休憩を挟んで数時間後、再び最下層を目指し下ってく。ルークの予想通り、タイタンズと再度交戦したが、二度目の雷霆の槍で場を退いき、二度目の休憩をしていた頃。強固な納庫の壁を大きく揺らし、巨大な地響きが鳴り響く。
「なんの音!?」
ヴィルは格納庫の隅に設置された充電ステーションへ駆け寄った。
「雷霆の槍の充電は」
『現在、充電は30%完了しています』
「仕方ないわ。心もとないけど、このまま持っていく」
未だ十分とは言えない残量だったが、猶予はない。ヴィルが即座に決断を下し、重厚な格納庫の扉を開けると、直後、気味が悪い緑と黒い空気が充満していた。
「ぐっ、すごい瘴気だえあ。まさか冥府の門が開いたの?」
視界を遮るほどのドロドロとした濃密な黒いモヤ。それは呪いが具現化したようだった。
「ヴィル、トランシーバーの呼び出し音が!」
ルークの叫びと同時に、ヴィルの胸元で雑音混じりの通信音が激しく鳴り響いた。ヴィルは素早く通信機を手に取り、応答する。
「こちら、第1タワーのヴィル、どうぞ」
「第2タワー、レオナだ」
「第3タワー、リドル・ローズハート。どうぞ」
「よかった!全員繋がったね。こちら管制室」
S.T.Y.Xの職員が安堵の声を漏らす。だが、事態は深刻なものだ。冥府の門が開きブロット濃度が上昇し、危険な状況になっていた。そのため離脱を提案される。
「今すぐ離脱と言ったって、何時間もかけて降りてきた階段を駆け上がれって言うの!?」
ヴィルは焦燥感を隠さず、遮断された空間の上方を仰ぎ見ながら叫んだ。
「突貫工事だが、なんとか数台のチャリオットを、オルトの制御下からから切り離すことに成功した。今そちらに3台のチャリオットを向かわせている。それに乗ってくれ!」
管制室からの切羽詰まった言葉に応えるように、黒い瘴気の向こうから急速にチャリオット近づいてくる。嘆きの島の移動手段に活用されるチャリオットは、飛行手段が一番早く、脱出に最適解だ。
「見て!チャリオットが来た!」
その時、通信機の向こうから凍りつくような声が重なる。
「……なんだ、あれは」
「リドル?どうかしたの?」
ヴィルが問うと、絶望に満ちたリドルの声が響き渡った。
「下を見てください!何かが、冥府の門から出てきます!」
通信機越しに伝わる異常事態に、一同は息を呑んでタルタロスを見下ろした。
「冥府の門から何かが這い出してきた!」
「あれは、ファントム?……違う、あれは……」
渦巻く邪悪なブロットの渦の中心、そこに蠢く不吉で巨大な影の正体を捉えた。
「イデア!!!」
闇に落ちたオーバーブロットのイデアが現れた。青い炎を揺らめかせ、異形と化したイデアは声を響かせる。
「仰る通り……僕だよ!オーバーブロットって、こんなにスカッと爽快な気分になれるものだとは思わなかったっすわ!これで拙者もSSR[前代未聞の問題児]の仲間入りってワケ!アハハハ!」
皮膚を刺すような冷気と濃密なブロットが、周囲の空気を歪めていく。
「冥府のの門からどんどん瘴気が吹き上がってくる!なんて濃度だ!」
あまりの空気に眉を潜めるルークに対し、空中を浮游するイデアは嘲笑うかのように両手を広げた。
「あー。君らはちょっとムカムカするかもね。でもオーバーブロットしていれば、デバフはバフに変わる」
本来ブロットは危険な物質。しかし、オーバブロットの前ではそれは大きな動力源へ還元される。
「それじゃあ、はじめよう。『ゲーム・セット・マッチ。開かれた冥界の扉』」
イデアが解き放った詠唱と同時に、最下層を塞いでいた巨大な扉がさらに大きく開かれる。
「冥府の門がさらに開いていく!今の呪文、まさかイデアのユニーク魔法の効果は、冥府の門を開くこと!?」
門の奥深く、底知れぬ暗闇の底から地響きと共にファントムが這い上がってきた。
「やあ、みんな。ただいま!」
「な、なんだあの、でっただの!」
エペルが恐怖に叫び、言葉を詰まらせる。その巨大な怪物を見つめながら、ヴィルは愕然と呟いた。
「イデアから溢れたブロットと繋がっている。おそらく、イデアのファントム。「ただいま」って?この声どこかで……」
激震する現場の中でただ一人、マダラだけは微動だにしなかった。輪眼はブロットの奥底、怪物の核を冷静に透過して見抜いていた。
「オルトお前だな」
静かだが、核を射抜くようなマダラの言葉に、嬉しさのあまりに声を上げる。
「流石!マダラさん!写輪眼は伊達じゃないね!」
「信じられない。あの禍々しい姿をした怪物がが、オルトだって言うの?」
ヴィルが絶句する中、エペルがオルトの肩付近に別の「影」に気づき、指をさして叫んだ。
「ち、ちょっとまって!見て!オルトクンの肩のところ!」
視線の先には、正気を失い、黒い結晶に群がる小さな魔獣の姿があった。
「ヴヴ……イシ……クロイイシ……」
グリムあの強いブロットに惹かれたのか。理性を失いオルトに取り込まれていた。
「なんてことだ。まさか冥府に迷い込み、オルトくんに取り込まれてしまっていただなんて!」
「引き剥がさなきゃ……でも、どうしたらいいんだ!?」
パニックに陥りかけるエペルに対し、ヴィルは目の前のことに集中する。
「どうもこうもないわ。ここでアイツらを食い止めなきゃ、グリムも戻ってこないし、アタシたちの“普通”の生活も戻ってこない!」
「チッ!あのでけぇの以外にも、次から次に冥府からファントムが湧いてきやがる」
通信機からレオナ声に被害の甚大さを物語る。続いてS.T.Y.Xの職員が切迫した状況を報告する。ブロットの侵食を止めるために非常用ハッチを閉鎖している者は、ほとんどが、非戦闘員。今ファントムに襲われたらひとたまりもない。
「ヴィル先輩、レオナ先輩!チャリオットで上層部へ向かい、彼らの救出を!イデア先輩とオルトは、ボクとアズールが足止めし時間を稼ぎます!」
リドルの必死の提案に、ヴィルは歯を喰いしばりながら素早く状況を整理した。
「それしか方法はなさそうね。レオナ、アンタは第6層へ!アタシは第1層へ向かうわ!」
ヴィル、ルーク、エペル、戦局を見つめ続けるマダラは、迫り来る膨大なファントムの群れとオーバーブロットしたイデアらを相手に、決死の救出作戦へ移行する。
○○○○
まずは、リドルとアズールたちがオルトとイデアとぶつかりあう。限界のブロット許容量と魔力を使い撤退。リドルは冥府の汚染で、髪色が白髪に変色。アズールは冥府に近づきすると「老いる」と証言しており、レオナとジャミルへ後へ託した。
レオナの高い魔法能力とジャミルのバランスの取れた連携で、イデア達にダメージを蓄積させていく。
一方ヴィル達は非戦闘員の避難も無事に完了し、イデア達を迎え撃つ準備は整った。荒れ狂う瘴気と激震が走る中、一行は最終防衛ラインへと辿り着いた。ヴィルが凛とした声を張り上げる。
「いいこと、アンタたち。ここが最終防衛ラインよ」
「ウィ。私たちの日常を取り戻すためにも、この戦い負けられないね」
「グリムクンを助けられるのは、僕たちしかいない。けっぱろ、マダラ!」
エペルが拳を強く握り締め、隣に立つマダラに力強い視線を送る。決戦の舞台を支配するヴィルは、気品と威厳に満ちたオーラを全身から放ちながら言い放った。
「今こそ、ナイトレイブンカレッジで最も古く、最も美しい、我らがポムフィオーレの奮励の魂を見せる時!行くわよ!」
その言葉を嘲笑うように、オーバーブロットしたイデアが青く澄んでいたはずの炎が赤く燃え上がらせる。
「なんで僕らの邪魔ばかりするわけ?ヒーロー気取りか?ウザったいなぁ!」
「ヒーロー?いいわね。1度くらいキャスティングされていたい役どころだわ。でも、ここには英雄も悪人もいない。アンタとアタシは我を通したいだけの同級生」
ただの同級生。英雄も悪人も居ない。自分の我道のために突き進む。各々の覚悟をもって挑んでいる。ヴィルの言葉を聴きながら、マダラは胸の奥で奇妙な昂ぶりを感じていた。
「最後に立っていたほうが、夢を叶える権利を手にする」
まるで、自分の過去の見ているようだ。自らの理想のために世界と戦い、己の道を突き進んだ。その夢の先を手にするために。
「さぁ、全力でぶつかり合いましょう!最後まで舞台に立っているのは、このアタシよ!」
目の前の者たちに宿るのは、かつての血生臭い戦場のようなドロドロとした憎悪だけではなかった。その証拠にこの中の者全員は殺意や憎しみだけではなく、夢や希望の感情が渦巻いていた。
戦いの火蓋が開かれた先に動いたのはイデアだった。炎と巨大な暴風、炎の威力を上げるには丁度良い。
「まずは、一番厄介な敵を狙うよね!」
「マダラ!」
ヴィルの必死の声がかかる。だが、マダラはこの切り札を使う時がきた。イデアの強大な魔法がマダラを飲み込もうとしたその瞬間、マダラの眼に異彩が宿る。強大な魔法は数秒も使わずに、マダラの元へ吸い込まれた。
「魔法を吸い取った?」
ヴィルが思わず息を呑む。深紅から紫色の波紋模様へと変貌を遂げた瞳。忍界三大瞳術の『輪廻眼』の能力が発揮される。マダラは一度の死に際に輪廻眼を開眼していた。
だが、この世界で自分の最大の手の内を明かさなかった。しかし、ヴィルの条件を飲み込んだ上で、イデアを止めるためには、この術を使う道しかなかった。
「イデア、オレがいつ写輪眼しか使えないと言った?」
輪廻眼の能力の一つ。あらゆる忍術を吸収する力。だが、このツイステッドワンダーランドの世界において、その力は通用した。マダラは静かに言い放つ。
「まだそんな能力を!」
イデアはイレギュラーな能力に怒り声を上げる。なにせマダラの万華鏡写輪眼は、風前の灯火。これ以上まともな能力が無いと、思った矢先に新たな手札を切ったからだ。
「この眼の能力は死に際に手に入れたものだ。そう簡単に見えたくはなかったが」
「は?舐めプ?」
「違う。ポムフィオーレ寮生十分だ」
マダラの持つ輪廻眼が六道の力を使う。その膨大な力は計り知れない。だが、今のマダラはただの監督性だ。共に局地を乗り越える者同士だ。
「ヴィル、オレは後輩なのだろう」
その言葉にヴィルは、能力を隠してきたこと。目の前の事象が混ざり怒りながらも、的確に命令下す。
「アンタね!他に使える能力は!」
「引力だ。物を引き寄せる。もう一つは選択肢に入れていない」
引力で対象を引き寄せる「万象天引」。もう一つの斥力で対象を吹き飛ばす「神羅天征」後者は他の者に危害を加えるので選択肢に入れていない。
「先程見せた物は術の吸収だ。あともう一つ試したい術がある」
「わかったわ。エペル!ルーク雷霆の槍に魔力を集めるわよ!」
「はい!」
「もちろんだ!ヴィル!」
ヴィルの一声に作戦が実行される。イデア達は不利な状況を引きも出すために巨大な暴風を発生させる。
「コンボきめるよ!オルト!」
巨大な暴風の中マダラは単身で乗り込む。その最中マダラはこの世界の自分が、無すべきことを少し理解した。全ては理解していない。
今はこの胸に燻る戦意を真っ向から受け止めぶつけるだけだ。手のひらから鉄の棒を出し、イデアにめがけて投げ込む。
「うっ!」
「兄ちゃん!」
イデアの身体へと容赦なく突き刺さる鉄棒。マダラは間髪入れず、そこに己のチャクラを激しく流し込んだ。この能力の神髄は、相手の身体へチャクラを直接送り込み、その体内エネルギーの循環を乱して術の発動を妨害することにある。
だが、チャクラではなく「魔力」を行使するこの世界において、この理がそのまま通用するかは未知数だ。だからこそ、試す価値があった。
もしこの世界でも魔法の行使を阻害できるならば、敵の防壁を打ち破り、決定的な大隙を作り出すことができる。
「魔法が出しづらい!」
流し込まれたチャクラの波動に、イデアが顔を苦痛に歪ませた。使える。チャクラと魔力、表現は違えど根底を流れるエネルギーの理に大差はない。マダラは狙い通りの手応えに口元を僅かに歪めた。なら、都合が良い。この千載一遇の隙を逃す道理はなかった。
「その鉄棒だよ!」
「邪魔なものを!」
乱された魔力に焦りを募らせるイデアとオルト。不協和音を起こした二人の隙を見逃さなかった。
「万象天引」
逃れようのない絶対的な引力が空間を歪め、二人を強引に引き寄せる。抗う術もなく手元へと急速に引き寄せられてくる標的に対し、マダラは間髪入れずに零距離の火遁を練り上げた。
「火遁・豪火球の術」
至近距離で爆発した灼熱の巨球がイデアとオルトを呑み込み、轟音とともにブロットの巨体を大きく揺さぶった。
「うぅ、兄ちゃん僕もう落ち、ちゃう」
「オルト!」
マダラの緻密な計算と圧倒的な武力が切り開いた決定的な好機。それを見逃さず、ポムフィオーレの全魔力が込められた『雷霆の槍』の魔力が鋭くチャージされていく。
「今よ!雷霆の槍で最後の一撃!を」
「狙いは任せてくれ、毒の君」
「ありったけのパワーでぶっとばしてやる!」
雷霆の槍が解き放った光が収束すると同時に、ブロットの巨塊が激しく崩壊を始めた。しかし、安堵の瞬間は訪れない。
「オルトくんの身体が崩れ始めている!」
ルークの焦燥を含んだ叫びが響く。核を失い解体されていくオルトの巨躯と、そこに囚われていたイデア、そしてグリムが、激しい重力と黒い瘴気に引かれ、漆黒の深淵へと呑み込まれそうになっていた。
「いけない!このままじゃオルトの身体ごと、イデアとグリムまで『冥府』に落ちてしまう!行かせない!」
ヴィルが身を呈して冥府へ下ろうとした瞬間。その眼前に青い神聖なチャクラの暴風が巻き起こる。
「須佐能乎」
ヴィルの身体をその巨腕で静かに遮ると、マダラは迷うことなく暗黒の冥府へ下っていく。黒い瘴気が渦巻く絶望の底へ急降下しながら、マダラはグリムとイデアを引き剥がし、オルトも連れて行こうと考えたときだった。急速に光を失っていくオルトが、静かにマダラを見上げる。
「マダラさん離して」
その声は先程と違いとても落ち着いていた。
「僕たちの負けだ。だから、僕は元の場所に戻るよ」
恐れも悲壮感もなく、結果を素直に受け入れていた。その覚悟を、マダラは瞬時に汲み取る。
「そうか」
「兄ちゃんによろしく」
マダラはそれ以上何も言わず、オルトの手を静かに離した。須佐能乎の巨大な掌でイデアとグリムの二人だけを固く抱え込むと、マダラはそのまま暗黒を蹴り、光の差す上へあがっていった。背後で静かに冥府の底へと沈んでいく少年の面影を、その瞳に強く刻みつけながら。