「やだ。この子、また見えないお友達とお話ししてる」
うしろからハハの声が聞こえた。けれどぼくたちは気にすることなくツミキを並べ続ける。
「この赤、青を人間の魔法に例えよう。わかりやすく、赤が火、青が水だ」
「うん」
「人間どもの……失礼。人間たちの間では魔法基盤はこの二種しかないとされているけれど……」
アロンという名前のぼくのトモダチはすらすらとマホウをセツメイする。5サイに教えるナカミではないけれど、かれによればぼくたちは少しずつ同化をはじめているから、よくわからなくてもダイジョウらしい。
「この二つで世界を証明した気になっているのは愚かとしか言いようがない。龍種は五つを解明し、エルフは七つを解明した。同じ時を過ごしているにも関わらず我々には大きな開きがある。この認識の齟齬は千年経っても埋まらない。おれたちの計算では人間が全てを悟る頃には地球の生命は絶滅している。明らかに進捗が間に合っていない。人間という愚かな種が箱舟に乗るにはテコ入れが必要だ」
かれは事あるごとにばかとかおろかだとかむちせいの動物にひとしいとかいってまわりの人たちをみくだす。
どうしてそんなにえらそうなの? と聞いたら、ちせいたいとして大きな開きがあるからだ、と言っていた。つまり、人がコウブツとお話しできないことと同じことだ、ということらしい。わけがわからない。
けれどかれは楽しそうに人間をかたる。
どうしてそんなに楽しそうなの、と聞いたら。
これからそんなソンザイになりさがるのかって思うとワクワクする、とかれは言っていた。
かれのツミキを使ったお話はまだつづいている。龍が踊り歌っているとかなんとか。ぼくはすこし気がぬけて、ジュギョウのナイヨウではなくふと浮かんだギモンを口にだした。
「ねえ。きみがぼくになったら、ぼくはどうなるの?」
いつかかれがそう言っていたことを思い出す。
きみはおれに、おれはきみになる、と。その時はどういうイミなのかわからなかったけれど、いまなら少しわかるような気がした。
「ああ、ごめん。言ってなかったね。授業は中断しよう。そっちの説明が優先だ。積み木じゃなくてお絵描きをしよう」
ぼくはおもちゃ箱のなかからおえかきちょうといろえんぴつを取り出す。
「カディ? 他の遊びをするなら、おかたづけをしてからでしょ?」
ハハからチュウイされた。
「ごめんなさい」
「よろしい」
ハハはせんたくものの続きをする。どうしてふりむかずに後ろにいたぼくの動きがわかったのだろう。マホウを使ったのだろうか。ふしぎだ。
「はやく片付けて」
「うん」
かれにせっつかれながらおかたづけをして、おえかきちょうをとりだした。青いえんぴつでぼくはアロンに示されたとおりセンをひく。
「円を描いて。そう。これが君」
「ぼくはこんなマルじゃない」
「肉体を表現したいわけじゃないからね。意識というのは形容できない。形がないんだ。だからこれは仮置き。視覚化する際のアイコン。それをこうやってこうやって」
カディはえんぴつの先っぽを導き、意識の外にあるもう一つのマルを描いた。
「主観、顕在意識には触れない。おれはその下敷きになっているきみの無意識に潜り込む。ただしこれは、存在規模からしてほとんど塗りつぶしに近いことになるだろう。きみの無意識はおれの管理下に置かれる」
「つぶされちゃうの?」
「精神に重力は存在しない。物理法則も。おれはきみという生命体を乗っ取ることをよしとしない。おれは君と君の無意識の中継点になるつもりだ」
「つなげるの?」
「そう。フィルターと言い換えてもいい。きみの裏側を知悉してその代弁者となろう。ま、多少の調教はするかもしれないが。人間のシャドウというのは悉くくだらないものだからね」
「ふうん」
ちしつ、ちょうきょう、しゃどうってなんだろう。
「反応、うすいなぁ。大丈夫? 理解できてる?」
「なんとなく」
「本当にいいの?」
「つらいんでしょ?」
「おれのことを聞いているなら、そう。もううんざりなんだ」
「じゃあ、ぼくが助けてあげる」
「ありがとう。君はおれの救世主だよ」
つづけてかれはいった。
「代わりに、君の願いは全て叶えてあげるよ」
⚪︎
転生先は都市部ではなく、そこから少し外れた田舎にあるトアレという村だった。
転生するにあたって大部分の知識を削りに削ってきたのでそれが地上のどこを示しているのかわからない。なんとなく東部の山岳地方と見当はつけていた。
多くの人間を観察できる都市部ではないのが惜しいが、及第点だろう。生まれ先は選別することができず、完全にランダムだ。日の目を見ることなく死亡するということも十分あり得たので運が良いということにしておこう。そしてこの子、カディは健康体で、人間らしく成長している。おれという存在が彼に変調をもたらすこともなく、普通の家庭で普通に子供らしく過ごせている。今はまだ。
カディ。そうカディ。かれはカディという。
茶色の髪に赤胴色の瞳をもつ男の子。成長盛りで知識欲や行動力にあふれている。現段階では特徴のないただの六歳児。
家名はラグンという。ラグンというのはこの地方をかつて治めていた自治者の由来らしいのだが、傍流も傍流で本家からは認知されていないらしい。その本家というのも十数年前に取り潰しがあったそうで今は市井に紛れているという。
つまり、紛れもない一般家庭。家名を名乗ると古い記憶を持っている者たちが少し反応する程度。平均的な暮らしをしているどこにでもあるような家庭だ。
ラグン家は父親ジルの収入と母親ミナの収入によって賄われている。
ジルは大工であり、もっぱら木こりの仕事をしている。村の建造物を作ったり新しいワイン樽を作ったり補修するのが彼の役割で、近隣の森から資材を調達するのも父親の仕事だった。ジルの父親、つまりカディの祖父だが、彼の代から建築の仕事は受け継がれており、そうやって代々と仕事を受け継いでいくのが人間の慣習らしかった。
木こりの子は木こりに。貴族の子は貴族に。
勝者は勝者。敗者は敗者。初めから決まっている。
そんなよくわからない道理を正しい道と信じて疑わない未開人たちが社会を作り上げていた。
「カディ。カディは将来、何がしたい?」
その日、ジルは庭先で鋸を扱いながら木の端材を量産していた。傍で興味深そうに眺めているカディに向けて父親が声をかけた。
「したい? したいことをしていいの?」
おれの思考に影響されたのだろう。カディは父親の仕事を継ぐ気になっていた。
「いや……必ずしもやりたいことが出来るわけじゃない。えーと、なんだ? 夢が叶うなら、どうしたいかってことだ」
「軍人さんになりたい」
「へぇ。なんでまた?」
「かっこいいから」
一ヶ月前から軍服を着た人間が村に滞在していた。見慣れない格好の人間だったためカディの目には特別に映ったらしい。そして彼が手慰みにやっている矮小な魔法がカディの興味を引いていた。
軍人になることも、その軍人が扱う魔法も、おれが手を貸すまでもなく実現できることなので静観している。どうせならもっと大きな願いを叶えてやりたい。
「ほう。かっこいい、か。俺はかっこよくないか?」
鋸が往復して板を切断していく。ジルは時折息で木屑を吹き飛ばしながら調子よく鋸を引いていた。
「わかんない」
「わからないか」
「ハハはかっこいいと言ってました」
「え? ミナが? あ、そう? ふーん……。まあ、子供のお前にはわからないかっこよさなのかもな。どうだ? 大工さんは」
「ダイクさんはそれをつかわないといけないの?」
カディはジルの持っていた鋸を指した。
「これが商売道具だからな。使わないわけにはいかねぇよ」
「マホウは使わないの?」
「別にやれるなら魔法で切っても良い。でも、道具を使っても良いだろう? 魔法だって鋸だって道具だ。結果は変わらない。そいつの好きな方を選べば良い。俺はこっちが好きなんだ」
「ふーん」
おれなら魔法で木を切るどころか、何もないところから原木を生やしてそれを加工し、一瞬で家を建てることができる。耐久性だって普通にやるよりも頑丈なモノをだ。複数人で何ヶ月もかかる作業が、そんな工程などなかったかのように、一瞬で結果を出力できる。
『魔法で家を建てられるようになりたいか?』
カディは首を振った。
最近、カディは独り言が減った。おれの声が聞こえているのかいないのかよくわからない時もある。
少し寂しいが、統合が進んでいる証拠だろう。
『なあ。いい加減、何をしたいか決めてくれないか? なんでも望みが叶うっていうのに、その権利だけを使わずにいるのは勿体無い。心配性か? どこぞの魔神は三つというが、おれならいくらでも望みを叶えるぞ』
声をかける。彼は反応しない。
人間というのは欲する生き物だ。満ちることのない穴の空いたバケツのように次々と何かを求める。
一つを手に入れればより大きなものを。どんどんとそれは膨らんでいき、尽きることがない。
人間を見下しているエルフたちだってそれは変わらない。
現時点でのカディの願いはあまりにもささやかだった。おれが出張るまでもなく彼の家族がそれを満たしてしまう。
幼生だからというのもあるが、自我がはっきりしてきたこの段階で大きな願望を見せないのは珍しい気がする。あれもこれもと欲しがるのは悪童だが、何も大望がないのはそれはそれで生き甲斐がない。青年期になればさすがに願望が生まれてくるだろうが、その時にはおれは無意識に沈んでいる。カディが自由におれという力を扱えるのは今しかなかった。
「やってみるか?」
ジルが言った。
カディはおずおずと頷くと、父親に促されるまま鋸の柄を握った。ジルはカディの手と鋸を丸ごと両手で包み込むと、それまでやっていたように鋸の刃を往復させていく。
ギコギコ。ギコギコ。
ゆっくりと切れ目が広がっていく。本体のおれにとっては果てしない時間をかけて、木片は切断された。
「どうだ?」
「きれた」
一つだった木材が二つになった。彼はそれを眺めていた。
「そうだな。面白かったか?」
カディは首を振る。素直なやつ。おれも同感だ。何も面白くはない。
「まあ、だよな。大人になったら、わかるかもな」
「チチのかっこよさみたいに?」
「そうだ」
ジルは乱暴にカディの頭を撫でた。
おれは歯噛みをしながら、父親という感触に初めて触れた。