オンボロ寮を担保に入れた契約が即座に実行され、アズールたちによって寮から容赦なく追い出されてしまったマダラとグリム。
「ウウ。今日からこの寒空の下、野宿かぁ……辛いんだゾ」
落ち葉が舞う冷たい夜風の中、グリムが身を小さく丸めて泣き言を漏らした。だが、マダラからしてみれば寒空の下での野宿など日常茶飯事であり、忍として命を削り合ってきた過去を思えば何の苦にもならない。
「ふぅ……」
己の浅はかさで追い出されたくせに泣き言を言うグリムに、マダラが深いため息を吐いたまさにその時暗がりから足音が近づき、エース、デュース、そしてジャックの三人が姿を現した。
「おいおい……マジで追い出されちゃったのかよ」
「アズールの仕事の早さには呆れるな……」
さっきのラウンジでの契約の件を聞きつけ、心配して駆けつけた三人。野宿なんて平気だと取り合わないマダラだったが、見かねたデュースが提案をしてきた。
「ローズハート寮長には、すでに話をつけてある。僕たち1年生の4人部屋でいいなら、雨風を凌げる場所を提供できるぞ」
だが、マダラは一蹴した。匿われるような真似は己のプライドが許さないし、何より余計な揉め事に巻き込まれるのは御免だ。
「俺は野宿で十分だ」
「頑固だなあ、もう……!」
頭を抱えるエースたちの横で、腕を組んで黙っていたジャックが、意を決したように静かに口を開いた。
「なら……サバナクロー寮に来るか?」
ジャックの案内でサバナクロー寮へとやってきたマダラとグリム。だが、そう易々と部屋が割り当てられるわけもなく、まずは寮長であるレオナの元へと通され、ジャックはアズールの契約の件を話す。
「却下だ」
「そんな即答しなくても……!」
「ウチの寮はペットの持ち込みも禁止している。毛が落ちるからな」
案の定、レオナは冷たく吐き捨てた。しかし、そこにすかさず横から口を挟んだのがグリムだった。
「嘘つけ~! オマエらのほうがオレ様よりよほど毛がフサフサしてるじゃねぇか!」
獣人族の多いサバナクロー寮において、どこからが「毛が落ちるペット」の扱いなのか?マダラが考えるのも面倒になってきた、まさにその頃。
「コイツら、レオナさんの部屋に置いとけばいいじゃないスか」
「……おい、ラギー。言葉は慎重に選べよ。口を縫い合わされたいのか?」
ピキリと眉をひそめ、物騒な眼光で睨みつけるレオナ。だが、ラギーはニシシと調子の良い笑みを浮かべ、全く怯む様子もない。
「レオナさんは部屋に召使いがいるのとか慣れっこでしょ? 宿代代わりに、身の回りのお世話をソイツらにやらせればWin-Winじゃないスか」
「ガルル……ラギー、テメェ……」
「いやぁ〜、オレ、まだ寮対抗マジフト大会の時の傷が癒えきってないんスよね〜。魔法薬を飲んでまで魔法使ったからか、ハードワークはしんどくて。何せ、レオナさんのために命張っちゃいましたから」
大げさに肩を抱えてため息をついて見せるラギーの芝居。大会での無茶を盾にされたレオナは、忌々しそうに舌を鳴らした。
「タダで俺のそばに置いてやるわけにはいかねぇな。マダラ、条件だ」
「言ってみろ」
「明日から3日間、俺との実戦魔法の模擬試合に応じろ。先のオーバーブロットの件で、どうにも虫の居所が割ぃんでね。テメェのその余裕そうな面を、力づくで崩してやりたいんだよ」
自身を「召使い」ではなく「対等の闘士」として指名してきたレオナの挑発。その言葉を聞いた瞬間、マダラは一瞬目を見開くと、口元を猛悪で愉しげな笑みへと大きく綻ばせた。
「いいだろう」
普段の冷静沈着な佇まいから一転、全身から静かな闘気が溢れ出す。マダラは腕を組み直し、獰猛な瞳でレオナを見つめ返した。
「この学園の座学には欠伸が出そうになっていたところだ」
「言ったな。後悔するなよ」
互いに不敵な笑みを交わし合う二人の間で、火花が散る。こうして、レオナの部屋での宿泊と引き換えに、凄絶な「3日間の模擬試合」という約束が成立した。
○○○○
翌朝、東の空が白み始める前の薄暗闇の中。マダラはサバナクロー寮のマジフト場に一人佇んでいた。足元に広がる一面の砂地を見渡し、ここならば周囲を巻き込むことなく術の全力を放っても問題ないと判断する。マダラは胸の前で素早く印を結び、深く息を吸い込んだ。
「火遁・豪火球の術」
口から放たれた巨体な炎の球体が、爆発的な熱風とともにマジフト場の中央を包み込み、夜明け前の冷気を一瞬で吹き飛ばす。灼熱の渦が砂を赤く照らし出した。
「相変わらずでけぇ炎だな」
校内の私闘は原則禁止。だが、模擬試合。つまり目的のある魔法使用は、寮長であるレオナなら、簡単に許可が下りた。そして、レオナの服装は制服ではなく、寮服彼からはやる気が満ちていた。
「来たか」
「あぁ。約束通り、早速始めるか」
マダラが特注の鉄棒を構え、レオナが杖をすっと構える。
「合図は俺の魔法でカウントする」
3、2、1、とカウントが落ち。『ゼロ』を刻むと同時に、二人の鋭い殺気が激突した。先手を打ったのはマダラだ。間髪入れずに印を結び、極限まで練り上げた火遁の炎を正面から叩き込む。
対するレオナも即座に反応し、水流を呼び戻す魔法『アクアウィーブ』を展開。激突した灼熱の炎と水流が相殺され、マジフト場全体に凄まじい密度の白煙と熱蒸気が立ち込めた。
視界が遮られたその一瞬。白煙の渦の中から、追撃として複数の小さな炎の塊が連続して弾け出た。
「火遁・鳳仙火の術」
変幻自在に軌道を変える炎の弾幕に対し、レオナは即座に一歩後方へバックステップを踏む。視覚を奪われながらも、長年培った野性の勘で回避行動を取りつつ、即座に杖を突き出した。
「フォレストストライク!」
蒸気の合間を縫って、天から巨大な雷光が激しい落雷となってマダラを目掛けて降り注ぐ。直撃すればタダでは済まない一撃。だが、マダラの両眼が禍々しく赤く染まり、三つの巴模様を描く『写輪眼』へと変貌を遂げた。
視界を覆う水蒸気も、目にも留まらぬ雷の軌道も、写輪眼の前には遅延した映像のようにハッキリと見えていた。
マダラは最小限の身のこなしで雷撃の直撃を紙一重でかわすと、地を蹴り、爆発的な速度で距離を詰める。落雷の放電が収まり切る前に、マダラの影がレオナの懐へと滑り込んでいた。
「……チッ!」
冷たい金属の感触が、レオナの首元にピタリと押し当てられていた。マダラが手に握る重厚な鉄棒の先端が、寸分の狂いもなく急所を捉えている。朝靄の中、写輪眼の朱き光を放つマダラが、冷徹な笑みを浮かべて見下ろしていた。
「勝負あり、だな」
一瞬の静寂の後、首元に突きつけられた鉄棒を見つめ、レオナはちっと忌々しそうに舌を鳴らしながらも、どこか楽しげに口端を上げた。首元に突きつけられた鉄棒が引かれ、試合の終わりが告げられた。
レオナは荒い息を整えながら地面に腰を下ろし、マジカルペンを弄ぶ。マダラもまた写輪眼の朱き光を収め、手に持った鉄棒を静かに肩に担ぎ直した。
「……で、テメェはあいつらと一緒に行かないのか?」
レオナが不機嫌そうに顎で指したのは、アトランティカ記念博物館へ向けて作戦を練り直しているであろうグリムたちの件だ。
マダラが昨晩「グリムが己の意思で指示を出さない限り、自分は動かん」と言っていたのを思い出しての問いだ。
「俺がいたところで、上手くいくはずがないだろ」
マダラは一蹴するように短く答えた。
「お得意の火遁が水中じゃ使えないからか?」
レオナが煽るように口端を上げると、マダラは鼻からフッと息を漏らし、冷徹な黒い瞳でレオナを見下ろした。
「俺がそんな程度で弱くなるとでも思うか?」
「いや、聞いたまでだ。だが、水が火の天敵である以上、何らかの対策は必要だろうがな」
「他愛もない。水遁で相殺されるなら、より高密度の炎で蒸発させるまでのこと。……だが、あの場所では暴れること自体が目的ではないからな」
レオナはマダラの手に握られた重厚な鉄棒に視線を送った。
「テメェの獲物は、その鉄棒だけなのか? 見るからに武具の扱いには長けているようだが」
「あぁ。だが……あいにくこの世界では『クナイ』や『手裏剣』が手に入らん」
「クナイ? シュリケン? 武器の類か?」
「そうだ。忍びが最も多用する投擲武具だ。……ただ投げつけるだけではない。ある忍はあらかじめ投げた対象に特殊な術式でマーキングを施し、そこへ瞬時に己の身を跳躍させる『時空間忍術』の媒体としても使う」
「へえ、便利なもんだな」
レオナは関心したように眉をひそめると、先のオーバーブロット事件時に自分を拘束しかけたマダラの瞳写輪眼を思い返した。
「なら、あの『写輪眼』とかいう瞳術はどうだ? 目さえ合わせれば、水中だろうが相手を術に嵌めて勝ち確定だろ」
「そうだな。原理上は可能だ。だが、あいにくこの学園では『殺人』が許されていない。ゆえにその案はなしだ」
「……見たらどうなる?」
「精神崩壊すれば、良い方だろうな」
その言葉に含まれた本物の死線と絶望の重みに、レオナは「物騒な野郎だ」と吐き捨てるように笑い、立ち上がって砂を払った。数分後、マジフトの朝練のために寮生が集まってきた。
その中にグリムが眠たげにマジフト場へ入る横でラギーが、いつもギリギリに来るレオナの姿を見て、ひどく驚いた。
場所は変わって、学園の食堂。トレーに料理を載せたサバナクローの一行とマダラ、そしてグリムが同じテーブルを囲んでいた。
「それにしても、まさかレオナさんがこんな朝早くから起きているなんて。明日は雪でも降るんじゃないスかね?」
ラギーが軽口を叩きながらパンを頬張ると、隣のレオナが不機嫌そうに目を細めた。
「全部聞こえてんだよ。…で、マダラ。朝から何度か模擬戦を交わしてみて、どう思った?」
肉を口に運んでいたマダラは、手を止めることなく静かに答える。
「やはり上級生といったところか。腕はそこら辺の魔法士どもよりは格段に良い」
「テメェは人を煽るのが上手いな」
「当然だろう。死と隣り合わせの凄惨な戦場で得られる経験値は、格段に違う」
淡々と語るマダラの脳裏に、ふと過るものがあった。かつて極限の戦場で、己の目の前で命を落とした最愛の弟。イズナの姿。血と鉄の匂い、そして深い喪失感。その一瞬の感情の揺らぎに伴い、マダラの黒い双眸が無意識のうちに禍々しい朱色へと変貌し、三つの巴模様が回転した。
「おい、マダラ! 写輪眼が出てるんだゾ!」
グリムが肉球でマダラの袖を突く。ラギーはその瞳を覗き込み、感嘆混じりの溜息をついた。
「近くで見ると、ホントに陰り一つない綺麗な赤っスねぇ。吸い込まれそうっていうか、背筋が凍るっていうか」
マダラは瞬きをして写輪眼を収めると、静かに視線をグリムへと向けた。
「それよりグリム。作戦は思い浮かんだのか?」
「ふふん! 任せるんだゾ!」
グリムは胸を張り、小さなお手製のノートを広げた。
「今日はまず、敵地である『アトランティカ記念博物館』の事前調査に行く! エースとデュースも連れてな。今日一日で写真を盗み出すのは絶対に無理だから、まずは可能な限り警備や構造の情報を取り集めるんだぞ!」
「意外とちゃんと頭を使って考えてやがるな」
ジャックが驚いたように耳をピクリと動かす。だが、当のグリムは「当たり前なんだゾ!」と言いつつも、内心では(生半可な作戦を出したらマダラに何されるか分かったもんじゃねぇ……!)と恐怖で身体を震わせていた。
「よし、オレ様は早速調査に行ってくるんだゾ!」
食事をあっという間に平らげたグリムは、エースたちと合流すべく勢いよく食堂を飛び出していった。
明日も同時刻に更新いたします。三章は次回で終了します。よろしくお願いいたします。