“カードの精霊”という存在はこの世界のプレイヤ達にとって都合の良い存在では断じてない。
世界中で確認されるカードの枚数は各々で全く異なるモノで、伝説のカードとされているカードや“神のカード”とされるモノなんかは世界でも数枚しか存在を確認できていないという事はよくある話。
それとは異なりバニラカードとも評される通常モンスターの中でもとりわけステータスが低めに設定されているカードや謎のデメリット効果がつけられているカードなどは持ち主の都合によって手放されることは多い。
マナーが悪いと言えばそれまでだが、道端に投棄していくプレイヤーもいる。
ある程度のステータスや効果が保証されていればそんなことになる可能性は極めて低くなるものの、レアカードという認識が持たれれば
そうでなくとも観賞用と称して永久に見世物にされるカードもあることを考えれば“カードの精霊”として意識を覚醒させ、活動を行う者達はその辺りの環境や対象に気を配っていると言ってよい。
希少であっても、デュエルで使えなければ価値が極めて低くみられるのが当然だからだ。
「だからこそ、私は断言できる。
『他と比べても類を見ない程に、私と言う個人は、恵まれた存在である』…と」
ぽつりと零れた独り言。
普段業務に励んでいる執務室とは異なって隣に備え付けられた個人用の休憩室。
“レイズ・ムーンの
エアコンから流れてくる冷気が程よく冷やしてくれている為か、まだ外は暑い季節であっても室内では快適な空間を維持してくれていた。
無事に開催していたリーグ戦が閉幕し、各企業達との話し合いも落ち着いてきた。が、まだまだやるべきことは沢山ある。
最も今は休憩時間として他の従業員からも認知されているが故に、座っているオフィスチェアの背もたれを倒しながら天井を眺めていたとしても誰にも咎められることはない。
姿勢を戻して引出しから
レザー生地で作られたデッキケースはシンプルな色合いながらも使い込んでいる事で味のある色艶を保持していた。
その中から丁寧に収められていたデッキを取り出して机の上に一枚一枚取り出していく。
デッキとしてはOCGプレイヤーやTCGプレイヤーにとっては見慣れたであろうカード達。
それらを様々な観点を経て組み入れて構築したこのデッキはシエロが傍に置く
ただそれは一般的に“それらしか手持ちになかったから入れた”というものではない。
“数多あるカードから選定して選んだ”複合デッキと言っても良いだろう。
基本的にデッキと言う存在はテーマ単位で構築されていく傾向にあるからこそ、彼女のデッキを見た相手は不思議がる。
「【レイズ・ムーン】…か」
そうやってデッキ一通り見てから思うは“レイズ・ムーンの
【レイズ・ムーン】だと、そう
“カードの精霊”として存在するのであれば必ず持っていなければおかしいとも言える力の源を彼女は現在まで有していなかった。
「勿論情報が世界的に認知されていないというのもあるだろう。なぜなら“私”だって名前と姿しか把握していなかったのだから…」
彼女が“カードの精霊”として生まれた時点でまだ【レイズ・ムーン】と言うカテゴリーは未知数の可能性を有している状態なのだ。
故に不安定。
彼女が“シエロ”という存在として生まれたのも何らかの意図があった訳でなく偶然の産物なのかもしれない。
「そんな私を、私が自称していただけで…本当に“ムーン・レイズの
効果もわからない。ステータスも不明。シンクロ?エクシーズ?それともペンデュラム?
もしかしたらモンスターカードですらなく、魔法カードや罠カードの可能性もある。
そんな存在をストレージに保管する者は大多数居れども、カードの精霊として常に自身の傍に置いておくことを許容できる人間はこの世界には少ない。
ある程度存在が確立された精霊ならば独りでも問題なく生きて、活動を行えるだろう。
ただ生まれたばかりで自己を確立できていない精霊がそのような状況下に置かれた場合、その限りではない。
故にシエロは
彼とは短くない付き合いだ。
だからこそ彼が無償の奉仕を行うような聖人染みた人物ではない事はすでに理解している。
こういうと自意識過剰だと思われるかもしれないが、私の容姿あたりに惹かれたぐらいの俗世的な理由だろう。だがそれでも良いのだ。なんの問題もない。
「
二階の窓から見える会社の中庭。
そこで
走らせて障害物を飛び越えさせているのを見るに、近くで散歩していた
彼だって本来居た世界とは違ってモンスターが平然と具現化する光景が当たり前の世界に適応するのは大変だったであろうに、いつの間にか当たり前だろ?という顔でモンスターと触れ合っている。
それでこの前のリーグ戦終了時に参加者達が悪乗りで召喚したモンスターの騒ぎに巻き込まれて吹き飛ばされていたというのに、危機感が無いのだろうか?いや、感覚が麻痺しているのかもしれない。あのまま“異次元の狂獣”に異次元へ連れ去られたらどうするつもりなのだろうか?
此方の気も知らないで、危ない状況にならないで欲しいものだ。
実際はそこまで心配しなくても良いのだろう。
しかし何事にも『もしも』という可能性がある。
危ない事は前以て無くしておくに越したことはないのだ。
「だからこそ、私が君を…
物理的に、そして経済的にも。
表向きは会社の警備関係ではあるが、裏向きは
その後通りすがりの“ハイ・プリーステス”*4に祈祷を受けたのか鼻の下を伸ばす
バキッ
その光景が視界に映ってしまったことで、肘掛けをついつい握り潰してしまった。
いけないいけない。
こんな姿を従業員に見せる訳にはいかない。ただこのまま彼には少しだけ言いたいことが出来た。
「
私は
決して怒っている訳ではないことは理解しておいてほしい。
・カードの精霊
カードを所持するプレイヤーが持つ“デュエルパワー”や“フィール”などと呼ばれる力を注がれて生まれる事こともある存在。生まれたばかりの精霊は存在が不安定であり、定期的に力を吸収しなければ自然消滅してしまうという設定。
ただ基本的にデッキを長年愛用した者達の傍で生まれるor精霊界のような大気中のパワー濃度が濃い場所で生まれる為、シエロの様に「使用者が現在進行形で誰もいない」「認知が極めて低い」状態で精霊化する事はイレギュラー案件である。
・レイズ・ムーンの
上記のような例外で生まれたカードの精霊で浩瀬からデュエルパワーを得る過程でOCG・TCG世界を知る事になる。
本来は【レイズ・ムーン】のデッキを有している筈だが、イレギュラー案件の為保有できていない。
現在使用が確認されているデッキは【ダイスポッド】【無千ジャミング】など俗にいうコンセプトデッキ。浩瀬と共に作り上げたデッキはまた別に所持している。
一般的な浩瀬の呼び方は「番兵君」。二人きりの時だけ名前で呼ぶ。
・月浪浩瀬
別世界からやってきたOCGプレイヤー。
シエロがやってきたときにイラストだけ見たことがあるが故に受け入れた。
後普通に容姿に惹かれたというのもある。
遊戯王モンスターが定期的に召喚される世界に最初は戸惑ったが、デュエルマッスルを鍛えればある程度何とかなることに気づいてからは適応が早かった。
暇な休日があれば“熱血指導王ジャイアントトレーナー”が運営するジムで時々身体を鍛えている。
「番兵君」の呼び名に漸く慣れてきた。