うちはイズナは、うちはマダラの弟だ。彼は千手の戦いで敗れ、死んだ。その死の先で兄を空から見ていた。死者にできることは、術で呼び起こされない限り無い。
だから、兄がこちらへ来るまで待とうと思った矢先、兄が異世界へ行ってしまいため息をついていた。
そんな静寂な場所から、かすかな光の粒子を撒き散らしながら一人の異世界の少年が漂い出てきた。うちはの装束を纏ったイズナは、静かに視線を向ける。
「誰だ」
「オルトシュラウドです」
「外の国の者か」
イズナがそう問いかけると、オルト少年は瞳を揺らし、じっとイズナの顔立ちを見つめた。その眼差しには、どこか既視感が混ざり合っている。
「すごく似ている。マダラさんに」
「そうか?一族の者は言われたことなかったな」
「雰囲気なのかな?お名前教えてくれる?」
「俺は」
一瞬名乗ることを迷ったが、兄の名前知っているので、そのまま名乗った。
「うちはイズナだ」
「イズナ…確かマダラさんの弟の」
オルトの言葉を聞き、イズナは静かに眉を落とした。やはりこの少年も異世界で、あの兄と関わりのあった者なのか。
「そう俺は死んでいる、ここは黄泉の国の狭間だ」
イズナはずっと、マダラのことを見ていた。戦いの最中、イデアとオルトの悲しみや憎しみが混ざりながら戦っていたことも。
「先程の戦いから察するにお前達兄弟も悲しい別れをしたと見える」
弟のオルトが怪物になろうと、魂が本人である限りそれを家族と呼び合う。それほど強い絆で結ばれている。
「兄さんとお前の兄は似ているな。守れなかったことを後悔している」
「たった一人の弟を守れなかったから」
そう呟くオルトの影のある横顔を見た瞬間、イズナは確信した。この少年もまた、自分と全く同じ悲劇と申し訳なさを背負っているのだと。
『イズナ!?しっかりしろ!必ず助ける!』
『オルトを返せ、オルトを返せよ』
自分を守れなかったと泣き、自分を救えなかったと永遠に自責の念に苛まれ続ける兄。残された兄の心を壊してしまったのは、自分という存在が消えてしまったからに他ならない。
「誰が悪いとも言えない。だが、それは死者である俺達は何も言えない」
「生者ができるのは、死者を語り。忘れさせないこと」
死んでしまった自分たちがどれほど「自分を責めないでくれ」「泣かないでくれ」と願ったところで、その声が生きている兄に届くことはない。
死者にできる贖罪と救いは、残された生者が己の足で歩み出し、死者を胸に抱いて生き続けることを見守ることだけなのだ。
イズナの言葉は、オルトの胸の奥底にあった迷いを一瞬で吹き飛ばした。兄・イデアを自分と同じ絶望の淵へ引きずり込んではならない。
「そうだね、兄ちゃんがこっちへ来ようとしているから。止めないと」
「あぁ」
二人の魂が共鳴したその時、暗闇の遥か上層から、弟を追って黄泉の国へと身を投げようとする愛おしい兄の気配が迫ってきた。
「ん?あれはお前の兄か?」
「本当だ!僕行ってくる」
「あぁ」
オルトは兄を救うため、そして今度こそ兄に前を向いて生きてゆく覚悟を与えるため、光の差す方へと強く足を踏み出す。そして去り際、同じ痛みを分かち合った先達の弟へ、弾けるような笑顔を向けた。
「ありがとう!イズナさん!」
イズナは去り行く少年の背中を、どこか誇らしげに、そして穏やかな眼差しで見送った。
○○○○
激闘の果て、沈黙を取り戻した暗闇の中で、マダラはただ静かに佇んでいた。オーバーブロットを解いたイデアの意識を待っているマダラ。グリムも今もひどく疲労しているが、時期に目が覚めるだろう。
やがて荒い息と共に、イデアがゆっくりと目を開けた。呆然と自らの手を見つめ、何が起きたのかを追いつかせようと頭を抱える。
「ぼ、僕は一体……⁉︎いや、それよりもオルトは……?」
動揺するイデアに対し、マダラは感情の起伏を感じさせない低い声で言い渡した。
「元の場所に戻った」
「は?」
理解が追いつかず、表情を強張らせるイデアに、マダラは淡々と続ける。
「弟の頼みを無碍にできないだろう」
「!!!!」
ハッと息を呑み、絶望と衝撃に打ちひしがれるイデア。その前に、マダラはポケットから小さな物体を取り出し、イデアへ差し出した。
「それと、これはお前の弟のものだろう」
「オルトのメモリーカード」
「お前は記憶がある。忘れさないためにもな」
かつて弟を守れず、その遺志と向き合い続ける悲しみを誰よりも理解しているマダラだからこそ、その言葉には重く静かな意志が込められていた。言葉を失うイデアの元へ、慌ただしい足音が近づいてくる。
「イデア!!マダラ!!!」
ポムフィオーレの三人が駆け寄る。安堵と凛とした威厳をたたえ、ヴィルがイデアを見下ろした。
「イデア。アンタには『冥府』の門を閉じ、『ケルベロス・システム』を復旧して貰わなくちゃならない」
そう、ぶつかり合って終わりじゃない。
「さあ、イデア。自分がしでかした事の落とし前を付けて貰うわ」
ヴィルの厳しくも温かい叱咤を受け止め、イデアはメモリーカードを強く握りしめると、確かな覚悟を込めて頷いた。
「分かったよ。僕達の負けだ。ゲーム・セット・マッチ『開かれた冥府の扉』」
イデアの詠唱に応えるように、地響きと共に大穴を塞ぐように闇が収束していく。閉じられた冥府の門がゆっくりと閉じていく。
「………いつかまたね、オルト」
弟にしばらくの別れを告げるように、イデアは静かに呟いた。その時、マダラの腕の中で丸くなっていた毛玉が、うっすらと目を開けた。意識を失っていたグリムが目を覚める。
「むぅ……マダラ」
「拾いぐいは大概にしろ」
グリムの暴走の原因は不明のまま今は、グリムの無事なだけで良い。だが、今後今回のことがない様に再三注意をする。
「ごめんな、マダラ」
普段の生意気さが影を潜めた不服そうな、けれど申し訳なさそうな謝罪に、マダラは僅かに眼の力を抜いた。
「構わん。お前は今は眠っていろ。後でエースやデュースに叱られるんだな」
エペルがそのやり取りを見て、少し呆れたように微笑む。
「それはマダラクンも一緒なんじゃ?」
全員が極限の緊張から解き放たれ、柔らかな空気が流れた。その後は長い移動時間を得て、NRCへ帰還した。道中全員が徹夜で戦闘しており泥のように眠りについた。
異世界の過酷な死闘を乗り越え、辿り着いた見慣れた学園。学園に戻ってからは文字通り寮生の帰りを喜びあった。無事を確かめ合い、抱き合い、笑い合う生徒たちの賑やかな声が響き渡る。
かつて修羅として生き、死を重ね、この異世界へと流れ着いた己の存在。ただの「監督生」として生徒たちと関わり、彼らの我と夢を見届けたこの戦いを経て、自分はこれからどこへ向かい、何を成すべきなのか。深い思考を胸に秘めながら、マダラは静かに空を見上げた。
○○○○
オンボロ寮は修繕のためポムフィオーレ寮での暮らしを余儀なくされたマダラとグリム。ヴィルのポムフィオーレ流のルールに従い。スキンケアや食生活にしばられながら、ようやく、オンボロ寮の修繕完了の連絡がきた。二人が久方ぶりに懐かしき拠点の扉を開けると、出迎えるように空気が揺れ、お馴染みの三人組が姿を現す。
「久方ぶりだな」
「ヒッヒッヒ!おかえりぃ、ふたりとも~」
「ふたりが無事に戻ってきてよかったよぉ」
「年寄りに心配かけるでない。お前らがいなくなって、生きた心地がせんかったわい」
「生きた心地って……オマエらもうゴーストじゃねえか!」
グリムがいつも通りのツッコミを入れ、ゴーストたちが楽しげに笑う。マダラもその賑やかさを静かに見守りながら、一歩を踏み出した。談話室へ入ると、以前のようなオンボロ寮とは様変わりしていた。
足元を支える床はきれいに貼り直され、カビ臭かった壁や天井も、見違えるほど整えられている。一足遅れて部屋へ入ってきたヴィルが、満足そうに腕を組みながらその内装を見回した。
「カローンとの戦闘で屋根や床まで崩壊して、どうなることかと思ったけど……。約束通り、原状復帰までは『S.T.Y.X.』側が負担してくれたわ」
フローリングのリフォーム代が浮いたことで、水回りの整備に加えて、新しいものに交換した。シャワーの途中で突然お湯がでなくなることもなくなるだろう。
劣悪だった生活環境が格段に向上したことに満足しつつ、一行は自室へと向かう。扉を押し開けた瞬間、グリムが驚きの声をあげる。
「なんじゃこりゃ!ポムフィオーレみたいなんだゾ!」
重厚な家具に洗練された調度品、まるで高級ホテルのような豪華な空間が広がっていた。驚愕するグリムの横で、ヴィルがフッと優雅な笑みを浮かべる。
「どう?気に入った?マダラはタネはわかってるだろから、まだ言わないでちょうだいね」
マダラはこの部屋に入ってから、この部屋が豪華に見える理由がわかっていたが、指示通り、大人しく黙った。あらゆる幻術を見抜いてきたマダラにとって、その光の歪みと違和感を察知するのは造作もないことだった。ヴィルは小さな機器を取り出した。
「実は水回りの修繕と談話室のリフォームに予想以上に予算を食われて、アンタの部屋までは手が回らなかったの。だから……ホラ」
ヴィルが丸い球体の装置のスイッチを切ると、床下は先程の物の高級感なものと違いシンプルな、デザインになっていた。
「ふなっ!?見慣れた部屋に戻った!?どういう仕組みなんだゾ?」
一瞬で元の質素な部屋へと姿を変えた室内に、グリムは目を白黒させる。その種明かしに対し、マダラは低く短く呟いた。
「やはり幻か」
「その通り。さっきの部屋は、この魔法の投影機を使って作り出した幻。これを使えば、質素な部屋をリッチに見せることができる」
「オモチャみたいなものだけど、気分をアゲるには十分でしょう?」
どこか誇らしげなヴィルと、幻術の仕掛けに目を輝かせながら部屋を走り回るグリム。その光景を眺めながら、マダラは静かに息を吐いた。
「まぁ、グリムが気に入っているから良いだろう」
ささやかで穏やかな日常。過酷な戦いを乗り越えた者たちの部屋に、久方ぶりの温かな和らぎが満ちた。新築のような輝きを取り戻したオンボロ寮の談話室には、いつになく賑やかな声が響き渡っていた。
事件の解決とお詫びを兼ねて訪れたイデアは、最新型のゲーム機やゲームソフトを一式持参しており、テーブルにはエースやデュースが持ち寄ったお茶菓子や飲み物が所狭しと並べられている。
そして何より皆を驚かせたのは、傍らに立つオルトの存在だった。なんとオルトはこの学園の生徒に編入するとか、度重なる攻撃で魔導回路にバグが発生し、自立学習しかできなくなった。それはまるで、人間のような思考をもつヒューマノイド。
己の意思で学び、成長していく。それはかつての「オルト」を超えた、新たな生の始まりでもあった。
「マダラさんゲームやらない?」
「オレには合わん」
「そう、言わずにー」
オンボロ寮の談話室ではイデアたちがお詫びに最新ゲーム機を持って、全員がお茶菓子や飲み物とともに楽しんでいたところだった。マダラは彼らの様子をしずかに見守っていた。
画面の中で激しく交錯するキャラクターと、猛烈な勢いでコントローラーを握る生徒たち。その無邪気な熱狂を眺めながら、マダラはどこか呆れたように、しかし静かに口を開いた。
「お前たちの手元を見れば、操作方法のコピーでつまらないだろう」
「え?」
ゲームに没頭していた全員の動きがピタリと止まり、マダラへと一斉に視線が注がれる。
「写輪眼は技のコピーができる。手元の印。相手の動きの予知含めてな」
「「ずっるーー!」」
エースとデュースの声が見事にハモり、イデアも「それはチートすぎでしょ……」と引き気味に呟く。格闘ゲームでコンボやガードを完璧に予知・模倣されるなど、対戦相手からすればたまったものではない。
「じゃぁスターローグをやってもらおうかな」
イデアが半ば意地になって、高度な反射神経とコマンド入力を要求されるシューティングゲーム『スターローグ』のコントローラーをマダラに押し付けた。マダラはそれを受け取ると、画面を一度も見ることなく、イデアの手元を見ただけで完璧な動きを再現し、瞬く間にハイスコアを叩き出してみせる。
「マジで拙者のコピーじゃん」
「だから言っただろう」
呆然とするイデアに対し、マダラは至極当然のように言い放つ。すると、その光景を見ていたエースがニヤリと悪知恵を働かせたような顔を浮かべた。
「つまり写輪眼で頭良いやつの手の動きコピーすれば」
試験の回答を書く優秀な生徒の手元を写輪眼でコピーすれば、テストで満点が取れるのではないか 、そんな不純な企みを察したマダラは、深紅の瞳でエースを冷たく射抜いた。
「そんなくだらないことに使わん」
「ですよねー!」
一瞬で一蹴され、エースが肩をすぼめる。そのやり取りに談話室全体がドッと笑いにに包まれた。ゲームの熱気がひと段落し、談話室に心地よい静寂が訪れたゲームの休憩時間に入った時、オルトは夢の出来事を話す。賑やかだった部屋の片隅、窓辺の柔らかい光の中に佇んでいたマダラへ、オルトは静かな歩調で近づいていった。
「ねぇ、マダラさん」
「なんだ」
マダラは腕を組んだまま、静かにオルトを見下ろす。その問いかけに応じるオルトの瞳には、黄泉の狭間で出会ったもう一人の「兄を想う弟」の記憶が宿っていた。
「僕ね、うちはイズナさんにあったんだ僕じゃないけど、オルトのメモリから記憶でね」
その名を聞いた瞬間、マダラの手元が微かに跳ね、瞳が揺れた。この異世界で、まさか失われた最愛の弟の名を聞くことになろうとは。
「そうか」
万感の思いを押し殺すように、低く短い声を漏らすマダラ。そして、胸の奥底で長年くすぶり続けていた、己を苛み続ける暗い問いを静かに口にした。
「イズナはオレを恨んでいたか?」
自らの不甲斐なさゆえに弟を死へと追いやり、遺された自分は理想に狂い、世界を敵に回した。弟の犠牲の上に立った己を、イズナはどう思っているのか。その苦悶の滲む問いに、その場にいた全員が息を呑む。
「!!!」
マダラの背負うあまりにも壮絶な業の深さに息を詰める一同の中、オルトはまっすぐな眼差しで言い切った。
「恨んでないよ!」
迷いのないその言葉に、マダラは自嘲気味に目を細め、静かに首を振る。
「オレは弟を死なせてしまった。弟ひとり守れない愚かな兄だ。それなのに」
言葉の裏に隠された絶望と自責の念。だが、自らも「兄を守れなかった」「兄を一人にしてしまった」という同じ痛みを背負ったオルトだからこそ、イズナの想いを真実として語ることができた。
「僕が言えたことじゃないけど。それは誰一人悪いって言えない」
誰も悪くない。ただ過酷な時代と運命が二人を裂いたのだと。そしてイズナもまた、兄が自分を責め続けることを望んではいないのだと。オルトは温かい眼差しをマダラに向け、静かに言葉を重ねた。
「イズナさんはずっと、マダラさんを見守っていると思うよ」
「そうだと良いが」
「もし、よかったらマダラさんのことをもっと知りたいな」
異世界で出会った伝説の忍。その背中に刻まれた悲しみと生き様に、オルトはそっと寄り添おうとする。しかし、マダラは遠い目をしたまま視線を外した。
「オレの過去など聞く価値は無いぞ」
「そっか」
これ以上は立ち入らせないかのようなマダラの静かな拒絶を受け止め、オルトは穏やかに微笑んだ。語られなかった過去の重みと、黄泉の国を超えて届いた弟の想い。
二人の間に流れる静かな空気の中に、長年マダラの胸を縛り続けていた自責の鎖が、ほんの少しだけ解けていくような気配が漂っていた。
六章終わりました!この章は長くなりました。マダラの闇ルートはどうなるか、しっかり書き上げていきます。最後まで観ていただきありがとうございました。