天赤二次 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
翌日、私とザナンザは気になっていたシイの家へと向かった。
生まれたばかりの小さな赤ん坊が、無事に元気に過ごせているか確認したかったのだ。
「シイ、イエーフ、お邪魔するね」
「あ、アイラ! ザナンザ! 入ってくれ!」
家の中へ入ると、ちょうど授乳が終わり、シイが愛おしそうに赤ん坊を横にさせているところだった。
横ではイエーフが慣れない手つきで濡れた布を替えたりと、二人で一生懸命に世話をしている。
「ふふ、二人ともすっかりお父さんとお母さんの顔だね。
シイ、体調はどう? 授乳の体勢、腰や肩が痛くなってない?」
「あ、アイラ……! うん、体の痛みはあるけれど、この子がおっぱいを飲んでくれるのが嬉しくて。
……でも、オムツの替え方とか、これで合ってるのか少し不安なの……」
「どれどれ、見せてね」
私はシイの横に腰掛け、赤ん坊の様子を優しく観察しながらアドバイスを始めた。
「うん、オムツはこまめに替えてあげて正解だよ。生まれたばかりの赤ちゃんの肌はすごくデリケートだから、うんちやおしっこがついたままだとすぐにかぶれちゃうの。
拭く時は擦らずに、ぬるま湯で湿らせた柔らかい布でポンポンと優しく押さえるように拭いてあげてね」
シイさんとイエーフさんは真剣な表情で大きく頷く。隣で見守っていたザナンザも、興味深そうに耳を傾けていた。
「それから、シイ。あなた自身の体調もすごく大事だからね。
出産はお腹の中に大きな怪我を負ったのと同じくらい体に負担がかかってるの。
最低でも一ヶ月は重いものを持ったり無理な運動はしちゃ駄目。
そして、赤ちゃんが寝ている間にはシイも横になって一緒に休んで」
「わかったわ。アイラ」
シイは一生懸命に聞いている。
「あと、この時期の乳幼児のケアで一番気をつけなきゃいけないのは『首』と『保温』と『感染症』だよ」
私は赤ん坊の頭を優しく撫でながら、さらに詳しく説明を続けた。
「首がすわるまでは頭がぐらぐらだから、抱っこする時は絶対に首の後ろと頭をしっかり手で支えて。
それから、赤ちゃんは体温調節がうまくできないから、冷やしすぎるのも温めすぎるのもNG。背中やお腹に手を入れてみて、汗ばんでいたら一枚脱がす、冷たかったら温めてあげる、っていう風に確認してね。
あと、外から入ってきた人は必ず手を綺麗に洗ってから触ること!」
私のアドバイスに驚いたのか、シイは目を丸くして感心したように尋ねてきた。
「すごい……アイラ、どうしてそんなに赤ちゃんの世話や知識に詳しいの? まだ若いのに……」
尋ねられた瞬間、私は少しだけ胸の奥がキュッとなるのを感じたけれど、もう自分の生い立ちから逃げたり隠したりする必要はないんだと思えた。
ザナンザが私の背中にそっと温かい手を置いてくれたから。
私は穏やかに微笑んで答えた。
「私ね、育った孤児院で、赤ん坊たちのお世話をしていた時期があったの。
訳ありの妊婦さんでも、私みたいな捨て子でも、誰でも対等に受け入れる場所だった。
……付き合っていた男の人に捨てられて、かけこんできた臨月の妊婦さんの出産に立ち会ったり、ミルクを作ったり、オムツを替えたり、夜泣きに付き合ったり……たくさんの赤ちゃんの世話をしてきたから身体が覚えてるんだ」
「……、そうだったのね。
アイラ、その経験が私たちを救ってくれたのよ。
本当に、ありがとう。」
自分の過去を素直に明かした私に、シイはふわりと抱擁してくれた。
そして、赤ん坊を抱き上げてそっと私の方へ差し出してくれた。
「アイラ、よかったら、この子を抱っこしてあげてくれる?」
「えっ……いいの?」
「もちろん! アイラのおかげで無事に生まれてこられた子だもの」
私は緊張しながら、そっと腕を差し出し、首をしっかり支えて赤ん坊を自分の胸に抱き上げた。
ずっしりとした、けれど羽のように儚い命の重み。
腕の中から、お日様とミルクが混ざり合ったような甘くて愛おしい匂いがふわりと漂ってくる。
(あぁ……すごく、いい匂い……)
トクトクと伝わってくる小さな心臓の鼓動。
自分の腕の中で安心しきって小さな吐息を漏らす命に触れた瞬間、胸の奥から温かな感情が溢れ出し、心が洗われるような尊い気持ちでいっぱいになった。
「かわいいね……ザナンザ」
見上げると、ザナンザもまた、私の腕の中の赤ん坊と私を、溢れんばかりの深い愛しさを込めた眼差しで見つめていた。
「あぁ……本当に、尊く美しい命だな」
赤ん坊の小さな手を取り、温かな祝福の光の中で、私たちは静かにその愛おしさを噛み締めるのだった。
私の腕の中でスヤスヤと眠る赤ん坊を二人で見つめていると、ふと、隣に立つザナンザの雰囲気が静かに変わった。
(ザナンザ……?)
彼の視線は赤ん坊の小さな手に注がれていたけれど、その瞳の奥はどこか遠く、遠い故郷の空を映しているかのようだった。
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私の胸の中で小さな吐息を漏らす赤ん坊の温もりに触れている間、ザナンザの中でも、これまで蓋をしていた過去の記憶や想いが静かに溢れ出していた。
自分もこうして歳の近い大好きな兄――カイル皇子と、こうして同じように温かな腕の中で一緒に育ってきたのだと。
ザナンザの実の母親は、彼を産んで間もなくこの世を去ってしまった。
母の顔を知らずに残された彼を、実の我が子と何ひとつ分け隔てなく、惜しみない愛で育ててくれたのが、兄カイルの母であるヒンティ皇妃だった。
温かな家族の記憶。そして、兄への心残り。
(兄上に……会いたい。ご健在なのだろうか)
ザナンザの胸の奥で、抑えきれない切望がこみ上げていた。
直接会うことなど叶わなくとも、せめて「自分は今、新しい命を与えられ、この静かで温かな村で幸せに生きている」ということだけでも伝えたい。弟の死を悼んでいるであろう兄へ、自分の無事を知らせたい。
けれど――ヒッタイトの第四皇子である自分が生きていると世間に知れ渡れば、どうなるか。
彼を暗殺しようとした黒幕たちの動きだけでなく、ヒッタイトとエジプトの国同士の緊張状態や、命懸けで結ばれようとしている繊細な和平の天秤に、重大な歪みを生じさせてしまうかもしれないのだ。
(だが……それでも。どうにかして、兄上だけにでも……私の無事と、今の幸福を伝えられないだろうか……)
ザナンザの横顔に差し込む日差しの中で、彼の琥珀の瞳には、かつてないほど強い想いが宿っている。
赤ん坊を抱く私の横で、ザナンザは固く結んだ自分の拳を静かに握りしめていたのだった。