境界の錬金術師 ー 私、どうやら『人造人間』らしいー 作:女にだって二言はないぜ?
「わかった。私も行くよ」
私がそう告げたとき、父さんは一瞬だけ驚いたように目を見張って、それから酷く切なそうに、だけど愛おしそうに私の頭を大きな手で撫でてくれた。
そして訪れた、リゼンブールを出発する日の朝。
リビングには、荷物をまとめた父さんと、事情を知ってどこか悲しそうな母さん。そして案の定、大号泣している4歳のエドと3歳のアルの姿があった。
「いやだ! アリス行っちゃいやだ! 」
泣いて私の服をちっちゃな手でぎゅっと掴んで離さないエド。アルも不安そうにエドの後ろでボロボロと大粒の涙をこぼしている。
我が兄と我が弟の黄金色の瞳から溢れる涙。それを見た瞬間、私の胸はマジで粉々に引き裂かれそうに痛んだ。
(あーーー、もう! 2人ともそんな可愛い顔で泣かないで! 私がここにいたら、あんたたちごと化け物の餌食になっちゃうから行くんだよちくしょー!)
今すぐ「行かない!」って言いたい衝動を必死で抑え込み、私は2人の前にしゃがみ込んで、思いきり元気な笑顔を作ってみせた。
「エド、アル。私は大丈夫だよ。ちょっと父さんと遠くの病院へ行って、もっと元気になって帰ってくるから。だから、母さんの言うことをよく聞いて、良い子でお留守番しててね?」
すると、エドとアルがグズグズと鼻を鳴らしながら、涙をゴシゴシと拭って立ち上がった。そして、近くにあった母さんの古い端切れ布を床に置くと、回りにせっせと錬成陣を書き、二人で手を地面につける。
__バチバチバチッ!!!
まだ4歳と3歳の、ちっちゃな掌から放たれた、青い錬金術の光。 光が収まった床の上には、少し形はいびつだけど、鮮やかで綺麗な、大きなリボンが転がっていた。
「アリス、これ……あげる! 初めてだから、ちょっとへたっぴだけと…」
息を切らせながら、リボンを差し出してくるエド。アルも涙目になりながらコクコク頷いている。
(……嘘、エド、それにアルまで、もう錬金術使えるの!? っていうか、私のために初めての錬成でリボン作ってくれたの!? 尊すぎて心臓がもたないんだけど!?)
前世の冷たい病室では、誰かからこんな純粋なプレゼントを貰うことなんて一度もなかった。
私は涙が溢れそうになるのを必死で堪えて、エドからそのいびつで愛おしいリボンを受け取ると、自分の金髪の髪にそっと結びつけた。
「どうかな? 似合う?」
「うん……っ、アリス、可愛い!」
「きれーい!」
エドとアルがやっと少しだけ笑顔を見せてくれる。私はその2人の頭を交互にペシペシと撫で回した後、優しく抱きついた。 __ありがとね、私の可愛いお兄ちゃんと弟。 このリボンは、私の生涯の宝物だ。例えこの先、私の身体がどうなろうとも、これだけは絶対に手放さない。 母さんも、すべてを察したような悲しげな、だけど強い目をして私を抱きしめてくれた。
「世界一かわいいわ、アリス。元気でね」
「ありがとう、母さんも気を付けてね」
こうして私は、初めての錬成リボンの絆を胸に抱き、父さんと共にリゼンブールをあとにした。
これが、2人との長い、長い別れの始まりになるなんて、この時のエドたちは思いもしなかっただろう。
★
こうして始まった、何百年も生きている自称「人間じゃない」父親との二人旅。
リゼンブールの見慣れた景色が遠ざかり、どこまでも続く一本道を父さんの大きな背中を追いかけて歩き始めたとき、私の心境は正直に言って不安が八割、残りの二割がほんの少しの期待だった。
(いやだって考えてもみてよ。あの、普段から家庭内でも無口で、何を考えているのかさっぱり分からなかったあの父さんと、今日から24時間365日マンツーマンの旅だよ? 気まずすぎて息が詰まって、途中で死んじゃう自信しかなかったんだけど……!)
そんな私の内心のビビり倒しをよそに、旅が始まって数日。私の予想は、良い意味でも悪い意味でもガッツリと裏切られることになった。
とにかく、父さんは不器用だった。切ないくらいに口下手だった。だけどそれ以上に、私のことをこれでもかってくらい過保護に、まるで壊れやすい高級なガラス細工でも扱うみたいに、めちゃくちゃ大切にしてくれたのだ。
「アリス、疲れていないかい。歩幅は早すぎないか?」
「平気だよ、父さん。私はまだ全然歩けるよ」
「そうか……。だが、無理は絶対にしないでくれ。何かあったら、本当に少しでも違和感があったら、すぐに俺に言うんだぞ。荷物は重くないか? 俺が持とうか?」
「ううん、おもちゃのリュックだもん。これくらい自分で持てるよ」
一日に何回そのセリフ言うの父さん。
前世の、あの冷たい真っ白な病院のベッドの上では、看護師さんから「お熱測りますねー」とか「お薬の時間ですよー」なんていう、義務的で事務的な心配しかされなかった私にとって、この大男がわざわざ大きな身体を窮屈そうに折り曲げて、4歳児(現在の私)の目線に合わせて一生懸命に体調を気遣ってくれるのは、なんだかものすごくむず痒かった。
……でも、びっくりするほど温かかった。最初のうちは、街から街への移動だけで私のちっちゃな肉体は悲鳴を上げていた。前世の病室暮らしのせいで「外を歩く」という体力自体が赤ん坊レベルだったのもあるけれど、それを察した父さんは、私が一歩でも遅れるとすぐに立ち止まり、当たり前のようにその広い背中に私をひょいと、おんぶしてくれた。
父さんの背中は、リゼンブールの家の壁みたいに広くて、ほんのり硬くて、不思議と安心する匂いがした。
「父さん、重くない?」
「お前は、驚くほど軽いよ。……だから、もっとたくさん食べなさい」
そう言って、父さんは旅の途中で寄る小さな村や街の市場で、私に色んなものを買ってくれた。活気のある市場の、独特の香辛料や焼きたてのパンの匂い。見たこともない、怪しい形をしているけれど食べたらめちゃくちゃ甘い不思議な果物。
地平線の向こうまで遮るものなく続いている、どこまでも広くて青い空。
前世で、窓から見えるわずかな四角い空と、消毒液の匂いしか知らなかった私にとって、父さんの大きな手を握って歩く世界は、まるで色鮮やかなおもちゃ箱をひっくり返したみたいに輝いていた。私はいつの間にか、旅そのものを心から楽しむようになっていたのだ。
旅の途中、父さんのこれまでの人生について聞いた。
400年以上前に滅んだクセルクセスの奴隷として生きていたこと。王の命令で、自身の血から
父さんの体には約53万人ものクセルクセスの人々の魂があり、長い人生のなかで一人一人と対話を重ねて絆を結んだそうだ。
父さんが私の体の変化を見抜いたのは、自身の体から何万かの魂がいなくなったことから、子供たちの誰かに入ってしまったのではと思っていたところ、私があまりにも子供らしくない難しい言葉を使うことから魂がそこに入っているのではという考えに至ったということだ。
…んー、子供らしくないのは多分前世の記憶のせいだと思うけどね!
★
4歳でリゼンブールを出発してから、気づけば1年という月日が流れていた。
アメストリス国内のいくつかの街を巡り、とある静かな田舎町の宿に泊まっていたある日の夜。父さんはデスクにアメストリスの広大な地図を広げ、私を自分の隣の椅子に座らせた。
「アリス。お前に、この旅の本当の目的を話しておかなければいけない」
父さんの眼鏡の奥の瞳は、いつも以上に大真面目で、どこか悲痛な決意を孕んでいた。
「母さんたちにはお前の身体を医者に診せるため、と言って家を出たが……それは半分、嘘だ。いや、お前の安全を確保するためという意味では本当なのだが、俺がこの旅で本当にやらなければいけないことは、別のことなんだ」
父さんは地図の上の、いくつかの大都市に付けられた不気味な『印』を指差した。その印は、国全体を大きく囲むような、巨大で歪な『円』の軌跡を描いているように見えた。
「このアメストリスという国の裏には……かつて、俺の故郷を滅ぼし、俺の身体をこんな風に変えた、元凶の化け物が潜んでいる。そいつは今、この国全体を巨大な錬成陣(国土錬成陣)に見立てて、国に生きるすべての人の命を奪うための最悪の計画を進めているんだ」
(……国全体を巻き込んだ、最悪の錬成……!?)
その規模の大きさに、私は息を呑んだ。前世の細かいストーリー知識なんかは脳の成長と引き換えにすっかり消え去ってしまっていたけれど、父さんの口から語られるその言葉の重みだけで、この世界がどれほど危ういバランスの上で成り立っているのかが、リアルな恐怖として心臓に突き刺さる。
「俺は今、そいつの企みを裏から阻止するための『
父さんの声は、どこまでも静かだった。だけど、その作業がどれほど途方もなく、どれほど命を削るものなのかは、同じ『賢者の石の質量』を体内に持つ私には分かってしまった。 それは、気の遠くなるような年月をかけた、たった一人きりの、誰にも褒められない孤独な戦い。
リゼンブールの家を出る前、父さんはいつも暗い顔をしていて不気味だなんて思っていた。だけど違った。父さんは、大好きな母さんたちのいるこの世界を守るために、すべてを投げ打ってこの孤独な旅を続けていたのだ。
「父さん……一人で、ずっとそれをやってたの?」
「あぁ。だが、これからはお前がいる。アリス、お前にはこの国の真実を知る権利がある。そして……お前がいつか自分の身を守れるように、俺の錬金術を、すべてお前に教えたいんだ」
その日から、父さんとの旅は「壮大な国土防衛の旅」であると同時に、私にとって「地獄の錬金術猛特訓」の毎日に変わった。
何百年も生きている生きる伝説の錬金術師から、直々にマンツーマンで術を教わる。そんなの、普通に考えたら贅沢すぎて鼻血が出るレベルのプラチナチケットだ。
「いいかい、アリス。錬金術とは、世界の理を理解し、分解し、再構築する科学だ。だが、この国の人間が使っている錬金術は、大地の底に潜む『何者か』のエネルギーを媒介にさせられている。だから、俺が教えるのはそれとは違う。星の
父さんの教え方は、最初は理論ばかりでめちゃくちゃ難解だった。 それに、この世界の絶対ルールとして、錬金術を発動させるためには必ず複雑な幾何学模様の『錬成陣』を描かなければいけない。
(いやー、これ、頭では完璧に数式を理解できてるのに、毎回ノートや地面に細かくチョークで円を描くのが地味にめちゃくちゃ面倒くさい……! )
と、心の中で盛大に怠惰なツッコミを入れつつも、私は前世の病院のベッドの上で培った「効率的な勉強法・ノートの取り方」のコツをフル回転させた。
父さんが言った難解な基礎理論をノートに書き留め、地脈の流れを幾何学の図形に落とし込んでいく。私の『人外の脳スペック(ホムンクルスの質量)』も手伝って、数式を覚えるスピードだけは化け物級だった。
「アリス、宿題に出した複雑な多元構築の錬成陣、もうノートに描き終えたのか? 線の歪みも一切ない……驚いたな、普通の錬金術師が何ヶ月もかけて覚える術式を、お前はたったの数日で……」
「へへん、ノートに定規で描くだけなら得意! よし、父さん、次はもっと難しいやつ教えて!」
旅を続けて2年、3年と経つ頃には、私の年齢も6歳を過ぎ、7歳になろうとしていた。
その頃には、私は小さな携帯用のノートにびっしりと高度な独自の錬成陣をストックし、それをパッと開いて地脈のエネルギーを流し込むことで、小さな岩の壁を造ったり、物質の成分を分子レベルで組み替えたりできるようになっていた。
父さんも、私のあまりの成長スピードの異常さに、時には目を丸くして呆れ、時には「さすが俺の娘だ」と、誇らしそうに笑ってくれた。
そして私の髪には、あの日リゼンブールを出発する朝に、エドとアルが初めての錬金術で一生懸命に作ってくれた少し歪なリボンが、今もガッチリと結ばれていた。毎朝起きた瞬間に、自分の手で丁寧に結び直す、私の世界でたった一つの絶対的な宝物。
「父さん。母さんと、エドとアル、今頃どうしてるかな。私、こんなに錬成陣描くの早くなったよ。いつか2人に会ったら、びっくりさせたいなぁ」
「あぁ……エドワードもアルフォンスも、母さんもきっと腰を抜かすほど驚くだろうね。お前は本当に、誰よりも立派な錬金術師だ」
父さんはとても優しい親の顔をして、私の頭をそっと撫でてくれた。父さんから錬金術の基礎をみっちりと学び、その孤独な戦いを一番近くで見続けてきたからこそ、私は自分の中にある『
私は、エルリック家のアリス。父さんの自慢の娘で、エドやアルの妹。この手に入れた最強の錬金術で、絶対にみんなを守るんだ。
この過酷だけど、愛おしさに満ちた父さんとの時間が、私の新しい人生の中で、平和で幸せな時間だった。
__だからこそ、神様はどこまでも容赦がなくて、残酷だったのだ。私が7歳になろうとしていた、ある激しい風の吹く夜。
人通りのない荒野の街道を急いでいた私たちは、暗闇の奥から這い出てきた『最悪の悪夢』の急襲を受けることになる。この数年間の幸せな旅路のすべてを粉々に引き裂き、私を人間側から引き剥がす、運命の歯車が回り出そうとしていた。
筆がめちゃくちゃのって5000字越えました(*゚Д゚*)
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