天赤二次小説 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
昨夜の甘く熱を帯びた静寂が嘘のように、翌朝の村は清々しい朝空に包まれていた。
朝食を終えた後、私とザナンザ、シュワルトの三人は、村長の家へと呼び出されていた。
小さな木のテーブルを囲み、村長、シュワルト、私、そして深緑の旅装を身にまとったザナンザの四人で、これからの村の方針についての会議が始まる。
「集まってもらってすまんね、ザナンザ」
村長が温かなお茶を一口すすり、穏やかな笑みを浮かべながら切り出した。
「実は、ザナンザに一つ頼みがあるのだよ。君が我が村に来てくれてからというもの、畑仕事も資材運搬も、驚異的な手際であっという間に終わってしまうだろう?」
「あぁ……村のみなさんの手際が良いおかげですが…」
恐縮そうに首を傾げるザナンザに、村長は力強く頷いた。
「そこでだ。仕事が早く終わって余った時間を使って……君に、この村の者たちへ『軍事演習』の指導をしてもらえないだろうか」
「軍事、演習……ですか?」
思いがけない提案に、ザナンザの漆黒の瞳が丸くなった。
「そうだ! せっかく『最高の軍人』様を召喚したんだからな!」
隣でシュワルトがニシシと鼻を鳴らす。
「もちろん、男女も年齢も関係なくだ。村人全員が自分の身を最低限護れるように強くなるのが目的さ。ここは結界や地形、そして『病の村』と吹聴し、外部からは護られた隠れ里だ。
他国に攻め込まれるなんてことは万が一にもないだろうが……まあ『備えあれば憂いなし』って言うだろ?」
「備えあれば、憂いなし……」
ザナンザはシュワルトの言葉を静かに噛み締めると、一度目を閉じ、胸の前に深く手を当てた。
「……承知しました。自らの身を護る術を持つことは、どんな平穏な時代であっても決して無駄にはなりません。ヒッタイトの軍略と武芸、この村の暮らしに合わせた形で、全力で伝授させてもらいましょう」
「助かる、ザナンザ!」
シュワルトに「決まりだな! アイラ、お前も当然参加だからな!」と指をさされ、私は「もちろん、そのつもりだよ」と笑って頷いた。
翌日から、村の西側にある広い空き地で、さっそく「演習場作り」が始まった。
ザナンザの的確な指示のもと、男たちが力強く鍬を振るって地面を平らに踏み固め、大工当番の手で木製のダミー標的や弓道の的が手際よく設置されていく。
「まずは基本の姿勢からだ」
完成した演習場に村人たちが集まると、ザナンザの雰囲気がガラリと変わった。
普段の優しく穏やかな青年から、数々の戦場をくぐり抜けてきた本物の『将』の威厳が漂う。
「剣や槍は、腕の力だけで振るうものではない。足の踏み込みと、体幹の軸を意識するのだ」
ザナンザは木剣を手に取り、見事な構えと一閃を見せて見せた。その無駄のない美しさに、村人たちから「おおっ……!」と歓声が上がる。
演習には、私の姿もあった。
「アイラ、肘の引きが甘い。もう少し姿勢を低く……そう、そこだ」
「こう……かな!?」
後ろからザナンザがそっと肩と肘に手を添え、正しいフォームを指導してくれる。
指導中の彼の顔は真剣そのものだが、ふとした瞬間に視線が交わると、少し照れくさい。
演習は武器の扱いにとどまらない。
後半には、馬をただの移動手段ではなく、戦時や緊急時に乗り手を護る『軍馬』として扱うための訓練も行われた。
「馬は乗り手の恐怖や迷いを敏感に察知する。心を通わせ、こちらの意志を正しく手綱と脚で伝えるのだ」
鐙(あぶみ)を使った安定感のある騎乗技術を学び、馬の上からの弓の引き方や、暴走させないための御し方を習得していく。
汗を流し、大声を出し合いながら技を磨く村人たち。
その中心に立つザナンザの表情には、皇子としての悲劇的な過去の影など微塵もなく、自分の知識と技術で大切な人々を護ろうとする、誇りと喜びに満ちあふれていたのだった。
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日数が経ち、いつもの演習を終え、夕暮れの心地よい風が吹き抜ける私の家。
汗を拭い、温かなお茶で喉を潤しながら、私はテーブルの向こうに座るザナンザへ微笑みかけた。
「凄いよザナンザ。みんな、日に日に動きが良くなって強くなっていくね」
「あぁ……村のみなさんの呑み込みの早さには驚かされる。何より、大切なものを護りたいという意思が技に乗っているのだな」
ザナンザが嬉しそうに目を細めると、隣で豪快にお茶を飲み干したシュワルトがパンと手を叩いた。
「へっ、これなら定期的に剣や弓の『競技大会』を開くのも面白いかもしれねぇな! お互いの腕を競い合えば、もっと上達するだろ!」
「いい考えだね! 私たちのいた元の世界でも、武器を使った競技大会はすごく盛んだったよ」
「ほう……異世界の競技か」
興味深そうに身を乗り出すザナンザに、私は頷いて説明を続けた。
「うん。『剣道』っていう剣術の競技があってね。竹刀っていう竹でできた道具を使ったり、木刀を使ったりするの。それと、柄(え)がもっと長い薙刀(なぎなた)っていう武器を使う競技もあったよ」
さらに、私はふと思いついて足元を正した。
「それから、素手で戦う『体術』の競技も盛んだったの。ボクシングとか、空手、それに『柔道』っていうんだけど……もしかしたら、ザナンザなら理屈がわかるかもしれない」
「素手での戦術か……ぜひ見せてほしい」
「うん! 柔道は私も昔習ってたから本格的にできるし、空手やボクシングも見よう見まねだけどこんな感じ!」
私は立ち上がり、その場で軽やかにステップを踏んで素早いジャブとストレートを放ち(ボクシング)、続いて腰を落として鋭い突きと蹴りの型(空手)を披露してみせた。そして最後に、相手の懐へ滑り込んで重心を崩す柔道の構えを見せる。
ザナンザはその一挙一動を、驚異的な集中力と鋭い目つきで見つめていた。
「……見事だ。無駄がない。ボクシングは拳の回転と体重移動、空手は全身の力を一点に集中させる打撃……そして最後の動きは、相手の力を利用して体勢を崩す技術だな。どれも極めて理にかなっている」
「さすがザナンザ、一目見ただけで見抜いちゃうんだね!……ねえ、ちょっと外に出て実際に試してみない?」
「あぁ、ぜひ願いたい」
外の平らな空き地に出ると、ザナンザ、私、そして面白そうについてきたシュワルトの三人で向かい合った。
「柔道は相手を投げる技が多いんだけど……投げ技は『受け身』が取れないと大怪我をするから、すごく危険なの。だからまずは受け身の練習からね!」
私は手本を見せるため、地面に素早く倒れ込みながら衝撃を逃す動きをして見せた。
「地面に叩きつけられる瞬間に、思い切り息を吐く! そしてお尻から落ちるようにして、手のひらと腕全体で地面を強く叩くの!」
「ほう……衝撃を体内に留めず、呼吸と腕の打撃で外へ逃がすのか。見事な理屈だ」
一瞬で原理を理解したザナンザは、さっそく叩きつけられる衝撃を逃す見事な受け身を再現してみせた。さすがはヒッタイト最高の軍人、体の使い方の天才だ。
シュワルトも私の指導に従い、「こうか…?」と、何度もやっていくうちに形になってきた。
「よーし! じゃあ次は実践だな! アイラ、俺を投げてみろよ!」
シュワルトがニシシと笑いながら前に出てきた。
「いいの? しっかり受け身取ってね!」
私はなるべく衝撃の少ない草むらにシュワルトを連れ出すと、衣の襟と袖を掴み、すっと踏み込んで腰を入れ、一気に背負い投げを放つ。
「うおっ……っとぉ!?」
一瞬浮遊感が襲い、シュワルトの身体が弧を描いて地面へと叩きつけられた。
『パァンッ!!』
地面を叩く豪快な音が響き渡り、シュワルトは「ぐはっ……!」と派手に息を吐き出した。
「ふぅ……! ちゃんと息吐けた? シュワルト」
「い、てて……! アイラお前、容赦ねぇな……! でも確かに、地面を叩いたおかげで骨は折れてねぇし、息を吐ききったお陰で肺も無事だ……」
土まみれになって起き上がるシュワルトに手を貸しながら、ザナンザは感心したように深く頷いた。
「相手の体重と威力をそのまま利用して投げる……小柄な者でも大柄な敵を制することができる、実に見事な術だ」
「うん。でもやっぱり、土の上で何度も投げる練習をするのは体に負担が大きいよね」
シュワルトの背中の土を払いながら、私は腕を組んで提案した。
「やっぱり、怪我をしないように藁やマットを敷いた専用の『道場』を建設するのがいいと思うな。屋根があれば雨の日でも体術の練習ができるし!」
「道場か……! それは素晴らしい案だ。衝撃を和らげる敷物の開発と合わせて、さっそく明日、村長と大工当番に相談してみよう」
ザナンザは新しい技術と訓練場の構想に目を輝かせ、心底楽しそうに微笑むのだった。