天赤二次 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
その夜、アイラが穏やかな寝息を立てて深く眠りについたのを確認すると、ザナンザは静かにベッドを抜け出した。
夜風が吹く静まり返った小道を通り、彼が向かったのはシュワルトの家だった。
『コン、コン、コン』
控えめに扉を叩くと、中からあくび混じりの足音が近づいてくる。
ギィと音を立てて扉が開くと、そこには目をこすりながら立ち尽くす、寝ぼけ眼のシュワルトの姿があった。
「んぁ……? こんな夜更けに何の用だよ、ザナンザ……。
……って、まさかお前、アイラに振られて俺に夜這いに来たのか!? 冗談じゃねぇ、俺はそっちの気(け)は一切ねぇぞ!!」
突如として大勘違いを起こしたシュワルトは、悲鳴を上げんばかりに自分の両腕で身体をぎゅっと抱きしめると、勢いよく扉を閉めようとした。
「ち、違う!! 断じて違う!! 扉を閉めるなシュワルト!!」
青ざめたザナンザは必死の形相で伸ばした手で扉の枠をガシッと掴み、力任せに押し戻す。
「ウソつけ! じゃあ何でこんな夜中にお前ひとりで俺んとこに来るんだよ! 離せって!」
「誤解だ! 頼むから話を聞いてくれ!」
深夜の玄関先で、男二人が大真面目な顔で扉を押し引きする滑稽な力比べ。
ギシギシと悲鳴をあげる扉を掴み合いながら、シュワルトは怪訝そうな顔で眉をひそめた。
「……ったく、一体何なんだよ! こんな時間に何の用だってんだ!?」
必死に扉を押し開けていたザナンザの動きが、ふと止まる。
彼は呼吸を整え、意を決したように真剣な、そして切実な眼差しでシュワルトをまっすぐに見つめた。
「シュワルト……お前の、神官としての力で……『遠く離れた誰かの夢に入り込む』ような真似は……可能だろうか?」
その予想外すぎる問いかけに、扉を押し返そうとしていたシュワルトの手がピタリと止まった。
「……あ? 夢の……中……?」
シュワルトは目を丸くし、ザナンザの真迫した表情を凝視したのだった。
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二人は足音を殺し、静寂に包まれた村の神殿へと向かった。
冷たい夜気と厳かな空気が漂う神殿の中で、シュワルトは祭壇の前に立つと、訝しげな様子で振り返り、腕を組んだ。
「で、出来るか出来ないかと言われたら……まぁ、神官としての術を使えば出来るっちゃ出来る。
……けどお前、何が目的だ?アイラと夢の中だけでも思いっきりイチャつこうって算段か?」
シュワルトの言葉に、ザナンザは首を横に振り、まっすぐな眼差しで答えた。
「違う。……私が夢の中で会いたいのは、ヒッタイトの第三皇子カイル・ムルシリ。
……私の、兄上だ」
その名を聞いた瞬間、シュワルトの表情が一変した。
「おい、お前……! 自分は死んだことにするって、あれほど言ってたじゃねぇか! ヒッタイトのためにも、兄さんのためにも……そして何より、この村のためにも!!」
咎めるようなシュワルトの鋭い声にも、ザナンザの決意は揺るがなかった。
「あぁ、分かっている。だから直接会いたいなどとは言わん。夢の中だけでいい。
……今日、シイの赤ん坊を見て深く思ったのだ。私も兄上と、母の腕の中でこうして共に育ってきたのだと」
「………」
シュワルトは返す言葉を失い、静かに口をつぐんだ。
ザナンザは胸に手を当て、溢れ出る切実な想いを言葉に乗せる。
「私が今、この素晴らしい村で健在であり……愛する女性と一緒に幸せに暮らしている。
かつて共に育った兄上に……ただ、それだけを伝えたいのだ」
ザナンザの切々とした訴えを聞き、シュワルトは大きなため息を吐くと、呆れたように頭をかいた。
「はぁ……だからアイラに内緒で俺のところに一人で来たわけか。
村に来た時、最初に約束したもんな。『自分が生きていることは誰にも伝えない』ってさ。
……まったく、しょうがねぇ奴だな」
シュワルトは「参った」と降参のポーズを見せた。
「わかったよ、男同士の秘密にしといてやる。
まあ『夢』の中なら、向こうの兄さんもただの幻覚か夢物語だと思って、本気にはしねぇだろうしな。
……それに、俺はお前に借りが山ほどある。今回だけは特別に手を貸してやるよ」
「シュワルト……! 感謝する……本当に、ありがとう」
深々と頭を下げるザナンザに、シュワルトはひらひらと手を振った。
「ったく、感謝なら成功してからにしろ。
……よし、儀式の準備をするぞ。神官の装束に着替えて、香と火を焚かないといけないからな。
お前はそこの石造りのベッドに横になって待っててくれ」
「あぁ、頼む」
言われた通り、ザナンザは冷たい石のベッドへと身を横たえ、静かに目を閉じるのだった。
神官の装束へと身を包んだシュワルトは、厳かな手つきで祭壇へと向かい、火を点けた。
揺らめく炎が、夜の神殿の壁を怪しく照らし出す。
「ザナンザ。言っておくが、夢の中で兄さんに会えても、くれぐれもこの村の場所や詳細は言うなよ。
それから、この夢のことは二人だけの秘密にするよう、向こうの兄さんとしっかり約束するんだ。いいな?」
「あぁ……分かっている。肝に銘じよう」
石のベッドの上で、ザナンザは深く頷いた。
「それじゃ、特別な香を焚く。ゆっくりと目を閉じろ……すぐに夢の世界へ入れるはずだ」
シュワルトが香炉を焚き上げると、甘く重厚な煙が部屋いっぱいに広がっていく。
ザナンザは静かに呼吸を整えると、深い眠りの底へと落ちていった。
シュワルトは祭壇の前で、低く響く声で術の呪文を唱え始める。
――だが、数分後。
石のベッドの上のザナンザが、突然「うぐっ……! んんッ……!」と苦悶の声を上げ、悪夢にうなされるように激しく身悶えし始めた。
額からは大量の冷や汗が吹き出している。
「おいっ!? ザナンザ、どうしたんだ!?」
事態の異常さに気づいたシュワルトは術を中断し、慌ててザナンザの肩を揺さぶって叩き起こした。
「ハッ……ハァ……ハァ……っ!!」
ガバッと飛び起きたザナンザは、まるで地獄を見てきたかのように顔面を蒼白にさせ、肩で激しく息をついていた。
「どうしたんだ一体!? 兄さんに酷いことでも言われたのか!?」
「シュ、シュワルト……っ!!」
ザナンザは胸を押さえ、震える声でシュワルトに叫んだ。
「夢の中に……ピンクのフリフリしたレースを纏った、とてつもなく屈強な男が現れてな……!
私に向かって『あ~らまぁ♡ 私に何の用かしらぁ♡』などと甘ったるい声で囁きながら、力任せに抱きついてきたのだぞ!!
……あ、兄上は……私がいない間、そんな風に変わってしまわれたのか……ッ!?」
絶望とショックで打ちひしがれるザナンザを見て、シュワルトは「あっ……」と顔を硬直させた。
「す、すまーーーん!! その男……ええと、こんなガタイで、こんな仕草であんな感じじゃなかったか!?」
身振り手振りで必死にその男の特徴を表現するシュワルトに、ザナンザは死んだような目で頷いた。
「あぁ……まさに、その通りだ……」
「そいつ!俺がアイラに振られた後、嫁候補としてこの村に召喚しちゃった時のオカマじゃねぇかよォオオ!!
何で毎回術を使うと出てくるんだよアイツはァ!!」
頭を抱えて叫ぶシュワルトを、ザナンザは冷ややかな、そして心底呆れ果てた眼差しで見つめた。
(……シュワルト、お前は本当に……聖職者なのか……?)
無言の視線に冷や汗を流しながら、シュワルトは必死に手を合わせた。
「本当にごめんて!!
今度こそ、今度こそ絶対に成功させるから待ってろ。 香を焚くから、もう一度眠ってくれ!」
「……はぁ。次こそは……頼むぞ……」
ザナンザは頭を抱えて深くため息をつきながら、半ば諦め気味に再び石のベッドへ横たわり、静かに目を閉じた。
シュワルトが今度こそ慎重に呪文を唱え、精神を集中させる。
ゆらゆらと意識が薄れ、深い霧のような夢の領域へと落ちていくザナンザ。
霧が晴れたその先――ザナンザの視界に広がったのは、かつて見慣れた、懐かしいヒッタイトの宮殿の庭園だった。
そして、その中央には。
優美でありながら威厳を纏った、確かに見覚えのある男の背中があった。