天赤二次 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
翌朝。
昨日の重だるさが嘘のように、私はすっかり元気を取り戻していた。
「ザナンザ、私、朝礼の前にアシュナへ昨日のお礼を言いに行ってくるね!」
「あぁ、いってらっしゃい。あまり飛ばし過ぎるなよ」
家を飛び出し、私はアシュナの家へと向かった。
コンコンとドアを叩くと、ちょうど洗濯を終えたばかりのアシュナが笑顔で迎えてくれた。
室内は塵ひとつ落ちておらず、家具も整然と並べられている。体術の達人でありながら、生活面でも非常に几帳面で丁寧な性格が部屋の隅々から窺えた。
「アシュナ、昨日は本当にありがとう! おかげですっかり元気になったよ。
はい!これ、お礼の紅茶の茶葉!」
「ありがとうございます!気を遣わせてすみません……。 でも、アイラさんが元気になって本当に良かったです」
「うん!紅茶は3分蒸らしてね。この砂時計の砂が全部落ちるまでだね。カップもあらかじめお湯で温めておくと美味しく飲めるよ。
………あっ、でね、昨日言ってたシュワルトとの作戦の話なんだけど……」
私が身を乗り出すと、アシュナは緊張したようにゴクリと唾を飲み込んだ。
本題はここからだ。
「は、はい……! 一体どんなことをするんですか……?」
アシュナがドキドキした様子で身を乗り出してくる。
私は彼女の耳元に少し近づき、悪戯っぽく囁いた。
「作戦名は――『ちょっと怪我しちゃいました、作戦』だよ!」
「えっ!? け、怪我……ですか!?」
「そう! 今日の夕方、アシュナは『鍛錬中にちょっと足首をくじいちゃった』ってことにして、神殿のシュワルトのところに湿布か薬をもらいに行くの。
アシュナは村一番の体術の達人だし、普段めったに怪我なんてしないでしょ?だからシュワルトは『お前が怪我!?』って絶対に焦るはずだよ!」
「た、確かに……怪我の手当なら神官であるシュワルト様のお仕事ですが……でも、嘘をついて大丈夫でしょうか……?」
不安そうに眉をひそめるアシュナの手を、私はキュッと握りしめた。
「大丈夫! 治療してもらう時にね、しょんぼりした顔でこう言うの。
『鍛錬に集中できなくて……最近、なんだか上手くいかないんです』
って。
そしたらシュワルトは絶対『どうしたんだ?』って親身になって聞いてくるから、そこで決定打!」
私はニヤリと笑って胸を張った。
「『シュワルト様が、いつか遠くからお嫁さんを召喚して居なくなっちゃうんじゃないかと思うと、不安で……』って、うつむきながら呟くの!」
「〜〜〜〜ッッっ!!?!?」
アシュナの顔が瞬時に熟したトマトのように真っ赤になった。
「そ、そんな恥ずかしいこと、言えませんッ!! む無理です!!」
「大丈夫、言える!
で、そこでシュワルトが『バカ言え、俺はもう召喚なんてしねぇよ。お前が……』って焦って本音を漏らすか、見かねて『気晴らしに、今度二人で遠出でもするか?』ってデートに誘ってくるに決まってるんだから!
男の人ってね、『自分がいなくなるのを怖がってる女の子』にはめちゃくちゃ弱いの!」
私が自信満々に言い切ると、アシュナは真っ赤な顔のまま両手で頬を押さえ、煙が出そうなほど照れまくっていた。
「さぁアシュナ、決行は今日の夕方だよ! 覚悟は決まった?
あっ、心配なら、神殿の中で私とザナンザがこっそり見張ってるから! それなら大丈夫でしょ?」
アシュナには言えないが、一番心配なのはアシュナがあまりの恥ずかしさに耐えかねて、うっかりシュワルトを蹴り飛ばして神殿が破壊されないか…ということだ。
ほぼそのための見張りである。
「わ、わかりました……! 私、がんばってみます……!」
両手を握りしめ、真っ赤になりながらも覚悟を決めたアシュナの姿を見届け、私は上機嫌で家へと帰った。
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帰宅すると、ちょうど朝の準備をしていたザナンザに、私は目を輝かせて話しかけた。
「ねえ、ザナンザ! シュワルトに彼女ができるかもしれないから、夕方ちょっと手伝ってほしいの!」
「何だと……!? シュワルトにも、ついに春が……?」
ザナンザは驚きで目を見開いたあと、急に妙に真剣で、どこか遠い目をした。
「……もしや、あのアシュナの後に召喚された、あのピンクのヒラヒラした服を着た屈強な男とついに身を固める覚悟ができたのだな?
いや、良いと思うぞ。私は多様性を尊重すべきだと思っているし、愛の形は人それぞれだ。
まぁ、彼を選ぶとは、いささか意外な結末だが……」
「なわけないでしょ!!」
思わず大声でツッコミを入れてしまった。
「相手は……アシュナだよ!」
「アシュナ……!?」
私はザナンザに、昨日アシュナと話したこと、そして今日実行する『ちょっと怪我しちゃいました作戦』の全貌を説明した。
話を聞き終えたザナンザは、ポンと自分の手を打った。
「そうか……、私は大変な早とちりをしていたようだ。相手がアシュナなら、お似合いだな……
ふむ、私たちの役目は、二人が気まずく無言になってしまった時に陰からフォローを入れることと、万が一シュワルトがうっかりアシュナを怒らせて蹴り飛ばされないよう見張ることだな。
分かった、私も全力で二人を応援しよう!」
「ふふ、ありがとう! それじゃ、夕方に神殿でね!」
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そして、夕刻――。
橙色の夕陽が斜めに差し込む神殿の影で、私とザナンザは息をひそめて潜んでいた。
「……アイラ、本当にここからで大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ザナンザ。ほら、アシュナが来たよ!」
神殿の重い扉が開き、足を少し引きずるような仕草をしながら、緊張でガチガチになったアシュナが入ってきた。
祭壇の前では、片付けをしていたシュワルトが振り返る。
「ん? アシュナか。こんな時間にどうした……って、おい! その足、どうしたんだ!?」
シュワルトが慌てて駆け寄ってくる。普段怪我など一切しないアシュナの様子に、狙い通り焦りを見せている。
「あ、あの……鍛錬中に、少し足首を捻ってしまいまして……。湿布かお薬をいただけないかと……」
「ったく、お前らしくねぇな! ちょっとそこに座れ、今手当てしてやるから!」
シュワルトは小走りで薬箱を取りに行き、アシュナの前に屈みこんで手際よく足首を手当てようとした。アシュナの顔はもう爆発しそうなほど真っ赤だ。
(よし……! いけ、アシュナ……!)
影から祈るように見守る私。ザナンザも隣で緊張した面持ちで二人を見ている。
アシュナはキュッと唇を噛み締め、両手を膝の上で固く握りしめると、蚊の鳴くような声で呟いた。
「……最近、なんだか鍛錬に集中できなくて……。うまく……いかないんです……」
「あ? なんだ、悩み事か? お前が珍しいじゃねぇか。一体どうしたんだよ」
シュワルトが心配そうに顔を上げた。
ここだ。作戦の、核心――!
アシュナはぎゅっと目を閉じ、うつむきながら必死に言葉を絞り出した。
「シュワルト様が……いつか召喚の儀で、遠くからお嫁様を呼んで……どこかへいなくなってしまうんじゃないかと思うと……不安で……っ!!」
一瞬。
神殿の中の時が止まった。
「……………………は?」
シュワルトは目を見開いたまま、完全に固まった。
あまりの恥ずかしさに耐えきれなくなったアシュナは、全身をガタガタと震わせ、ぎゅっと拳を握りしめている。
(あ、やばい! アシュナの照れが限界突破して手が出そう……!シュワルト、早く何か言いなさいよ……!)と影から飛び出しそうになったその瞬間、ザナンザに後ろから腰を片手で抱きとめられ、制された。
シュワルトの顔が、耳まで一気に真っ赤に染まりながらも、意を決して口を開く。
「な……っ!? お、お前……バカ言え!!
俺が……俺が今さら召喚なんてするわけねぇだろッ!!」
「え……?」
アシュナが驚いて顔を上げると、シュワルトは猛烈に頭をかきむしりながら、そっぽを向いて叫んだ。
「あんな危険な儀式、もう懲り懲りなんだよ!
第一……っ! この村に、世界で一番強い……いや、世界で一番美しい女が目の前にいるのに、他から探す意味がどこにあるってんだよッ!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!?!?」
今度はアシュナが、言葉を失って口をパくつかせた。
影で見守っていた私とザナンザも、思わず顔を見合わせる。
「……ザナンザ、今の聞いた!?」
「あぁ……『世界で一番美しい女』と言ったな……。シュワルトのやつ、見事な啖呵だ……!」
顔を真っ赤にしたまま、シュワルトはぶっきらぼうにアシュナの足首に手を当て、そっと優しい光の治癒魔法をかけ始めた。
「……だから、勝手に不安になって怪我なんかしてんじゃねぇよ。
……それに、お、お前さえ良ければ……今度、二人で村の外にでも気晴らしに行くか?」
「っ……はい!……はいっ!!」
アシュナの目から、ポロポロと嬉し涙がこぼれ落ちた。
シュワルトはバツが悪そうに鼻をかきながらも、どこか嬉しそうに口元を緩めている。
神殿の夕闇の中に、甘酸っぱくて温かな恋情が、確かに広がっていくのが分かった。
「ふふ、大成功だね、ザナンザ!」
私たちが影でそっと胸を撫でおろしていると、ザナンザが私の手を優しく握りしめ、耳元で静かに囁いた。
「あぁ、大成功だ。
……私たちも、今度また遠乗りにでも出かけようか。そこで何度でも、君に愛を告白するぞ」
「……っ! もう、ザナンザったら……!」
人の恋を応援していたはずが、突然の不意打ちに今度は私の顔が真っ赤になる番だった。
夕陽に包まれた神殿で、一つの幸せな恋が、静かに芽吹いていた。