そこは見なれた場所だった。
見なれすぎていた。
(おれの高校の最寄り駅なんだけど……)
まさかな、と思う。
駅前は遊べるようなスポットや買い物できる場所が多いから、きっとそっちだろう。
「どんな子にコクったの?」
セミロングの髪が風でゆれて、ちらっと見えた耳にきらっと光るものがついていた。ピアス?
まあ……学校外ならべつに問題ないし、こういうのをつけてオシャレしたい時期か。
(そういえばあいつ……あんまり飾りっ
小学校から中学にかけて、どこのクラスにも一人はいる、髪のみじかい活発な女の子。
それがそのまま、高校生になったって感じのやつだった。
おれの幼なじみ。
きっと二度と会うことはないだろう。
おれが〈おれの本体〉にここ何日間ももどれないのは、もう意識が回復しそうにないってことだ。
「おしえてよ。ケチ」
「いいだろ。おれの心のキズを、あんまエグんなよな」
「イニシャルイニシャル」
「はあ……おまえの知らない子だよ」
最初から思っていたことだが、この
ずっと昔からいっしょだったんじゃないかってぐらいに。
(正直うらやましいよ。おれが出てったら、この子と幸せにやってくれ)
おれが出てく。
そう、ほんとうなら、今すぐにでもそうしないといけない。
なぜっておれはもう、目的を果たしたのだから。
幼なじみに告白して、
幼なじみにフラれた。
すでにおれは〈
「あ。ほら、またそんなふうに下向いて。ダメダメ。地面のガムふむのよけれるぐらいしかメリットないんだから」
「ガムなー」おれは
「どうしたの?」
たっ、とおれの前に立ちふりかえる彼女ごしに、
風船でつくられたレインボーのアーチ、そしてその奥には―――
(おれの学校じゃないか!)
「ひそかに夢だったんだよね。他校の文化祭に男の子とくるの」
「……」文化祭。まわりが気をつかっているとはいえ、あいつが〈不参加〉とは考えにくい。それは、事故にあった幼なじみよりもお祭りイベントを優先するって意味じゃなく、シンプルにみんなを手伝えないのがイヤなんだ。
(まあ、そこそこ広いトコだから、そうそうハチあわせることはないだろう)
と、あっというまの速度で、押切さんは出店の焼きそばを買った。
「朝、食べてないの」
「歯に青のり、つくぞ」
「気にしないもんね」
きょろきょろとあたりを見回す。
「座席はいっぱいだし……歩きながら食べるのもなぁ……どこかいい場所ないかなー」
「ああ、それなら」
「?」
おれは彼女の前を歩いて、ある場所につれて行った。
「こことかどうだ?」
そこは
階段は、そんなに不潔って感じじゃないから、イスのようにして座れる。
「ん~~~~」
押切さんはこめかみに指先をあてて考え込んでいた。
え?
まさかこういうの、気にするタイプ?
ハンカチでももってたら、下にしいてあげるんだが。
「あー、じゃあ、ほかの場所に」
「えっ? ううん、いいよここで。静かでいいじゃん。気に入ったよ」
と、ジーンズのショートパンツをペタンと階段に落とす。
あらわなふとももの上には、ホカホカの焼きそばがある。
わりばしをわって、食べ始めた。
「あー、うまい。やば。一個じゃ足りないかも」
「買ってこようか?」
そう言うと、無言でぐいとおれのそでをひいた。
「キミ、やさしいね」
「そうかな」
「ねえ、ここ、もしかしてだれかと来たことあるの?」
「だれかっていうか……おれはここに……」
あっ!!!
おれはとんでもないことを忘れていた。
あの金髪で青い目の女の子いわく―――「乗り移った体で『本人じゃない』ことを示す言動をとると、拒否反応をおこして体から追い出される」。
これだよ。
あったじゃないか。うってつけの、この体を本来の持ち主に返却する方法が。
「ちょ、ちょっとまって。心の準備する。おれも、はじめての経験だからな」
きこえたのかどうか、彼女は焼きそばを食べ続けている。
とてもおいしそうに。
ほほえましい光景だ。
おれの視線に気づき、
二つの大きな目がこっちに向く。
「なんか言った?」
「いや……うん、言ったよ。そろそろおわかれだ。短い間だったけど、ありがとう。たのしかった」
「ふぇっ!? 私をおいて、帰っちゃう気? 急に一人で食べ始めたから怒った?」
ばっ、とおれは立った姿勢から上体をかがめ、押切さんの両肩をつかんだ。
「きいてくれ。おれの本当の名前は…………うっ」
そこで信じられないことが起こった。
手にもったハシで、おれはおれのくちびるを、キュッてつままれている。
「バカ! 言っちゃダメ! 〈体〉に拒否されて追い出されるよ!」
事態がよくのみこめなかった。
彼女は真剣なカオでつづける。
「もうキミはオーちゃんの体にもどれなくなる。そんなのダメじゃない? なにか〈やり残した〉ことがあって、キミはこの世界にとどまってるんでしょ?」
「押切……いや、押切さん、どうして」
「小さいころおばあちゃんから聞いたとおり。こんなこと、本当にあったんだね」
彼女が話すには、祖母にあたる人がいわゆる霊能力みたいなものをもっていて、
しばしばそれ関係の話を耳にしていたらしい。
「幽体離脱からの乗り移り。ざっくり言って、それが今のキミの状態だよね」
「ああ、まあ……」
「おかしーと思ってたんだよねー。私のこと『押切』っていったり『おまえ』って呼んだり。態度もちょっとオラついてるし」
「まじですか」
おれは聞かずにはいられなかった。
じゃあ、
質問すると、
「敬語」
と一言でこたえた。
「ほんとにあいつ、昔から他人行儀が抜けないっていうか」
「昔? つきあい、長いんですか?」
「長いも何も、家が近くの幼なじみ。幼小中高、ぜーんぶ同じ」
おどろいた。
そうだったのか。
「なのにぜんぜん敬語やめないし、あげるって言ってももらってくんないし」
「あげる? なにを?」
「私のバージン」
さらっと自然に言い、また焼きそばを食べだす。
おれの頭の中は、その英単語を和訳した単語でいっぱいになっていた。
「あのー、すみませーーん。できましたら、座りこみはナシでー」
おれは耳をうたがった。
聞きたかったけど聞きたくない、その声の持ち主は、
「あっ。焼きそばですかー。いいですねー」
ショートカットの〈おれ〉の幼なじみだった。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。えんじ色のブレザーの腕につけてる白いアレは、たぶん風紀委員の腕章だと思う。
「ごめんね! あと10秒だけ!」
注意されて急いで食べる押切さん。
みるみるうちにパックが空になってゆく。
「はいはい! 今、移動しまーす!」
立ち上がった彼女と、
そのあと、
きわめて自然な流れで、そのそばに立っているおれのほうにも目を向ける。
「あっ!」
と、いうまに
一目散。
そんなにおれのことが、イヤなのか?
(まいったな……)
キツいよ。
この、幼なじみに毛嫌いされてる状況。
くしゃっと前髪をかきあげた。
そこで、おれは頭――自分の金髪がムキだしになってることに気づく。
「? なんだろね。あの子、走ってっちゃったね」
「……」
逃げた理由は、おれは知ってる。
中学時代、こわい思いをしたという金髪のヤンキー。
今、ヤンキーじゃないにしても、おれはそういう体の中に入っている。ビビられて当然だ。
「よお」
いきなり、背後から肩に手をおかれた。
「女の子がおまえらに注意してたよな? あの子になんかしたのか? おれ遠くから見てたけど、走って逃げてったからよ」
言い返そうとする押切さんを手で制し、おれは言った。
「何もしてない」
「ほんとかよ」
こっちは180センチを超えて、しかも金髪。
だが相手はおそれるそぶりもみせず、息がかかる距離まで体を近づけてきた。
「おれはわけあって、ある男の代わりにあの子をまもってる。おまえがひどいことをしたなら、ゆるさねぇ」
ガッチ。
おれは心の中で言った。
こいつはおれの親友だ。
ほとんどゼロ距離で向かい合う男子。
はたからみたらケンカ寸前にみえるかもしれない。
しかし、実際おれはこの親友の―――
「おい。ほんとにしてねーなら、どうしてあの子は逃げていったんだよ」
「それは……知らない。用事を思い出したんじゃないか」
「そうだよ! 突然『あっ!』って言って」と、
なおも、ガッチの臨戦態勢はとけない。
こいつは柔道部のエースだから、もしケンカになったらおれの即負けだ。
「よし。じゃあ、
「ここにいろっての? おいおいガッチ、さすがにそこまでしなくても……」
「ガッチ?」
とっさに押切さんに背中をグーでこつんとされた。
わかってる。思わず口がすべったんだ。
「ガ、……ガッチュー! アイ、ガッチュー。わかったぜ。はやく彼女にきいてきなよ」
「……」
あやしむそぶりは見せたが、それ以上なにも言わずガッチは校舎のほうへと消えた。
「出たほうがよさそ?」
「さすがにな」
焼きそばをゴミ箱に捨てて、一つもアトラクションを見物することなく、おれたちは学校の外に出た。
駅までの道で、おれは幼なじみに告白したことを、少しくわしく彼女に説明した。
すると彼女は
「そんなの私だって本心は教えないよ。親しい人ならともかく、他人同然の人には言うわけない」
「そうなのか……?」
太陽は高い。
時間的には、まだ午前中だ。
このあと彼女につれられ映画を観に行き、
カラオケでさんざん「最高!」だとか「個性的ぃ!」と、歌がヘタなのをからかわれ、
ファミレスで同じものを注文して食べて、
ヘトヘトになりながら家に帰った。
ベッドにごろんところがる。
思い出すのは数時間前の言葉―――「本心は教えない。親しい人ならともかく」。
ふと、あることを思いついた。
それはしかし、学校もちがって、第一印象も最悪に近い〈おれ〉じゃハードすぎることだ。
手をグーパーしながら何度も考える。
おれにできるだろうか。