三話完結
最高の孤独とは、一人も親友がいないことだ。
親友がいなければ世界は荒野に過ぎない。
【フランシス・ベーコン】
□□□
「なぁ
別に、俺はホモじゃない。けどホモフォビアと言うわけでもない。内輪のホモネタ笑いころげたりホモいじりはするけどホモを探し出していじめてやろうとか考えたりしない。
けれど、いじめをなくそうみたいな正義感があるわけでもない。そういう現場を目撃したとして、「いじめられてんのかな?」と思って終わり。深入りしてまでして助けてやろうとかはしない。
でも、誰かが「俺」を口実にいじめられてたら止めるし助ける。正義感じゃなくて自己保身でそうする。「俺を理由にすんなよ」とか「巻き込むんじゃねえよ」みたいな浅い理由で、だ。
HRが終わった直後、担任が出て行ったばかりの教室のど真ん中で坂口が叫んだ。ニヤついた意地の悪い、悪意の塊みたいな表情で。
「やっばいよなぁ! ただでさえキショいのにホモとかヤバくね!?」
坂口に肩掴まれた比企ヶ谷がすげぇ嫌そうな顔して俯いている。クラスの雰囲気も好奇と悪意と同調圧力が混ざった最悪な感じで。担任も担任だ。席を離せば静かになるだろうに、問題児を一纏めにして角に追いやるからこんなことになるんだ、と内心思う。「ほんと最悪」とも。
最悪っていうのはこの状況について。比企ヶ谷がホモだからとか、告白してきたらとかではない。
坂口たちが俺を比企ヶ谷いじめの口実に使うつもりだとわかったから「最悪」だと思った。少しは俺の立場や心境を考えてほしい。
ちょっとでも俺が「無理だわ」とか「ホモじゃねえし」とか言ったら比企ヶ谷はもっとエグい目に合う。「酷い目にあいそう」ではなく、「合う」だ。この違いは大きい。
だけどノーリアクションで帰るのもダメだ。俺の沈黙を曲解し、それを免罪符にしていじめが起こる。
断ってもダメだし黙ってもダメ。そんな状況、不愉快でしょうがなかった。
「まじー? 俺もちょっと比企ヶ谷くんのこと気になってたんだよね、両思いじゃん!」
だから、つい、思わず。そんなことを言った。
このクソッタレに一泡吹かせてやろうと思った。逆張りにしたってなんか別に言うことあるだろと言った後に気づいたけど。
俺の反応が思ってたのと違ったからか、フリーズしてる坂口と目を見開く比企ヶ谷。坂口の手を比企ヶ谷の肩から外した。
「ありがとう、嬉しいよ。今日からよろしくね」
思ってもないことを口にすれば、比企ヶ谷の顔からさあっと血の気が失せた。「ありえない」と「マジかよ」が混ざった青白い顔の比企ヶ谷をみて、「やっぱこいつ俺のこと好きじゃねぇわ」と確信をもちつつ。
「じゃ、そう言うことで。早速だけど比企ヶ谷のこと下の名前で呼んでもいい?」
今更引き返せないし、とりあえず嘘でもいいから適当に付き合ってましばらくしてほとぼりが覚めたら自然消滅したとか言えばいい。その時はそんなふうに、楽観的に考えてた。
「お前、頭おかしいんじゃないの」
「うっわ、辛辣」
あのまま教室に居続けるのも居心地が悪く、「じゃ、一緒に帰ろうぜ。八幡の家ってどこら辺?」とか言いながら教室を後にした俺たち、というか俺。八幡は俺に引きずられて歩くだけで一言も言葉を発してない。一人でペラ回しながら下駄箱に着いてようやく、八幡が放った言葉が上記である。
「あ、俺言っとくけどホモじゃないから安心してな、八幡もホモじゃないっしょ?」
「そうだけどそうじゃない」
眉間に皺を寄せただでさえ悪い目つきをさらに凶悪にする比企ヶ谷。不服を隠そうとしない態度に腹立たしく思う……などということはなく。一周回って心配になる。こういう態度が敵を作ってしまったのか、敵しかいなかったからこんな態度をとってしまうのか。
「でもさー、あの空気最悪な中で俺が振ったら八幡明日からヤベェだろ。ならテキトーに話合わせてほとぼり冷めたら自然消滅とか友達に戻ったとか言えば良いじゃん」
「……」
「あー、信じられない的な? まあ確かに、今まで八幡がいじめられてても見て見ぬふりしてたしな。『なんで今更』って思っても仕方ないけど」
言葉はないが彼の目は雄弁だ。眉の角度、目の開き方、言いたいことを飲み込んで押し黙る唇。あまりにもわかりやすい。素直な人間だな、と思う。関わりを持たなかった時は捻くれた性格してる無愛想だなんて評価していたくせに。
「俺を口実にされるのが嫌だっただけ。だから助けられたとか借り作ったとか思わなくて良いよ。でもしばらくは俺のグループにいてくんね?」
「……」
ただでさえ悪い比企ヶ谷の凶相がもう一段階上がる。般若のオーラを背負ってる。まさに睥睨というに相応しい視線に「眉間の皺ヤバいよ」と思わず溢す。
「明日とか……、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「んー、と。どゆこと?」
「なんでわかんねぇんだよ。小学生でも想像できることだぞ」
「だから、どう言うことだってばぁ!」
「……お前も、明日から俺と同じになるってこと」
なんだそれ? 言葉にせずともぽかんと首を傾げる俺を見て諦めたのか、俺をおいてスタスタ帰る比企ヶ谷の背中をただ眺める。いやいや、俺が? 比企ヶ谷と同じってなんだし。意味わかんない。
とりあえずまた明日、教室で比企ヶ谷捕まえて聞き出せばいいやと俺も帰路に着く。
そして、翌日。
「悪いけど、俺らに近寄んないで。ホモがうつる」
「え"?」
あ、昨日比企ヶ谷が言ってたのってこう言うことか〜〜!!と。嫌な閃きが冷や汗と共に溢れ出る。
「俺ホモじゃないんだけど」
「比企ヶ谷と付き合うならホモじゃん。お前と連んでたら俺までホモ扱いされんの」
「___まじか」
昨日まで感じていた友情とか絆とか、そういう目に見えないものに刃を突き立てズタズタにする。そんな威力を持った言葉に、俺はなす術を持たなかった。
□□□
残念ながら、繊細な俺のガラスのハートがセンチメンタルになってても授業は始まるし体育教師はペアを組ませる。
舌打ちしたい気分だが、不機嫌を表に出したら負けな気がするからあえて明るく振る舞う。
人生初のペアぼっちだ。ペアぼっちとは「ペア組んで○○やれー」と言われた時にポツンと一人だけ残ってしまう現象を指す。ちなみに今日は準備体操のペア。
幸い、今日は俺以外にもペアぼっちがいたのでぼっち同士仲良くペアを組めると言うわけだ。
「八幡! ペア組もうぜ!」
「組まない」
「でも俺と八幡以外ペア組み終わってるよ?」
「……ちっ」
お、舌打ち。八幡の負け〜、なんちって。不機嫌が人の形をしてると言っても過言ではないトゲトゲハートの少年は俺ルールの適応を外れるから指差して「お前の負け!」とは言わないけれど、心の中で笑うのは許してほしい。
黙々と準備体操をこなす八幡。俺は沈黙が嫌いな
「俺さ、ハブられるとか人生初なんですけど。ウケね?」
「全然ウケない」
「八幡はいつも誰と組んでるの?」
「……田中先生」
「あー、そういえばそうかも。うちのクラス偶数なのにへんなの」
「わざわざ3人組を作る奴らがいるからな」
「あ、俺らか! じゃあこっちが正解ってことね!」
……意外と会話してくれるじゃん、比企谷八幡。
背中合わせで腕を組み前屈。「ぐぇ」と、俺の背中でカエルみたいな呻き声があがる。「カエルうた?」とニヤケ面を晒しながら揶揄ったらまた昨日のえげつない顔で俺を睨む。ウケる。漢字ドリルの『睥睨』の隣に今の比企ヶ谷の顔貼りたいレベル。「こりゃ絆レベルゼロだわ」と妙な納得を胸に秘め、今度は俺が比企ヶ谷の背中に乗り上げる。「ケロケロ〜」と冗談めかして歌ったら地を這うような「やめろ」が聞こえて口を閉じる。
「怒った?」
「……怒ってねぇよ」
「いや怒ってんじゃん」
「分かってるならきく、な!」
「どわ!?」
屈む準備ができる前に背中を押されて、バランスを崩して躓く。背中から転がり落ちて砂っぽくなった比企ヶ谷がジトリと目線で俺を非難している。
「……なんかごめん」
「……ちっ」
まあ、そんなこんなで一限の体育が終わり、二限の数学、三限の公民といつも通りに時間は流れる。板書を必死にメモる教科を終えた後は一番眠い時間の現代文。疲れた脳に教師の声が沁みて眠りに誘われること必須。エナジードリンクの一つや二つ机に置かせてほしいものである。
「それでは、次の文を……島田さん」
「え……」
出席番号で不幸にも当てられてしまった嶋田(出席番号15番)が小さな声を上げる。何となく視線を向けると、机の上に置かれていたのは先ほどまで受けていた公民の教科書。なるほど、教科書忘れ。事前申告して職員室に借りに行く手間を惜しんだのか、気づくのが遅れたのか。どっちだかはわからないがバレると教師にくどくど叱られるデカ目のペナルティ行為だ。
「(というか、島田さんの隣って比企ヶ谷なんだ)」
誰かこっそり教科書を貸してやればいいのに、と考えながら顔の向きを黒板に戻す。ま、いいや。俺には関係ないことだし。
「まさか、忘れたの?」
語尾の上がった谷先生(学年主任)の口調にますますしどろもどろに言葉を詰まらせる島田さん。可哀想だけど、これも教科書忘れの宿命だからーーー
「……やっぱ、返す」
男子の声が静かな教室にやたらと響く。いや、まさか。聞き間違いかと思ってそろりと視線だけ斜めに向ける。やはり、比企ヶ谷だ。自分の教科書を島田さんの机に置いて、「俺が忘れました」と自己申告までする始末。
「(いや、うそじゃん)」
絶対嘘。あんな落書きされまくって教科書用のブックカバーをつけてる教科書なんて比企ヶ谷のもの以外あり得ない。教師もわかっているはずなのに「比企ヶ谷くんが教科書を忘れたの?」と標的を変える。いや、変えるな。
「あとで職員室まで来るように」
「……はい」
お前も何で「はい」なんて言っちゃうわけ? それで、島田さんもなんで比企ヶ谷を睨んでるんだよ。
「それでは、音読に戻りましょう。教科書10ページの第三話段落からーー」と、谷先生の能天気な声にイライラする。ああ、不機嫌が表に出てしまう。
結局俺は、ずっとイライラしたまま現代文の授業をうけたし、給食の時間も昼休みもずっとイライラしてた。谷先生に連れて行かれた比企ヶ谷は給食の時間が終わって昼休みになっても帰ってこなかった。
島田さんは給食を食べながら「ヒキガエルの教科書触っちゃった〜!」と大袈裟に騒いでるし。
「てかさ、この教科書の持ち主いなくね? ヒキガエルのじゃないなら誰のだよって事だし」
「
「じゃあ俺が捨ててやるよ。汚いものを女子に捨てさせるのは悪いじゃん?」
「坂口くんやさしー」
「だろ」
「どこが?」と。一言言えたら、何か変わったのだろうか。「そういうの、面白くないんだけど」って、言えば……言えたなら。
言葉が喉の奥でつっかえている。音になりかけて、唇の内側まで迫り上がった文字の羅列。後、ほんの一呼吸。蝋燭を消す程度の
「(…………ごめん)」
俺は、女子グループの悪口を止めることも、坂口の悪ノリを止めることもしなかった。ただ、ゴミ箱から比企ヶ谷の教科書を拾って机に戻すことしかできなかった。