天赤二次小説 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
競技大会の熱狂から数日が過ぎ、村はいつもの穏やかな静けさを取り戻していた。
訓練や大会の後始末、村人たちの指導で大忙しだった日々が一段落し、久しぶりに私とザナンザの二人だけで過ごす、ゆったりとした夜が訪れる。
村の外れにある温かな温泉から上がり、それぞれ時間差で身支度を整えて家に戻ってきた二人。
ほんのりと体温の上がった肌、濡れた髪から漂う湯の香りとほのかな石鹸の匂い。いつもと変わらない部屋のはずなのに、大会の喧騒が引き去ったあとの静寂が、どこか二人を妙に緊張させていた。
「あ、あの……お茶、淹れようか?」
「ありがとう……。だが、無理をしなくても大丈夫だ」
どこかぎこちない会話。
髪をさっぱりと乾かした私と、薄手の部屋着を纏ったザナンザは、お互いに視線を合わせるのが照れくさく、少したどたどしい仕草でローテーブルを挟んで向かい合って座った。
この甘く重い静けさを少しでも和らげようと、パッとひらめいて棚から一つの木箱を取り出した。
「ねえ、ザナンザ。久々に……リバーシでもしない?」
「リバーシか。あぁ、喜んで相手になろう」
緑色の布の上に、黒と白の丸いコマを並べていく。
当初は私が圧倒的な強さを誇っていた。しかし、頭の中で何十手先もの戦況を盤面として描き出す天才的な軍師でもあるザナンザは、ほんの数日でルールを完全に理解し、今や村で一番の強豪となっていた。
「よし、じゃあ私からね!」
私は角を狙う足がかりを作ろうと、慎重にコマを打ち進める。
対するザナンザは、視線を盤面に落とし、静かにコマを配置していく。その手つきは優しくも、一手一手が見事なまでに隙がない。
「ふふ、ここを取れば私の勝ち筋が……あっ!?」
私が自信満々に打った直後、ザナンザは躊躇うことなく別の端のコマを裏返し、盤面全体の流れを一瞬で塗り替えてしまった。
「あぁ、すまない。アイラ、ここは君の誘いだったのだろうが……あらかじめこちらの盤面を空けておいたのだ」
「うわぁ……! 完全に見抜かれてた……! いつから狙ってたの?」
「最初に君が中央を固め始めた時からだな。兵を誘導するようにコマを置く君の癖は、実に愛らしい」
「もうっ、手加減なしなんだから!」
私が悔しそうに頬を膨らませると、ザナンザは「勝負事に嘘はつけない性分でな」と照れたように微笑んだ。
気づけば、盤面はほとんどがザナンザの黒いコマで埋め尽くされている。圧倒的な敗北にもかかわらず、白熱したゲームのおかげで、先ほどまでの不自然な緊張はすっかり吹き飛んでいた。
パチ、と最後のコマが置かれる。
「私の勝ちだな。……楽しかったよ、アイラ」
「うー、やっぱり勝てないや!流石ザナンザだね」
降参の意を込めてパチパチと拍手を送ると、ザナンザはコマを片付ける手をふと止め、静かに私を見つめた。
盤面を片付け終え、部屋に再び訪れる静寂。
だが、今の静けさは先ほどのような気まずいものではなく、互いの温もりを求め合うような、深く甘い熱を帯びていた。
ゆらゆらと揺れるランプの灯りが、二人を優しく照らし出す。
ザナンザは意を決したように息を呑むと、座っていた位置からゆっくりと身を乗り出して近づいた。
目の前に迫る、彼の凛々しく整った顔立ち。
温泉上がりでほんのり赤みを帯びた彼の頬と、吸い込まれそうなほど真摯な瞳が、まっすぐに私を捉えている。
「……アイラ」
低く、少しだけ震える声で名を呼ぶ。
ザナンザは大きな手をゆっくりと伸ばし、緊張で少し強張っている頬へ、宝物に触れるかのように優しく添えた。
「……キスを、してもいいだろうか?」
直球で、けれどどこまでも誠実な問いかけ。
その言葉に、私の心臓が跳ね上がるように強く脈打った。彼の手のひらから伝わってくる温かさが、愛おしくてたまらない。
言葉の代わりに、瞳を潤ませながらコクンと小さく頷き、そっと目を閉じた。
次の瞬間、ふわりと柔らかな触感が唇に重なった。
夜の香りを纏った、彼の温かで優しい体温。
一度重なった唇は、愛おしさを噛み締めるようにゆっくりと離れ、ザナンザは愛おしくてたまらないというように、深く息を吐きながら私をそのまま力強く、けれど大切に抱きしめた。
「ザナンザ……」
ザナンザの強く確かな腕の中に包み込まれながら、胸の鼓動を重ね合わせる。
彼の胸から響く規則正しくも激しい脈動が、抱き締められた身体を通してダイレクトに伝わってきた。
ザナンザは腕の力を一層込め、愛おしさを惜しみなく注ぎ込むように、低く、けれどどこまでも真摯な声で言葉を紡いだ。
「アイラ……愛している。君が私にくれたこの新しい命のすべてをかけて、君を愛している……」
まっすぐで嘘のない言葉に、胸の奥が熱い愛おしさで満たされていく。
「……うん。私も、ザナンザが好き。ザナンザのことが、心から大好きだよ……」
互いの愛を確かめ合うように紡がれた言葉に、ザナンザの身体が歓喜でかすかに震えた。
彼はそっと腕を緩めると、私膝裏と背中に滑らかな手つきで腕を回し、ふわりと力強く身体を持ち上げた。
「あ……」
あどけない声をあげる私を軽々とお姫様抱っこし、ザナンザはゆっくりとベッドへと歩みを進める。
シーツの上に優しく横たえられ、自らも覆いかぶさるようにして、愛おしそうに頬を撫でられた。
「アイラ……」
熱を帯びた琥珀色の瞳が見つめてくる。
彼は額に、目元に、そしてそっと傾けた首筋や鎖骨のあたりの胸元へと、温かな唇を落としていった。
触れられるたびに身体が熱くなり、くすぐったいような、甘い痺れが全身を駆け巡る。
だが、彼の口づけが次第に熱を帯びていくにつれ、私はふと息を呑み、彼の胸元をそっと押し留めた。
「ザ……ザナンザ……。あのね……私、……したことがないの」
上目遣いに照れくささと不安の混じった視線を送り、そして逸らす。
ふと頭に浮かんだ疑問に、アイラは勇気を出して問いかけた。
「ザナンザは……ある、よね……」
ザナンザは一瞬だけ動きを止め、瞳に誠実な色を宿してまっすぐに見つめ返した。
「……あぁ。……過去に、女性を知ったことはある」
包み隠さず告白したザナンザに、小さく頷き、静かに言葉を続けた。
不思議と、嫉妬心はなかった。
「そっか……。ねえ……それって、赤ちゃんができる行為、だよね。……ザナンザは、昔、相手の女の人が妊娠することに対して……怖くはなかったの?」
その問いかけに、ザナンザは少し遠くを見るような目をし、静かに吐息を漏らした。
「……そうだな。あの頃の私は、皇子としての義務と責任の中にいた。
もし子ができることがあれば、その命に対して万全の責任を持つ……ただそれだけを考えていたよ」
そう語るザナンザの眼差しが、再び私へと向けられる。そこには、過去の義務感とはまったく違う、溢れんばかりの深い愛が満ちていた。
「だが……今は違う。君と出会い、君を愛して知った。……責任を取るということと、心からその子を望むということは、まったく違うのだと。
今の私は……君との子を、心から望んでしまう。君と私の血を引いた命を、愛おしく抱きしめたいと……心から願ってしまうのだ」
自分のすべてを肯定し、愛してくれるザナンザの言葉。
彼との子を望むその想いは、温かく、あまりにも眩しかった。
「ザナンザ……」
私は胸がいっぱいになりながらも、そっと目を伏せた。
「……ザナンザのことは好き。本当に好きだし……ザナンザに、心から抱かれたいとも思ってる。……でも、ごめんなさい。少しだけ……待ってほしいの」
言葉の語尾がかすかに震え、私の表情に影が落ちる。
彼の胸に顔を埋めるようにしながら、私は今まで誰にも話したことのない、胸の奥深くに刻まれた暗い過去をポツリポツリと語り始めた。
「私……孤児院で育ったでしょ。……『捨て子』だったの」
過去の冷たい記憶が、脳裏に鮮明に蘇ってくる。
「そして……親から最後にかけられた言葉がね……『あんたさえいなければ』だった」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「……何だと……!? そんな……そんな酷いことが……っ」
ザナンザの声が激しく震えた。彼の瞳に溢れ出したのは、激しい憤りと、目の前で身を小さくする私に対する、胸を締め付けられるほどの憐憫だった。
「だから……私、親からの愛も知らないし……自分が親になって、子供をちゃんと愛せるのか、自信がなくて……っ」
ぽろぽろと零れ落ちる私の涙を、ザナンザの大きな手が優しく、そして震えながら押し拭ってくれる。
「アイラ……君は……!」
ザナンザの手が私の身体を壊れ物を扱うように、けれど二度と離さないときつく抱きしめようとした――その瞬間だった。
『バァンッ!!』
突然、部屋の扉が勢いよく開き、夜の冷たい風とともにシュワルトが飛び込んできた。
「あっ……! と、取り込み中だったか!? 悪ぃ、ごめん!! ……って、それどころじゃねぇんだ!!」
気まずさに一瞬目を丸くしたシュワルトだったけれど、すぐに焦燥に満ちた表情で叫んだ。
「妊娠中だったシイが、とうとう産気づいたんだ!! 以前この村で産婆をしてたデイ婆さんは高齢で亡くなっちまったろ!?
昔、デイ婆さんと一緒に出産に立ち会ったことがあるアイラしか、もう頼れる奴がいねぇんだよ! 頼む、早く来てくれ!!」
「シイが……!?」
私は一瞬で涙を拭うと、ベッドから跳ね起き、すぐさま靴を履いて走り出した。
「ザナンザ、シュワルト! すぐに来て!」
村の産屋に駆け込むと、そこには激しい陣痛に耐えかねて苦しげな喘ぎ声を上げるシイと、その傍らで蒼白になっておろおろとする夫のイエーフの姿があった。
「アイラ……! 助けてくれ、シイを……シイと子どもを助けてくれ……っ!」
縋り付いてくるイエーフに、私は力強く頷いた。
「イエーフ!落ち着いて、大丈夫。 私に任せて……
シュワルト、ザナンザ、指示を出すからすぐに動いて! お湯と、冷たい飲み水と、たくさんの清潔な布を大至急用意!」
「おうっ、分かった!!」
「承知した!」
二人が弾けたように飛び出していくのを見届け、私はシイさんの枕元へ膝をついた。
「イエーフはシイの手をしっかりと握っていてあげて!
シイ、大丈夫だよ、私を見て! 息を整えよう。私の真似をして……『ひっ、ひっ、ふー』……そう、『ひっ、ひっ、ふー』って呼吸して!」
「ひっ……ひっ……ふぅぅ……っ!!」
すぐさまシュワルトが汲みたての水を竹筒に入れて駆け戻り、シイの乾いた唇に含ませる。
ザナンザは大鍋で次々とお湯を沸かし、清潔な布を絶え間なく運んできてくれた。
夜が深まり、松明の炎がゆらゆらと揺れる中、産屋には命を繋ぐための壮絶な闘いが続いていた。
「シイ、すごいよ! 赤ちゃんの頭が見えてきた! 次の波が来たら、そのまま思い切りいきんで!……そう、上手!!せーの!!」
「うあああぁぁぁぁッ―――!!」
東の空がゆっくりと白み始めた、その時だった。
『おぎゃあぁぁぁ! おぎゃあぁぁぁ!』
朝日が差し込む産屋の中に、高らかで、力強い産声が響き渡った。
「生まれた……! 元気な男の子だよ!」
私が産湯で綺麗に拭った赤ん坊をシイの胸元へ抱かせると、シイさんとイエーフさんはボロボロと涙を流しながら、互いを抱きしめ合った。
「ありがとう……ありがとう、アイラ……! シイ、私たちの子だ……!」
「アイラ、本当にありがとう!この子は命を懸けて大事に育てるわ!」
朝日を浴びながら、愛おしそうに生まれたての命を抱くシイとイエーフ。
その姿は、凄く尊く見えて、まるで世界で一番神聖で輝いて見えた。
(赤ちゃんて、あんなに愛されて……望まれて、生まれてくるんだ……)
そのあまりの尊さと眩しさに、私の胸の奥にあった冷たい結び目が、ゆっくりとけていくような気がした。
一晩中張り詰めていた緊張が解けると、どっと猛烈な眠気と疲労が押し寄せてきた。
私はへたり込むようにして、産屋の太い柱にもたれかかり、そのまま安心しきってうとうとと眠りへと落ちていった。
私の意識が遠のく中、柱にもたれた体を、後ろから包み込むようにそっと抱きとめてくれる、ザナンザの温かな腕があった。
そして私の身体を優しく胸の中へと抱き寄せ、髪にそっと口づけを落としてくれたぬくもりを微かに感じながら、私は心地よい闇の中へと身を委ねたのだった。