天赤二次 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
深夜――。
すっかり村が静まり返り、深い闇に包まれた刻。
スースーと穏やかな寝息を立てる私の横で、ザナンザはかすかな音に耳を澄ませた。
(……ノックの音……?)
トントン、と遠慮がちに、けれど切迫した手つきで扉が叩かれている。
ザナンザは私を起こさないよう、息を殺してゆっくりとベッドを抜け出すと、音を立てずに玄関の扉を開けた。
「……シュワルト? こんな夜更けにどうしたんだ?」
扉の向こうに立っていたのは、顔を青くしたり赤くしたりして落ち着きなく身体を揺らしているシュワルトだった。
「ザナンザ……頼む、ちょっと付き合ってくれ……!」
「こんな深夜に付き合え……って…
やめてくれ、私にその気はない……!」
「ばばば馬鹿言え!俺だって男に興味はねぇよ!いいから話を聞いてくれ!」
扉を押し合いへし合い、どこかで見たような光景だがそれはさておき、二人は足音を殺して誰もいない村の鍛錬場へと向かった。
静まり返った広場で月明かりに照らされるや否や、シュワルトはガバッとザナンザの肩を掴み、喉を潰したような必死の掠れ声で叫んだ。
「アシュナとの話は……もう聞いてんだろッ!? ……俺、人生で初めて彼女ができたんだよおぉぉッ!!」
「あ、あぁ……おめでとう、シュワルト。本当に良かったな」
「おめでたくねぇ!いや、めでたいしめちゃくちゃ嬉しいんだけど! ヤバいんだよ……!」
「……は?」
「明日ちょうど休みが重なるから遠出することになったんだけどさぁ!!
なぁ、どこ行けばいい!? 何話せばいい!? 手とかいつ握ればいいんだよ!!?
お前皇子様だろ!? 女慣れしてんだろ!? 百戦錬磨なんだろ!?
頼むから俺に恋愛の教導をしてくれよぉぉおッ!!」
頭を抱えて半泣きで縋りついてくる聖職者に、ザナンザは引きつった苦笑いを浮かべながら「百戦錬磨などではないのだが……」と眉をひそめるのだった。
「落ち着け、シュワルト。……声を落とせ。誰かに気づかれたらどうする」
ザナンザは冷や汗を流しながら、半泣きで縋りついてくるシュワルトの肩をがっしりと両手で受け止めた。そして静かにシュワルトを促し、月明かりだけが照らす鍛錬場の中心へと足を進める。
そこには、普段なら村民たちが剣術や体術の稽古に使う、藁でできた人間の胴体模造(ダミー人形)がひとつ、ぽつんと突っ立っていた。
ザナンザは腕を組み、深く重厚な視線をそのダミー人形へと向けた。その眼光は、百戦錬磨の軍人のそれである。
「いいか、シュワルト。まずはその誤解を正そう。私は決して女遊びを嗜んできたわけではない。
だが……王宮という愛憎渦巻く混沌の中で育ち、女性に対するマナーを学び、……その……数人と関係を持ったことはある。
その経験と観察眼から言わせてもらえば……恋愛とは、剣術と同じだ」
「け、剣術……? 恋愛が……か?」
シュワルトが呆然と目をパチパチさせる。ザナンザは静かに頷き、ダミー人形の肩にポンと手を置いた。
「そうだ。間合い、間尺、そして『押し』と『引き』の緩急。全ては武芸の極意に通ずる。……今夜はこの『アシュナに見立てた人形』を使い、君に『初恋を成功に導く三大極意』を授けよう」
「おお……っ! 頼む、教えてくれザナンザ師匠!!」
ザナンザは、コホンと1つ咳払いをする。
「まず第一の極意。『エスコートとは、力の誇示ではなく隙の提供なり』」
ザナンザはダミー人形の前に立ち、優雅に片手を差し伸べた。
「普通の男なら『俺が守ってやる』と力むところだが、アシュナは村一番の体術の達人だ。それでは彼女の自立心を阻害する。つまり、アシュナが男に求めているのは、武芸の強さではない。
しかし、矛盾しているようだが、彼女が求めているのは自分が『守られるべき一人の可愛い女性』として扱われる瞬間なのだ。」
「うぅーん、具体的にどういうことだ」
「たとえば、デートで歩く時……彼女の歩幅に完璧に合わせ、舗装されていない道ではごく自然に手を差し出す。見ていろ」
ザナンザはダミー人形の藁の手を、恐ろしいほど滑らかで柔らかい手つきで包み込んだ。一切の強引さはなく、それでいて心理的に「守られている」と思わせる力加減と温もり。
「こうだ。力で引っ張るのではない。彼女に『大事にされている』と感じさせるような心遣いを、こちらから優しく提示するのだ」
「う、うおおお……ッ! なんて自然なんだ……! 手を握るのに、そんな洗練された流儀があるのか……ッ!」
シュワルトは思わず懐から羊皮紙を取り出し、猛烈な勢いで書き込み始めた。
「続いて第二の極意。『会話とは、剣の打ち合いの武闘なり』」
ザナンザはダミー人形に向き直ると、その藁の顔をどこまでも愛おしそうに、けれど誠実な眼差しで見つめた。
「お前は『何を話せばいいか分からない』と言ったな? それは『自分が面白い話をしなければならない』と主導権を握ろうとしているからだ。
だが、それは間違いだ。会話とは、相手が投げた言葉をしっかりと受け止め、倍の温かさで返してあげる、いわば『武闘』であり『舞踏』なのだよ」
ザナンザはダミー人形の頭をそっと撫でる仕草をしてみせた。
「たとえば『今日は楽しかったね』とアシュナが言ったら、君は『あぁ、楽しかったな』で終わらせてはならない。これでは、剣を振られてただ受けただけなのと同じだ。
『あぁ、お前と過ごせたから、今までで一番素晴らしい一日になったよ』と、感情の解像度を一つ上げて斬り返すのだ。……シュワルト、このダミー人形をアシュナだと思って言ってみろ」
「え、えぇっ!? こ、これにか!?」
シュワルトは滝のような汗を流しながらダミー人形の前に立ち、ぎこちなく両手を突き出した。
「あ、アシュナ! き、今日のメシは美味かったな! 俺、お前と食べるメシなら……あの、草でも美味ぇよ!!」
「却下だ!!」
ザナンザの一声が一閃した。
「なぜ草を食う! 感謝と愛を伝えろと言っているのだ! アシュナをうさぎにするつもりか! もう一度だ!」
「ひぃッ! す、すまん! 『お前と食べる飯は、なんだって特別美味しく感じるよ』……これでどうだ!?」
「ふむ……合格点だ。今の言葉を、もっと相手の目を深く見つめて言うのだ。照れて目を逸らしては逃げになる」
シュワルトはハァハァと息を荒げながら、何度もメモを取る。
「そして……最後の第三の極意。『言葉の刀を抜くタイミングを誤るな』」
ザナンザの表情が、一瞬で真剣な面持ちへと引き締まった。月明かりの下、彼の纏う雰囲気が圧倒的な存在感を放つ。
「不慣れな男が最も陥りやすい過ち……それは、照れ隠しで茶化してしまうことだ。
いいか、シュワルト。デートの終わり、夕暮れ時や別れ際……アシュナが少し寂しそうな顔をしたその瞬間こそ、君が『男』を見せるべき絶対の戦場だ」
ザナンザは静かにダミー人形に近づくと、その肩を抱き寄せ、耳元で低く、けれど心の底から響くような甘く切ない声で語りかけた。
「『……アシュナ。今日は帰らなくてはならないが……本当は、もう少しだけお前を引き留めていたい。明日も、明後日も……ずっと私の隣にいてくれないか』」
静寂。
あまりにも完璧な仕草と、完璧な言葉の重み。ダミー人形(藁)でさえ一瞬恋に落ちたかのような錯覚を覚えるほどの空間支配力に、シュワルトは開いた口が塞がらなかった。
「……すごすぎる……。なんだよそれ……物語の主人公かよ……! お前、本当に元・ただの皇子か!? ヒッタイト1の恋愛マスターか何かだろ!!」
「ふっ……ただの軍人だよ。最高の神官であるお前が召喚した、な。」
ザナンザは薄く口元に笑みを浮かべ、夜風に髪を揺らした。
「大切なのは、テクニックではない。その言葉の根底に『相手を慈しみ、尊ぶ想い』が満ちているかどうかだ。
君がアシュナの命を救った時のように……まっすぐで温かいその心を、言葉と行動に変換すればいいだけなのだよ」
「ザナンザ……師匠……ッ!!」
シュワルトの目が涙でうるうるとしている。彼は固い握手でザナンザの手を握りしめ、力強く頷いた。
「分かった……! 俺、やるよ! アシュナは花と甘いものが好きと言ってたから、明日、菓子を持ってアシュナを東の花畑に連れて行く!教えてもらった極意、全部ぶつけてくる!!」
「あぁ。健闘を祈っているぞ、シュワルト」
深夜の鍛錬場。藁のダミー人形が見守る中、一人の不器用な神官が、最高の軍人から授かった恋の秘伝を胸に、静かに立ち上がるのだった。
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「……ところでザナンザ。お前、それだけの技術がありながらまだアイラと進展がねぇのかよ」
感動の余韻から一転、シュワルトが呆れたような眼差しでジト目を向けた。
「そ、それを言われてしまっては身も蓋もないのだが……」
ザナンザは気まずそうに視線を泳がせ、咳払いをひとつ挟む。
「アイラのペースに合わせると誓った手前、こちらから無理に攻め込むわけにはいかんのが現状なのだ。
……あ、いや! しかしだな、この前アイラが『月のもの』で体調を崩した際、彼女に頼まれて身体を洗い、共に湯船に浸かるという大進展はあったぞ!
む、無論、私は紳士として何も見ておらん! 決して妙な目では……!」
必死に弁明するザナンザに対し、シュワルトの顔が「嘘だろお前」と言わんばかりの表情に固まった。そして、次の瞬間に鍛錬場の夜気を切り裂くような怒声が飛ぶ。
「バカヤローーーッ!!」
「ぐっ……! なんだ急に!?」
「アイラはなぁ! 完全にお前に心を許しきってんだろうがッ!! 『裸を見られてもいい、洗ってくれ』なんて、ほとんど誘い文句じゃねぇか!
お前が一歩踏み出してくれるのを、アイラはずっと待ってんだよ!
ザナンザ様よぉ……人には偉そうに『エスコートの極意』とか語っておいて、自分のことになるとてんでダメじゃねぇかっ!!」
「……うう、そ、そういうもの……なのか……?」
先ほどまで『凄腕の恋愛マスター』として圧倒的な威厳を放っていた男が、シュワルトの正論すぎる一撃にたじろぎ、一気に情けない顔になって頭を抱え込んだ。
「そういうものなのか?じゃねぇよ!女の気持ちってぇのを自分で講釈垂れてただろうが!
ったく、お前の鈍感ぶりには参るぜ……」
「だが、アイラが嫌がったらと思うと……私は、彼女を傷つけるのが何より恐ろしく……」
「そこは男を見せる絶対の戦場だとかでどうにかしろよ。押しと引きなんだろ?人には散々説教しといて何てザマだ……」
神官としての威厳を忘れて恋愛指導を請うた男と、大国の元皇子でありながら最愛の恋人の前では奥手すぎる男。
月明かりが静かに照らす鍛錬場。
藁のダミー人形が見守る中、不器用な男二人の男による「深夜の極秘恋バナ」は、夜が更けるまで延々と続いていくのだった。