カリムの部屋の前へ辿り着くと、ジェイドは静かに佇み、ドアを控えめに三度ノックした。
「誰だ?」
室内から聞こえた声に、ジェイドは落ち着いた声を滑らせる。
「ジェイドです。カリムさんはご在室でしょうか?」
間を置かず、ガチャリと鍵の開く音がして、そっと扉が開いた。隙間から顔を覗かせたカリムが、不思議そうに目を丸くする。
「どうしたんだ?」
「実は先ほど、宝物庫で少し気になるものがありまして……」
「そうか!いいぜ、案内するよ!」
ジェイドが申し訳なさそうに眉を下げると、カリムは迷う素振りも見せず、二つ返事で廊下へ躍り出た。
「ごめんなさい、カリムさん。もうお休みだったとは思っていなくて。明日にすればよかったですね。もう一度宝物庫が見たいなんてわがままを……」
「いいって、いいって! 気にすんなよ! で、何が見たいんだ?」
「倉庫の奥に積まれていたタペストリーや絨毯などが気になっていて……ああいった繊維を用いた工芸品は、海の中ではほとんど見かけません。僕、熱砂の国の文化にとても興味があるんです」
歩調を合わせながら話を聞いていたカリムは、「ああ!」とポンと手を打った。
「絨毯といえば、お前たちの寮に似合いそうな色のやつもあるぜ。物置で埃をかぶってるのも勿体ない。良ければ持っていくか?」
「よろしいんですか?」
「もちろんだ! ついたぜ」
重々しい金属の扉が押し開かれ、静寂に包まれた宝物庫の中へと足を踏み入れる。色鮮やかな装飾品や金銀財宝がひしめく室内を、ジェイドは視線だけで観察するフリをしながら、カリムの真実へと迫るべく会話の糸口を手繰り寄せた。
「……それにしても、そんなに有能なジャミルさんは、今の貴方について何も仰らないのですか?」
「え?」
足を止めたカリムに、ジェイドも歩みを揃えて振り返る。
「長期休暇だというのに寮生を実家に帰さず、毎日厳しい特訓を強いている。失礼ながら、普段の貴方からは想像も出来ない行動です」
「うーん、それはオレたちには、特訓が必要だったからかなぁ…?」
先ほど反物や絨毯について熱っぽく語っていた時の滑らかな口調とは打って変わり、カリムの答えは途端に歯切れが悪くなる。
焦点の定まらない曖昧な瞳に、ジェイドはその奥へ潜む「不自然な陰り」を見逃さなかった。静かに間合いを詰め、追い詰めるように質問を重ねていく。
「ご自分の決定でしょう。なぜ疑問形なんです?」
「そうなんだよな。オレが決めてるはずなんだけど……最近、よくボーッとしちまうんだ」
カリムは頭を軽く掻きながら、首をひねった。
「それは何故です?」
「ジャミルが言うには、2年生で寮長になった忙しさで、疲れているからだろうって」
「…ほう?」
「昔からオレ、難しい話を前にすると寝ちまってたからさ。それでよく家庭教師やジャミルに怒られてたんだよな」
カリムのおぼろげな回答にジェイドは、カリム自身が操られていた記憶がなかったこと決定づけた。そして、自分の切り札を出す。思案する素振りを見せたジェイドは、ふと片手で顔を覆い、小さく息を漏らした。
「あっ、痛っ」
「ん? どうした?」
カリムが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「すみません。目に埃が入ってしまったみたいで……少し見てもらえませんか?」
「大丈夫か? ちょっとしゃがんでくれ……どっちの目だ?」
カリムの性格を裏手に取った方法。ジェイドの一度きりしか有効ではないユニーク魔法の前には、カリムは罠だと知らずに近づく。
「左目を。僕の左目を見て…そう」
ジェイドの手が顔から離れ、その黄金色の左目が妖しく光り輝いた。
「『そんなに怖がらないで、力になりたいんです。かじりとる歯』」
「……え?」
カリムの瞳から一瞬で生気が失われ、焦点が完全に狂う。ユニーク魔法はカリムに的中した。
「貴方はこの質問に真実で答えなくてはなりません。『——貴方は催眠魔法を使える生徒の名前を知っていますか?』」
「……知っている」
「では、その名は?」
「……それは、言えない」
「えっ?」
絶対の強制力を誇るはずの魔法に対し、カリムの口から返ってきたのは予期せぬ突絶だった。
「絶対に他人に教えちゃいけないんだ。昔、約束したんだ。…だから、言えない」
ジェイドが驚愕に眉をひそめた、その瞬間だった。背後の暗がりから、足音もなく進み出た影があった。
「マダラさん……?」
静かな制止の声とともに前へ出たマダラは、すっと双眸を開く。瞬時にその瞳は禍々しい朱色へと変貌し、三つの巴模様が恐ろしい速度で回転を始めた。
「写輪眼」
深遠な瞳術の赤き光が宝物庫の闇を鋭く照らし、カリムの意識の深層へと容赦なく侵入していく。
「……お前を操っている人間を言え」
幻術の空間で問いかけるマダラに対し、カリムの精神は必死に抗い、表情が綻ぶ。
「俺はアイツを守りたい……! だから言えないんだ!」
カリムの意識の奥底に触れたマダラは、心の中で冷静に思考を巡らせる。
(……術そのものの強度ではない。コイツ自身の精神の頑なさと強固な意志か。これほど愚直な信頼を寄せられる人間など……あの男一人しかおらん)
犯人の正体を確信したマダラが、真相を暴き切り、完全に口を割らせようと写輪眼の威圧をさらに押し込もうとした、まさにその時だった。
「……がっ……あ……っ!」
カリムの表情が苦悶に激しく歪み、喉から苦しい呻きが漏れる。精神の防御をこじ開けようとした反動で、カリムの精神そのものが耐えきれず、激しく崩落しかけていた。
(これ以上深追いすれば、精神そのものが壊れるか)
マダラは一瞬だけ眉をひそめると、すっと目を閉じて写輪眼を収めた。強引に答えを引き出すこと自体は容易かったが、それはやめた。
「マダラさん? いったい何が」
部始終を息を飲んで見守っていたジェイドが、静かに尋ねる。
「これ以上精神を抉れば、タダじゃ済まん。そこまでしてこの場で吐かせる価値もない」
「カリムさんの精神を懸念して、手を引かれたと?」
「勘違いするな」
マダラは鼻で笑い、口元を不敵に歪めた。
「手の内も、黒幕の正体もすでに割れている。ならば、直接その『術者』の面を拝みに行けば済む話だ」
マダラの言葉に、ジェイドは目を細め、深々と口元を綻ばせた。
「実に合理的で恐ろしいご配慮ですね。ええ、僕も同感です。黒幕との“お話”の方が、ずっと価値がありそうだ」
○○○○
翌朝オクタヴィネル寮はスカラビア寮の合宿をアシストするように連日無茶な、合宿ではなく効率を重視したものへ舵を切った。
寮生たちの不満は薄れていく一方でジャミルの表情は暗くなっていく。まるで、かつてマダラが夢の集落を作った後を見ているような光景だった。お昼も過ぎ午後の休憩に差し掛かった頃。
「お茶を準備してきましょうか」
「いえ、僕が準備しましょう。一番課題が進んでいますので」
「俺も手伝おう」
二人は流れるように談話室を出て行った。だが、その些細な行動にマダラ達は見逃さなかった。
「一番厄介なアズールと単独行動か、動くだろうな」
「本当にまだ信じられねんだゾ」
「人は簡単に変わる。善も悪にもな」
今までカリムや寮生以外に行動を見守っていたジャミルが、動き出した。未だに黒幕を信じ切れていないグリムは、廊下を見つめる。
そして、アズールを追いかける形で、廊下へでる。ジェイド、フロイド、グリム、マダラ
廊下ではジャミルとアズールが二人が会話していた。だが、それはただの会話では無い。
「俺の目を見たな、馬鹿め。『瞳に映るはお前の主人あるじ。尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ。蛇のいざない』」
「なにっ!?うぅっ頭が……っ!」
「抗えば苦痛が長引く。さっさと諦めて従うんだ。さあ!」
ジャミルがアズールに洗脳をかけていた。その様子にマダラ達は、ジェイドの持ち出したスマホに収められていた。
昨晩の話を汲み取り、スカラビア寮の騒動はジャミルが犯人だった。しかし、決定的な証拠が無ければ、打開される可能性がある。
そのため、一同はジャミルがいつ魔法を使うのか、首を長くして待っていた。ある程度証拠収めたマダラ達は、物陰から姿を現す
「話は聞かせていただきました」
「!?」
「やっと本性表したんだゾ!よくもオレ様たちを騙してくれたな!」
「お前たち、どこから聞いて!?」
「最初からすべて、ですよ。談話室を出てからのお2人の会話は、ずっとアズールのスマートフォンから全世界にライブ配信されていたんです」
「……は?」
そのあっけない声にカリムは、声を震わせる。カリムとジャミルは幼馴染だ。それも赤ん坊の時からだ。だが、その関係は『従者』で繋げられた関係。それを目の前に裏切りという形で、現実を叩きつける。
「ジャ……ミル?これは一体、どういうことだ?」
「カ、カリム…」
「お前がオレを操るなんて、オレを追い出そうとするなんて、するわけないよな?ジャミル、お前だけは……お前だけは絶対にオレを裏切ったりしないよな?だってオレたち、親友だろ!?」
『俺たちは友達だったそして、同じ夢をみた』
『柱間!いつまでガキのようなことを言っている!』
ジャミルの裏切りはまるで、マダラ自身を見ているようだった。二人のやりとりがマダラの古い記憶を呼び起こしている。
「俺はな……物心ついた時から、お前のそういう能天気でお人好しで馬鹿なところが、大っっっっっ嫌いだったんだ!!」
「ま、待て、ジャミル!」
「『瞳に映るはお前の主人。尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ。蛇のいざない!』」
次々に寮生を洗脳していくジャミル。だが、強力な魔法の多様にブロットの許容量は超えていた。
「うるさい!俺に命令するな。俺はもう、誰の命令も聞かない!俺は、もう自由になるんだーーー!!」
その心からの叫びに黒いインクがジャミルを包み込む。オーバーブロットした。そして、洗脳された寮制を守る中で、ジャミルの強力な攻撃にマダラ達は空中に飛ばされる。
そのあまりの威力に地面にうちつけられ
砂漠の海へ飛ばされる。全員がこのままでは怪我程度ではすまない。
砂漠の空中で急落下する直前、マダラの眼光が激しく明滅した。溢れ出でた。禍々しくも神々しい青きチャクラが、空中を裂いて巨大な骨格と鎧の巨像へと急速に結像していく。
両目に万華鏡写輪眼を宿す人間のみが許される術、須佐能乎が顕現した。
巨大な腕が旋風を巻き起こしながら瞬時に伸び、落下していたアズール、ジェイド、フロイド、カリム、そしてグリムをそっと優しく包み込んだ。巨像は圧倒的な質量を持ちながらそのままゆったりと砂丘へと着地し、冷たい夜風を遮る防壁となる。
「マダラ!? な、なんだぞこれ!!? 大きくて青いバケモノは!?」
「今はどうでもいいだろう」
マダラは深く息を吐きながら、須佐能乎の骨格を解いた。アズールは乱れた髪を整えつつ、深く息をつく。
「なんとか間に合って良かったです。それにしても、随分遠くまで飛ばされましたね」
「グリムさんは毛むくじゃらですし、僕たち人魚はある程度寒さに強い身体ですが、カリムさんやマダラさんは長時間ここにいるのは命の危険が伴いそうな寒さです」
「箒も絨毯もありませんし、ここから飛び去ることはできません。どういたしましょうか……」
「メジナくんの『飛んでいくやつ』でまた移動できないの〜?」
フロイドがダルそうに訊ねると、マダラは一瞬だけ目を細めた。
「構わんが、今はコイツのことだろう」
視線の先には、砂の上に膝をつき、肩を震わせているカリムの姿があった。
「うぅ…ジャミル……信じてたのに」
「あれ~? ラッコちゃん泣いてんの? 涙凍るよ~」
「ジャミルは、本当はあんなことするようなヤツじゃない! いつもオレを助けてくれて、頼りになるいいヤツで…ッ!」
ポロポロと溢れ落ちるカリムの涙。その無垢ゆえの傷心を見下ろしながら、マダラは静かに、だが深く重い声で言葉を紡いだ。
「光があるところに、必ず闇がある」
「え……?」
「俺の友だったヤツもカリム、お前によく似ていた」
マダラは静かに遠い目を向け、果てしない砂漠の闇を見つめた。
「俺は子どもの死なない集落を、ソイツと共に作った。……だが、俺はその友を裏切った」
「裏切った……?」
「たった一人の弟すら守れずにできた集落だ。家族と呼べる者も失い、ただ一人で彷徨った」
胸の奥に刻まれた、最愛の弟・イズナの最期。そして柱間と描いた夢の果て。己の歩んできた孤独の血塗られた歴史を、マダラは淡々と語る。
「だが、最後までソイツは俺を見放さなかった。その思いは今でも覚えている」
「……っ」
「だから、お前はまだ戻れる。……いや、戻せるはずだ。裏切られようとも」
カリムは涙を拭い、呆然とマダラを見上げた。
「そうなのか?」
「何も失ってはいないからな。殺し合いもせず、言葉が交わせるなら、何の問題もない」
「マダラ……」
カリムの瞳に、かすかな光が宿り直す。それを見届けたフロイドが「ま、それがフツーでしょ。オレならあんな事されたらフツーに絞めるし~」と首を鳴らし、ジェイドも「僕も思いつく限りの罵詈雑言を浴びせて海に沈めてますかね」と穏やかな笑みで物騒な同意を示す。
二人の言葉に後押しされるように、カリムは力強く立ち上がった。そうまだ話してすらいない。何もしていない。まだあきらめるには、早い。その言葉がカリムを鼓舞した。
「アイツを殴って『裏切者!』って言ってやらないと」
その力強い誓いが砂漠に響き渡った、まさにその瞬間だった。
「ぐ……ッ!?」
突然、マダラの脳裏を激痛が突き抜けた。瞳の奥が焼けるように熱くなり、鋭い痛みが走る。まるで『万華鏡写輪眼』を初めて開眼した時のような、歪んだ痛痒と血の昂ぶり。
「マダラさん!? あなた、瞳から……ッ!?」
アズールが息を呑む。マダラの両目から、一筋の赤い血が頬を伝って滴り落ちていた。
「……!」
(『永遠の万華鏡写輪眼』となった俺の瞳に、失明や反動のリスクなど存在しないはず……! なぜ今になって)
異世界の魔力体系との拒絶反応か、あるいは何か別の異変か。一瞬よろめいたマダラだったが、すぐに手背で血を乱暴に拭い去り、冷徹な視線を取り戻した。
「大丈夫なんですか!?」
「力を使わなければ良いだけの話だ。……だが、ここからスカラビアへ戻るには、俺の須佐能乎で向かうのが最速だろう」
「それは許可しません」
アズールが力強い声で即座に制止した。確かにマダラの言うように力を使えば簡単な話だが、原因が分からない以上、アズールは危ない橋は渡らない。
「流石にリスクのある方法は使いませんよ。それに、あなたのその身体の変調については……後ほどじっくり話を伺わせてもらいますからね」
「そうは言うけどさぁ〜、こーんな砂漠の中を移動なんてしたら何日掛かるか分かんないよ? 川があるならまだしもさ〜」
フロイドが退屈そうに砂を蹴る。パラパラと渇いた砂が散った時。カリムはぽつりと呟く。
「川?水欲しいのか?」
「ええ。フロイドとジェイドが人魚の姿に戻り、水流に乗れば箒以上の速度が出る筈です。しかし、この渇いた砂漠に川など、僕等には不可能な…」
「オレ、出来るぞ?」
カリムが涙の跡を拭い、力強く胸を叩いた。
「オレのユニーク魔法『枯れない恵み』なら、少量の魔力で大量の綺麗な水を作り出せる!」
そして、カリムのユニーク魔法が乾いた砂漠へ水が滝のように流れ出す。瞬く間にスカラビアへと続く一本の巨大な河川を作り上げていく。
明日も同時刻に投稿します。明日で4章終了です。