天赤二次小説 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
「私はアイラ。あなたと同じで召喚されてここに来たんだ。このポンコツ神官のシュワルトがあなたを魔力で呼び寄せたんだけど、怪我が酷くてあなた死にかけてたんだよ。
……殺すつもりで斬られたみたいだね。処置は済んだけどまだ動かないほうがいい。何があったか話せる?」
落ち着いた、けれどハッキリとした声で問いかけると、男の濡れた睫毛が僅かに揺れた。
熱に浮かされた虚ろな瞳が、目の前にいる私をゆっくりと焦点を合わせて見つめ返す。
「殺すつもりで」という言葉に反応したのか、彼の指先が、自分の身を守るようにベッドのシーツを強く握りしめた。
「……殺す、つもり……」
掠れた声で反芻し、男は深く息を吐き出す。
その胸の上下に合わせて、固く巻いた帯の隙間からかすかに痛みが走るのか、苦々しく眉根が寄せられた。
「……そうだ。私は……エジプトへの輿入れの道中……記憶が朧げだが、誰かに急襲されたのだ……」
男は己の内に潜む悔しさと痛みを噛み殺すように、眩暈に耐えながらポツリポツリと語り始める。
「私は……ヒッタイトの第四皇子……ザナンザ・ハットゥシリ……。我が国とエジプトの和平の証として……王女アンケセナーメのもとへ赴く……その途中だった……」
「……皇子……!?」
隣で水壺を持っていたシュワルトが、思わず素っ頓狂な声を上げた。
水壺がカタカタと揺れ、彼は目を丸くして目の前の手負いの男を見つめ直している。
ザナンザと名乗った男は、熱の残る吐息を漏らしながら、力なく天井を見上げた。
「従者も、兵たちも……皆、私を守って倒れた……気がする。
エジプトの者にやられたのか、ヒッタイトの間者にやられたのか憶えていないのだが、私自身も背を深く斬られ……意識が遠のく中で……もう、これまでかと思った……」
そこまで言うと、ザナンザはゆっくりと顔をこちらに向け、私とシュワルトを交互に見つめた。
その瞳には、皇子たる気品と、同時に己の命を救われたことへの深い困惑が宿っている。
「……気がつけば、この場所で……君に傷を塞がれていた。君たちが……私を救ってくれたのか……?」
「うん、まぁ一応。王女との婚姻のために……となると、内部犯の可能性が高いね。エジプト側がそんなことしたら和平の意味がない。
あなたは亡くなったことにしておいた方がいい。生きていると知られたらまた命を狙われるだけだから」
私の淡々とした分析に、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
感情に流されず、状況だけを冷酷なまでに切り分けていく私の言葉にザナンザは息を呑み、見開いた瞳で私を凝視した。
「内部犯……我が国、ヒッタイトの手によるものだと……?」
衝撃と、どこかで薄々勘づいていたかのような絶望が、彼の表情を複雑に歪める。
自国を愛し、兄や父を信じたいであろう皇子にとって、それは何よりも残酷な示唆だったはずだ。だが、私の言っていることが紛れもない真実であることは、戦場をくぐり抜けてきた彼自身が一番よく分かっているのだろう。
「……確かに、君の言う通りだ」
ザナンザは固く目を閉じ、力なくベッドへ頭を埋めた。
悔しさと悲痛さに、シーツを握りしめる拳が白く震えている。
「エジプト側が私を殺す利はない……。我が国の和平を阻み、権力を握ろうとする者の仕業……。私が生きていると知られれば、刺客が再び送られるだけでなく、我が国とエジプトの戦争の火種にすらなりかねない……」
「おいおい……マジかよ」
背後でシュワルトが頭を抱え、絶句していた。
「『最高の軍人』を呼び寄せたと思ったら、国家の命運を握る超・重要人物じゃねぇか……。しかも、ヒッタイトじゃ『死んだこと』になってる奴だぞ……」
私は冷やした布を絞り直すと、ザナンザの額にそっと乗せた。ひんやりとした感触に、彼の長い睫毛がピクリと揺れる。
「ここでは、あなたはただの『ザナンザ』。ヒッタイトの皇子としてのあなたは、あの道中で死んだの。……いい? あなたの命を守るためでもあるし、この村の平和を守るためでもあるんだから」
私の毅然とした瞳を見つめ返し、ザナンザは苦く、けれどどこか憑き物が落ちたような深い溜め息を漏らした。
「……あぁ。助けてもらった上に、誤解や災いまで持ち込むわけにはいかない。私の命は……あの時、一度潰えたのだ」
彼はかすれた声で静かにそう呟くと、ゆっくりと私に向かって頭を下げようとした。
「感謝する、アイラ……。君の慈悲に……」
「おっと、動いちゃダメだって言ったでしょ」
慌てて肩を押さえると、ザナンザは「すまない……」と申し訳なさそうに身を固くした。
その皇子らしからぬ素直さと、高貴な顔立ちに浮かぶ痛切な表情に、私は小さく息を吐き出す。
(まったく…、手のかかる『患者』が増えちゃったな……)
こうして、歴史の裏側に消えるはずだったヒッタイトの第四皇子は、私たちの隠されし村で、一人の「人間」として生き直すことになったのだ。
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「ザナンザ皇子、いや、ザナンザ。少しでも食べれそう? もし食べれそうなら、消化のいいものを作ってくるよ」
私の言葉に、彼は少しだけ拍子抜けしたような顔をした。
「皇子」という重い肩書を捨て、ただの「ザナンザ」として呼びかけたことが、張り詰めていた彼の心をほんの少し解きほぐしたのかもしれない。
「……ザナンザ、か。あぁ、そう呼んでくれ」
彼は力なく口元に小さな笑みを浮かべると、ゆっくりと自分の腹に手を当てた。
高熱と背中の怪我のせいで、身体は限界まで削り削られているはずだ。
「そうだな……正直に言えば、喉を通る気はあまりしないのだが……君がわざわざ作ってくれるというのなら、少しだけでも口にしたい。……体力を戻さねば、傷も塞がらないのだろう?」
「物分かりが良くて助かるよ。無理にたくさん食べなくてもいいから、一口だけでもお腹に入れてね」
私が立ち上がろうとすると、隣でシュワルトが「おいおい、アイラ」と声をかけてきた。
「消化のいいもの……おかゆか? それとも、あのやたら美味いスープか?」
「おかゆと、野菜をクタクタに煮込んだスープの両方だよ。熱がある時は水分と塩分、それから少しの栄養が一番大事だからね」
私はシュワルトに「水がなくなったら汲んでおいて」と頼み、厨房へと向かった。
日本の孤児院にいた頃、熱を出した下の子たちのために何度も作った、優しい味の重湯やスープ。
米を柔らかく煮込み、カブや人参を細かく刻んでトロトロになるまで火を通す。塩分をほんの少しだけ加えて、弱った胃腸にも負担がかからないように仕上げていく。
(傷口の炎症を抑えて、少しでも免疫を上げないと……)
湯気が立ち上る土鍋を見つめながら、私は木匙で静かにかき混ぜた。
現代の知識と、孤児院で身体に染みついた生活の知恵。この村で私が積み重ねてきたものが、今、命の危機に瀕していた一人の男を繋ぎ止めている。
出来上がった温かいスープとおかゆを盆に載せ、私は再びザナンザの伏せる部屋へと戻った。
「はい、持ってきたよ。……さあ、一口食べてみて」
お盆からふわりと漂う優しい出汁と米の香りに、ザナンザは驚いたように目を細めた。
「これは……見たこともない料理だな。だが、とても温かくて……美味しそうだ」
「うん、食べられそうなら上体を起こすね。よいしょっと」
ベッドの上で自ら身体を起こそうとする彼を制し、私が背中に回した手に力を込め、彼の身体をゆっくりと支え上げると、ザナンザは「う、ぐ……」と小さく息を漏らしながらも、私の動きに合わせて身体を預けてきた。
私の身体に、鍛え上げられた青年の重みがズシリと伝わる。
分厚い胸板から伝わってくる熱と、かすかな汗の匂い。大人の男の人を支えるのは想像以上に力がいる。
「……すまない、重いだろう。……感謝する、アイラ」
身体を起こし終え、壁に背をもたれかけさせたザナンザは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「私が食べさせてもいいけど、自分で食べる?」
木匙を添えて問いかけると、ザナンザは一瞬、私の手元と匙を交互に見つめ、それから可憐な乙女のように固まった。
皇子として育ち、誰かに給仕されることなど日常茶飯事だったはずだ。
けれど今、子供のように「あーん」と食べさせてもらう光景を想像したのか、彼の耳たぶまでがみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「い、いや……! 自分で食べられる! 手は……手は動くから、大丈夫だ!」
慌てて首を振る姿は、先ほどまでの「ヒッタイトの第四皇子」という威厳が嘘のように可々しく、どこか年相応の少年のようだった。
「ふ…、分かったよ。無理しないでね」
私が苦笑しながらお椀と木匙を手渡すと、ザナンザは震える手でそれを受け取った。
木匙でそっとすくい、フーフーと息を吹きかけてから口へと運ぶ。
一口、噛みしめるように味わった瞬間、彼の瞳が驚きで大きく見開かれた。
「……! これは……」
「どう? 口に合った?」
「あぁ……とても、温かい……。野菜が柔らかく、出汁の味が身体に染み渡るようだ……。今まで食べたどんな宮廷料理よりも……優しくて、美味しい……」
ザナンザは噛みしめるように、二口、三口と、愛おしそうにおかゆを口に運んでいく。
暗殺者の刃に倒れ、死の恐怖と孤独に怯えていたはずの皇子の表情から、少しずつトゲが消え、温かな安らぎが広がっていく。
「美味しいならよかった。たくさん食べて、早く元気になってね」
そう言って微笑む私を、ザナンザはおかゆを食べる手を止め、どこか吸い込まれるような瞳で見つめていた。
――この時の私はまだ知らなかった。
この一口のおかゆと、手厚い看護が、彼の心に消えることのない深い情愛を灯してしまったのだということを…