけくらりとした頭を振って見上げた空は綺麗な夕焼けで、どうしようもなく赤く見えた。なんだろうこれ。怖い。
見たことが無いはずなのに。炎の中で伸ばされた腕が視界をよぎり、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。違う。こんな光景、私は知らない。
『マスター。心拍数が通常時の二倍を超えています。高町様ならそう簡単に負けません。落ち着いてください』
「でも!」
『深呼吸しましょう。ほら、わたしの言う通りに』
吸って、吸って。はい、吐きましょう。と、いつもより何故だか優しい気がする白楼の言う通りにしていると、なんだか少しだけ落ち着いてきた気がする。
「大丈夫。ごめん」
『問題ありません。マスターのメンタルケアもデバイスの仕事ですから』
「さすが最強のインテリジェントデバイスね……。助かるわ」
焦る気持ちを抑え、胸元の勾玉モードの白楼を握りしめて、力を籠める。それだけで、この有能な相棒は私の意図を悟ってくれた。白楼が茜色の光に包まれ、白銀の長弓へと姿を変える。
「白楼!セットアップ」
『Stand by. Barrier jacket, set up.』
見慣れた古代ベルカ式の魔法陣が現れ、身体がいつもの巫女服風のバリアジャケットに包まれる。
「さぁ行くわよ、白楼」
『承知いたしました』
一刻も早く現場に向かうべく、私達は石段を急いで駆け上がった。
駆け上がったのだけれども。
「……あれ??」
私が見た光景は、「シリアル16、封印!」の声と共にキラキラと輝く光が白い魔法少女……なのはの持つ杖、レイジングハートに吸い込まれていく場面だった。
「あ。雪菜ちゃーん!」
にこやかな笑顔で手を振られて、反射的に呆然と手を振り返す。私は一体、何を見せられているのだろう。
『マスター。呆然としすぎて口が開いています。兵守家当主としてあるまじき顔かと』
「はっ!」
白楼の指摘に、止まっていた頭がようやく回転をし始めた。これはつまり、私達より先に駆け付けたなのはが一人でジュエルシードの暴走体と戦って、封印までしてしまった、ということ……?
なのはの真っ白なバリアジャケットは所々汚れていて、決して楽な相手ではなかったはずだということがよくわかる。
何事もなかった安心感と、脱力感。そして一人で戦わせてしまった後悔。感情の波が一気に押し寄せてきて、なんだかわけがわからなくなっちゃいそうだった。
「なのは」
「な、なにかな。雪菜ちゃん……」
まだ変身を解いていないなのはの両肩を掴んで顔を近づける。赤くなった可愛い顔とちょっと怯えたような震えた声に一瞬、絆されそうになったけど、これだけはちゃんと言っておかないと。
「雪菜ちゃ……」
「『何かあったら私を呼びなさい』って言ったでしょ」
「は、はいっ」
なのはは贔屓目なしで見ても魔法の才能がある。私がいたところで逆に足を引っ張ったかもしれない。それでも、もう私だって事情を知ってしまった以上、こんな危険な仕事をなのは一人でやらせるのは嫌だった。
「ユーノくんも」
「はいっ」
どう考えてもなのは以上にこの任務の危険性を熟知しているであろう傍らのフェレットに目を向けると、あからさまに怯えた様子で返事をされる。
「雪菜ちゃんごめんなさい。ユーノくんは悪くないの!」
「なのは……?」
「ユーノくんは雪菜ちゃんも呼んだ方がいいって言ってくれてたのに、私が止めたの」
「なんで!」
雪菜ちゃんが心配だったから。ぽつりとこぼされたその小さな声に、ふと今日のお昼休みに見た、なのはの心配そうな顔が頭をよぎった。
「雪菜ちゃん、今日のお昼休みもお弁当食べてるときに寝ちゃってて……。疲れてるみたいだったから呼べなかったの。ごめんなさい。一緒にやろうって約束してくれてたのに」
きゅっと私のバリアジャケットの袖を握るその弱々しい力に、血が上っていた頭が少し冷静さを取り戻した。
そっか。なのはにあんな心配そうな顔をさせちゃったのは私なんだ。お昼にあんな姿見せたら、優しいなのはが私を呼ばないなんて当たり前なのに。
理性はそう訴えかけてくるけど、感情はそうもいかなくて、なんだか頭がぐちゃぐちゃになっちゃいそう。
「それでも!呼んでほしくて……。わかってるのに。なのはが心配してくれたのも、わかってるのに……ごめん。ほんと、私何言ってるんだろ……」
「ううん。わかってる」
なのはの細い指が私の目元を優しく拭ってくれる。ホッとした時に泣いちゃってたのかも。恥ずかしい。
「今度からは絶対呼ぶからね」
「うん……。ありがと」
変身を解いて、夕焼けを背にふわりとほほ笑むなのはは本当に綺麗で。でもなんでだろう。私、この景色をどこかで見たことがあるような。
くらりとまた小さく眩暈がして、なのはにバレないように近くの石灯籠に手をついて耐える。
「雪菜ちゃん?」
「ううん。なんでも」
こっちの眩暈は、前日の魔力の使い過ぎによる疲労とは無関係のやつだと思う。
あの登校中のバスの中で感じて以降、こうした眩暈に襲われることは何度かあった。そしてそれは大体が既視感と同時にやってくる。
公園でフェレット姿のユーノくんを見つけた時だったり、そして今みたいに、この神社でなのはと向き合った時だったり。
全然法則性は分かってないけれど、きっと何か私の忘れている記憶に関することなんだろうなとは予想している。私が忘れている、あの事故より前、この世界で起きた出来事なのか。それともさらに前、転生前の世界での出来事が関係しているのか。
そもそもどうして私は、『転生者であること』を思い出せたのに、それより前の記憶が思い出せないんだろう。これから先、思い出せるのかな。
『マスター』
いつの間にか変身が解けていて、勾玉状態に戻っていた白楼からの呼びかけで、思考の沼に沈みそうになっていた意識が呼び戻される。
そうだ。今はそれよりもジュエルシード集めだ。こっちも中途半端な気持ちで参加はできない。兵守家の当主としても、なのはの友人としても。
「ユーノくん。これでジュエルシードは二つ目?」
「あ。えっと、三つ目かな。なのはや雪菜と出会う前に僕が何とか封印したのが一つと、昨日の黒い魔物、そしてさっきの犬の魔獣で三つ」
「あと十八個ね。私となのはに任せなさい」
「う、うん。頼もしいよ」
ユーノくんはまだ責任を感じてそうだけど、怪我人……もとい怪我フェレットを働かせるわけにもいかないし、地球に残るベルカの魔導師の末裔としても私が引っ張っていかないと。
「明日からまた、頑張るぞー!」
「おー!」
こうしてなのはとハイタッチして触れ合うだけで、胸の中に溜まっていた不安や焦りが少しだけ軽くなる。なのは、実はヒーリングの魔法を常時使ってたりしない……?
「じゃあ早速、少し気になったところを話し合ってもいいかな」
「ええ、お願い」
この後はユーノくん発案の念話での連絡方法や、ジュエルシードの起動を感知する方法などを改めて共有して、その日は解散となった。
「あーあ。また晩御飯食べ損ねちゃったかなぁ」
『誰かさんが空を飛べれば移動が速いのですが……』
「飛べないんじゃなくて、飛ばないだけって言ってるでしょ。来るべき時まで温存してるのよ」
『心拍数の上昇を感知しました。嘘ですね』
「強制メンテするわよ、このインテリジェントデバイス」
頼りになる相棒、改めすっかり元の軽口お調子者デバイスに戻った白楼と共に、また来た道を歩いて戻り、家に辿り着いたときにはもうすっかり日が暮れていた。
最近こんなのばっかりな気がする……。おのれジュエルシードめ。
「ただいま~。あれ?お祖父ちゃん?」
玄関から家に入ると、台所に明かりがついていた。どうしたんだろ。いつもだったら、もうとっくに寝てる時間なのに。
「白楼。なんか焦げ臭い匂いがしない?」
『残念ながらわたしはデバイスなので感知しかねます、マスター』
「そうだったわね……」
火事の様子はないけれど、念のためそっと台所へ繋がる襖を開ける。
「おぉ、雪菜。帰ったかの」
「お祖父ちゃん、どうしたのそれ」
「昼寝しておったら、つい寝坊してなぁ」
台所ではエプロンを付けたお祖父ちゃんが焼き魚の乗ったお皿を持って立っていた。しかもまぁまぁ焦げてるし。匂いの原因、絶対これじゃん!
「雪菜や、そっちのお皿を持ってくれんともう一匹がコンロから出せないのじゃが」
「まだ中にいるの!?絶対焦げてるじゃん!」
バタバタとちょっと遅めの夕食の用意が始まる。お祖父ちゃんが私の帰りを待っててくれたことくらい、さすがの私でもわかった。
「ありがと、おじいちゃん」
「ん?よく聞こえんのぉ」
「絶対、嘘でしょ!」