忍術が存在しないこの世界に流れ着いてから数日。マダラにとって、ナイトレイブンカレッジでの日々は思っていた以上に退屈しのぎにはなっていた。
死後の余生として、異世界の知識を貪るように学ぶことは決して嫌いではない。だがその反面、生前の柱間のような、己のすべてをぶつけ合える「強者」がどこにも存在しないという事実が、彼の心を絶え間なく退屈と虚無の板挟みにしていた。
そんな折に起きた、同じクラスのエースとデュースによる寮長リドルへの決闘。結果は瞬殺であった。リドルのユニーク魔法をの前に、二人は手足すら出せずに敗北を喫した。
「確かにルールは守るべきだ! でも、無茶苦茶なルールを押し付けるのはただの横暴だ!」
「 ルールを破れば罰がある。そして、この寮ではボクがルールだ。だからボクが決めた事に従えない奴は、首をはねられたって文句は言えないんだよ!」
これまで静観し、無を徹していたマダラが、重い口を開いたのはその時だった。
「力だけでは民は従わない」
地響きのような静かな低音が、庭園の空気を震わせる。
「民衆があってこその長だ。なぜお前はそれを理解していない」
冷徹な黒い瞳で見下ろされ、リドルは激高して青筋を立てた。
「君は寮長ではない! 何も知らない君に言われる筋合いはない!」
苛立ちを隠そうともせず、リドルは冷酷な言葉を吐き捨てる。
「キミは一体どんな教育を受けてきたの? どうせ大した魔法も使えない親から生まれて、この学園に入るまでろくな教育も受けられなかったんだろう。実に不憫だ」
「ふざっっっっっけんなよ!!!!!!!!!」
口を開こうとした瞬間、リドルの言葉を遮るようにエースが飛び出してリドルの頬を殴りつけた。
リドル殴られた頬を押さえてエースを見上げる。自分に何が起きたのか、理解ができず口を開いたまま固まってしまった。周囲の驚きと困惑の声が一斉に響き渡る。
「あー、もういい。寮長とか、決闘とか、どうでもいいわ」
「痛…え? ボク、殴られた……?」
「子どもは親のトロフィーじゃねーし、子どものデキが親の価値を決めるわけでもないでしょ。お前がそんなクソ野郎なのは親のせいでもなんでもねーって、たった今よ~くわかったわ!」
全てを吐き出した瞬間だった。それまで冷ややかだったマダラが、腹から声を上げて笑い出した。
「ははははッ!“エース”お前の方がよっぽど分かっている!」
その豪快でどこか恐ろしい笑い声に、エースは殴った手を押さえながら眉をひそめた。
「何笑っているんだよ」
「すまん。あの砂利がかつての自分を見ているようだったからな」
マダラは笑いを収めると、リドルに向かって冷ややかな視線を向けた。その瞳には、憐れみすら乗っていない。
「親の教育と言ったか、教えてやろう。俺の場合、父から受けた教育は『人を殺す方法』だ。生き残るため、敵を一人でも多く殺すためだ」
「な……ッ!?」
リドルをはじめ、周囲にいたハーツラビュル寮生たちが息を飲んだ。耳を疑うような言葉。だが、マダラから漂う圧倒的な血の匂いが、それが冗談やハタリではないことを嫌というほど物語っていた。
「そして、力だけで俺は一族の『長』になれた。だがなその先、民は誰も心からは従わなかった」
マダラは一歩、リドルに向かって足を踏み出す。そのたった一歩に圧迫され、リドルは思わず後ずさった。
「恐怖と力で縛りつけた支配など、脆く儚い偽りに過ぎん。力でねじ伏せればねじ伏せるほど、残るのは絶望と孤独だけだ」
自身の犯した過去の過ち、そして辿り着いた虚無。それを静かに突きつけられたリドルは、顔を真っ赤にして震え上がった。
「黙れ……黙れ黙れ黙れ! ボクは正しいんだ! ボクがルールなんだ!!」
リドルの感情が限界突破し、周囲の魔力が異常なまでに乱れ始める。オーバーブロットの兆候黒いモヤが彼の背後に立ち上り始めるのを前にしても、マダラはただ腕を組み、冷徹な瞳でその狂気を見つめていた。
「認めたくないのはわかる。だが、己の小ささを知らぬ者に、本当の長の資質などない」
戦場で真の絶望を知り抜いた男の言葉は、嵐のように荒れ狂うリドルの魔力よりも重く、静かにその場を支配していた。リドルの頭上から黒い液体が怒涛のごとく溢れ出し、怪異な巨像がその背後に顕現する。
ハーツラビュルのバラの庭園は、絶望的な圧迫感と狂乱の魔力に包み込まれていた。
○○○○
オーバーブロット。魔法士が魔法の酷使、心身的な原因が多い。その状態に陥ると命の危険にも伴う状況。あたりを力でねじ伏せているリドルは、完全に理性を失っていた。
「みんな、下がれ! 暴走した魔力に巻き込まれるぞ!」
寮生の避難させている傍ら、リドルの魔法が当たらないようにトレイのユニーク魔法で、無害な魔法へ上書き続ける。
トレイが必死に声を張り上げ、ケイトが引きつった笑みを浮かべながら魔法士としての限界に挑む。
「『舞い散る手札』!」
十数人に増殖したケイトの分身が一斉に散り、リドルへ仕掛ける。同時にトレイは自身のユニーク魔法『薔薇を塗ろう』を発動し、襲い来る致命的な魔力弾の「属性」や「威力」の概念を書き換え、味方への直撃を間一髪で殺してみせた。
高度な魔法の連携。常人の魔法士であれば手も足も出ない猛攻を、二人は見事に捌いて見せた。はずだった。だが、その死闘の真ん中で、一人だけ全く違う空気を纏っている男がいた。マダラだ。
「……ほう」
地鳴りのような低音の呟き。マダラは腕を組んだまま、猛攻の渦中にゆっくりと足を踏み出した。直後、彼を見つめていたエースとデュースが息を飲んだ。
マダラが顔を上げた瞬間、その瞳が一変していたからだ。冷徹だった黒い瞳が、禍々しい鮮血の赤へと染まり、瞳孔の周りに三つの巴模様が滑らかに浮かび上がり、怪しく回転する。
『写輪眼』
忍の世界において恐れられた力が、異世界の地に初めてその姿を現した。
「幻惑の分身に、象徴の概念そのものを書き換える術か。なるほど……こちらの『魔法』とやらも、なかなか趣深いではないか」
激風の中、マダラは不敵に唇を吊り上げた。リドルの放つ無数の魔力弾と、死角から迫るケイトの分身たち。しかし、写輪眼の洞察眼の前にそれらの軌道はすべてスローモーションのように見切られていた。
マダラは最小限の身のこなしで全ての攻撃を紙一重でかわし、時にただの素手で魔力の塊を弾き飛ばす。
「ハハッ! 良いぞ、もっと威力を上げてみろ! 異世界の術、実に面白い!!」
愉悦に満ちた笑い声をあげるマダラ。オーバーブロットという、一歩間違えれば死に至る大災害を前にして、この男は恐怖するどころか心の底から「戦いを楽しんで」いた。
その異常すぎる光景に、命懸けでサポートしていたトレイとケイトの動きが一瞬止まった。
「この状況で笑うって…」
トレイも冷や汗を流し、息を飲むことしかできない。自分たちが必死の思いで繰り出した魔法を、ただの「余興」として味わうかのようなマダラの態度。そこにあるのは圧倒的な強者ゆえの余裕と、死線を求める狂気だった。
「退屈な余興はここまでだ」
マダラの全身から、先ほどまでとは比べものにならないほどの圧倒的な「力」のうねりが溢れ出した。リドルが叫びとともに巨像の腕を振り下ろすのと同時に、マダラの手が動いた。
素振りや予兆すら感じさせない。流れるような、それでいて目にも留まらぬ速さのの手印。わずか一瞬の間に編み出されたその一連の動作に、目を凝らしていたエースもデュースも、文字通り息を呑んで固まった。
「今の動作を一瞬で……!?」
指先を複雑に交差させたかと思えば、次の瞬間にはマダラの胸組みが大きく膨らんでいた。
「火遁・豪火滅却」
言葉と同時に吐き出されたのは、ドワーフ鉱山の時とは比べものにならない、巨大な炎の津波だった。咆哮を上げる巨大な黒い影も、迫り来る魔力の濁流も関係ない。
視界のすべてを真っ赤に染め上げた超広範囲の猛火が、庭園の空間ごとリドルのオーバーブロットを丸ごと飲み込んでいく。
「嘘だろ……なんだよ、あの範囲!!」
あまりの熱気と暴風に、トレイとケイトは顔を腕で覆いながら地面に倒れ込むのが精一杯だった。エースとデュースに至っては、目の前で起きた現実を受け入れられず、ポカンと顎が外れそうなほど口を開けたまま立ち尽くしている。
ほんの数秒前まで死闘を繰り広げていたはずの庭園には、いまや圧倒的な熱量によって蒸発した空気の揺らめきと、灰となった魔力の残骸だけが残されていた。
炎が消え去った中心には、怪物が消滅し、正気を失って倒れ込む小さなリドルの姿があった。
「やはり、この程度のものか」
何事もなかったかのように袖を払うマダラ。その背後で、エースは引きつった声を絞り出した。
「魔法の詠唱も使わずに、あの規模の火力を」
デュースも震える声で言葉を繋ぐ。手印という謎の動作ひとつで辺りを焼き尽くすほどの炎を操るマダラ。
異世界からやってきた「魔力を持たない監督生」の圧倒的な底力に、その場にいた全員がただただ言葉を失い、恐怖と畏怖の混ざった眼差しを彼に向け続けることしかできなかった。
○○○○
オーバーブロットの騒動が収まり、ハーツラビュル寮で開催された「なんでもない日のパーティ」。前回の騒動で台無しになってしまったマロンタルトの件を反省したリドルが、自ら一から作り直したという特製のタルト。
艶やかなイチゴがキラキラと輝くその美しさに、集まった全員が期待に胸を膨らませていた。そして、一口食べた瞬間。
「「「「「しょっぱい!!!!!」」」」」
庭園に全員の叫び声が響き渡った。砂糖と塩を間違えたのか、一口で顔を顰めるクローバーやエースたち。
だが、そんな周囲の惨状を意にも留めず、マダラは淡々とした手つきでフォークを進め、黙々とタルトを口に運んでいた。
「ちょ、マダラちゃん!? 無理しなくても良いよ!」
ケイトが慌てて止めに入るが、マダラはフォークを止めることなく、怪訝そうにケイトを見返した。
「これは食い物ではないのか」
「食べ物だけど!」
「なら、問題ないだろう」
毒が入っているわけでもあるまいし、腹を満たせるなら何の問題もないと言いたげなマダラに、エースが呆れたように声をかける。
「あ、マダラ。お前、イチゴのタルト知らない?」
「知るか。俺の知っている甘味は団子や和菓子ぐらいだ」
「あぁ……」
マダラの言葉に、トレイが思い当たったように頷いた。
「極東の国由来の菓子だな。イチゴのタルトは甘い食べ物なんだ」
「そうか。で、どうするんだ。破棄するのか」
せっかくのタルトを無駄にするのかと淡々と問いかけるマダラに、トレイは苦笑いを浮かべながら眼鏡の奥の目を和ませた。
「いや、俺のユニーク魔法で味を変えて食べよう。『薔薇を塗ろう』!」
トレイの魔法によって味が「甘いタルト」へと書き換えられ、こうしててんやわんやしながらも、賑やかなパーティが始まった。
賑わう庭園の隅で、少し落ち着いた頃。小さな影がマダラのもとへ歩み寄ってきた。リドルだ。
「マダラ」
「なんだ」
呼び止められたマダラが視線を落とすと、リドルは少し緊張した面持ちで、まっすぐにマダラを見つめ返した。
「君に放った言葉を、改めて謝罪させてくれ。不憫だなどと、無礼なことを言った」
「気にしなくて良い。あの戦いができれば俺はかまわん」
素っ気なく、けれどどこか満足そうに言い放つマダラに、リドルは引きつった笑いを浮かべた。
「流石にオーバーブロットは勘弁してほしいけれどね」
溜息をつきつつも、どこかわだかまりが解けた様子のリドル。彼は少し言いにくそうに視線を泳がせながら、小さな声で問いかけた。
「君の好きな食べ物は何だい? 次回は君の口に合うものを用意したいんだが……」
リドルは友らしい友もおらず会話が続くわけもなく、突拍子な質問をしてしまう。だが、マダラは腕を組み、カラッとした態度で即答した。
「稲荷寿司だ」
「い、いなりずし…? どんな食べ物だい?」
聞き慣れない極東の料理名に、リドルが頭の上に疑問符を浮かべる横で、マダラはどこか懐かしむような、穏やかな目を遠くへ向けていた。
パーティの熱気が少し落ち着いた頃、トレイとケイトが飲み物の入ったグラスを手に、マダラとリドルのいるテーブルへ歩み寄ってきた。その後ろから、興味津々な様子のエースとデュースもひょっこりと顔を出す。
ケイトはまだどこか緊張を拭いきれない様子で、マダラと一定の距離を保ちながら尋ねてくる。
「ねぇ、マダラちゃんこの間の戦いの時、目が真っ赤になって怪しい模様が浮かんでたよね? あれって一体何なの……?」
「あ、それ俺も気になってた! ドワーフ鉱山でも一瞬だけ目が赤く光ったんだよな」
エースが頭の後ろに手を組みながら身を乗り出すと、隣のデュースも真剣な眼差しで頷いた。
「ああ。オーバーブロットしたローズハート寮長の猛攻を、あの瞳が現れた瞬間にことごとくかわしていた。あれも『忍術』の一種なのか?」
「ふむ……僕も気になっていたんだ」
リドルも眉をひそめ、真剣な眼差しでマダラを見上げた。
「あの赤い瞳が現れた瞬間、君の威圧感が跳ね上がっただけでなく、僕の攻撃の軌道をすべて見切っていたように見えたからね」
四人の問いに、トレイも眼鏡の位置を直しながら静かに耳を傾ける。あの戦闘中、ケイトの無数の分身を軽々とあしらい、リドルの高速の魔力攻撃を最小限の動きでかわし続けたマダラの異常な洞察力。その根源があの異様な瞳にあることは間違いなかった。
マダラは手に持っていた紅茶を一口すすると、全員の視線を意にも留めず、淡々と口を開いた。
「『写輪眼』だ」
「シャリンガン……?」
聞き慣れない響きに、デュースが首をかしげてその言葉を繰り返す。
「我が『うちは一族』にのみ与えられた瞳術だ。相手の術や動きを見切り、幻を見せ、写し取る」
「はぁ!? 動きを見切るだけじゃなくて、幻を見せたりコピーまでできるのかよ!? なんだよそれ、ズルすぎだろ!」
エースが思わず大声をあげて目を丸くする。
「動作や術を見切る……それに相手に幻を見せるなんて、それじゃあまるで常時発動している強力な精神・洞察系魔法じゃないか
トレイが驚愕の声を漏らした。魔法士の世界でも、相手の動作を完璧に見切るような魔法や、詠唱なしで即座に精神干渉を行う魔法は極めて高度であり、膨大な魔力を消費する。それを血統固有の力として体内に宿しているという事実。
「なるほど。ボクの攻撃がことごとくかわされたわけだ」
リドルは悔しそうに唇を噛み締めつつも、どこか恐れを抱いたように息を吐いた。
「君の世界の戦いというものが、どれほど苛烈なものか思い知らされるよ」
「この眼はただの力ではない。深い絶望と喪失の果てに開眼するものだ」
マダラが不意に溢れさせたその一言に、先ほどまで騒がしかった庭園が一瞬で静まり返った。
「幼い頃、川辺で出会った奴がいた。家柄も知らず、互いに名字すら明かさず、ただのガキとして語り合い、同じ夢を見た友だった」
マダラは遠い目をして、紅茶のカップを見つめたまま静かに言葉を紡ぐ。
「だが、争いが続く世だ。互いの一族が宿敵同士だと知るのに時間はかからなかった。親族の命を奪い合ってきた敵対一族の者だと分かった時、俺たちは戦わねばならなくなった」
「敵対する一族の友人と……?」
デュースが息を呑み、固唾をのんで耳を傾ける。
「俺は打ち明けられたと思った友と、戦いが決まった瞬間に開眼した」
友としての絆を断ち切り、戦場で殺し合う敵として対峙することを決意した、その強烈な心の痛む瞬間。マダラの写輪眼が開眼したのは、己の幼き日の純粋な情を自ら殺した証だったのだ。
話を聞いていた全員の脳裏に、マダラの背負うあまりに凄惨な過去が鮮明によぎる。この恐ろしいほどに美しく不気味な赤い瞳は、彼が血塗られた戦場を生き抜き、大切な存在との絆を失い続けてきた哀しい証なのだと悟ったからだ。
「……っ」
言葉を失うデュースの横で、場の空気の重さに耐えかねたケイトが、慌てて手を振りながらおどけて見せる。
「あーっ! マダラちゃん、なんか重い話にさせちゃってごめんね!」
「そうそう! っていうかさ、手でパパッなんかやってさバカデカい炎出したり、目だけで相手の動きを見切るとか、マジで規格外すぎるって!」
エースもわざとらしく軽口を叩いて空気を変えようとするが、その表情には隠しきれない畏怖が混ざっていた。
「マダラが味方で良かったよ」
トレイが苦笑いを浮かべると、マダラはフッと鼻で笑い、紅茶を飲み干した。
「敵になりたくばいつでも相手になってやるぞ」
怪異な赤い瞳を持つ異世界の監督生を中心に、ハーツラビュル寮のなんでもない日のパーティは、少しの畏怖と賑やかさを交えながら深まっていった。
うちはマダラ(監督生)
原作本編終了後、死後にツイステの世界へと迷い込んだ伝説の忍。容姿は若返った姿となっている。
原作でカグヤに利用されて死を迎えた経緯から、自身が「駒」として使われることに対して特にこだわりや抵抗を持たない。むしろ自身が誰かを使う・配下に置く立場であるとも思っていない節がある。
当初は死後の世界での退屈しのぎ程度のつもりだったが、異世界の知識や異質な魔法士たちとの関わりを通して、なんだかんだで学園生活を楽しんでいる。
根っからの戦闘狂であり、刺激的な戦いを前にすると本心が隠しきれない。写輪眼や火遁などの忍術は健在。
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