境界の錬金術師 ー 私、どうやら『人造人間』らしいー 作:女にだって二言はないぜ?
『体の異常』
前世の物とは違うけど、体重計に乗ってもエドより少し軽いぐらい。見た目だって普通の女の子だ。
……なのに、内側から感じる、異様な『質量』。魂の密度が明らかに普通じゃない。
病気とは違う。時折、胸の奥でズシリと響く、おぞましいほどに重い『何か』の鼓動。まるで、私の中に自分ではない『何十万人もの誰か』が潜んでいるような不気味な感覚。
そして決定的だったのは__ある日、エドとアルと草原を追いかけっこしていて、派手に転んだ時のことだった。
あ、やべ、と思った時には遅く、尖った石に右のふくらはぎをガッツリ擦りむいていた。
ペリッとめくれた皮膚から、赤黒い血がじわりと滲む。痛い。前世の病室暮らしでは経験したことのない、生々しいすり傷の痛み。
「アリス、大丈夫か!?」
エドが慌てて駆け寄ってくる。その数秒の間に、私の目の前で信じられないことが起きた。
じわじわと溢れていた血がピタリと止まり、傷口からかすかに赤い光が漏れ出て、次の瞬間には、めくれた皮膚がまるで生き物みたいにウニウニと蠢いて綺麗に繋がり__エドが私の前に膝をついた時には、そこには赤みすら残っていない、ツルツルの白い肌が戻っていた。
「……え?」
呆然とする私。
エドは私に怪我がないのを確認して、「なんだ、転んだだけか! 驚かすなよー!」と能天気に笑っている。エドには、一瞬すぎて煙も再生も見えなかったらしい。
でも、自分の手で触れたふくらはぎは、さっきの痛みが嘘みたいに何もなくなっていた。 怪我が、一瞬で、消えた……?
「ねーちゃん、どうしたの?」
エドの後をついてきたアルが、座り込んで動かない私に話しかけてきた。困惑して固まっていた脳が動き出す。
「あ……ううん、なんでもないよ!」
すぐに笑顔で言って見せる。頭を撫でてあげると、心配そうにしていたアルの表情が綻んだ。また、エドとアルとおいかけっこを続ける。
……これは、どうしたらいいのだろうか。
あれだけならよかった。数日経って、夢だったのかなとか、そんな風に思えてきた。のに、
「いたっ」
一人で本を読んでいたら、ページをめくった時に手を刷った。血がポタッと一滴落ちる。何か拭くものを、と思って目を離した一瞬のことだった。
「……治ってる」
まただ。傷が治った。ひとりでに、一瞬で。
どういう原理で?人間って傷こんなに早く治るっけ?赤い光は何?痕が残らないのはどうして?
……私の体、おかしい?
気にしないようにしていたけれど、おかしいことはいくつかあった。まず、私は身体能力が異常に高い。たぶん本岐。出せばここら辺の子供たち、なんなら大人よりも足が速いし、疲れることもあんまりない。
前世が病人だったが故に、これぐらいが普通の人なんだろうとか思ってたけど。
頭が痛い。色んな疑問が一気に頭で溢れかえって、ひとつも解消しなくて、吐き気がする。人間の再生能力がこんなにすごいわけがない。そんなのわかってる。けど、納得しちゃったら私はーーー……
☆
父さんが町へ出かけて留守の間、エルリック家では歴史的な『大事件』が勃発しようとしていた。
「おい、アリス、アル! こっち来てみろよ!」
3歳になってすっかり足腰の強くなったエドが、声を潜めて、普段は「入っちゃダメ」と言われている父さんの書斎の扉をそっと開けた。
難しそうな本がぎっしり詰まった部屋だ。
「ちょっとエド、そこ入ったら怒られるじゃん!」
「平気平気! 父さん遅くなるって言てたし! なぁ、アルも気になるだろ?」
「うん……! 本、いっぱいある……!」
兄の悪巧みに目を輝かせる2歳のアル。年子コンビ、好奇心の塊すぎてマジで無敵である。結局、私も「中身が心配」という大義名分(半分は前世の学術的な好奇心)を掲げて、3人で忍び込むことになった。
エドが踏み台をよいしょと引きずってきて、棚の上のほうにある、ひときわ分厚くてボロボロの本に手を伸ばす。
「う、うおっ……とっと、重っ……!?」
「危ないってば!」
グラつくエドを支えようと、私とアルが下に駆け寄った瞬間、 ドササササッ!!! と、雪崩のように分厚い本が床に落ちてきた。私は咄嗟にアルを庇って、本に埋もれた。危ないなぁもう。
「ねーちゃ、だいじょーぶ?」
「ん!大丈夫大丈夫!」
盛大な音を立てて開いたそのページには、見たこともない複雑な『円の幾何学模様』や、びっしりと書かれた数式のような文字。
「……うわぁ……」
エドが、痛むのも忘れてその模様を凝視して、目をキラキラと輝かせた。アルも隣で「きれーい……」とぽかんと口を開けている。 そう、これが私たち3人と、『錬金術』との最初の出会いだった。
「これ、なに?」
「多分錬金術の本だよ。」
「錬金術!?すっげぇ!」
3人で『錬金術の一歩』と書かれた、多分初心者向けの物であろう本を手に取り読み始める。
私は前世の記憶をフル回転させて、その難解な数式をほんの少しだけ理解し始めていた。前世の日本の名前や顔は忘れちゃったけど、こういう学術的な思考回路や「勉強のやり方」のコツだけは、なぜか大人並みに残っているのだ。何歳だったか覚えてないけどね。
「よし! じゃあ3人で、この本、こっそり勉強しちゃおうじゃん!」
「おおーっ!」
「おーっ!」
散らかった書斎の床に3人で頭を突き合わせて、難解な本を開いて目を輝かせる。
これが、リゼンブールの『天才エルリック三きょうだい』が誕生した、始まりの瞬間であった。
☆
私とエドが4歳になって少し経ったある日の夜、リビングの隅でじっと自分の小さな手のひらを見つめていたときのことだ。エドとアルは遊び疲れてお昼寝中。ウィンリーも今日は遊べないらしい。
空はどんよりとした曇り。なんだか気持ちが落ち着かなくて、なんとなく不安になる。空気が、重い。
ふと、部屋の奥の薄暗い影から、私をじっと見つめる視線に気づいた。
__父親の、ヴァン・ホーエンハイムだ。
普段は物静かで、ぶっちゃけ何考えてるかさっぱり分からない不気味な父。だけどその眼鏡の奥の瞳は、エドやアルを見る時とは明らかに違う、酷く複雑な光を宿して私を見ていた。 それは恐怖とか警戒じゃない。どこか悲しげで、苦しげで……
「……アリス。お前に、話さなければいけないことがあるんだ」
「…話さなければいけないこと?」
私の体のことだろうか?
母さんから聞いた話だと、父さんはすごい錬金術師らしい。ずっと部屋で何かしてるし、そんなにすごい人なら私のことに気がついていてもおかしくないかもしれない。
母さんは買い物に行ってていないし、さっきも言ったけどエドとアルはお昼寝中。リビングにいるのは私と父さんだけ。
少しピリッとした、重い空気が漂っていた。
読んでくださってありがとうございます。
ここからはゆっくり更新です。
次回、アリスの体の秘密!
もうわかっちゃった人もいるんですかね?