天赤二次 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
「天は赤い河のほとり」を舞台とした、ザナンザ生存ifストーリー
紀元前14世紀 地中海沿岸にその村は存在していた。
――登場人物――
アイラ(17)(主人公)
2年前に異世界(現代日本)から召喚された少女。
孤児院で培った生活の知恵や技術を村に伝え、発展に大きく貢献している。
ザナンザ(20)
ヒッタイト帝国の第四皇子。
エジプトへの道中に襲撃を受け、瀕死の状態で村へ召喚された軍人。
村に身を寄せ、身分を隠して暮らすことになる。
シュワルト(17)
村長の息子であり、火を操る神官。
アイラとザナンザを召喚した張本人。
――舞台設定――
人口100人程度の自給自足の村。
畑作・稲作・漁業・牧畜などが営まれている。
外部からの侵略を防ぐため、表向きは「病人が集まる村」と偽装して独立を保っている。
天然温泉も湧き出る理想郷。
【挿絵表示】
深く沈む闇の底から、ゆっくりと意識の輪郭が浮上していく。
激しい熱の波。焦げつくような喉の渇きと、背中を焼きちぎるような裂傷の激痛。
男は荒い息を吐き出しながら、ぼやける視界でゆっくりと見慣れぬ天井を見上げた。
「ここは、どこだ……私は、うっ……!」
重い体を起こそうと僅かに身をよじった瞬間、背中に走った激痛に男――ザナンザは苦悶の声を漏らす。
「目が覚めたんだね! あまり動かないで、背中を切られてるから」
視界の端から滑り込んできたのは、華奢な手だった。
手際よく男の身体を支え、無理な動作を制する。その触れ方は驚くほど手慣れており、そして温かい。
♢
♢
♢
「シュワルト! 目が覚めたよ!」
私が部屋の外へ向かって声を張ると、すぐに足音が近づいてきた。
現れたのは、この村の神官であり、村長の息子でもあるシュワルトだ。
手にした木桶を床に置くと、彼は額の汗を拭いながら、心底あきれ返ったようなため息を漏らした。
「全く……『最高の嫁を…!』と念じればとんだじゃじゃ馬が出てくるし、『最高の軍人を…!』と念じれば死にかけの男がやって来る……。俺の召喚術はポンコツなのか?」
軽口を叩きながらも、その手つきは甲斐甲斐しい。
シュワルトは手際よく水壺からコップへ清潔な水を注ぎ、汗を拭うための乾いた布を私に手渡してくれた。
愚痴をこぼしながらも、見知らぬ手負いの異邦人を一切見捨てようとしない。
それが、私の知るシュワルトという人間の温かさだった。
――そう、二年前。
この男が「最高の嫁」などという頓ちきな願いを込めて陣を焚いたあの日も、そうだったのだ。
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二年前のあの日。
私は日本の孤児院で、ちょうど15歳の春を迎えようとしていた。
中学校を卒業し、長年世話になった施設を出て、自分の足で生きていくための小さなアパートを決めたばかりだった。
掃除の手伝い、幼い子どもたちの世話、給食室での大量調理、傷の手当てや畑仕事――身寄りのない私が生きていくために身につけた雑多な生活の知恵を詰めたカバンを抱え、未来への期待と不安を胸に歩いていた、まさにその瞬間。
足元が不自然に青く光り、世界がぐにゃりと歪んだ。
浮遊感のあと、私が放り出されたのは、見たこともない石造りの祭壇の上だった。
煙の燻る匂いと、目の前で呆然と腰を抜かしている一人の少年。
それが、シュワルトだった。
『我が元に、私に相応しい最高の嫁を……!』
彼が陣に向かって真剣に祈りを捧げていたらしいことは、周囲の状況からすぐに理解できた。
召喚の光が収まるや否や、少年は真っ赤な顔をして立ち上がり、鼻息荒く私に向かって手を差し出してきたのだ。
『ついに成功した……! 運命の乙女よ、俺と結婚してくれ!』
召喚されて、わずか一秒。
状況の把握すら追いついていない頭で、私は冷ややかに言い放った。
『え、嫌だ。断る』
『秒で振られたアッーー!?』
絶叫して頭を抱えたシュワルトの顔は、今思い出しても少し可笑しい。
だが、異世界の突拍子もない場所に放り出された私を、シュワルトと村の人々は決して見捨てなかった。
行くあてのない私に居場所をくれ、身寄りのない私を「村の一員」として温かく迎えてくれたのだ。
だから私は決めた。
この村で生きていこう、と。
孤児院で徹底的に叩き込まれた生活の知恵、効率的な農作業、衛生管理、保存食の作り方。自分を救ってくれたこの小さな村を住み良くするために、私は持てる知識のすべてを注ぎ込んできた。
そして今日。
二年が経ち、ようやく平穏と自給自足のサイクルが完成しつつあったこの村の祭壇に、シュワルトのポンコツな(あるいは、奇跡的な)召喚術が、再び光を灯したのだ。
『最高の軍人を……!』という彼の切実な願いと共に現れたのは、豪奢だが血に染まった鎧を纏い、背中に深い斬傷を負った、死にかけの美しい男だった。
「……呑気に昔の思い出に浸ってる場合じゃないか」
私は小さく頭を振ると、シュワルトから受け取った布を温かな湯に浸し、固く絞った。
ベッドの上で荒い息をつく男の顔は、高熱のせいで酷く赤く腫れぼったい。だが、その目鼻立ちは驚くほど整っており、ただ者ではない高貴な雰囲気を纏っていた。
「水、飲める? 少しずつ含んで」
私は男の頭をそっと支え、コップの縁を唇に当ててやった。
男は喉を鳴らして必死に水を飲み干すと、まだ意識の覚めきらない虚ろな瞳で、私をじっと見つめてきた。
「……君は、誰だ……? 私は……エジプトへ向かう途中で……」
かすかな掠れ声で漏れ出た言葉に、私とシュワルトは一瞬、顔を見合わせた。
(エジプト……? この服装、それにこの鍛え上げられた身体……)
ただの兵士ではない。
圧倒的な死線をくぐり抜けてきた男の気配に、私の胸の中に、わずかな緊張が走る。
「ここは地中海の沿岸にある、小さな村だよ。あなたの傷は私が塞いだから、ひとまずは安心して」
そう告げながら、私は男の額に濡れ布巾をそっと置いた。
この男が何者であれ、命を救われた以上、もう私の患者だ。
この傷ついた『最高の軍人』が、これから私たちの村にどんな波瀾をもたらすのか――その時の私はまだ、知る由もなかった。