病弱貴族になった俺、治癒魔法をかけながら戦えばいいことが判明する(※血反吐付き) 作:池崎
Side オルフ
アルに治癒魔法を教え始めてから二年が経った頃だ。
相変わらず魔力回路の壁を突破できていないものの、並行して教えている魔法に関しての知識は水のように吸収してやがる。
一を聞いて十を知る。
それどころか、自分の知識を応用して質問してくる始末だ。
「貴族なんてろくでもないと思っていたが……俺も視野狭窄していたな。全部が全部、そんなわけねぇだろうに」
アルの境遇は悲惨の一言に尽きる。
期待されて生まれた公爵家の長男。
神の寵愛を受けたとしか思えない絶大な魔法の才を持ち、さぞや当主は喜んだことだろう。これで我が家は安泰だと。
そんな矢先に、全てを不意にする魔毒症が発覚した。
期待の高さだけ、それが裏切られた跳ねっ返りは酷かったことだろう。……裏切りたくて期待を裏切ったわけじゃねぇのに。
勝手に期待されて、勝手に失望される。
挙句の果てには醜聞を避けるために離れで軟禁。
メイドの嬢ちゃんの話から、当主が部屋を訪れることはただの一度も無かったらしい。……わざわざ隣の部屋で息子の有能さについて話し合うだのクソみたいなクソアピールはあったみたいだが。
「……ハッ、俺も年老いたか。柄にもなく情が湧いちまう」
生意気なガキだ。
あんな苦しみを抱えて生きてきたのに、やけに明るくて減らず口は止まらない。それでいて、時折俺のことを見透かしたような目で見てきやがる。
嬢ちゃん曰く、あそこまで明るくなったのは俺が来て以降らしいが……まあ、俺の存在が希望になってるならそれで良い。
「フッ……妙におちょくってくることさえ無ければ、俺も素直に可愛がれるんだがなぁ」
とはいえ、今更そんなことをしても「だ、大丈夫ですかオルフさん。自分の頭に治癒魔法かけたらどうですか……!?」とか言ってくるだろうし。
俺のことを尊敬してんのか舐めてんのかどっちなんだよ。
「はぁ……」
俺はため息を吐きながら帰路をたどる。
いつも真っ直ぐ家に帰らずに、研究室に寄って魔毒症の研究をしてから帰っている。
……あの栄養状態だ。いつまでも保つか分かんねぇからな。
さーて……そろそろ良いか?
研究室を特定されるのも面倒だ。
「なんだ? メイドってのは尾行まで業務の一環なのか?」
ガサガサッ、と近くの茂みが揺れる。
バレたからには誤魔化すつもりはないのだろう。
すぐに見慣れた顔──メイドの嬢ちゃんが現れた。
「……アル様の尾行なら業務の一環です」
「あいつ、部屋から出れねぇじゃねーか」
ぷくっ、と頬を膨らませるその姿は、尾行がバレてバツが悪そうというよりは、単にバレたことに不満があるようだった。
……まあ、多少堂に入った動きではあったな。
俺に言わせれば素人に毛が生えたようなもんだが。
「……オルフさんに、お願いがあるんです」
「はぁ、これ以上アルに近づくなってか?」
「わたくし、それなりに感謝を伝えてますよね!?」
「いや……毎回主従揃っておちょくってるからそのイメージが強すぎんだよお前ら……」
呆れながら笑うと、今度こそ嬢ちゃんはバツの悪そうな表情をした。
大体アルに乗る形で嬢ちゃんも俺にボロクソ言ってるパターンが多いのだが……まあ悪い気はしない。
二人揃って生意気なガキだが、俺に信頼を寄せてくれているのは理解している。
「オルフさんには、本当に感謝しています。辛い思いをしているアル様に希望と笑顔を与えてくれました。わたくしには……できなかったことです」
「ちげーだろ。希望はともかく、笑顔に関しては嬢ちゃんに向けてることが多いぞ。よく見りゃ分かる。毎回ニコニコ目を合わせやがってよ。恋人か?」
「こっ!? そそそそそんな、恐れ多いですよ!!」
すると嬢ちゃんはボッと顔を真っ赤にして「あわわ……」と視線を右往左往させた。……おっと、若人の恋愛に首を突っ込むもんじゃねぇな。
まあ、それはともかく……観察眼がねぇと治癒術師はやっていけねーからな。
「お前が普段バカっぽくテンション上げてアルに接してんのも、気を遣わせたくないからだろ。……まァ、やり過ぎて今は素になってるっぽいが」
嬢ちゃんは目を見開いて俺を見た。
なんで分かったんだと言わんばかりの表情だ。
「これに関してはお前のせいだぞ。俺とアルとで接し方が違いすぎる。信頼の有無とか関係なく、ありゃわざとらしいにも程がある。……アルは気づいてねぇようだが」
「……わたくしが悲痛な顔をしても、アル様が救われるわけではないですから。だからできる限りアル様の前では笑顔でいようと決めたんです。……できない時もありましたけど」
あまりにも辛くて、悔しくて、何もできない自分が腹立たしくて、と嬢ちゃんは顔を歪めてそう言った。
「アル様は……自分のことより周りを優先するんです。どれだけ自分が辛くても、わたくしのことを第一に気にするんです」
「それで、好きになっちまったと」
「いえ、お慕いしてる理由は昔アル様に救われたことと、オルフさんが来て以降の優しさと強さに触れたから──ってどうしてこんなこと言わせるんですかぁ!!」
「くっくっく、思いっきり自爆してたけどな」
からかい甲斐のある嬢ちゃんだなまったく。
主人に関してはからかった瞬間に百倍になって返ってくるならな……あのやけに回る弁舌はどこで養ったんだか。
「んで、結局何のお願いがあって来たんだ?」
俺は話を戻して嬢ちゃんに問いかけると、ふっと目を閉じ──決意と
「わたくしに──魔法を教えてください」
「──そりゃ随分と、面白いお願いだ。たかが治癒術師に魔法を師事するなんてな」
……少し、迂闊だったか。
まあ、こいつら相手にそこまで深く隠し事をしたいわけじゃねぇ。攻撃魔法が使えるようなことを示唆したことは何度か言った覚えがある。
嬢ちゃんも恐らくそれを聞いてこんなことを言ったのだろう。
「オルフさんが攻撃魔法を嫌悪してることは知っています。かつて──
「──ッ! 待て、なぜ一介のメイドに過ぎないお前がそんなことを知っている……!!」
心臓が激しく鼓動を始めた。
確かに、少し調べれば俺が元宮廷魔道士だったことは分かるかもしれない。……痕跡は消せるだけ消したはずだから、余程事情通じゃねぇと分からない類のものだが──、
──少なくとも、信頼していた同僚に裏切られた事実は俺と、その下手人と……その他数人しか知らないはずだ。
「
「本名まで……!! 脅しのつもりか……!?」
知られたくない過去を知っている女だ。
かつての地位を隠して細々と治癒術師を営んでいる俺にとって、まさしくその情報は俺を殺すことのできるものだ。
キッと嬢ちゃんに向かって睨みつけると、彼女はあっけらかんと首を横に振った。
「脅すつもりも、これを楯に何かを要求することもしません。そんな恩知らずな真似をしたら、アル様に怒られちゃいますから」
「……じゃあなんで言った」
「わたくしがあなたに魔法の師事をお願いする理由は、確かな実力者であることを知っているからです」
「どこで知った」
……チッ、毒気が抜かれる。
信頼した目で見やがって……。
俺は一旦深呼吸をして落ち着くと、話を聞く体勢を取る。
すると嬢ちゃんは衝撃的なことを口にした。
「オルフさんに
「セヴェスティア……ッ、じゃあお前──あの爺さんの孫なのか!?」
セヴェスティア家。
俺が唯一と言っても良いほど懇意にしている貴族家だ。
とは言っても今は迷惑をかけねぇために関わりを断っているが……爺さん……前当主であるアテン・セヴェスティアは俺の魔法の師匠だった。
俺が宮廷を追放された時も爺さんにだけは真実を話した。
爺さんは家の人間に話を通し、全員が俺の無実を信じてくれたが……なるほどな、セヴェスティア家の人間なら俺のことを知っていても不思議じゃない。
「はい。お名前は聞いたことはありましたが、お姿を拝見したことはなかったので。気づくのが遅れました」
「そうかそうか、あの爺さんの孫なのか……! ……なら早く言えよな。無駄な勘ぐりしちまったじゃねぇか」
「……わたくしのことをからかった意趣返しです」
「意趣返しで俺のトラウマねじ込んでくるのやめーや」
十中八九嘘だな。
大方、全て包み隠さず話すことが嬢ちゃんなりの誠意だったんだろう。主従揃ってそういうとこは不器用な奴らだよまったく。
……なるほどな。
理由は分かった。理由はな。
「理由は分かった。その上で言うが断る。俺はもう攻撃魔法は使いたくねぇんだ。誰かを傷つける魔法は好きになれない」
「傷つけるためではありません。大切な人を守るためです」
「俺も昔はそう思っていたさ。だが、結局のところ凶器でしかないんだ」
「わたくしが使い方を誤って、誰かを傷つけると?」
うん……うん。
俺は全力で頷きながらビシッ! と指を指す。
「するだろ!! お前絶対アルのためだったら無尽蔵に魔法ぶっ放すだろ!! 一番の理由コレなんだよ!! お前に攻撃手段与えたらろくでもねぇことになる!!」
「当たり前じゃないですか!!! アル様を傷つけ、アル様を悲しませる人間など全員粉微塵に焼いてさしあげますよ!! さぁ!! オルフさん!! 凶器を!! 凶器をください!!」
「お前の場合は狂気だよもうそれ!!」
────三時間の格闘の末、俺はアルが寝ている時間に魔法を嬢ちゃんに教えることになってしまった。
……くっ、くそ……バカップルめ……さっさとくっつけよ本当に……!!
とは言いつつ、俺の負ったトラウマがこいつらによって剥がされかけてる事実を──俺は正直に直視することができなかった。
……納得いかねーだろそりゃ。
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