天赤二次小説 「ザナンザ生存if 夢小説」 作:ブドゥヘパ
「この村では、私達が全力であなたを守るから、傷が治ってもこの村で暮らしてもらいたい。それがあなたのためだと思う。
けれど…、それでも命懸けで会いたい人がいるなら元の国に返すよ」
お椀を綺麗に空にしたザナンザへ向けて、私は静かに、けれど揺るぎない声で告げた。
空になった器を預かり、手ぬぐいで彼の口元を軽く拭う。
その言葉を聞いた瞬間、ザナンザの手がピタリと止まり、彼の瞳に強い動揺の色が走った。
そして固く唇を噛み締め、じっと自分の手のひらを見つめていた。
「……命懸けで、会いたい人、か……」
かすれた声で呟くザナンザ。
私は知る由もないが、彼の脳裏にあったのは、尊敬する兄であるカイル皇子の顔。かつて仄かな想いを寄せ、今は兄の側で光を放っている愛しいユーリの姿。
そして、己を追いつめたヒッタイトの暗煙だった。
彼が本気で望むなら、私は彼をヒッタイトへ送り返すつもりだ。それがどれほど危険な賭けになろうとも。
けれど、ザナンザはゆっくりと首を横に振った。
「……いや。私には……もう、戻るべき場所はない」
彼の声は静かだったが、そこには悲痛な決意が込められていた。
「私が生きて戻れば、兄上たちを再び窮地に陥れることになる。私が生きてヒッタイトにいることこそが、内部の裏切り者を加速させ、更なる血を流すことになるのだ……」
ザナンザは自嘲気味に目を伏せ、切なく微笑んだ。
「私が『死んだ皇子』となることで、守られる平和がある。……それに、何より」
彼は顔を上げ、まっすぐに私を見つめた。
その漆黒の瞳には、熱によるものではない、力強く温かな光が宿っている。
「私を救い、こうして命を繋ぎ止めてくれた君たちの平和を、私の我が儘で壊すわけにはいかない。……アイラ。君が許してくれるのなら……私はこの村で、ただの『ザナンザ』として生きていきたい」
「……そっか」
私は小さく頷き、お盆をしっかりと抱え直した。
「決まりだね。じゃあ今日からあなたは、この『病の村』の新しい仲間だ」
「病の村……?」
首を傾げるザナンザに、背後で腕を組んでいたシュワルトが「へへっ」と自慢げに鼻を鳴らした。
「おうよ! 表向きは『恐ろしい疫病が蔓延する呪われた村』ってことにして、他国の兵や盗賊を追い払ってんだ。全部、このアイラの知恵さ! 安心して身体を休めろよ、新入り!」
「疫病の偽装……。君のような少女が、これほどの集落を陰から護り、導いているというのか……」
ザナンザは感嘆の息を漏らし、どこか愛おしそうに、そして尊ぶような目で私を見つめた。
「アイラ……君は本当に、不思議で……素晴らしい女性だな」
「……変な褒め方しないでよ。さ、話はおしまい。薬が効いてくる頃だから、大人しく横になって休んで」
私が少し素っ気なく言って毛布をかけてやると、ザナンザは「あぁ……ありがとう、アイラ」と素直に目を閉じた。
規則正しい寝息が聞こえ始めるのを確認し、私とシュワルトは静かに部屋を抜け出した。
パタンと扉を閉めた廊下で、シュワルトが小さく息を吐き出す。
「……なあアイラ。あいつ、マジでここに骨を埋める覚悟みたいだぞ」
「……そうだね」
「まあ、あんな綺麗すぎる顔した軍人が村に居着くとなると、これから色々賑やかになりそうだけどな!」
ニシシと笑うシュワルトに苦笑しつつ、私は手に残るおかゆの温もりと、ザナンザのまっすぐな瞳を思い出していた。
ヒッタイトの歴史から消えた第四皇子。
彼と過ごすこの小さな村での日々が、これからどんな物語を紡いでいくのか――。