病弱貴族になった俺、治癒魔法をかけながら戦えばいいことが判明する(※血反吐付き)   作:治癒とチューって似てるよね

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可能性について

「ごほっ! ゴホッ、かはっ……ハァ……ハァ……」

 

 突如、強烈な苦しみと痛みに襲われて目が覚める。

 体中を鈍器で殴られたような鈍痛と、内側を釘で刺されているかのごとく突き刺さる心臓の痛みは、今まで味わったことのない壮絶なものだった。

 

「ここは……っ、どこだ……? ……声が」

 

 俺の声とは思えないソプラノボイスが部屋に響く。

 こんな豪華絢爛なベッドも、高そうな装飾品ばかりの洋風な部屋も、自分の声も……手も何も見覚えが無かった。

 

「……小さい」

 

 唇の端についた血を右手で拭う。

 その手はまるで子どものように小さくて、病的に細い。

 

「ぐっ……痛っ……あぁぁあっ!」

 

 ──刹那、頭に響く鈍痛とともに記憶が流れ込んできた。

 知らない記憶だ。苦しみを抱える少年の記憶だ。

 

 

『ハァ。やはり使い物になりませんね。体が弱すぎます』

 

『フンッ、幾ら才能があったとしても、この体たらくではな。宝の持ち腐れというやつだ。──良いか? 我が家の穀潰しである貴様を養ってやっているのは、単に醜聞を避けるためだ。成人したら即刻放逐してやる』

 

『うわっ、兄さんってこんなこともできないの? かわいそ〜。こんな体じゃなきゃ当主になれたのにね?』

 

 

 ──少年、アルライト・ヴァイルーは天才だった。

 公爵家の長男として生を受け、恵まれた血筋と恵まれた魔法の才能を授かって生まれてきた──はずだった。

 

 先天性魔毒症(まどくしょう)

 過ぎたる力は毒になる。

 生来の強力な魔力が体中を常に蝕み続けるその病は、アルライトを地獄に叩き落とすことになった。

 

 魔力を練れば即座に吐血し、魔法を放とうものなら手が裂ける。

 何もしていなくても常時、吐き気、頭痛、関節痛、心臓の痛み、胃の痛みに襲われるという最悪なデバフ効果付き。

 

「俺……いや、僕は……そういうことか」

 

 転生……憑依、いや、融合だろうか。

 俺は日本という国で生まれた普通の青年だった。

 アニメや漫画を好み、普通に仕事をして帰ってくる。どこにでもいるようなごくごくありふれた人間だった。

 

 だが、俺は公爵家長男のアルライト・ヴァイルーとして生きた11年間の記憶も保持している。

 感覚としては、人格の融合が正しいのだろうか。

 

「魔毒症と風邪のダブルパンチで死にかけたせいかな? その苦しみとショックから前世の記憶を思い出したのか……それとも……分からないが、命が助かっただけ儲け物か」

 

 こんなに苦しんで、身内からは蔑まれ虐げられていても、俺は生きたいと願い続けて過ごしていた。ただただ生に縋り付いていた。

 何もせずに無為に死ぬのは嫌だから。

 この世界に生きた証を残したいから。

 

「ごほっ……誰かに迷惑をかけてまで生きたいとは……まあ、思わないけどね。父上は……うん、ノーカンで」

 

 ……あぁ、人格が統合したことで口調だけはアルライトになってしまったのか。そのほうが疑われずに済むし良いんだが。

 にしてもそうだな、アルライトとして生きてきた時はただ生きたいと願いながら苦しみに耐えていただけだったが……俺の人格が生えてきた以上は、この苦しさを何とかしたいな。

 

「前世で多分死んだんだろうな。そのお陰で痛みに対する耐性は少しだけあるっぽいし」

 

 少なくともアルライト時代よりはまだ考える余裕があった。

 痛いには痛いし、今すぐ全身を掻きむしりたいほどの苦しさに襲われてはいるものの……それでも考える余裕さえあればどうにかできる。

 

 

「──アル様……?」

 

 

 かたん、と何かを落とす音がした。

 ハッと振り向くと、そこには水の入った器を落としたクラシカルメイド服姿の女性がいた。

 

 銀髪碧眼のポニーテール。

 目鼻立ちの整った様相と、メイド服を押し上げるような胸部装甲は、少なくとも日本にいたら秒でバズること間違いない美しさを誇っていた。

 

 俺はアルライトの記憶を振り返るまでもなく、染み付いたクセで彼女の名を呼んだ。

 

「あぁ、エルフィ。おはよう」

 

 そうだ、彼女の名前はエルフィエンド・セヴェスティア。

 男爵家の五女であり、俺のお世話を幼少期からしてくれている、数少ない味方の一人だ。

 

「あ、アル様、お体の方は……? 昨晩から酷く苦しんでらしたので、急いで旦那様に治癒術師を呼ぶように言ったのですが……その……」

「分かってるよ。父上は穀潰しに高いお金を払うほど人間ができてないからね」

「アル様……何だか雰囲気が変わりましたか?」

 

 エルフィがどことなく心配げに言った。

 今までの俺なら父上の悪口を言うことなんて無かった。

 

 ──恨みが過ぎて。

 まあ、精神的に未熟だったのだから仕方のない話ではある。

 常に蔑まれ虐げられていたのだから。

 

 それでも、よく考えれば現代日本の感覚としてはネグレクトも良いところなのだが、メンツを重視する公爵家貴族の当主としてはそこまで間違った扱いはしていないのだ。

 

 折角生まれた長男が魔毒症になる。

 24時間をベッドで過ごし、少しの行動すらままならない。

 強大な魔法の才能を持って生まれたのに、何もできない。

 

 穀潰しと言われても仕方のないことだ。

 我が子を執拗に愛する余裕が貴族には無い。何よりも優先すべきは、公爵家の存続と領地を拡大して敵だらけの貴族社会を生き抜くこと。

 そのためには実利を優先し、非情にならなければいけない。

 

 ……まあ、だから俺を冷遇するのもまあ仕方ないとは思う。

 この思考ができているのは、あくまで俺にとっての両親は日本にいる二人だから……って思ってるのもあるけどな。

 

 冷たい言い方をすれば他人でしかないのだ。

 だからこそ、少なくとも成人まで生かしてくれる分、かなり柔軟な対応だなぁと思う。

 

「少し体が楽になったから、余裕ができたのかな?」

「アル様が体を起こしているなんて久しぶりですし……本当のようですね。……わたくし、とっても嬉しいです……が、念の為これからお見えする治癒術師に治癒してもらいましょう?」

 

 ぱぁと顔を輝かせて本当に嬉しいと言わんばかりに笑顔でそう言うエルフィに、俺は心が温かくなる感覚を覚えた。

 ……ん? あれ、でも。

 

「父上の許可は下りなかったんじゃなかったの?」

 

「──はいっ、ですからわたくしのお給金で呼びました!」

 

「エルフィ……」

 

 ……公爵家の側付きとはいえ、アルライトの価値が低いせいでエルフィの給金は、他の側付きと比べてもかなり低い。

 自分の生活でずっと手一杯のはずだ。

 

 ましてや治癒術師なんてすこぶる高額だ。

 治癒魔法が貴重なのもあるが、貴族の子息を治療するような術師は守秘義務も含めて上乗せで治療費がかかる。

 少なくとも、エルフィの給金のまるっと2年分くらいは。

 

「……もしかして、僕のためにお金を貯めてくれてたの?」

「……わたくしは、アル様の苦しいお顔を見たくないんです。魔毒症でも、治癒魔法は効くって聞いてお金を貯めようと」

 

 今まで俺は治癒術師の治療を受けたことがない。

 父上が俺に見切りをつけたあの日から、なんの援助もしてくれることは無かったから。

 

 そもそもどれだけ腕の良い治癒術師でも魔毒症を治すことは不可能って話もあるし。ただ、魔法さえ使わなければ治癒魔法で魔毒症の症状を抑えることは可能らしい。

 

 それも魔毒症の()()にもよるらしいけど……。

 エルフィはその話を聞いて数年前から貯金をしていたそう。

 

 ……こんな俺の味方をしてくれるなんてな。

 

 あの日……エルフィが屋敷付きのメイドだった時代、母上が大事にしている壺を割ってしまい、あわや命の危機──だったのを、俺が具申して無理やり側付きにしたのだが、それ以降エルフィは俺のことを慕ってくれている。

 

 ……母上曰く、俺の側付き自体が罰であると考えてるからできたことなんだけど。

 

 ……とにかく今は感謝だ。

 エルフィの厚意をありがたく受けよう。

 

「ありがとう、エルフィ。君の献身があるから僕は生きることができているよ。……いつか絶対にその献身に報いるから、待ってて欲しい」

「……ふふ、はい。末永く待っています」

 

 どこか含みのある笑顔で返事をするエルフィ。

 

 まあ、長くかかることは間違いないから。

 それでも人格が統合したお陰で考えられることもある。

 待ってろよエルフィ。絶対に恩を百倍にして返すから。

 

 グッと内心でやる気を迸らせていると、コンコンと部屋にノックの音が響いた。

 

☆☆☆

 

「あー……入って良いか? 外の奴らの白い目がどうにも気になるんだが」

「あっ……アル様、治癒術師の方です。どうぞお入りください!」

 

 コソッとエルフィが治癒術師の来訪を教えてくれた。

 彼女が声をかけると、ガチャっと扉が開かれ現れたのは──無精髭の生えた白髪交じりのおっさんだった。

 

 この人が治癒術師か……?

 乱雑な口調と見た目といい、貴族を相手にすることの多い治癒術師には珍しいタイプの人間だな。

 死ぬほど儲かることが約束されているから、大抵は私腹を肥やして()()()()()()()()()者が多いが……。

 

「あんたが俺を呼んだ貴族の坊っちゃんか?」

「ごほっ……ご足労いただきありがとうございます。アルライト・ヴァイルーです」

「ふーん、公爵家の長男ね。屋敷に籠もってるっつー噂は知っていたが魔毒症だったとは」

 

 ……一目で見抜かれた。

 魔力の流れを読んだのだろうが……腕の良い治癒術師というよりは、腕のいい魔術師だな。戦闘しない治癒術師は魔力視をする機会なんてそう無いだろうし。

 

 俺は頭を上げて治癒術師と視線を合わせる。

 彼は仏頂面ながらも、どこか油断なく俺を観察しているようにも見えた。

 

「普段俺は貴族の治癒は受け付けちゃいねーんだが……このメイドの嬢ちゃんが血相変えて飛び込んでくるもんだから気になっちまってよ。そこまで従者に愛されている主人がどんなやつなのか」

「……エルフィ。ありがとう」

 

 エルフィは照れたように頬をポリポリと掻いた。

 微かに赤くなった頬ではにかむエルフィは、控え目に言って死ぬほど可愛かった。

 

「それで……あなたのお眼鏡にかないましたか?」

「及第点ってところだ。少なくとも俺の知ってるろくでもねぇクソ貴族では無いことは分かった」

()()になってしまえばおしまいですよ」

「ははっ、言うじゃねぇか!」

 

 俺は11年間で見てきた貴族社会の醜悪さを想像して吐き捨てる。

 

 ずっとベッドの中で過ごしているとはいえ、貴族社会の醜さは嫌でも耳に入ってきた。

 時折嫌がらせのように父上は隣の部屋に貴族を連れて来て、どれほど当主にとって役に立つ息子が重要か……みたいな議論をした時は、あからさまな当てつけに笑ってしまったこともある。

 

 そんなことを思い返していると、治癒術師の彼は愉快げに笑いながらズンズンと近づいてくる。意図したわけではなかったが、少しは気に入られたらしい。

 

「ま、金も貰ってるし治癒はしてやる。とはいえ魔毒症を完全に治すことはできねぇ。それは知ってるだろ?」

「ええ。ですが、少しは楽になるとも聞いたことがあります」

「程度にもよるが……しばらくは立って歩くこともできるだろうな。勿論激しい運動は厳禁だが」

「十分です。ここ数年はそれすらもままになりませんでしたから」

「はぁ? お前の父ちゃんは──あぁ、ヴァイルー家っつったらそうか。……やれやれ、貴族社会も大変だねぇ」

「やけに事情通のようですが……?」

 

 訝しんでそう聞くと、彼は押し黙って俺の頭を雑に撫でる。

 

「ガキは変なこと気にせず健康になっておけ。【上級治癒(ハイ・ヒール)】」

「……おぉ、痛みが引いていく!」

 

 緑色の光が俺を包み込んだ瞬間、あれだけ体を蝕んでいた痛みが嘘のように引いていく。頭痛も鈍痛も内部の刺激痛も何もかもが消えていき、久方振りに()()()()()()幸せを手に入れた。

 

「アル様……お加減はいかがですか?」

「うん、すごい楽になったよ……っと、おお……」

「あ、アル様が立ったぁぁぁあ!!!」

 

 ベッドから立ち上がると、ドバっと膨大な涙を放出しながらエルフィが駆け寄ってきた。

 

「いつも本当にありがとね」

 

 人の痛みに敏感で、喜びに誰よりも寄り添ってくれるエルフィに、俺は感謝の意をこめて綺麗な銀髪を撫でると「えぐっ、えぐっ……」としゃくり上げながら控え目に俺の腰に手を回した。

 ……うん、人格が統合したお陰で興奮とかがそこまで感じないのがありがたいな。

 

 ただただ純粋な感謝の気持ちが今はある。

 

「俺が見えちゃいねぇな……まァ良い。俺はもう行くが、また症状が出たら呼んでくれ。魔毒症を治癒する機会はそう多くねぇしな」

「本当にありがとうございます。……ええと」

「あぁ〜、俺の名はオルフ、オルフだ」

「ありがとうございます、オルフさん」

 

 お礼を伝えるとヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。

 オルフさん……良い人だったな。治癒術師ってへたな貴族より権力持ってるから、傲慢な人間を想像したけど……良い意味で庶民感のある人だった。

 症状の酷い魔毒症をあの精度で治癒できるってことは腕も確かだし。

 

「ハッ……オルフさんは……!?」

「えっと、帰ったよ」

「お、お礼を伝え忘れました……わたくしとしたことが!」

 

 わたわた慌てるエルフィに俺は思わず笑みが漏れた。

 本当に人に恵まれたな。絶対に何かしらの形でお礼をしたいけど……うーむ、何とか動けるようになって働き口を見つけるしかないか……。

 

「じゃあエルフィ。折角動けるようになったし、外で散歩でも────」

 

 

 ──刹那、響いたいつもの痛み。

 体中を殴られ、刺されるような激しい痛みが帰ってきた。

 

 

「──かはっ……!! げほっ、げほっ!! ぁがっ……!」

 

「ある、さま……?」

 

 立っていられずに俺はその場でひざまずく。

 咳をすると、床に打ち捨てられたモノは赤色だった。

 ……まずい、エルフィが……折角エルフィが治癒術師を呼んでくれたのに、こんな体たらくじゃ……!!

 

「そん、な…………」

 

 バタンッ、と何かが倒れ込む音がした。

 痛みに耐えながらその方向を見ると、エルフィがショックで気絶してしまっていた。

 

 ……それはそうか。

 まさしく希望からの絶望だ。落差が酷い。

 一般的な魔毒症は、一度でも腕の良い治癒術師にかかれば数年単位で症状が落ち着くとされている。

 

 だがあまりにも()()()()()()()が多すぎる場合、どれだけ治癒魔法をかけたところで一時しか症状を抑えることができない。

 

 こんなんじゃ働くことも戦うことも無理に決まってる。

 もしも隣に治癒術師がいて、ひっきりなしに治癒をかけてもらうことができたなら、魔力の身体強化で戦えるかもしれないけどな。

 

 現実的じゃない。

 そう、ハッと笑い飛ばそうとした瞬間、ふと思考が頭をよぎる。

 

「ごほっ……僕の魔法の、っ才能は確かだ」

 

 魔毒症の症状がそれを証明している。

 おまけに、魔毒症が発覚する前の魔法の適性検査では、両親が驚愕するほどの才能を見せている。

 

 確かその中に────治癒魔法の適性があったはず。

 

 

 もしも、もしもの話だ。

 

 

 常に体に治癒魔法をかけ続けることさえ可能ならば。

 魔法を発した途端に体が裂けるとはいえ、発動さえできてしまえば──傷と症状をまとめて治し、一瞬だけでも健康な時間を作ることができれば。

 

 

 

 治癒魔法をかけてもらったことで分かった。

 魔法を体外に発せずに発動できる身体強化魔法であれば、使うことができるかもしれないと。……勿論、心肺機能を使う以上はすぐにでも魔毒症の痛みに襲われるけど、一瞬であれば十分。

 また治癒魔法を使うことができる。

 

 

「これは──可能性だ。可能性の塊だ……!! げほっ!!」

 

 血反吐が湧き出る。

 それでも俺は、生まれた僅かな可能性に笑みが止まらなかった。

 

 

 待ってろよエルフィ。

 俺は君が心配しなくても良いように強くなってみせるから。  

 

 




あの……血反吐吐いておいて心配しなくても良いようにって……
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