その後、S.T.Y.Xのファントムのテストのため。控室で二時間ほど空き時間が発生した。マダラを除くメンバーはテレビゲームをしていたが、マダラは眠りにつき時間が流れるのを待った。その後、学園の帰路までマダラは個室で待機していた。だが、突然音が響き渡る。
衝撃音とともに、施設全体を揺るがす強烈な魔力の波紋が伝わってきた。マダラは暗闇の混じる視界の奥で、万華鏡写輪眼の感知力を研ぎ澄ます。
(グリム)
写輪眼で気配を見ると、やはりグリムだった。オーバーブロット事件後、現場に落ちているに黒い石を食べていた。あの石にグリムの威力増加だとすると、予感は分かる。正気を失い、異形と化した魔獣の禍々しいチャクラが、施設の奥から急速に膨れ上がっていた。
この異常事態に職員が動くのはおかしい。まずはこの分厚い扉を壊して状況の確認が必要だ。
「須佐能乎」
青いチャクラが爆発的に吹き出し、肋骨状の巨腕が一瞬で形成される。頑丈な扉は、いとも簡単に猛烈な爆風とともに吹き飛んだ。砂煙が晴れるとそこにはヴィルがいた。その姿にヴィルも驚く。
「マダラ!?アンタも扉を壊したのね。アタシは他の皆を部屋から出すわ」
ヴィルは手に持っていた化粧水をドアのコックに振りかけると、コックはみるみる解ける。恐らくヴィルが呪いを付与した化粧水なのだろう。強力な酸のように金属を溶かしていくユニーク魔法の応用だ。隣はヴィルに任せて、マダラもドアを破壊すると、そこにはレオナがいた。
「マダラ?やっぱり緊急事態ということか」
「だそうだ」
マダラが短く応じると、レオナは不機嫌そうに首を鳴らした。続々と隣の部屋からメンバーを部屋から出した。
「これで全員ね」
ヴィルが確認後、レオナは匂いを嗅ぐ。その匂いはグリムが破壊された扉のだった。
「この一番奥の部屋、誰が入ってたんだ?この部屋、どことなく嗅いだことがある魔力の匂いがするような……」
「グリムだ。普段よりも魔力が明らかに跳ね上がっている」
そう、グリムは魔法の力は平均以下、あの扉も簡単に壊せる代物じゃない。黒い石を喰らい続けたことで、その存在そのものが歪んだ巨大な魔力溜まりへと変貌を遂げているのだ。
「防魔素材が使われたドアを吹き飛ばすとは」
「……今は考えても仕方ねェ。まずは原因を探るのが先決だ」
「そうね。それに、アタシたちもあまり吸い込みすぎるとよくない。チョーカーが外れて魔法が使えるようになってるし、魔法防御力が高い寮服に着替えましょう」
全員が没収されていたマジカルペンを手元に呼び寄せて、寮服へ着替えた。やはり全員の予想通り魔法の制限なく使用できるのは、S.T.Y.Xが異常事態に見舞われている。
「マダラ、寮服の予備を僕が貸そう」
「無くても良い」
マダラはリドルの申し出を一蹴し、己の胸元に手を当てた。激しく波打つ邪悪な気配を感じ取る。
「どうやら、ブロットはこの万華鏡と共鳴しているようだ。憎しみ、絶望。うちは一族が万華鏡写輪眼を開眼する条件。そのブロットがこの眼を強くしている」
この世界に漂う魔法の廃棄物ブロット。それがうちはの血に流れる「愛故の深い憎悪と絶望」と引き合い、万華鏡写輪眼の負のチャクラを活性化させている。己の眼がより深淵へと沈んでいく感覚を、マダラは他人事のように語った。
「そんなこと許すわけないでしょ」
だが、その言葉に真っ向から冷気を孕んだ声を上げたのはヴィルだった。
「アンタは自分のことを考えてないけど。アタシの見える場所で、そんな姿を晒すことを許すとでも?いいから大人しく寮服に着替えないさい」
ヴィルは魔法で予備のポムフィオーレ寮服を着替えさせられる。高貴で重厚な布地に袖を通した瞬間、驚くべき変化が起きた。確かに着用してみると、不快な感情が収まる。
魔法防御の結界と防護性能を備えた寮服が遮断膜となり、周囲に充満するブロットの毒気と万華鏡写輪眼との悪意ある共鳴が、急速に和らいでいくのをマダラは実感した。
だが、ここで暴れたとしても敵が目の前いないので、マダラは大人しくヴィルに従った。その後監視室へ向かうと職員達が手や足をせわしく動かしていた。
「本部内のブロット濃度、さらに上昇!汚染警報冷!」
「ORTHO…ヤツの演算能力は、我々の領域を遥かに凌駕している。もはや、我々に打つ手はないのか?」
パニック状態に陥った職員たちが絶望の叫びを上げる中、寮長たちとともに足を踏み入れたヴィルが凛とした声を張り上げる。
「そんなにあっさり諦めてもらっちゃ困るわ。所長代理のイデアはどこなの?」
そう、S.T.Y.X所長代理であるイデアがいない。彼が居れば対処は可能なはずなのにだ。その返答に管制室の中央にホログラムが浮かぶ。
『兄さんなら、僕と一緒にいるよ』
「この声は……オルトさん!?」
オルトの声に反応したのはアズールだった。だが、声色は先ほど会話していた時よりも、落ち着いた様子だった。
『さすがはSSR[前代未聞の問題児]。隔離棟のドアは、内側から開かない仕様のはずだけど……』
「ああ……言われてみれば確かに建て付けは悪かった気がするけど、開かないってほどじゃなかったわ。それで?これはどういう状況?ボスにご説明願いたいところね。まずアンタたち、今どこにいるの?」
ヴィルが問いかけると、青い光を放つオルトの立体映像が静かに視線を向けた。
『ごめんね。兄さんは今、手が離せないんだ。だから、僕からお話しさせてもらうよ』
イデアとオルトは、『タルタロス』の最深部、『冥府』にいる。これからタルタロスと冥府に囚われている『ファントム』を解き放つことを宣言した。
『ヴィル・シェーンハイトさん、言ってたよね。「最初から無理だって決めつけてなにも行動を起こさなければ、可能性はずっとゼロのままよ」って』
望む未来を手に入れるため、アクションを起こす。マダラが前の世界で選んだ修羅の道をイデア達は進んでいる。
『僕たち嘆きの島の番人は『タルタロス』と『冥府』がある限り、この場所から離れられない。でも既存の世界を一度破壊し、ファントムと共存する世界を再構築すれば……僕たちはどこまでだって行ける!そうでしょ?』
オルトは嬉しそうに計画を話すが、マダラはオルトの考えを見下すような視線を向ける。絶望から逃避し、虚妄の新世界を作り出そうとするその幼い歪みは、己が無限の夢を目指した動機に酷似していたからだ。
「なるほど、これがお前たちの考えか?」
「うん、マダラさん貴方が、夢のために親友と殺し合ったように、僕も正しいことをやるよ」
オルトはホログラム越しにまっすぐマダラを見つめ返す。だが、マダラの眼光は冷徹そのものだった。
「そのファントムとやらにオレを殺せるとでも」
「僕の仲間を使えばね。貴方の万華鏡写輪眼は風前の灯」
「良い考えだが、その程度でこのうちはマダラを止められるとでも」
失われゆく視力やブロットの脅威など、己の修羅の道を止める理由にはならんと言わんばかりのマダラ。だが、その張り詰めた場に、ヴィルがふっと笑みを漏らした。
「やる前から無理だと決めつけて、ぐじぐじと蹲っているだけの状態より、ずっと健全。アタシはアンタたち兄弟のチャレンジを応援するわ」
「ヴィル先輩!?なにを言ってるんです!」
リドルが驚愕の声を上げる中、オルトのホログラムがパッと明るくなる。
『本当!?じゃあ、ヴィルさんも僕たちの仲間になってくれる?』
「それはお断りよ」
『えっ……』
「なぜなら、アンタたちと同じで、アタシにも譲れない夢がある。世界で1番美しくなる……という夢がね」
各々が夢を持っている。それがどんな人間であろうと。それが世界的モデル。異端の天才。伝説の忍と呼ばれていた者であっても。その先を塞ぐものが居れば、止めるまでだ。
「アタシたちは全員、アンタたちの敵に回ることにするわ」
ヴィルが誇り高く宣言すると、オルトのホログラムは一瞬悲しげに目を伏せた。
『そっか……残念だよ。みんなとまた一緒にゲームがしたかったな。さようなら……』
プツンと通信が切れ、ホログラムが消滅する。タルタロス最深部へ向けてカウントダウンが始まる中、マダラと寮長たちは新世界創造を掲げる兄弟を止めるべく、決意を胸に立ち上がった。
○○○○
ヴィル達が制御室へ到着して数分後エペル、ルークと合流した。ルークのユニーク魔法「果てまで届く弓矢」がヴィルの化粧水に付与していたことによって、GPSの役割を果たしてた。
「ねぇ、マダラクン。グリムクンはいるかな?」
「ただ痕跡をみただけだが、グリムはあのファントムの巣窟の冥府だろう」
「オルトクンが言ってたけど、『タルタロス』ってすごく危険なところ……なんだよね」
ファントムが1万体以上収容されている収容所。動きを止めらる凍結システムもオルトによって、オフにされている。いつ動き出してもおかしくない状況だ。
「グリムの居場所がわかってよかったじゃない。しかも『タルタロス』にいるなら都合がいいわ。『冥府』まで降りる途中で、ついでに拾っていくわよ」
「む、無茶だ!そんなの危険すぎる!」
職員が学生だけのタルタロスへ行くことに強く反対する。だが、時間も限られている。
「イデアもオルトもそこにいるんでしょう?アイツらの世界リセット計画を止めたいのなら、危険だろうがなんだろうがそこまで行くしかない」
「……はぁ。確かに、それしか道はないでしょうが」
「随分と気軽に言ってくれる 」
緊迫した空気の中、アズールやジャミルたちも眉をひそめながら現状の過酷さを再認識する。いくら優秀な魔法士の卵であろうと、数が不利だ。
「『タルタロス』に収容されたファントムの凍結が全て溶けきるまで、あとどれくらいだ?」
「ろ、6時間を切っています」
「その間に外部との通信が復旧し、救援がくる見通しは?」
レオナが確認をするが、職員の絶望的な首振りが答えだった。もはや猶予も助けもない。だが、退く選択肢はなかった。
「私は「やれるだけのことはやった」と言うためにここまでやってきた。最悪の事態を回避するために、私たちにはまだやれることがあるはずだ」
「僕も、覚悟はできてます!」
「じゃあ善は急げね。行きましょう――『タルタロス』へ!」
ポムフィオーレ一同の言葉に職員達は、全面的な支援を決定した。まずは、無線のトランシーバー。もう一つが『対ファントム用決戦アームズの起動キー』だ
タルタロスは3本のタワーからなる巨大地下収容施設。最下層に近いほど危険なファントムが収容されている。最下層である第12層に収容された3体の『タイタンズ』。『神々の時代』に封じられたとされる、『原初のファントム』。
その対抗手段の兵器『雷霆の槍』 が無ければ太刀打ちがない。その言葉にマダラは姿なき敵に期待度が上がる。
「さて……『S.T.Y.X.』スタッフの話によれば、『タルタロス』を形成するタワーは3つ。時間もないし、全滅のリスクを避けるためにも、3チームに分かれて攻略すべきと考えるわ」
更にグリムの捜索を考えられた編成は、第1タワーはヴィル、ルーク、エペル。第2タワー、レオナとジャミル。第3タワーはリドルとアズールとなった。
「マダラはアタシと同じ第一タワーよ。アンタを一人にすると何をするかわかったもんじゃないわ」
万華鏡写輪眼とブロットの危険な共鳴、そして圧倒的な力を誇りながらも己の命や存在への執着が薄い男を野放しにはできない。美学と気遣いしているのヴィルに対し、マダラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「問題ないだろう。言っておくが俺は眼球を亡くなっても術は使えるぞ」
「そういう問題じゃないの。いいから来なさい」
視力を失おうと両眼がなくなろうと、須佐能乎の破壊力は揺るがない。そう平然と言い放つ戦乱の覇者もうちの美しき女王の前には形なしだった。ヴィルに腕を強力に引かれるまま、マダラは半ば呆れたように溜息をつきながら、1万体のファントムが蠢く『タルタロス』の最深部へと足を踏み入れていくのだった。
※連日