「マダラさん、ダメだ!!」
間一髪、オルトが死に物狂いで飛びつき、マダラの手首を力任せに押さえつけた。術の起動が力ずくで遮断され、溢れかけていたチャクラの奔流がピタリと止まる。
「邪魔するな、オルト手を離せ」
「僕だって嫌だ! マダラさんとの約束、絶対に守りたいんだ! だから……自分の命と引き換えにするなんて、そんな悲しいことしないでよ!!」
「リリアの魂は今まさに黄泉へ渡ろうとしている。 オレの命ひとつで救えるのなら、迷う理由など」
言葉を続けようとした瞬間だった。静寂を叩き割るような、シルバーの裂けんばかりの絶叫が響き渡った。
「そんなこと俺が許さない!!」
シルバーはボロボロと大きな涙を流しながら、止まってしまったリリアの胸元と、抑え込まれているマダラを交互に見つめ、真っ直ぐに二人へと歩み寄る。その瞳には、絶望など微塵もない、燃え上がるような強い意思が宿っていた。
「誰も死なせない! 親父殿も、マダラ、お前もだ!!」
「シルバー……」
セベクが声の限りを絞り出すが、シルバーは力強く首を振り、周りに集まっていたNRCの仲間たちを見回した。シルバーがマダラの目の前に膝をつき、その胸元を強く掴み上げた。
「誰か一人を犠牲にして笑う未来なんて、俺たちは最初から望んでいない! お前が命を捨てる必要なんて、最初からどこにもない!!」
その声が呼応するように地面が激しく揺れ始める。
「半径10m圏内に魔力濃度の急速の上昇を感知!」
オルトの魔力計測器が壊れそうなほどの強い魔力。警告音が鳴り響き、大気が青白くきしむ。
「あれは、マレウス氏の折れた角、まさか蓄積し続けていた魔力が放出されている!?」
「この光は、指輪がマレウス様の折れた角と共鳴している」
シルバーの持つ指輪から小さな輝きが芽吹く。それは角から溢れ出る魔力を優しく包み込む。
「マレウス様どうか、俺の手を」
冷徹な現実主義者として生きてきたはずのマダラですら、どこかでその不確定な奇跡の可能性に賭けてしまっていた。この場にいる全員が、ただ一つの奇跡を強く願っている。
「父が言っていた。『願い』は、どんな魔法よりも、純粋で強い力を持っていること!強く願って、信じるんだ!奇跡は起きると!」
その願いにマレウスも奇跡を起こそうと賭ける。シルバーが力強く握りしめる。
「親父殿、どうか帰ってきてください」
「目を覚ましてくれリリア」
祈りと願いを込めて、誰もが帰りを祈り続けた。そして、マレウスは魂の叫びを紡いだ。
「……お前を愛している!」
マレウスの破裂しそうなほどの叫びと、集まった者たちの魂の祈りが重なった瞬間、空間の歪みが美しい粒子となって爆ぜた。 眩い光が、辺りを包み込む。その光が一つとなり、深く静まるリリアを優しく照らし出した。
忍の世界において、同等の代償なしに死者が蘇ることなどあり得なかった。生命の理を覆すには、己の生命力をすべて注ぎ込む『輪廻天生』のような術しか存在しない。
そう信じて疑わなかった男の眼前に広がっていたのは、命の取引などではない。人間と妖精、人と人の強靭な「意思」と「愛」が束となり紡ぎ出した、純然たる奇跡だった。
光の粒子は優しく、そして神々しくリリアの胸元へと吸い込まれていく。 冷え切っていたはずの皮膚に生々しい温かな赤みが戻り、途絶えていた脈動が、静かに、だが確かな力強さを持って再び打ち打ち始めた。
「うっ……ここは?」
光の束が静かに霧散していく中で、眠りから穏やかに瞼を開いた。かすんだ視界の中で手を繋ぎ合う若い二人を見つめ、リリアは満足そうに目を細めた。
「はは、マレノアと夜明けの騎士が手を繋いでらぁ」
安堵の絶叫と歓喜の涙が戦場を包み込む中、マダラは押さえつけられていた腕の力をすっと抜き、呆然と自らの無傷の手のひらを見つめた。
犠牲を払うことでしか何かを守れないと決めつけ、己の命の終わりを持ってすべてを完結させようとした己の諦観と甘さ。それを、目の前で運命に抗い続けた幼き者たちが、力ずくで叩き破ってみせたのだ。
「犠牲なしの奇跡、か……」
マダラは自嘲気味に、だが酷く晴れやかな表情で静かに呟いた。
「ハ……くははっ」
胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑えきれず、マダラは力なく笑みをこぼす。
忍の時代と血の宿命を超え、どこまでも真っ直ぐに現実に立ち向かった少年たちが引き起こした本当の奇跡。マダラの頬を、一筋の美しい涙が静かに伝い落ちていった。
○○○○
「はぁーもうマダラ氏さ」
S.T.Y.X.の検査室。各種センサーが青白い光を明滅させる中、オペレーション用の大型モニターと向き合っていたイデアが、心底呆れたように深い溜め息を吐いた。
「自分の価値観の違いを自覚しよ?」
「なぜだ? 輪廻眼を見たいならオレが一度取ればよいだろう」
オーバーブロット事件から数日が経過した。マレウス、リリア、マダラはS.T.Y.Xの元で、精密検査をしていた。全員が命を落としてもおかしくない状況で、生還したのは良いが、なにせ『奇跡』を起こしたが、それを確実立証するには、曖昧だっためだ。
マダラは淡々とそう言い放ち、さも当然のように己の目元へ指を伸ばそうとする。その躊躇のない動作に、イデアが悲鳴のような声を上げた。
「普通の人は眼球をコンタクトレンズのように着脱出来ないから!! 生物の倫理観が崩壊してるから! ホント勘弁して!?」
頭を抱えるイデアのリアクションにも、マダラは鼻で笑うばかりだ。イデアは気を取り直すようにキーボードをカタカタと高速で叩き、手元のデータを参照し始めた。
「でも、やっぱ謎が多すぎ。細胞組織も、解析すればするほど枠組みを超越してるんだよね……これ以上の追及は闇が暴かれそう」
「まぁ、オレの眼は悪用しようと思えばいくらでも可能だ」
「……やったことあるのね?」
「さぁな」
マダラは不敵に口元を歪め、それ以上は何も語ろうとしない。底知れぬ危険さを漂わせるその態度に、イデアは引きつった苦笑いを浮かべた。
「今聞いたことは記憶から消去! 闇の歴史にはノータッチが一番! ……っと、これでよし。この数日で検査ばかりだったけど」
キーボードを打ち終え、イデアはモニター越しにホッと胸を撫でおろすような仕草を見せた。
「異常なかったし、マレウス氏と同様に復学の問題はないね」
「そうだな」
オーバーブロットによる混乱と、夢の世界の崩壊、その渦中にいたマダラではあったが、肉体・精神ともにブロットの侵食は見られず、S.T.Y.X.としての隔離検査措置もこれで無事に終了となった。
検査室を出て、重厚な自動ドアをくぐった先のロビー。静まり返るその広間には、すでに二人の影が佇んでいた。
「おー、戻ったか」
いつものような穏やかな笑みを浮かべたリリアが、マダラに気づいて声をかける。その隣には、どこか決意を秘めたような、それでいて少し身を縮こまらせたマレウスの姿があった。
「待っていたのか?」
「いやな、マレウスがお主と話がしたくて待っていたんじゃ」
「マレウスが?」
マダラが視線を向けると、マレウスはゆっくりと一歩前に出た。天を覆う巨竜であった時の面影はなく、マダラと真っ直ぐに向き合う。
「マダラ……すまなかった」
「何の謝罪だ」
マダラは淡々と問い返す。マレウスはぎゅっと拳を握りしめ、胸の奥から絞り出すように言葉を紡いだ。
「僕はお前の弟君を侮辱した。いくらオーバーブロットしていたとはいえ……許されないことをした」
夢の中でマレウスが言い放った、マダラの最愛の弟・イズナに関する暴言。だが、今のマダラの表情に激昂の色はなかった。
「構わん。似たような謝罪は山のようにもらったからな」
「そうか……。身体の調子は大丈夫か?」
「何も変わらん。輪廻眼と写輪眼もな」
マダラが淡々と答えると、傍らで聞いていたリリアが興味深そうにその瞳を覗き込んできた。
「いつ見ても不思議な眼じゃな。わしは学者じゃないが、興味深い」
「フン……」
「それにしても、お主も苦労しておったのじゃな」
どこか慈しむようなリリアの言葉に、マダラは呆れたように片眉を上げる。
「お前が言うか?」
「違いない! じゃが、お主は人間だというのにこれほどの人生を過ごしていたのには驚いたぞ」
かつて過酷な戦乱の世を生き抜き、愛する家族や友を失いながら戦い続けたマダラの壮絶な過去。幾千年の時を生き、数多の戦場を駆け抜けてきたリリアにとっても、この人間の男が背負う業の深さと孤独は胸に迫るものがあった。
「終わったことだ。今更振り返っても何もならん」
マダラは冷ややかに言い捨て、静かに己の掌を見つめた。
(死を求めていたはずの俺が、こうして生きている)
すべてを諦め、己の命を代償に奇跡を起こして消え去ろうとした。だが、あの少年たちの青執念と愛が、マダラをこの世へと繋ぎ止めたのだ。
『マダラさんとの約束、絶対に守りたいんだ! だから……自分の命と引き換えにするなんて、そんな悲しいことしないでよ!!』
オルトが必死に叫んだあの言葉。そして、この世界で出会った者たちと過ごす時間。絶望の果てに捨て去った『生』への執着ではなく、かといって己を誇示するための野望でもない。ただ、「約束を守り、この世界の行く末をもう少しだけ見届けてみるのも悪くはない」という、穏やかで小さな灯火のような想いが胸の奥に芽生えていた。
そんなマダラの情念の移ろいを感じ取ったのか、マレウスが静かに口を開いた。
「マダラ……卒業後、もし元の世界へ帰る場所がないなら、茨の谷へ来ると良い。いつでも歓迎する」
オーバーブロットを引き起こす前、凍てつく冬空の下で互いに言葉を交わした夜のことを、マレウスは深く心に刻んでいた。
あの時、己の孤独に寄り添い、暴走した自分を止めるために死力を尽くしてくれたマダラは、シルバーやセベクと同様に命を救ってくれた恩人であり、対等な『学友』だった。だからこそ、主従や身分などを超えた一人の友人として、彼の居場所になりたいと心から願っていた。
「生憎だが、オレは誰かの下につく気はない。行く宛てなら自分で探す」
「そうか」
マダラの返答を予測していたかのように、マレウスはうっすらと微笑むと、手元から一通の封筒を差し出した。緑色のシーリングスタンプが施された、重厚で品格漂う書状だった。
「招待状……か」
「僕の学園復学と同時に、野ばら城で行うパーティだ。お前にも参加してほしい」
マレウスの真っ直ぐな瞳には、孤独な影はなく、自らの過ちを受け入れた上で前に進もうとする強い意志が宿っていた。マダラは一瞬その書状を見つめた後、無言で手を伸ばし、しっかりとそれを受け取った。
「謹んで受け入れよう」