カリムの作った川で人魚の姿になったジェイド、フロイドの背に乗り、川を下りスカラビア寮へたどり着いた。談話室へ入ると洗脳した寮生と共に恨んでいるカリムを心から喜んでいるジャミルが居た。
だが、その優越感に浸っているジャミルにマダラたちが、背後に潜んでいることはもちろん気づかなかった。
「時空の果てまで吹き飛ばしたはずだ。この短時間でどうやってここまで戻ってきた!?」
オーバーブロットの異形と化したジャミルが、信じられないものを見る目で目を見開く。
「渇いた川に水を満たして、泳いで帰ってきた!」
「思ったより遠くて、かなり疲れた〜!」
カリムとフロイドの答えに、ジャミルは苛立ちを露わにして舌打ちを鳴らした。
「チッ……そうか。カリムのユニーク魔法で……!」
ジャミルは冷酷な笑みを浮かべ、カリムを蔑むように見下ろす。
「フン。お前の魔法にも使い道があって良かったじゃないか。植木の水やりか、お遊戯位にしか役に立たない、くだらない魔法だと思っていたのに」
「ジャミル……」
カリムの瞳から迷いが消え、固い決意の光が宿る。現実を受け止めたカリムはジャミルに正面に向き合う。
「お前がオレをどう思ってたか、よく分かった。間違いなく、お前は卑怯な裏切り者だ!」
「馬鹿め。疑いもせず信じる方が悪いんだろ?」
「正々堂々、オレと勝負しろ。そしてオレから奪った寮長の座……返してもらうぜ!」
「奪っただと? ハッ……どの口が! 俺から何もかも奪ったのは、お前の方だ!! 思い知るがいい、この俺の本当の力を!」
狂気的な高笑いが轟き、黒いインクと砂塵が渦を巻く。アズールがチラリとマダラへ視線を向けた。
「おや、マダラさん。自前の武器はないのですか?」
「お前が以前破壊したからな。今は修理中だ」
マダラは素っ気なく返した。だが、武器が無くなったところでマダラの戦力が落ちることはない。なぜならマダラには別の武器がある。
「オレが本物の瞳術を見せてやろう」
「貴様ぁッ!!」
ジャミルの背後にそびえる巨大な蛇の影が、牙を剥いてマダラへ襲いかかる。
「火遁・豪火球の術」
マダラの口から放たれた巨大な炎の球体が蛇の顎を焼き払い、視界を真っ赤に染め上げた。激しい爆炎の中、マダラはジャミルを見据える。
だが、ジャミルもやれれるだけではなかった。黒い蛇の影がカリムへ一直線に襲いかかる。不意打ちを狙った攻撃に全員が、必死に手を伸ばす。
「カリムさん!」
アズールが叫び、攻撃を防ぐように声を掛けるが、蛇の猛攻は止まらない。間に合わないとそう思った時。
「須佐能乎」
マダラの周囲に禍々しくも青いチャクラが爆ぜ、むき出しの巨大な骨格の肋骨と二本の腕が瞬時に実体化し、カリムへの攻撃を防ぐ。
「お前その技……! それに、お前の目の模様が……!?」
カリムがその異様な巨腕と、マダラの眼に浮かぶ模様に息を呑む。
(……やはり、この形態なら反動もないようだな)
須佐能乎の力を完全に解放しない形態に留めることで、負担を抑えたマダラは、隣のカリムへ短く告げた。
「カリム、今は目の前のことに集中しろ」
「わかった!」
外部からの攻撃は、絶対的な防御を誇る須佐能乎が、身代わりとなって防ぎきったもの、激しい衝撃波が周囲を揺らす。
「お前も哀れだな、カリム! 力がないから後輩に守られるのが関の山だ! 俺の絶大なパワーを前に、手足も出まい!」
高笑いするジャミルに対し、カリムは力強く前へ踏み出した。
「そうだとしても…!俺は絶対にジャミルの目を覚まさせてやる!」
カリムが両手を掲げ、魂の底から叫ぶ。
「熱砂の憩い!終わらぬ宴。歌え、踊れ!『枯れない恵み』!!」
ドォォッ!!と音が響き渡り、天井を突き破らんばかりの水が談話室へとなだれ込んだ。
「ジェイド! フロイド! 左右の蛇をお願いしますよ!」
「かしこまりました」
「いいよ〜!」
大量の水が、ジャミルの視界を妨げ、オクタヴィネルの三人は同時にジャミルへ畳み掛ける。
「オレ様も加勢するんだゾ! ふなぁぁッ!」
グリムが激しい青い炎を吹き出し、ジャミルの足元を攪乱する。畳みかける怒涛の連携攻撃に、流石のジャミルにも大きな「隙」が生じた。息を乱し、肩を揺らすジャミル。
「そこだ」
疲弊し、魔力が底をつきかけたジャミルの至近距離で、マダラは燃えるような赤い写輪眼をその瞳に真っ直ぐに突き刺した。
「……ハッ!?」
強力な瞳術の金縛りがジャミルの動きを完全に停止させる。 次の瞬間、マダラは須佐能乎の拳でジャミルの頭上に浮遊する巨大な「黒いインク瓶」容赦なく叩き割った。
パァァァァンッッ!!!!
ガラスが砕け散る甲高い音が響き渡り、黒いインクが弾けて夜空へと霧散していくのだった。
〇〇〇〇
オーバーブロット事件が解決し、スカラビア寮での残りの滞在期間は穏やかな時間へと一変した。カリムの発案により、スカラビア寮生たちも総出で広大なオアシスへ繰り出し、盛大な宴が催されることとなった。
色鮮やかな絨毯の上で、料理を囲み、音楽に合わせて踊るスカラビア寮生たちの賑やかな声。そんな宴の最中、少し離れた場所で静かにグラスを傾けていたマダラのもとへ、アズールが歩み寄ってきた。
「マダラさん、あれからお体の具合はいかがですか?」
アズールの問いかけに気づき、カリム、ジャミル、ジェイド、フロイド、そして料理を口いっぱいに頬張っていたグリムがぞろぞろと集まってくる。
「何も変わりない」
「そうですか。ですが、正直驚いていますよ。あの時、あなたの瞳から流れていた血。あの力には相応のリスクがあると見受けられます」
「お前たちにも見せた、あの『写輪眼』のさらに上の段階『万華鏡写輪眼』という瞳術だ。うちは一族の中でも、歴史上ほんの数人しか開眼した者がおらん」
「まんげきょう……?」
カリムが不思議そうに首をひねると、ジャミルが静かに補足した。
「複数の鏡を筒状に組み合わせ、中に仕込んだ色ガラスの小片が、反射し模様を見せるあの道具のことか?」
「そうだ。その覗き込んだ万華鏡の模様に似た柄が瞳に浮かび上がることから、そう呼んでいる。お前たちに見せた『須佐能乎』も両の目に万華鏡写輪眼を宿した者のみが手にできる力の一つだ」
「へぇ~、メジナくんのあのデッカい青いヤツ、そんなスゴい目じゃないと出せないんだ~」
フロイドが面白そうに目を輝かせる。しかし、マダラは一転して冷徹な眼差しで言葉を続けた。
「だが、その絶大な力と引き換えに、万華鏡写輪眼は使うたびに光を失い……最終的には『失明』へと至るリスクを孕んでいる」
「し、失明……!?」
グリムが驚きでヒゲをピンと立たせ、カリムも息を呑んだ。
「だが、オレはそのリスクを克服した『永遠の光』を得たはずだった。どうにも、この世界に来てからそれがそうではなくなったらしい」
「『らしい』ですか? 以前は失明のリスクなど皆無だったということでしょうか」
アズールが眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる。
「克服するための条件はある。……それは、同じ万華鏡写輪眼を開眼した者の目を『移植』することだ」
「目の……移植……!?」
絶句する一同の前で、マダラは静かに自らの瞳を指し示した。
「オレの今の目は弟のものだ」
言葉を失う一同。ジェイドやアズールすらも、その言葉に込められた覚悟の重さに息を飲み、スカラビアの二人はただ呆然とマダラを見つめる。
「弟の目を移植したことで、オレの瞳は絶対の光を得た。だが、なぜ痛みが走ったのか、謎だ。まあ、万華鏡写輪眼という存在そのものに、未だ解き明かされぬ謎は多いがな」
マダラは自嘲気味に鼻で笑うと、再びグラスを傾けた。
「命を削るようなマネをしてまで、助けてくれたのか……?」
宴の華やかな喧騒が嘘のように、カリムの低く絞り出すような声がポツリと落ちた。その表情には明らかな罪悪感が滲み出ている。
「自分の弟の目を……そんな大切な目を傷つけてまで……! 俺がもっとしっかりしてジャミルのこと助けられてたら、マダラにそんな思いさせずに済んだのに……!」
カリムはぎゅっと拳を握りしめ、自分自身の無力さと能天気に過ごしていた過去を責めるように下唇を噛みしめた。マダラの瞳から流れていた鮮血と、あの一瞬見せた苦悶の表情が、カリムの頭から離れないのだ。
「ラッコちゃん、それは違うんじゃないの~」
「カリムさん、あまりご自分を責められるものではありませんよ。マダラさんご自身の選択なのですから」
フロイドとジェイドがなだめるように声をかけるが、カリムは首を横に振る。
「だって……! もし本当に失明したらどうするんだよ!? マダラ、痛むのか? 気分が悪いんじゃないのか? 熱砂の国の一番いい医者でも魔法士でもなんでも呼ぶからさ!」
今にもマダラの手を掴んで診察させようかという勢いで身を乗り出してくるカリム。その裏表のない純粋な心配と過剰なほどの罪悪感に対し、マダラはただ鬱陶しそうに溜息をひとつ吐いた。
「騒ぐな」
マダラは盃を傾けたまま、カリムの視線を冷たくあしらう。
「オレはお前を助けるために力を使ったわけではない。言ったはずだ、ただの気まぐれだと」
「でも……っ!」
「それに、これしきの痛みや反動などで、いちいち大騒ぎするほどの価値もない」
あまりにも淡々と、己の身に起きた異常を捨て置くマダラの言葉に、ジャミルもまた複雑な眼差しを向ける。己を狂気から救い出した男の、あまりに孤独で規格外な強さ。
「マダラ……ホントに大丈夫なのか?」
カリムの瞳には、なおも消えない心配の色と、マダラの背負う壮絶な過去への畏怖が入り混じっていた。
「心配をする暇があるなら、自分の足元でも固めておくことだな」
マダラはカリムの心配を「くだらん」と言わんばかりに鼻で笑い捨てると、盃を飲み干して立ち上がった。言葉こそ冷徹そのものだったが、カリムをどこか突き放しつつも導くようなその佇まいに、カリムは目元をぐっと拭い、静かに深く頷くのだった。
「……分かった。マダラ、本当にありがとな」
自分を一切責めず、どこまでも自分基準で生きるマダラの強靭な精神構造に呆れつつも、カリムはその背中に救われたような温かさを感じていた。
その時だった。オアシスの砂丘の向こうから、聞き覚えのある威勢の良い叫び声が響いた。
「お〜い!!」
「ん? 砂漠の向こうから、誰かが走ってくるんだゾ!」
グリムが肉を咥えたまま耳をピクピクと動かす。遥か遠く、砂煙を上げながらこちらへ手を振る二つの影が見えた。
「お~い! マダラ~! グリム~!」
「お前たち、無事か!?」
「エースにデュース?」
息を切らしながら宴の場になだれ込んできたのは、汗だくのエースとデュースだった。
「はあ、はあ……っ。なになに、ここめっちゃ熱い! 真夏かよ!」
エースが胸元をパタパタと仰ぎながら砂の上に膝をつき、デュースも肩で息を吐く。マダラは腕を組み、冷ややかな視線を二人に送った。
「何しに来た」
「何しに来ただって!? お前から連絡があったからだろ!」
「あっ、俺様なんだゾ」
どうやらグリムは、スカラビア寮に軟禁されている時に支給されたスマホで、エースとでデュースに連絡を入れていたらしい。すると、デュースがガックリと肩を落とした。
「まったく……役に立たないとは思ってたけど、本当に全部解決してから来たんだゾ~」
「はぁ~!? こっちはなぁ、わざわざ公共交通で乗り継いでここまで戻ってきたんだかんな!」
「あの板切れの扱いをオレに求めるな」
「いい加減覚えろよ~! 急いで損した!」
ギャーギャーと騒ぐエースたちを見て、カリムの顔に再び弾けるような笑顔が戻った。
「ははっ、いいからいいから! 遠くからわざわざ来てくれたんだ、みんなで楽しもうぜ! それじゃあ宴の再開だ! ありったけの料理と最高の音楽を! 今日は最高のホリデーにするぞー!」
カリムの掛け声とともに、色鮮やかな楽器の音が夜空に響き渡る。賑やかな騒ぎの中に呑み込まれていくエースたちを横目に、マダラは静かに宴の様子を遠く見た。
○○○○
風が吹き抜けるオンボロ寮の敷地を踏みしめ、見慣れた古びた扉を押し開ける。
「ほぁ~…! やっと寮に戻ってこれたんだゾ」
グリムが床の上にへたり込み、安堵の大きな溜息を吐き出す。
「帰ってきた、って感じがするな。なんだかんだでホッとするよ」
「おぉ~い! お前たち、無事だったかい!」
すうっと壁をすり抜けて姿を現したのは、オンボロ寮に住み着くゴーストたちだった。グリムは床に転がったまま、ゴーストたちを見上げてふっと頬を緩める。
「ふなぁ……スカラビアでのあの牢獄みたいな生活を思えば、ゴーストのおっちゃんたちの顔すらなんだか可愛く思えてくるんだゾ」
「ひどい言い草だねぇ! ずっと帰ってこないから、てっきりお前さんたちがあの世に行っちまったんじゃないか……って、みんなで心配してたんだぜぇ。ヒッヒッヒ!」
「無事だったんじゃな。良かった、良かった」
ゴーストたちがふわふわと宙を舞いながら温かく出迎えてくれた。どうやら、マダラたちが不在の間。ゴーストたちが大食堂に住む妖精の火の番を変わりにしてくれていた。
「留守の間、火の番を任せて悪かったな」
「なぁに、気にすんなって!」
そして、談話室の中央を見ると学園著からのホリデーのご馳走が用意されてた。グリムは食事に舞い上がる中、マダラは一度外へ出た。冷たい風がマダラの肌を突き刺す。
「おお、戻ったか」
目の前に降り立ったのは、ディアソムニア寮の副寮長、リリア・ヴァンジだった。マダラは特に驚く素振りも見せず、眼光を向ける。
「今日はお主に、さるお方からの『ホリデーカード』を届けに参ったのじゃ」
リリアは袖の中から、上品な意匠が施された一通のカードを取り出し、マダラへと手渡した。マダラは受け取ったそれを軽く見つめ、不審そうに眉をひそめる。
「ホリデーカード?」
「ホリデーカードを知らぬのか? 12月の終わり頃に、親しい者や世話になった者へ挨拶として送るものじゃよ」
「なるほど。年賀状のようなものか」
「今年のホリデーも誰からもパーティーに招かれず拗ねておったようだが、いずれお主が仲間とパーティーを開くことがあれば、あやつも招待してやってくれ」
マダラの世界の習慣に重ね合わせて納得を示すと、リリアは満足そうに口元を綻ばせ、どこか愛おしそうに目を細めた。
「では、わしはこれで失礼するぞ。……良きホリデーを」
リリアは消えていく。残されたマダラは、カードを静かに胸元へ収めると再びオンボロ寮へ戻った。
明日も同時刻に投稿いたします。よろしくお願いします。明日から5章です。感想や評価をいただけると励みになります。