翌朝、マダラたちはスカラビア寮を訪れた。アズールが鮮やかな話術を展開し、言葉巧みにカリムの警戒を解いていく。結果、スカラビア寮の過酷な補講期間は、表向き「オクタヴィネル寮との合同合宿」という形へと姿を変え、マダラたちも合宿への参加を取り付けた。
「あれ? お前……確かマジフト大会の前に会ったよな?」
カリムがふと足を止め、マダラと目を合わせる。その無邪気な反応に、傍らに控えていたジャミルが少し意外そうに呟いた。
「カリムが他人の顔を覚えているなんて珍しいな」
「だってさ、あの時のマジフトの動きと技、めちゃくちゃ凄くてかっこよかっただろ! 改めて俺はカリム・アルアジーム! こっちは副寮長のジャミルだ!」
「マダラだ」
「よろしくな、マダラ!」
差し出された手は、心からマダラを心から歓迎しているように見えた。悪意が一切感じられない様子にマダラは、差し出された手を握り返した。こうして、二つの寮による合同合宿が始まった。
「よーっし! 今日はみんなで模擬戦をするぞ!」
カリムの元気な号令のもと、スカラビア寮の中庭で模擬戦が執り行われた。一通りの打ち合いが終わり、息を整える一同の中で、カリムが目を輝かせながらマダラのもとへ駆け寄ってきた。
「なぁマダラ! さっきの模擬戦で見せたあの技、俺にも教えてくれよ!」
無邪気に距離を詰めてくるカリムの無防備な笑顔とまっすぐな瞳。その佇まいに、マダラの脳裏へ記憶が掘り起こされる。
「あれは魔法ではない。貴様に教えることはできん」
「そうだよ、ラッコちゃん。メジナくんが使うのは『忍術』だから」
フロイド笑いながら割り込むと、アズールも眼鏡のフチを上げながら補足した。
「マダラさんは『チャクラ』と呼ばれる未エネルギーを用いて術を使用しています。残念ながら、魔法士の僕たちが真似できる代物ではありませんよ」
「そっかぁ残念だな。色んな技や知識を覚えたら、何かとみんなの役に立つと思ったんだけどな……」
カリムは少し肩を落としたものの、すぐに前を向いて笑った。その様子を見てマダラは、眩しすぎるほどの友の面影を思い出していた。
『とにかく色んな術をマスターして、もっと強くなれば……大人たちも俺たちの言葉を無視できなくなる!』
『なら、まずは苦手な術や弱点を克服するこったな』
(……柱間)
マダラの胸の奥で、静かにその名を呼ぶ。だがその呼び声は返ってくることはない。
午前の特訓も終わり、談話室の床一面に敷き詰められた絨毯の上に、豪華な熱砂の国料理が並べられた。寮生は絨毯の上に直に腰を下ろして食事の席につく。
「熱砂の国の料理ですか。独特な香辛料の香りがするな」
「おう! どれも最高にうまいぞ! クラッカーも食うか?」
「ふなぁぁ! カビのクラッカーはもうコリゴリなんだぞ!」
大勢で一つの食卓を囲み、賑やかに談笑する光景。逃げ惑うグリムの姿と、それを見て無邪気に笑うカリム。
マダラは不意に、仲間と囲んだ食卓を思い出していた。ほのかに草の匂いが漂う畳の上に座り、武具を置いて杯を交わした、束の間の安らぎ。
『マダラ、今日はめでたい日だ! 存分に羽目を外そうではないか!』
『お前は羽目を外しすぎだ。柱間』
目指した夢の途中で、確かに存在していたあの時間。過去の幻像と目の前の光景が残酷なほど重なり合い、マダラは静かに視線を落とした。
「……マダラ?」
顔を覗き込んできたのはカリムだった。
「なんだ」
「いや……なんか急に顔が暗くなったからさ。大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
「問題ない。……ただ、故郷の風景に少し似ていただけだ」
「そうなのか! なぁ、マダラの世界の故郷ってどんなところなんだ? もっと教えてくれよ!」
興味津々に身を乗り出してくるカリムに、マダラはしばし沈黙したあと、ぽつりと語り始めた。
「清流と深い木々に囲まれた集落だった」
「へえ!」
「集落の脇にそびえ立つ崖には、火影と呼ばれた長の顔を象った岩が彫られていてた」
「すげーな!長が崖の上から、ずっとみんなのことを見守ってくれてるってことだろ?」
『ここからなら、里を一望できる。誰もが安心して暮らせる場所になるはずだ』
あの崖の上で、二人で未来を語り合った風の匂いが蘇る。マダラは静かに目を閉じ、深く低い声で呟いた。
「俺の友だったヤツも、お前と全く同じことを言っていた」
「友だちか! ん?『だった』ってことは、今は違うのか?」
「意見が食い違ってな。最終的に考えが正しかったのはアイツの方だったが、俺の過去など、どうでもいい話だ」
どこか自嘲気味に話を打ち切ろうとするマダラに、カリムは満面の笑みを向けた。
「そうか? 俺はマダラの故郷の話、すげー楽しかったぞ!もっと聞きたいくらいだ!」
屈託のないその笑顔に、マダラは呆れたように一瞬だけ口元を緩めると、再び料理へと視線を落とすのだった。
○○○○
夜。スカラビア寮の寝室に集まったオクタヴィネルの面々とマダラ、そしてグリムは、連日目撃したカリムの異様な変貌について議論を交わしていた。
「今日はいつものカリムだったんだゾ」
「ええ。僕が知る“いつもの”カリムさんでしたね」
「機嫌が悪い時のカリムは、もっと目も釣り上がってて、怖い感じで喋ってるんだゾ!」
グリムが思い返すように言うと、隣に立つジェイドが首をかすかに傾げた。
「それは果たして、単なる『機嫌の良し悪し』なのでしょうか」
「どーゆーこと~?」
「カリムさんはフロイドのように気分の浮き沈みが激しい印象はあまりありませんし……確かに、原因は別のところにあるように感じられます」
「でも、マジフト大会と期末テストの寮順位が悪かったせいだって、ジャミルは言ってたんだゾ」
「ふむ……マダラさんのご意見も伺えますか?」
アズールから振られたマダラは、壁に背を預け、冷淡な口調で言い放った。
「洗脳の類が妥当だろうな」
「洗脳ですか。しかし…ラギーさんのように身体を制御するよりも、自我を持つ人間を都合よく操るというのは、魔法でも困難ですよ」
「他人の精神を根底から書き換えることなど、容易いことだ。現に俺には可能だ」
すっと開かれたマダラの双眸が、禍々しい朱色へと染まり、三つの巴模様が怪しく回転を始める。写輪眼の威圧感が部屋の空気を一瞬で凍りつかせた。
九尾をはじめとする尾獣や幾多の忍を幻術で惑わせ、世界そのものを永遠の夢に閉じ込めようとした男の言葉には、事実としての重みが宿っていた。
「瞳術やユニーク魔法であれば、いくらでも成立する話だ。忍術でも精神を書き換える方法などいくらでもある」
マダラは瞬きをして写輪眼を収めると、黒い瞳でオクタヴィネルの面々を見下ろした。
「何にせよ……問題解決のためにも、カリムさんのことをもっと深く知る必要がありそうですね」
アズールは持ち前の鋭さを取り戻すと、隣のジェイドへと視線を向けた。
「ジェイド。マダラさんと少し彼と“お話”してきてもらえませんか?」
「かしこまりました。ジャミルさんは警戒心が強く難しいかもしれませんが、カリムさんなら……素直に僕と“お話”してくれるかもしれません」
アズールたちがジャミルの気を引いている間、ジェイドとマダラは静かにカリムの待つ部屋へと足を運んでいた。静まり返った廊下を並んで歩く中、ジェイドが足を緩めることなく、隣を歩くマダラへチラリと視線を送った。
「マダラさん。先ほどのお話を聞くに、貴方にも僕のユニーク魔法のような力がおありだったとは」
「お前もなかなか面白い術を使うようではないか」
数々の噂を聞くマダラから素直な称賛にジェイドは、言葉を失うも直ぐにいつもの落ち着いた様子に戻した。
「恐縮です。ですが、僕の『かじりとる歯』は一度相手に使えば二度は通じないという明確な制限があります。使いどころは慎重に見極めねばなりません」
「写輪眼の方が使い勝手は良いが、この瞳術の存在はあまりにも知られ過ぎていた。敵はもちろん、味方にすら常に余計な警戒を払われていたがな」
「ほう……」
ジェイドは興味深そうに目を細めた。相手の意思を挫き、幻覚へと引きずり込む絶対的な瞳。その脅威を知る者ほど、恐怖し、警戒を強めるのは道理だ。
「マダラさん以外にも、写輪眼を扱える方がいらっしゃったのですか?」
「うちは一族の者であれば開眼し得た。他者の目を奪い『移植』することで、一族以外の者が使っていた例もあるが……血統の適性がない分、身体への負担は計り知れんだろう」
「目を移植ですか、なんともおぞましい話ですね」
ジェイドは言葉では、恐ろしいと言いながらも会話を続ける。
「そのような大切な『手の内』を明かしてしまっても良かったのですか? 僕がその仕組みを理解し、対策を講じるかもしれませんよ」
マダラは足を止めることなく、黒い瞳で前方の扉を見据えたまま、鼻で笑った。
「知られたところで、この俺に届く対策など存在せん。ただ一人を除いてな」
底知れぬ絶対の自信を滲ませるマダラ。その言葉に込められた強者の孤高さを前に、ジェイドは「本当に味方でよかった」と心の底から思った。
「さあ……着きましたよ。カリムさんとの“お話”の時間です」
目の前の扉を見つめながら、マダラは胸の内で静かに思考を巡らせる。今回の騒動を通じて接したカリム・アルアジームという男。
良くも悪くも毒気がなく、あまりにも純粋すぎる。その無防備な心根は他人を惹きつける光であると同時に、悪意ある者にとっては「容易に付け込み、洗脳できる格好の隙」でしかなかった。
(不快なまでの純粋さ……ゆえの脆さ)
他人を疑うことを知らぬその危うい佇まいに、マダラはどこか胸の奥がざわつくような複雑な感情を抱いていた。
あまりにも眩しく、まっすぐに己の理想を信じて疑わなかった、友の面影。カリムの背後に漂う影が柱間の残像と重なるにつれ、マダラの中で冷徹な計算とは別の静かな業火が灯る。
(くだらん茶番だ。だが、あの男に似た面影が何者かの汚い手で歪められていると思うと……どうにも興が削げる)
不快さから始まったこの騒動。だがマダラは、己の胸の燻りを感じ取りながら、この歪んだ支配劇を根底から叩き潰してやろうと誓った。
明日も同時刻更新します。よろしくお願いいたします。