監督生はうちはの長   作:zatumozi

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美貌の制圧者
第16話 眩しい光


マジカルシフト大会が運動部たちの輝かしい晴れ舞台なら、その対極に位置する文化部の頂点。それこそが「全国魔法士養成学校総合文化祭」である。

 

そのメインイベントである『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ(通称VDC)』は、世界中のメディアや芸能関係者が注目する華やかな登竜門だ。

 

今年度はその開催地がナイトレイブンカレッジに選ばれたとあって、学園内はいつになく浮き足立っていた。

 

エース、デュース、そしてグリムの3人も例に漏れず、VDCの選抜メンバーオーディションへ参加したのだが……当のマダラはそんな狂騒など知る由もなかった。

 

「ツナ缶富豪になるんだゾ!」

 

と張り切ってるグリムを見送る。VDC優勝時に賞金目当てだとか、マダラはイデアのもとを訪れ、修理が完了した己の武器を取っていたからだ。周囲の喧騒などどこ吹く風で、いつも通りの静寂の中にいた。

 

翌日静まり返った校舎の廊下を、マダラとグリムが歩いていた時のことだ。 マダラは歩みを止めぬまま、突如として中庭方向へ視線を傾けた。

 

「マダラ、どうしたんだゾ?」

 

疑問を口にしたグリムの鼻先を、鋭い風切り音が掠めた。 直後、一本の矢を、マダラは素手で掴み取っていた。

 

「な、なにっ!? なにが飛んできたんだゾ!?」

「鼻先スレスレを通り過ぎて行ったぞ!?」

「お前、普通に素手で掴むな! 危ないだろ!」

 

悲鳴を上げるグリムに対し、マダラは手の中の矢を見つめ、短く吐き捨てた。

 

「……また、コイツか」

「えっ? 前にもあったのか?」

「あの、3年生のルーク・ハントという男だ」

「納得したんだゾ」

 

矢の軸には、一通の手紙が結びつけられていた。その手紙をエースに渡すと、VDC選抜メンバーオーディションの合否だった。結果はエースと、デュースが合格が決まった。

 

「お前達宛じゃないか?」

 

手紙をエースに手渡し、中身を開くと、そこにはエースとデュースのVDCオーディション合格が記されていた。さらに一文には、マダラにも要件が記されていた。

 

『追伸:オンボロ寮のマダラ殿。重要なお知らせがあるので、放課後は上記2名と共にポムフィオーレ寮まで来られたし』

 

「なんだというのだ」

 

怪訝に眉をひそめるマダラだったが、事態は留まることを知らなかった。 あれよあれよという間に流れるように話が進み、VDC優勝を目指すポムフィオーレの寮長・ヴィルの主導により、なんとオンボロ寮が「強化合宿場」としての場所となった。

 

静寂だったオンボロ寮は一変し、マダラの人生で最も騒々しい数週間が始まった。

 

「マダラ、あれから変わりはないかしら?」

 

荷物検査と合宿の注意事項を説明を終えた後、ポムフィオーレ寮長でありVDCリーダーのヴィル・シェーンハイトが、静かにマダラへと近づいてきた。

 

「変わりない」

「そう。魔法薬学の観点から処方した目薬と薬は欠かさず飲みなさい。異常を感じたら、すぐにアタシに言うことね」

 

スカラビアでの事件後、カリムやアズールたちがマダラの「瞳の出血」と「万華鏡写輪眼」のリスクについて寮長会議で共有した。

 

それを受け、魔法薬学に長けたヴィルが原因究明と進行抑制のための魔法薬を調合し、定期的に処方していたのだ。

 

もちろん、担任であるクルーウェルも周知しており、最近では顔を合わせるたびに「愛犬の体調管理も教師の務めだ」と、マダラの目の状態を気遣っていた。

 

「あぁ」

「それにしても……最初にあの目のリスクについて聞いた時は驚いたわ。絶大な力と引き換えに光を失うなんて」

「今に始まったことではない。最悪、視界が潰れようと気配さえ感じ取れれば……戦うことに問題はなかった」

 

マダラが淡々と過去を振り返ると、ヴィルは不満げに眉をひそめた。

 

「アンタが言うと冗談に聞こえないから困るわ。ルークじゃないけれど、貴方のその深遠な瞳はとても美しい。美しさが粗末に損なわれていくのを見過ごしたくはないわ」

「どうだろうな。……いずれその美しさも枯れてゆく。この世に永遠など存在はせん」

「相変わらず夢のない男。……まあいいわ、しっかり目を休めなさい」

 

ヴィルはそれだけ言うと、指導のために立ち去っていった。

 

 

○○○◯

 

 

夜。合宿の激しい練習を終え、疲れ果てたエースたちが寝静まった頃。 マダラは一人、オンボロ寮の外へ出でて夜風に当たっていた。

 

最近、こうして一人で夜空を見上げる時間が増えている。……困惑していた。マダラが歩んできたのは、血と鉄の匂いが充満する乱世であり、裏切りと孤独が渦巻く修羅の道だった。

 

己の信じる理想のため、唯一無二の親友とも袂を分かち、ただ独りで世界を相手に戦い続けてきた。

 

それが、この世界に来てからはどうだ。 静かだったはずのオンボロ寮には、グリムをはじめ、他寮の者たちまで押し寄せては、一つの目的に向かって走っている。

 

その姿は、マダラの荒んだ精神にはあまりにも異質で、眩しすぎた。長らく孤独に身を置いてきた己の魂が、この温く賑やかな日々に追いついていない。戸惑いと、居心地の悪さのような冷や汗が背中を伝う。その時だった。

 

「……くっ……!」

 

突如として、両の瞳の奥を焼尽するような激痛が突き抜けた。視界が歪む。満月の月光が、ぐにゃりと惨惨たる赤に濁り、重なり合ってブレていく。

 

(焦点が……合わん)

 

眼球の奥で、痛みが脈打つ。 本来、『永遠の万華鏡写輪眼』となれば光が失われることなど絶対にあり得ない。

 

だが、異世界の影響、あるいは己の精神の歪みに引きずられているのか……世界を拒絶し、孤独を選んだはずの自分が、いまや賑やかな人達に囲まれている。

 

その暖かな温もりと引き換えにするかのように、己の『光』が少しずつ、だが確実に潰えようとしている感覚。

 

「……フン」

 

マダラはかすむ視界の中、激痛に耐えながら冷たく口元を歪めた。

 

(光など……初めから要らん。オレが見るべきものは、とっくに終わっている)

 

夜風に当たり、瞳の奥を苛む痛みが引いた頃合いを見計らって、マダラはオンボロ寮の中へと足を戻した。

 

静まり返っているはずの廊下を進むと、キッチンの奥から苦しげな呻き声と、複数の会話が途切れ途切れに漏れ聞こえてくる。怪訝に思い足を進めると、そこには散惨たる光景が広がっていた。

 

ひんやりとした床の上で、グリム、エース、デュースの三人が、まるで虫の息といった体で突っ伏し、動けなくなっていたのだ。

 

「何をしている」

 

マダラが声をかけると、床に顔を押し付けたままのグリムが、泣きそうな声で必死に助けを求めてきた。

 

「マ、マダラ……助けるんだゾ……!」

「シェーンハイト先輩が……クローバー先輩の差し入れたスイーツに、呪いをかけたんだ」

 

デュースがピキピキと震える指先で、テーブルの上に置かれたタルトの皿を指さす。マダラは無言で双眸を開き、一瞬だけ瞳を赤く染めて『写輪眼』を発動させた。三人の体を頭から足先まで透視するように観察する。

 

経絡系や筋肉に微細な魔力の滞りが見られるものの、命に関わるような外傷や致死性の毒素は一切見当たらない。

 

筋肉の伝達系を一時的に麻痺させ、自由を奪っている。いわば「金縛り」に近い状態だと瞬時に見抜いた。マダラは写輪眼を収めると、呆れたように低く溜息を吐いた。

 

「体に外傷はないな。ただ筋肉が強ばり、動かなくなっているだけか」

「あら、よくわかったわね」

 

キッチンの暗がりから、優雅に腕を組んだヴィル・シェーンハイトが姿を現した。その表情には一切の不純物もない、完璧な美意識と指導者としての冷徹さが宿っている。

 

「VDCに向けてよ、カロリーの管理は昼に言ったわ。その罰よ」

「理由を把握している以上、オレから口出しすることは何もない」

 

マダラはヴィルの教育方針に介入する気など毛頭ないと言わんばかりに、あっさりと背を向けた。

 

「えっ……!? ちょ、ちょっと待てよマダラ! 見捨てるのかよ!?」

「身体が動かないんだゾ! 助けてくれ〜っ!」

「俺たち、明日までこの床の上で放置されるのか……!? う、動け俺の足ぃぃっ!」

 

悶絶し、悲痛な叫びを上げる三人に対し、マダラは振り返りもせず、静かな足取りで己の寝室へと向かって廊下を歩いていく。

 

「「「マダラ〜〜〜ッ!!」」」

 

深夜のオンボロ寮に絶望的な三人の合唱が響き渡る中、マダラはパタンと寝室の扉を閉め、騒々しい夜に終わりを告げるのだった。

 

翌朝、ポムフィオーレ寮のボールルーム。朝日が差し込む優雅な練習場に全員が集まったものの、グリム、エース、デュースの3人は見るからにやつれ、疲弊しきった顔で立っていた。

 

「昨晩は酷い目にあったな…」

「硬い床に寝かされたせいで身体中痛ぇ〜」

「うぅ、オレ様は出場選手じゃないのに何でなんだゾ……」

「皆、大丈夫?」

 

疲弊している3人を、エペルが可哀想そうに眉を下げて見つめる。

 

「お、皆来たな。おはようさん」

「昨晩の騒ぎ、敵襲かと思って飛び起きてしまったじゃないか。人騒がせな…。様子を見に行ったら三人が床に転がってるし」

 

そこへ、眩しい笑顔でカリムがやってきた。その背後からは、心底呆れ返った様子のジャミルが続く。

 

「食い物に“呪い”を仕込めるっていうおっかねぇ魔法だったんだゾ!これから『VDC』当日まで、何か口に入れる度に呪いがかかってんじゃねーかってビクビクしちまいそうだ」

 

グリムがプルプルと身体を震わせると、カリムが「あー」と首をかしげながら呑気に頷いた。

 

「オレ、毒なら大体気付けるけど、呪いは流石に気付けないかもな〜」

「魔力を使用すれば多少の痕跡は残るものだが……ふむ」

 

ジャミルは顎に手を当てる

 

「ふーん。じゃあ魔法の探知能力を磨けば分かるようになるって事か」

「ま、鈍感なお前に習得は難しいかもしれないな」

「えー、何だよそれ。やってみなきゃ分かんねーだろ〜?」

 

軽口を叩き合うカリムとジャミル。主従という絶対的な壁を越え、互いに本音をぶつけ合い、高め合える一人のライバル同士のような雰囲気が、その自然な会話から滲み出ていた。ふと、ジャミルは思い出したように壁際に佇むマダラへと視線を向ける。

 

「写輪眼をもっているマダラなら、見えるんじゃないか?」

「そうだった。昨日マダラがヴィル先輩の呪い見抜いていたしな」

「ヴィルサンの呪いをすごいね」

 

エペルが目を輝かせてマダラの能力に感嘆の声を上げる。そんな中、エースはカリムの先ほどの発言が引っかかったように尋ねた。

 

「それと、カリム先輩。逆に何で毒なんかに気付けるんですか?」

「ん?ああ、昔、飯に入ってた事があって」

「「「えぇ⁉︎」」」」

「何度か酷ぇ目に遭ってさぁ。そのうち、飯の度に『これ、食べて大丈夫か?』とか疑うようになっちまって。でもさ、料理人や同じテーブルについてる誰かを疑いながら食べるより、美味しく食べたいじゃんか」

 

とあまりにもカリムの相手の思いやる気持ちにマダラは頭を抱える。つくづくカリムと柱間の似ている部分だけがみえてしまう。

 

「『これには毒が入ってない』って先に分かってればちゃんと味わって食えるし、もし仮に口に入れてもすぐヤバいと気付けたら、取り返しのつかない事にはならないだろ?オレも、相手もさ」

「相手も……って?」

「例えば犯人が後から『間違った事をした』って反省した時、オレがこの世にいなかったら取り返しがつかないだろ?」

 

罪を犯した敵にさえ、生きて反省する「救い」を残そうとする思考。柱間と命を削り合って戦い、弟から託された眼の総力を振り絞った末に敗北した時のことが鮮明に蘇る。

 

勝利した柱間はマダラに「弟を殺すか」「己が自害するか」という極限の条件を突きつけられ、迷わず自らの腹にクナイを立てようとした。

 

『ありがとうマダラ、やっぱりお前は情の深いやつだ』

 

自分を殺そうとした存在のために平然と命を差し出し、赦そうとした。その眩しい善性が、今目の前にいるカリムと痛烈に重なる。

 

「ま、色々言ったけど結局は美味い飯を食う為の生活の知恵みたいなもんだけどな!」

 

その底抜けの善性と、背景にある壮絶な生い立ちの落差に、一同はただ圧倒されるばかりだった。ボールルームの隅、壁に背をあずけて腕を組んでいたマダラは、その一連のやり取りを静かに見つめていた。

 

(……己を殺めようとした者にまで救いの余地を残すか)

 

その後、ボールルームの本格的なレッスンが始まった。場の空気は一変して張り詰めたものとなった。ヴィルの提示する完璧なパフォーマンスに対し、メンバー間の技術差はあまりにも明白だった。

 

エペルは、ヴィルの求める表現とのギャップ、そしてVDCに出場すること自体への後ろめたさに押し潰され、デュースは自身の実力不足による葛藤が交差し、エースと言い合いになってしまい。レッスンは一時中断となってしまった。

 

「ハァ……何で出来てる方が、足引っ張ってるヤツに気を使わないといけない訳? 同じだけレッスンしてんだし、出来ない方が悪いじゃん」

 

吐き捨てるように呟かれたエースの言葉。 静かに目を閉じていたマダラの胸の奥に、その一言が深く、鋭く突き刺さった。

 

『出来ない方が悪い』

 

その言葉は、かつて戦乱の世で弟・イズナを守れず、死へと追いやった己の無力さを容赦なく突く刃のように聞こえた。力さえあれば、己がもっと完璧であれば弟を死なせずに済んだのだと、今なお心の底で苛み続けている罪悪感が苛烈に疼く。

 

「そうだな。お前の言う通り、出来ぬ者が負う罪は深い。それが、命を失うものであれば尚更な」

 

唐突に重い言葉を投げかけられ、エースは不満げに眉をひそめて振り返る。

 

「んだよ、マダラ。お前まで俺に説教?」

「否。説教などという生ぬるいものではない。以前話しただろう。オレには多くの兄弟がおり、最後に残った弟すらも死なせたとな」

 

マダラは自嘲気味に口元を歪め、己の手のひらを静かに見つめた。

 

「それとこれは、全然違うだろ」

 

マダラが淡々と語る言葉の重みに気押され、エースは思わず声を詰まらせる。だが、マダラは静かに首を横に振った。

 

「違わないな。……人間とは醜く、弱く、そして儚い。己の弱さや不完全さを理解し受け入れない限り、人はその場で立ち止まり、同じ過ちを繰り返すことしかできん」

 

己の犯した『罪』をそのまま差し出すようなマダラの言葉に、エースはぐうの音も出ず、バツの悪そうに視線を泳がせた。

 

「はぁー。お前にそんな風に言われたら、何も言い返せねぇよ」

「オレは歌や踊りなどという文化には全くの無知だ。手を貸してやることはできん。……だが、同じ戦場に立つ仲間である以上、物事を考えるべきだ。お前が望むものが、『本当の勝利』であるならばな」

 

エースは頭をガシガシと掻きむしり、大きな溜息を吐き出した。マダラが己の過去を免罪符にせず、惨めな罪として語ってくれたからこそ、その言葉はまっすぐに刺さっていた。

 

「わかったよ」

 

不機嫌そうにしながらも、先ほどまでの刺々しい角が取れたエースを見て、マダラは何も言わずに再び静かに目を閉じた。

 

 




明日も同時刻に更新いたします。よろしくお願いいたします。
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